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第三十二話「魔王国 面従腹背 生徒共」

 魔王は三茅、臣下かこいを連れてどこかに行ってしまった。僕はうなだれた姿のまま、教室にとり残されてしまった。

 あいつ、本当に翻弄しやがるな……。何ら抵抗の手段が見つからない。

 僕をのぞけば、教室にはごくわずかな人だけ。

 吉田や朱音など、そこまで魔王に引きこまれているわけではない子ばかりが、僕とともにいた。

 あまり気分のいい空間ではない。そりゃマギアにぞっこんの奴らに居座られても困るが、逆に魔王を快く思ってない奴が多くても僕はさほどうれしくない。

 実に困った感情。

「どうなるんだろうな……合宿」 吉田が心配そうにつぶやく。

「さあ。あいつが思いっきり楽しませてくれるんじゃないの?」

 皮肉たっぷりに、朱音が放つ。

 マギアにいまだ、心を赦しているわけではないらしい。

「私はね、あいつが好きでもなんでもないんだから。機会があれば、いつでも追落とす隙をねらってるの」

 鬼のいない間に洗濯、と気炎を吐き出す。

「完全に学級の崩壊よ。一体どうしてくれようかしらね。何か手段はないかしら、岩井いわい?」

 岩井とは頬骨の突き出た、細長い顔の同級生。口数が鮮なく、魔王登場後もさほど目立ってなかったのだが。

「俺が思うにはだな、魔王を暴れたいままに任せるしかないと思うよ」

 岩井の口は冷たく、乾いている。

「どうせ俺たちがつっぱねた所でますますつけ上がらせるだけだからな。合宿でも今のままを維持するしかねえ」

 マギアの予測みたては甘いのだろう。堂々と宣言しているほどみんなの心をつかんでいるわけじゃない。

 そりゃ、明るすぎるノリについていけない奴もいて当然。僕が一番迷惑こうむってるんだから。

「吉田、お前最近マギアに寄ってないか? かなり親しげな口をきいてるとしか思えないんだが」

 岩井は吉田に向き直り、痛いくらいの声で。吉田は一瞬目をまばたかせ、苦い顔、話しだす。

「俺はな、別にマギアが好きだから寄りかかってるんじゃない。できることなら離れていたいくらいだよ」

「だが、マギアにさんざん重用されてる様子だぜ」

 突然、僕はかばんから端末を起動した。

 吉田はいつになく緊張している。自分の立場が悪くなると、めっぽう打たれ弱くなるのだ。

 ずっと、誰かの側にいることを恃にしてばかりで。

「マギアが頼りにしてくるから仕方なく従ってるだけだ……」

「知ってるよ。吉田、最近私の言うことをかなくなったわね?」

 ぶるっと吉田の体が震える。明らかに恐れている。

 うすうす分かっていたのだ。吉田が彼女に、逆らえないとは。

「以前、私はあなたの罪を赦した。私の言うことに従う限り見逃してあげてたのに」

 僕に、胸がじんじんと痛みだす。

 こんな奴の言葉に耳を貸す必要なんて――と腹いせに、端末で録音していた。

「あなたは、いつからあんな奴を慕うようになったの? 理解にたえない……」

 吉田がこんな我慢した顔を浮かべるのは、ごくまれにしかないことだ。

「違う……」 爆発しそうなものを奥底に秘めてそう。



「私も、あの子が苦手。ついていけない」

 もう一人の女の子、小坂こさかが朱音に組するかのように、

「自分のことを魔王とか言っておきながら、やってることは結局自分の囲いを作っていきってるだけ。私は前の空気が良かったのに」

 岩井が便乗。

「ああ、朱音がみんなのこと気にかけてた時の方がずっと過ごしたやすかったよ。なあ翔吾?」

 僕はいきなり自分に矛先が向けられたから、ぎょっとして言葉を失う。

 違う? いつもなら違うと答える。だが、いざ強迫つめよられると。

「勇者様はすっかり魔王の魅力にとりつかれたようね?」

 違う、そうじゃない――

「……吉田。あなたは、あいつのことが嫌いでしょ」


 僕は知っている。

 あの時のいじめは、朱音が止めてくれたことを。吉田は、僕をただ遠くからながめてるだけだったこと。


「……黙れよ」

 朱音は容赦なく古傷をえぐり続け、

「一体あなたは――」

「黙れよ!!」

 吉田は怒った。目がぎらぎらと光、吐息は鋭くなるばかり。

「おい、吉田がかわいそうだろ!!」

 僕も吉田と似た気分。


「まさか吉田の肩を持ってる? 勇者を演技きどってるの?」

「それは違う」

 どこかで聞覚のある言葉だが、くさくさしているあまり気にならない。

「過去のことを掘下げるんじゃない。もう終わったことじゃないか。まだこんなことで論争いさかうのか」

「昔話なんてどうでもいいの。私が言いたいのはね、これ以上マギアの暴走を止めなくちゃいけないってこと。だって岩井と小坂が」

 二人とも、うなずいている。マギアをこの学校から払攘おいはらおうとしている。

「私は絶対あいつを教室から放逐おいだしてやる。あんなのが学校にいたら私、もうどうにかなっちゃう!」


 いらないセリフ、加えやがる。


「気にくわないのよ。あんなのに、吉田がかれてるってこと」

 これ以上聴くと脳がやられる。

「往こう」 僕は憔悴した吉田の腕をからめ、教室を出ていった。



 僕らは廊下を肩を下しつつ歩いていた。

「俺を許しちゃいないだろ、翔吾?」

「まさか……」

 許してはいない。僕はあの問題を解決しないままここまで来てしまった。

 今だって時たまあの日々への怒りが燃え上がるのだ。

 どうせ、死ぬまで背負い続ける。

「朱音のせいだよ。みんな」

 吉田はつぶやく。

 ああ。彼女のせいにできたらどんなに幸福しあわせなことか!


「よっ、勇者!」

 突然後ろから肩をたたかれ、不意にすぼめる。視れば咲が自信ある表情。

「うわ、咲! どうしてここに……?」

「魔王からお達しがあってね、勇者たちがどんな様子かってことを察に来たの!」

 どん、と胸を張る。けど、やがて唇をすぼめ。

「あれ、元気ないね」

 咲の陽気さに、僕らは凍りついた。咲には、今教室で割れつつある溝の存在がわからないのだ。

「あー、ごめん! 昔のこと思い出しててさ……マギアは?」

「ちょうど多目的室でみんなを相手に演説してるんだけどさ、聴いてかない?」

 気が乗らない。そもそも、勇者が行く場所じゃないし。

「別にいいよ。今は静かにしてたいし」

「ふーん……せっかく、楽しい場なのになあ」

 咲は、ただ残念がってるだけ。

 僕は、朱音たちとの間で起こった一こまに、ついぞ触れることはできず。


 吉田と唯二人ふたりきり、多目的室を静かにのぞいてみると魔王が例のロリータ服、変な踊りを舞っていた。

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