二十九話「翔吾と魔法の杖(?)、初の魔法発動実験!」
僕はエリアーデからもらった例の杖と石をずっとかばんの中にしまっていたのだ。
無論、誰にもその存在を教えてやったことなどない。杖が本物の武器であるとは信じられなかった。
何しろあの人が本物の異世界人であるなどと誰が信じるか。そりゃ外国人みたいな容貌で、所作もどこか日本人離れしているが、だからといって証拠ばかり並べたてても信じる気になれないのなら仕方ないじゃないか。
僕はまっすぐ家には帰らず、川沿いに出かけていた。ここなら誰にも視られず、あの道具を試せると思ったから。
砂利が地面を覆いつくし、公部川がそばで澄んだ流れをたたえている。学校の帰道を少しそれた場所だが、にしては街の喧噪からやけに遠ざかっている場所。
昔はここで石を投げたりして遊んでいたかな。
一体これが何の役に立つんだ――と意いつつ、僕は石を右手のひらに載せる。
「聞こえてる?」
すると、石から突然ほとばしる光。
虚空でいくつもからみあって、球体、あるいは方形に展開する延長を構成していく。
僕はその光の向こうに、誰かの顔を発見する。赤い唇、金色の長髪……
「あっ……エリアーデさん!?」
あざけってるんだか、親しもうとしてるのか区別のつかない笑顔。
「久しぶりね、偽勇者さん。マギア・ユスティシアはどう?」
『偽勇者』――この人になら、そう言われても文句はない。本物の勇者が誰か見当がつかないけれど。
『マギア・ユスティシア』――僕らとは、全く違う意味で把握している。
「相不変ですね。それどころかますます僕の立場がまずくなってるんだ」
「立場?」
僕はすでに、大人しさを持ってこの人に接することができるようになっていた。
というより、一々驚いてはそれこそ精神がもたない。僕は数々の経験を通してnil admirariをつかみつつある。
「最近北にある山奥に学校のみんなと泊まりに行くことになりましてね」
「辺境の遠征で、モンスターを狩りに行くの?」
僕はうっかり、この人が異世界が生きる人間であると忘れていた。ましてや、勇者の片腕(自称)なのである!
「この世界にはモンスターなんていませんから」
「でも私の世界から送られてくるとも不限からね。だからあの杖を渡したんじゃないの」
「あれ、本当に役に立つんですか?」
「はあ?」
またもやエリアーデは眉をつり上げ、ぎろっと。
「目の前にいたらしめあげてたけど、しょうがない。今から私がその杖の使用法を教える」
エリアーデの顔をそのまま見ていられたのは岩ごしの会話であることが大きい。というか、現実では二度と会いたくないのだけど。
僕は左手の杖をみやる。先端は三角錐にとがって、細長い幾何学模様を刻んでいる。
「その杖にはいくつかの魔力の素が入ってる。それを使う人間の心で起動させるの」
「僕には魔力なんてありませんけど」
エリアーデは片手をにぎりしめ力説。
「念じるのよ。本気で心が魔法を撃ちたいと念じた時、杖から魔法がほとばしる」
「どんな魔法が?」
「火属性と氷属性。あまり強くなり過ぎないように調整してるけどね。あなたがどんなことしでかすかわかんないから」
……こんな会話、普通に人生送ってれば絶対聞かない。笑いの危険をこらえながら説明を聴く。
「どんな感じで出るんですか?」
「あなたの想像どおりに魔法が出てくるの。もちろん杖の力の限界の中でだけどね」
僕は石をポケットの中にしまい、水べに杖を向け、目を閉じる。
イメージを脳髄の奥から練成。まるで水を凍らせるように、杖の先っぽから氷の風が吹荒れる情景。
魔法よ、出てくれ。
しかし、何も起こらない。
「……何もでないじゃないですか?」
ポケットからエリアーデの声。
「当然よ、『魔法を出したい』というだけじゃ魔法は撃てない。何かの目的がなきゃいけない」
「でもここにはそんな目的を持つ場所なんてない」
「場所を変えなさいよ。魔法を何かの目的に使える場所に!」
確かに、ここには僕がその目的を果たそうとする何かなんて存在しない。あるのは石と水だけ。
それを使って何かをしようとする目的が、全くかけている。
けれど僕が危惧することは。
「……すごく恥ずかしいな。魔王あたりが目撃したらぶっと笑いそうだ」
突然エリアーデの声がとげとげしく。
「魔王の魔法はもっと恐ろしいわよ。だって勇者さまの軍勢を何度も撃退えした程なんだからね」
「へえ……」
「顔を見せなさい。君笑っているでしょう!?」
僕は実際、笑っていた。まさか、という疑惑が元気を奪回し出してくる。
「嫌ですよ。観たらもっと怒るにきまってる!」
「……しようがないわね。今、杖を使うのに」
僕はもう一度杖の表面を細かく観察。確かに、金属的な重厚感があり色合もどこかおごそかな気配を放っている。冗談半分で扱っていい代物でないことは間違ない。
けれど、僕はこの不思議な魔法の杖の価値がわかる、わかろうとする位の見識の深さなど備えてはいない。いっそ売飛ばした方が得なんじゃないのか?
「それだと君、後々後悔するよ?」
僕はいやいやながら石を取りだす。案の定石は光の網を虚空にうつし、中でエリアーデの顔が紅くくすぶって。
「マギア・ユスティシアがいつ本性を表すのかわからないからね!」
僕に向かって指さしてくる。
こんな面倒くさい事態から逃出したくて、僕はついどなってしまう。
「あれは、自分を魔王と名乗ってくるただの女の子ですよ!!」
「……どうやら偽勇者くんには徹底的な薫陶が必要なようね」
エリアーデは急に真顔。やけに怖い。
しかし僕がその顔の奥に匿れる真意を測りかねる前に、石の光がぷつりと散ってその姿は跡形もなく。
とんだでたらめを吹聴してくれたものだ。やはりあいつはマギア・ユスティシア同様、妄想に囚われてしまった一人に過ぎない。でなきゃ、一体僕の平凡さはなぜだ? 魔王からは勇者呼ばわりされるし、エリアーデからは偽勇者。いずれにしても、僕はただ迷惑をこうむっているだけ。
どんよりした気分。何も得ることないままに、僕は家への道を急ぐ。
しかし今度は石――ではなく、かばんの中の端末が鳴始めた。
「あ……恵?」
「うん。翔吾くんだよね?」
「ごめんね。あの時はつい感情的になっちゃって」
エリアーデのことを引きずっていただけに、返事に若干の時間がかかった。
「いいんだ。まだお互いのこと、全然わかっちゃいないわけだし」
「仲直がしたいの。私、もう一回翔吾くんが話がしたい」
「もう一度?」
「うん。翔吾くんの家に招いてもらったからね……何か返答がしたくて」
「君の家に?」
「まさか。私の家なんて汚いし、狭いし、長い間ほったらかしだから」
「そっか……」 心配にもなる。けど、僕らはそんな深い仲じゃないはずだ。
「だから、私の職場前で話し合わない?」
恵。どんな道をたどってきた子なのだろう。無論、それを掘下げるなんて僕にはできない。
僕ら二人にとって、最善の道はそんな闇にはつゆ触れないこと。
もう、『過去』には触れまいとした。彼女はそんなものを追窮してほしくないはずと、信じていた。




