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第三十三話「塩谷の自然、いざ征服!」

 野獣みたいに甲高い声、何かが吠えている。僕の隣で、なりふり構わず。

「うっさいなあ……」

 布団の中、体をものうく転がしつつ台の上の時計に接近。

 時刻を確認し、習慣どおり目を丸く。

「やべっ、また寝過ごしたぁ!」

 ついに合宿当日。いつもより早く学校に赴ねばならなくなる。そもそも早起なんてのが苦手なのだ。幼い頃は母さんにいつも起こされてたなあ。僕はすぐに着替え、姿見の前で身だしなみを整え、必要な道具を一通確認。

 水筒とか、しおり――これが実に痛々しい内容――、歯ブラシ、筆箱を次々とリュックの中に見つける間、突如杖のことを想起おもいだし、之も中に。役に立つかどうかは関係なく、持っていかなきゃいけない気がした。初めて持った時より、やけに重々しかった。

 吉田はどんな様子だろう。あの日から本当に生気が感じられないのだが。朱音の不穏な様子。僕はそれより魔王が何をしでかすか気が気でならないけど。


 すでに校庭には何百人と集まっている。これから塩谷の山奥になだれこむ勢で、がやがやとしゃべり合っている。一体大自然の内側で目撃するものとは。成業なしとげることとは……。

 僕は正直に言ってこんな合宿に参加したくなかったのだ。自然なんてものに興味はなかった。僕が好きなのは人間のしげく住む都会であり、そこに生茂おいしげる家の数々なのである……。

 いずれにせよ、魔王たちがどこにいるか索さなきゃ。ここは三年生の場所だ、二年生はいない。おっ、あそこにみんなの声がするな……。

 実に色々なかばんがある。黒一色のものもあれば、缶バッジとかリボンの飾りで盛られた奴もちらほら。おっ、僕のクラスの元にやってきたぞ。

 そこには、小口先生がちょうど歩き回って人数を確認している途中。


 岩井と小坂。僕を視るや、顔をそむける。あんな喧嘩が起こったのだからやむをえぬ。

 そして、魔王。三茅と話をしていたが、僕の足音を聞くや

「おーすっ、勇者」

 軽いあいさつ、あげる手の平。

 怖ろしいことに、魔王と勇者は同じ班なのである。三茅と咲もいた。三茅は案の定鮫の格好。咲は、嫌な予感に気づきさえしない。

 朱音。薄気味わるいくらい、さわやかな表情。吉田。僕の顔を視て、一まず安心しているみたい。

「待ちくたびれておった所じゃ! 貴様がいなければ、合宿は成立しないからの」

「どうしてだよ」 疎外感に満たされながら、僕はぶっきらぼう。

「無論じゃ、勇者中村翔吾を倒すための前座じゃから」

 それがあの展開か――と宣言のことが脳裏に反芻し、どきどきしてしまう。

「私も今か今かって処だったよ、中村翔吾ぉ!」 飛びかかる三茅。

 ひれをばたつかせる。以前の姿からじゃ信じられないくらい、はきはきとした調子だ。

「何だか、仲のいい友達ってみたい……」

 横から、同級生がほほえみかける。


「来たのね」

 腕をくみ、不敵に笑う朱音。

「ああ、魔王の要求に応えるためにね」

「なぜ、そこまで魔王について回るの? あなたまで魔王の下についちゃったみたいだけど」

 魔王を快く思わない連中が教室の中に存在している。魔王には到底、教えられない。

 そもそも、あいつらがどんな思いをするのかさえ、まだ僕は知らないのだから。

「当然じゃ、勇者が来てくれなければ我輩の権威に関わる!」

 魔王は腕をふりしきる。

「こう見えても我輩は魔王なのじゃ! 勇者がいなければ我輩がここにいる意味がない!」


 朱音はやはり唇を曲げたまま。何か企みがあるのでは? とどうしても疑わざるを得ない。

 僕は限りなく離れていたい気がした。朱音が笑っている時ほど不気味な光景はない……。

 吉田がわって入り、この雰囲気をそらそうと。

措之とりあえず、みんな集まってるみたいだな。欠席の奴らはいないみたいだ」

 すでに生徒たちの騒ぐ声がおさまり、決まった形に並びつつある。吉田は魔王の肩を叩き、微妙な表情、

「魔王、楽しませてくれよ」

「おうよ」

 魔王の方でも、一体この不思議な気配に感知しているかどうかはっきりしない。いや、僕が心配性なだけなのか。

「みなさん、静かに!」

 校庭にどかりとすえられた台に校長先生が登りつつある。どのクラスもその話を聴こうと沈黙へ。

 そんな折を見計らうみたいに、魔王は僕ら二年二組の前に自分を立て、おごそかに語る。

「諸君、よく聴けい」

 魔王は両腕を揚げ、きりっとした目つきでみんなを捉える。

「我輩はお主らとともに合宿の楽しみを共有したい。今でも歓喜よろこびを制えられぬくらいじゃ。だが、はめを外してはならぬ」

 さほど大きな声ではないが、しかし音節や高さの変遷うつりかわりを鮮明にして、

「我々はこれから未知の自然にいどむのじゃ。自然には敬意をいだき、それを乱雑みだりに扱うことがあってはならぬ」

 他のクラスが、魔王に視線を集中させる。あの子は一体、何をしゃべってる。しかし、止めるものはいない。

「いずれにせよ、待ちに待ったこの日を成果みのりあるものとせねばならん。我輩はお主らとこの日を過ごすのじゃからな」

 魔王は碧い眼を輝かせ、

「もし我輩と一緒に遊びたい者がおるならぜひ申し出るがよい。我輩は差別わけへだてしない御方じゃからの」

「そうやって、昵懇なかよしな奴ばかり優遇して」

 岩井がぽつりとつぶやく。魔王に聞かれていたかどうか。

 僕も、まだこの不穏な気配を魔王に伝えてやるほどの勇気がいまだ成ってはいなかった。


 その後で、校長先生の話があった。やけに長かった。けれど、魔王のあの短い言葉に比べれば抑揚にとぼしく、ほとんど記憶に残っていない。


 行列をつくって、バスに乗る。三茅は

「今日は年に一度の合宿じゃ! 盛大にやろうぞ!!」

 魔王が筆頭に、扉を開ける。その次に僕、回頭ふりかえると、その間で朱音が小坂に何かをささやいた。内容はわからない。

 その瞬間、魔王はごく小さな声でたずねた。

「何かを、怖れておるな?」

 察知されてる気がして、反射的に首を横。

「いや、何も」

 普通なら乗務員さんが何か楽しい出物をしてくれるのだろうが、やはり今回も異例。

 全員がそろった所で、

「勇者よ! 我輩とトークショーをしてくれ」

 唐突なお願いをよこしてきやがる。

「はあ?」

「当然じゃ、貴様が参加してくれなければ」

「はいはい……」 何を話すってんだ? まだちっとも教えてもらってないが。

 三茅や咲、他の連中がはやしたてる。

「貴様、塩谷キャンプ場に行ったことはあるか?」

「一度だけ」

 と言っても、

「ほう、じゃあ塩谷の自然の様子も知っておるわけじゃ」

「ならどうじゃ、我輩と公部川の源流を探るというのは?」

「おいおい、危険だぞ? こぎ方も教えてもらってないのに」

「……さすがにそれは冒険過ぎません?」

 死んだように凝固まってる小口先生も、これには口を挟まずには。

「我輩がいれば百人力じゃ!」

 平板な胸を叩いてみせる。おいおい、遊びじゃないんだぞ。

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