第三十一話「魔王事情は奇々怪々」
恵をめぐって一悶着あった時から若干さかのぼるが、僕らが学校の中、合宿の計画について相談ってた時のことだ。
「諸君、これから命令をすりゅ!」
魔王は教壇に立って、自分が担任になったかのように告げる。
小口先生は完全に片隅でちぢこまっている。
「合宿用のしおりを作るのじゃ! そして班を決めて各自の行動予定を立てい!! わかったか!」
片腕を右に伸ばし、完全に演説口調。
「印刷は吉田に任せる。だがその内容や表紙については貴様らの意見を聴きたい」
僕は左右を見回した。あまり誰もしゃべりたがろうとしない。マギアははにかみつつ、
「誰でもよいから口をあけるがよい。意見は多ければ多いほどよいからのう」
「……多分みんな、魔王の意見が一番いいと思ってるんじゃないの?」
高島朱音が立ち上がり、釘をさすみたいに。
「カリスマ性をたのんでばかり。すっかり自分の意見を失ってるのね」
そうだそうだ、と誰かがささやく。
戸島三茅が対抗して。
サメの格好が、さながら奇怪でモンスター。
「違う、みんな魔王様の声に圧倒されてるの。だからしゃべろうとしないの」
僕は冷汗たらしながら二人の会話を見守る。以前の関係からして、うまく進むとは。
「じゃああなたは意見を持ってるの、三茅?」 腕をすくめる。
「持ってる。それはもちろん、マギア様の魔王国を一時的にでも実現させるのよ」
この時点で、耳をふさぎたくなる。あいつもエリアーデと同じくらいに頭をやられちゃってるのだ。ああ、外見から。
「合宿でより私たちとマギア様の理解を深め合う。色々な行事を通してね。全ては勇者・中村翔吾に対抗するため」
三茅が話し終わると、苦笑しつつ朱音が僕を見やる。
「……と、魔王の忠実な臣下は申してるわよ。どうする、勇者様?」
マギアまでもが興味深く僕を見つめてくる。容赦なく、僕の様子を観察してやがる。
三茅はけれど、僕の存在を完全に無視して、
「勇者がこの議論に加わる筋合なんてないかな」 別の方向で、僕の心臓をしめつけてきた。
「私たちは今魔王様の前で議らってるの。勇者が出てくる余地はない」
おい……それ、完全ないじめじゃないか。
三茅の無邪気なまでの残酷さに、殺意わいてしまいそう。
「……それ、本気で言ってるの? 翔吾くんが悲惨って思わない」
「違う。私たちは勇者に対抗する策を探してるんでしょ?」
この間、僕は部外者としてはるかにはぶられている。けれど、一方で問題の中心にいる人物として注目もされている。
これほどいじられてるのに、特別な人間になったことへの優越感。不思議なくらい。
「ともかく、三茅、お主はしおりのデザインをどうしたいのじゃ?」
マギアは三茅に腕をのべ、問う。
堂々と背をそらし答える三茅。
「それは当然、『魔王国復興計画の序段』とでも命名けましょう!」
ああ、と僕は頭をかかえる。しかし、僕に視線が集中する気配はない。
朱音は僕には目もくれず、現実を見すえた論議に集中しようと、
「他のクラスにどう話つける? これ、学校全体であつかわなきゃいけない問題なんだけど」
またもや、誰かの同調する言葉。
今度は吉田の番。
突風のようにあらわれ、うねるように舌を揮う。
「説得するしかないだろ。お前らみんな変人なんだから俺が説得しなきゃな」
「変人じゃと!」 気色ばむ魔王。
「変人よ!」 左手でマギアを、右手で三茅を指す朱音。
「吉田はあなたたちと違ってね、限りなく普通な奴だから現実的な回答ができるってわけ」
魔王はやけに唇を曲げ、純白の歯を誇示。
「ククク、朱音めに言われるなら本望じゃ。何しろ勇者にさえ変人と思われてる現状じゃからな!」
ああもう嫌だ。僕は完全に机につっぷし、寝る。
「だが、我輩はいつか認めさせてやるのじゃ。異世界からやってきた魔王、マギア・ユスティシア十六世であるとな!」
やけに続く沈黙。僕は決して、みんながどんな表情を作ってるかなんて知るまいと腕に枕し続ける。
だが、突然先生の声が聞こえたものだから、びっくりして不意に頭が机から起立がった。
「魔王様」
小口先生が若干教壇に近づいていた。まさに、これまでありえなかった状況。
「……前は、転生っておっしゃってませんでしたか?」
だが、魔王の一喝がそんな疑問を打消してしまう。
「気にするな! 勇者とて我輩との日々を記憶しているわけではあるまい」
腕を組み、平然としている。まさか僕らの目の前で言い放ったことを忘れてるんじゃなかろうな。
「そうだね、魔王様は異世界からやってきたの!」
記憶を修正してしまう三茅。いよいと取り返しがつかない。再び、机に臥せる僕。
魔王は教卓を叩き、両腕を張る。
「我輩はお主らに、次のこと憶えてほしい。我々はもうこの学校をこの手におさめたも同然である!」
この教室しか支配していないくせに、ぬけぬけと。
「勇者の力は強大じゃ。しかし、我々に勝てるわけがない!」
僕は強大でもなんでもない、惰弱な男だ……。勇者などとは、おこがましいにも程が。
溜息。
「勇者よ――貴様は意気地がない」
次に出た言葉に、僕はいよいよ堪忍袋が切れそうになっていた。こんな奴のいい加減な妄想につき合わされるのはもうごめんだ。
確かに自己顕示欲が満たされるのもあるが、所詮それはひがみと隣合。
僕はもうはくべき言葉さえ見つけられず感情のままに口を開こうとして――
頭を挙げると、マギアは胸の前で腕を組合わせ、悲しげなまでに目を細めている。
かわいいと感じて、僕の感情は若干抑えつけられた。
「勇者よ。我輩が何のために」
「僕を……この学校から排除しようとする魂胆だろ? 分かるよ」
やけになって言い捨てる。
しかし、マギアの声は低く、どこか親しげ。
「違う。我輩はそんなことをして勇者を傷つけたいわけじゃない。我輩は、もっと勇者に幸せになってほしいのじゃ」
「どういう……ことだよ」 僕は
「そうじゃな。我輩は……」
数秒後。
「我輩は貴様と――結ばれたい!」
ええええ――どよめきが起こる。滅茶苦茶な力で叩かれた気分。
三茅さえ、牙を立てて静止。
「勇者よ……我輩は貴様を自分の手におさめたいのじゃ。一緒になって寄添い合いながら同じ空を仰ぎたい。あるいは玄関に立って親しく語らう、というのでもよいがな」
こればかりは、朱音も声をあらげる。
「何様なのよ、あなたは! お――」
すんでのところで、マギアの本名が出そうになった。実際、自称の名ばかりが横行するが、マギアの名前は「お」で始まる。その後、二音節。こんな田舎くさい名前が銀髪の美少女にふさわしいとは誰も思わなかったから、無意識的にマギアと呼びようになっていたのだ。しかし、朱音はあくまでも現実主義者で――
「言うな! それは、もう我輩の名前ではない」
差人指を立て、朱音に忠告。
「我輩は魔王としてここにいるのじゃ。あれは世を忍ぶ仮の名じゃからな……」
「魔王様、もう少し小さな声で話した方が――」
これを機会と先生が横槍ぶちこもうとして、
「先生はしばらく我々の議論を見物してほしい。」
たちまち撃退。
「そういうことじゃ、勇者。だからこれからずっと仲良くしような?」
僕は肉体より先に、精神が力尽きていた。




