表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/102

二十二話「魔王、気弱な少女を帰順せしめんとす」

「それは、どういうことじゃ」

 アスファルトの上で寝そべっていたマギアが、日傘を杖がわりに立つ。

「我輩はお主が困っている顔を見たくない」

 僕が言葉をためらっている間に、どんどん恵の車椅子に近よっていく。

 恵はもう、笑わなくなっていた。急に、元気さを取り去ってしまったみたいに。

「だって、私は脚が不自由だもんね」

 咲と僕は、突然切りだされた深刻な告白に偶像らしく固まっている。

「もう何年も前だけど。家が火事になってさ。気づくのが遅かったんだね。歩くことはできなくなっちゃったの」

 恵は、ズボンをはいている。決して人に見せられる素肌ではないのだろう。やすやすと語れるはずのない過去。


 僕は、先ほどのにぎやかな雰囲気がいまだけず、困惑を隠しきれない。


「私だってあなたたちと一緒に走りたい。あなたたちと同じ空気を吸いたい。でも私には」

 目を細め、はるかな方向をながめる。

 悲しい顔。僕は自分までもが罪深い存在に思われてきて、ついそっぽを向く。

 咲はいてもたっていもいられない表情で、魔王に小声で。

「ねえ、魔王。この子は傷を負ってるんだよ……」

 マギアはしかし、少しも臆する様子はなく。

「……何を言っておる!」

 鋭い目、つやのある黒い手袋で、恵の両肩をぱしり。

「何も落胆きおくれすることないのじゃ。一言口をきいた時点で我輩とお主には絶ちがたい紐帯がある」

「え?」 目をみひらき見上げる恵。

「お主は、よく言ってくれた」

 魔王は、力づけるように恵に語る。

「そんなことは軽々しく人に教えられることではあるまい。それを我輩に教えてくれた。つまり、我輩を魔王として認めてくれた、ということじゃろう?」

 恵は、だが顔をこわばらせたまま、口を鎖じる。

 

「やめて。恥ずかしいから」

 マギアの腕が、小刻にゆれ始める。

「どうせ、私じゃあなたの友達にはなれない」

 恵は車椅子をくるりと回転し、後ろへと。僕は、この時ばかりは魔王を応援した。どうにか、この少女と僕らに横臥よこたわる壁を打破ってくれと。

「私は、明るい奴でもないし。魔王みたいにのんきにふるまえるわけないよ」

 確かに、この子はマギアのことを以前まえから知っていたのだろう。自分があこがれつつ、しかしそうなれないと薄々思っていたのではないだろうか。

 僕は、何となく親近感を覚えるのだった。


 最初虚につかれたみたいに口をすぼめていたマギアは、けれどひそかにほほえんだ。小さな声で、優しく。

「我輩はお主が気に入っておる。たとえお主が後ろめたくともな」

 恵は車輪を前に回し始め、なかなか心を開こうとしない。

 僕は、恵の心を推測おしはかろうとした。それが侮辱ではないかと思って、また人知れず赤面して。

「でも……私なんかじゃ対等な友人になんかなれないよ」

 やや首を傾け、細い目をみせる。僕は言葉を失い、偶像みたいに屹立たちつくす。

「みんな、私を裏切ったんだからさ」


 その暗い様子にめげず、明らかに思いつきで、

「そうじゃ! メールアドレスを電話番号を教えてやろう」

 魔王は手提げのかばんからスマホを取りだし、恵の元に駆寄る。

「勇者も! ほらこっちきて!」

「ぼ、僕もか!?」 勇者にまでそんなことを頼むのか?

 けど魔王の言葉に捕まるかのように、同じように恵の前へと回りこみ、気づいたらかばんの中からスマホを起動していた。

 恵は困惑より、気色ばんだ顔。

 当然だ。こんな恩きせがましい行動に出られて、喜ぶ奴がいるものか。

「べ、別に私はそんなことして欲しいわけじゃない」

 恥ずかしそうに、顔をそむけ、つっぱねる。

「私は魔王なんてニュースで知っただけだし、いきなり電話番号とか、困っちゃうだけ」


 けど、魔王の関心はそんな所を向いていない。

「何を言っておる! 今からお主を我輩の忠実な僮僕しもべに作てやろうというのじゃ!」

 咲もさすがに能天気すぎる彼女をたしなめようと。

「ねえ、いくらなんでも強引じゃないの? この子はあまり――」

「我輩はお主のような奴をほっとけない。お主はたった今重い過去を教えてくれたではないか……のう?」

 確かに、魔王は真剣だった。たとえ人なつっこくても、単なるなれなれしさでは決して。

「お願いじゃ。我輩には、お主を無視することなんてできぬ!」


 魔王の目が鋭さを増している。手すりを握りしめ、恵みのかよわい眼をのぞきこむ。

 恵はただ、頭をかくばかり。時に本気で忌まわしそうな瞳になりつつ、けど、どこか救いを求めるような目つき。

「我輩は、お主がどんな闇をかかえているか知らぬ。いや、あえて聴取ききだすつもりはない。だが、我輩はお主が苦しみを抱えているなら耐えられはせん」

「ねえ、魔王」

 咲は動揺するばかりで、うまく口出できない。

「……すまぬな。我輩がこんな強情者で」

 ああ、魔王はこういう所だけ人以上。


「いや。私が臆病なだけなんだね。きっと、人を信じることができないんだ」

 恵は目をつむり、うなだれたままつぶやく。

 僕は、そんな彼女の様子に自分を重ねてしまい、古傷が蘇っていく気がした。

「時々、こんな自分がほんと、嫌になる。嫌で、壊してしまいたいほどに」


「構わぬ。我輩を魔王と信じてくれる人間は実に得がたい存在であるからな」

 それを知っているくらいには常識人なんだな。いや、常識人だったのか。

 恵は暗澹とした感情のまま。しかし再び一種の期待が、瞳の奥に現れるかのように。


「でも……いいの? あなたを信じて?」

 魔王は、恥ずかしくなるくらい口角を挙げ、恵に笑いかける。

「うむ! 我輩を誰と心える? 魔王マギア・ユスティシアじゃぞ!」

「マギア・ユスティシア……」

 恵は、おそるおそるその名を口にする。

「そう! この悪名高い勇者・中村翔吾とは不倶戴天の敵同士!!」

 結局はいつも、その展開。

「そげなっ!?」 お決まりの叫び。

 

 恵は複雑な顔。しかしあまりにおかしなマギアの言葉にだんだん相好を崩し始め、

「……馬鹿らしいな。私の悩み」

 緊張が、ほぐれていた。

「では咲、恵を下にまで連れてやってくれぬか」

「咲?」

 まごつく咲の肩をたたきつつ、マギアは臆面もなく之を紹介する。

「この者は葛城咲。高校では足の速さで有名じゃ。我輩の忠実な臣下!」

 そう言われると、

「う……うん! 臣下です! よろしく!」

 と手を挙げて笑いかけるのだった。

 恵に、再び先ほどの屈託のなさがもどってきていた。


 ◇


 僕は、ずっと気にかかっていたことをようやく口にすることができた。

「ところで、三茅は……?」

「体調を崩してしまったらしくてな」

「体調を?」 家族を説得する苦労がたたったのだろうか。

 僕はけど、すでに例の件を堂々と告げる気になっていた。

「ああ……すまない。僕らが集まったのはそんな理由じゃなかったな」


「米倉のことじゃったな」

 魔王は確認するように。

 もう、恵のことに頭が行ってる場合じゃ。

「米倉も大事だよ。でも、もっと大変なことが少し前起きたじゃないか」

 どうでもいい、今こそ例の女について語るべき時だ。

「あの時、俺たちの前に現れた奴だよ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ