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二十八話「魔王と勇者、カレー決闘で一触即発!」

 夢を観ていた。魔王が二つの脚の化物にまたがっていて、僕を逐回していた。

 僕は助けを求め叫んだが、魔王は片腕をあげ、

「聞くか!」と相殺する。

 あたりを霧がつつみ、向こうへの視界は全くさえぎっている。長い逃避行の末、僕の体力はついに尽き、

「捕まえたぞ、勇者!」

 化物が舟みたいな大きさの足を振りかざし、がつんと踏みつける。

 けどほとんど感じない痛み。それによってますます恐怖が倍増し、そろそろ命の危険を覚えつつあった瞬間――

 茶色、静けさと貫禄を兼備える天井。


 しまった。寝過ごしたっ!!

 僕は恵の顔を何度も空に浮かべながら、学校への道を急いだのだった。


 ◇


 僕らが合宿で行くことになっていたのは、三十キロ離れた山奥の塩谷しおや山の中に建つキャンプ場。十数年前から姿を現したこの建物は、多人数を収容できるほどの規模であり、かつ大自然との調和も損なわない理想的な環境で人気だったのである。

 いや、僕は別に行きたくないわけじゃない。

 ただなんとなく気になるのが、もし僕たちがそんなとざされた場所にこもったら何が起きるのか、という疑問。あの魔王がついてるんだぞ? 何もやらかさないはずが――

「勇者!」 待ってましたとばかり叫ぶマギア。

 僕をその名で呼ぶな――という反論つっこみもよそに、みんな勇者、勇者と無慈悲にはやしたてる。

「な……なんだよ、みんなやけに明るいじゃないか」

 マギアは両手を腰に、不敵な笑。

「三茅のご家族がついに三茅の話に耳を傾けようとしだした件、話したよのう?」

 僕は嫌な予感を全神経で感知し始めていた。魔王はさらに続ける。

「三茅の奴、翔吾を勇者として認めさせることに成功したのじゃ!」

 僕は心底不愉快。

 こんなはた迷惑な話をよくぬけぬけできる。……誤言うそだろ?


「そう。私はこの数日間、魔王様しか頼れる人がいなかった。私は魔王様に開放してもらった恩を決して無駄にするわけにはいかなかった。だからこそ、嫌でも魔王様の力を証明しなきゃいけなかったの!」

 三茅は頭にサメの被覆かぶりもの。フードについて鋭い両目(プラスチック製)がぎろりとにらむ。あの話は本当だ。

 魔王が転校してきた頃とはすっかり変貌している。

 僕は口がふさがって、何も言うことができなかった。

「だって、私たちは今とんでもない場所に生きてるんだから。魔王って人がこのクラスにいるんだよ……こんな光景、普通だったら絶対ありえないんだから!」


 ああ、ありえない。普通の人生なら間違いなく経験しない。

 だが、そのありえなさを堂々と受容れちゃってるお前も大概だぞ。


「そりゃ、誰だって信じないよ。そのことを知ってもらうために、どれだけ苦労したか。でも、私は努力し続けたんだ……勇者中村翔吾、あなたを倒すために!」

 人が変わったようにしか見えない。そばで葛城咲が苦笑している。

 三茅は魔王の僮僕しもべという立場から降りる手段をもう持っては。


 僕はすかさず、高島朱音の様子をうかがうことにした。こんな環境では、もうあいつの顔さえ可依頼たのもしげに見えた。朱音は、腕すくめながら、マギアを見やりつつ、

「残念だけど、みんなこいつの魅力というか、魔力につかれているのね。もう治療のしようがないわ」

「あ~、こいつらと来たら……」

 これはもはや学級崩壊と言っていいレベルだろう。本格的に生徒会に訴え出なきゃ。

「悪く思うなよ、朱音」

 そこで口を開くのが吉田精一。

「俺も困惑してる。だってみんな勝手に魔王を支持したがるんだからな!」

 何だか喜んでいるみたいだな、こいつ。

「それでだ、勇者、じゃなくて翔吾!」

 もう吉田精一も魔王のに感化されてしまっている。

「別に気にやまなくたっていいさ。お前はこのクラスの二大アイドルなんだって思えばいい」

「はあ!?」

 どいつもこいつも、僕の気にさわることばかり言いやがって。

「二大じゃと!?」

 すかさず反論する魔王。

「何を! 我輩にとって勇者は不倶戴天の敵じゃ! 対等の者とすら認めぬ!」


 魔王の覇気に、誰もが粛然として目をみはる。しょげる吉田。

 三茅が元気を取直してくれたから、という以上の理由があるとしか。

「……しかし、何お前らそこまで浮かれてるんだ?」

 すると、今度も朱音が嫌なことを僕に教えた。

「小口先生が……マギアに合宿のしおりの製作を任せたのよ」

「なんだって?」

「調度マギアがどういう内容にするかみんなと考えていたの。そんな時に晩れてあなたが到来やってきたってわけ」

 すでに色んな文章に満ちた、すすけた紙を指でつまみ挙げ、

「しおりの製作は全て我輩が指揮とりしきる」

 魔王は決定した事項、断言するかのように。

 僕はもはやいじけることに理由を見出さない。

「お前……何を横柄な!!」

 僕の抵抗はマギアをしたり顔にさせるばかり。

「我輩は全臣下の合意でしたのじゃ!」

 ……それはもしかして先生を格下に観ているな?

 魔王がこれほど得意気になっている以上、嫌な予感が的中しないとは到底期待できない。

「まさか、僕を勇者としてつまみだそうとする内容じゃないだろうな?」

「いや、実はそういう筋で進んでたんだけど。合宿で決着を行い、貴様をつぶすと!」

 魔王は僕を指さし、にらみつける目を前へ。

「おいおい……」

 僕は周囲を察たが、誰一人として僕を同胞という目つきで扱ってくれる奴はいない。

 もう、こんな教室まくつからはさっさと脱出してしまいたい……!

「だ、誰か! 僕の味方はいないのか?」

「ええい、見苦しいぞ勇者!」

 魔王はさんざっぱら厳しい顔。

「多勢に無勢」

 朱音は腕をすくめ、何もしない。

「何、貴様をどうにかするつもりはない。我輩としてはこの教室で権威を保てばいいわけじゃからな」

 僕は実に深い屈辱を味わった。あの忌まわしい過去の日々とは別の意味で、自分の尊厳が崩壊していくのを感じ取った。 こんな『負けん気』がわいてきたのは、人生で最初はじめてかもしれない。

 気づくと僕はただ、無言で立ちつくす。

 魔王はぱちりと指をならすと、

「……よろしい、貴様とカレー味見しよう。それを食って、どちらが辛さに耐えきるか勝負じゃ!」


 僕は怒りつつ、戸惑いつつ、どこかでうれしくなっていた。自分が何か、特別な存在になった気がした。

 勇者だ。本来なら僕はこんな注目を受ける人間じゃなかったはずだ。それが、いつの間にか銀髪碧眼の美少女につきまとわれ、挙句他の奴らからも

 こんな日々がずっと続くなら、さぞかし充実した人生だろう――僕の知らない僕が、静かにささやいていた。

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