二十二話「魔王、気弱な少女を帰順せしめんとす」
「それは、どういうことじゃ」
アスファルトの上で寝そべっていたマギアが、日傘を杖がわりに立つ。
「我輩はお主が困っている顔を見たくない」
僕が言葉をためらっている間に、どんどん恵の車椅子に近よっていく。
恵はもう、笑わなくなっていた。急に、元気さを取り去ってしまったみたいに。
「だって、私は脚が不自由だもんね」
咲と僕は、突然切りだされた深刻な告白に偶像らしく固まっている。
「もう何年も前だけど。家が火事になってさ。気づくのが遅かったんだね。歩くことはできなくなっちゃったの」
恵は、ズボンをはいている。決して人に見せられる素肌ではないのだろう。やすやすと語れるはずのない過去。
僕は、先ほどのにぎやかな雰囲気がいまだ去けず、困惑を隠しきれない。
「私だってあなたたちと一緒に走りたい。あなたたちと同じ空気を吸いたい。でも私には」
目を細め、はるかな方向をながめる。
悲しい顔。僕は自分までもが罪深い存在に思われてきて、ついそっぽを向く。
咲はいてもたっていもいられない表情で、魔王に小声で。
「ねえ、魔王。この子は傷を負ってるんだよ……」
マギアはしかし、少しも臆する様子はなく。
「……何を言っておる!」
鋭い目、つやのある黒い手袋で、恵の両肩をぱしり。
「何も落胆することないのじゃ。一言口をきいた時点で我輩とお主には絶ちがたい紐帯がある」
「え?」 目をみひらき見上げる恵。
「お主は、よく言ってくれた」
魔王は、力づけるように恵に語る。
「そんなことは軽々しく人に教えられることではあるまい。それを我輩に教えてくれた。つまり、我輩を魔王として認めてくれた、ということじゃろう?」
恵は、だが顔をこわばらせたまま、口を鎖じる。
「やめて。恥ずかしいから」
マギアの腕が、小刻にゆれ始める。
「どうせ、私じゃあなたの友達にはなれない」
恵は車椅子をくるりと回転し、後ろへと。僕は、この時ばかりは魔王を応援した。どうにか、この少女と僕らに横臥わる壁を打破ってくれと。
「私は、明るい奴でもないし。魔王みたいにのんきにふるまえるわけないよ」
確かに、この子はマギアのことを以前から知っていたのだろう。自分があこがれつつ、しかしそうなれないと薄々思っていたのではないだろうか。
僕は、何となく親近感を覚えるのだった。
最初虚につかれたみたいに口をすぼめていたマギアは、けれどひそかにほほえんだ。小さな声で、優しく。
「我輩はお主が気に入っておる。たとえお主が後ろめたくともな」
恵は車輪を前に回し始め、なかなか心を開こうとしない。
僕は、恵の心を推測ろうとした。それが侮辱ではないかと思って、また人知れず赤面して。
「でも……私なんかじゃ対等な友人になんかなれないよ」
やや首を傾け、細い目を示る。僕は言葉を失い、偶像みたいに屹立くす。
「みんな、私を裏切ったんだからさ」
その暗い様子にめげず、明らかに思いつきで、
「そうじゃ! メールアドレスを電話番号を教えてやろう」
魔王は手提げのかばんからスマホを取りだし、恵の元に駆寄る。
「勇者も! ほらこっちきて!」
「ぼ、僕もか!?」 勇者にまでそんなことを頼むのか?
けど魔王の言葉に捕まるかのように、同じように恵の前へと回りこみ、気づいたらかばんの中からスマホを起動していた。
恵は困惑より、気色ばんだ顔。
当然だ。こんな恩きせがましい行動に出られて、喜ぶ奴がいるものか。
「べ、別に私はそんなことして欲しいわけじゃない」
恥ずかしそうに、顔をそむけ、つっぱねる。
「私は魔王なんてニュースで知っただけだし、いきなり電話番号とか、困っちゃうだけ」
けど、魔王の関心はそんな所を向いていない。
「何を言っておる! 今からお主を我輩の忠実な僮僕に作てやろうというのじゃ!」
咲もさすがに能天気すぎる彼女をたしなめようと。
「ねえ、いくらなんでも強引じゃないの? この子はあまり――」
「我輩はお主のような奴をほっとけない。お主はたった今重い過去を教えてくれたではないか……のう?」
確かに、魔王は真剣だった。たとえ人なつっこくても、単なるなれなれしさでは決して。
「お願いじゃ。我輩には、お主を無視することなんてできぬ!」
魔王の目が鋭さを増している。手すりを握りしめ、恵みのかよわい眼をのぞきこむ。
恵はただ、頭をかくばかり。時に本気で忌まわしそうな瞳になりつつ、けど、どこか救いを求めるような目つき。
「我輩は、お主がどんな闇をかかえているか知らぬ。いや、あえて聴取すつもりはない。だが、我輩はお主が苦しみを抱えているなら耐えられはせん」
「ねえ、魔王」
咲は動揺するばかりで、うまく口出できない。
「……すまぬな。我輩がこんな強情者で」
ああ、魔王はこういう所だけ人以上。
「いや。私が臆病なだけなんだね。きっと、人を信じることができないんだ」
恵は目をつむり、うなだれたままつぶやく。
僕は、そんな彼女の様子に自分を重ねてしまい、古傷が蘇っていく気がした。
「時々、こんな自分がほんと、嫌になる。嫌で、壊してしまいたいほどに」
「構わぬ。我輩を魔王と信じてくれる人間は実に得がたい存在であるからな」
それを知っているくらいには常識人なんだな。いや、常識人だったのか。
恵は暗澹とした感情のまま。しかし再び一種の期待が、瞳の奥に現れるかのように。
「でも……いいの? あなたを信じて?」
魔王は、恥ずかしくなるくらい口角を挙げ、恵に笑いかける。
「うむ! 我輩を誰と心える? 魔王マギア・ユスティシアじゃぞ!」
「マギア・ユスティシア……」
恵は、おそるおそるその名を口にする。
「そう! この悪名高い勇者・中村翔吾とは不倶戴天の敵同士!!」
結局はいつも、その展開。
「そげなっ!?」 お決まりの叫び。
恵は複雑な顔。しかしあまりにおかしなマギアの言葉にだんだん相好を崩し始め、
「……馬鹿らしいな。私の悩み」
緊張が、ほぐれていた。
「では咲、恵を下にまで連れてやってくれぬか」
「咲?」
まごつく咲の肩をたたきつつ、マギアは臆面もなく之を紹介する。
「この者は葛城咲。高校では足の速さで有名じゃ。我輩の忠実な臣下!」
そう言われると、
「う……うん! 臣下です! よろしく!」
と手を挙げて笑いかけるのだった。
恵に、再び先ほどの屈託のなさが復ってきていた。
◇
僕は、ずっと気にかかっていたことをようやく口にすることができた。
「ところで、三茅は……?」
「体調を崩してしまったらしくてな」
「体調を?」 家族を説得する苦労がたたったのだろうか。
僕はけど、すでに例の件を堂々と告げる気になっていた。
「ああ……すまない。僕らが集まったのはそんな理由じゃなかったな」
「米倉のことじゃったな」
魔王は確認するように。
もう、恵のことに頭が行ってる場合じゃ。
「米倉も大事だよ。でも、もっと大変なことが少し前起きたじゃないか」
どうでもいい、今こそ例の女について語るべき時だ。
「あの時、俺たちの前に現れた奴だよ!」




