二十一話「恐怖! 肩車形合体魔王兵器」
僕は魔王にとうとうエリアーデのことを話さなかった。もし知っていなかったらどうしよう。いや、知ってたらもっと怖いんだけど。
それはともかく、僕は魔王と会う約束をしていた。家から少し離れた丘の上、まあたわいもない会話にでも興じる予定。僕の方から誘った。
もちろんよもやま話に畢るわけではない。合宿の予定についても相談うし、それから米倉の一件についても陰かに論じる気でいる。
何しろ、これは他の奴らに漏らせることじゃない。咲に三茅に吉田、『あの場所』にいた数人だけが共有できる秘密。いっそその時にエリアーデについて告げるか――
逡巡しながら、僕は道を歩いていた。やがて丘の上に造る坂道にさしかかり、一人の人影がぽつりと立ち止まっているのを目撃する。
車椅子の女の子が前に進もうにも進めない、そわそわした様子でたたずんでいる。あまりに急な傾斜だから、立往生しているのだ。
僕はその子を無視するのに忍びなかった。以前の僕だったらにべもなく通過ぎたろうが、今その判断はただの恥辱。魔王に察られている気がしたからか。
僕は少女に数歩近づいて、どう声をかければいいか思い悩んだ。
体に走る小刻の震え。少女が振向いた。
「君は……」
小柄で、優しげな丸顔の子。
目が合った気がして、僕はちょっと赤面する。
言葉は、まず少女から。
「……輔弼ってくれるの?」
一旦その言葉が出たからには、僕はもう断れなかった。
こう答えるしか、道は。
「うん。てつだいたいな」
「いいの?」 少女がにっと唇を曲げる。
そのまま少女の車椅子に後ろから近づき、気づいたら車輪を押している。そんな自分に、爽快さを。誰かに利益をもたらすのが、これほど快感とは。
僕はすかさずこう問う。
「どこに行くの?」
「いつも通っている病院が向こうにあって。でも、普段通ってるみちが通行止で行けなくてさ」
「それは困るね……」 初めて会う人間なだけに、相づちに困る。
「ええと……」
僕は悩む。これは、魔王に評価してほしいからやっていることなんじゃないかと。
女の子から質問。
「名前は?」
しかし、なおも気分は上々。
「中村翔吾。久根野高校の二年生さ」
「久根野高校と言えば、最近『魔王』を名乗る変な女子がいる学校かな?」
「よ、よく知ってるね」
この子は、ひょっとして博識なのだろうか。
「ネットで有名だからさ。私、あの子がニュース番組のインタビューに出たの観たことあるから」
魔王はすでにそんな知名度を獲得していたのか。関係ないことだ、と言い聞かせようにも嫉妬っぽい感情がまきあがる。
「何のニュースで?」
「そうだな……」
「名前……知ってるの?」
「マギア・ユスティシアだね?」
この子が特に何でも知っているというよりは、マギアがあまりに目立っているのだろう。文句の一言や二言でも言ってやりたくなる。
「あいつ……」
僕は少女の確認に直接答えてやることはしなかった。彼女は僕の無言にさして気にせず、僕だけに教えるような小声でそっと、
「私……何だろう。ああいう子、ちょっとあこがれたりして」
静かで、けど芯の強さが奥深くに隠れている。
僕はこの子を、そっと守ってやりたいと思った。
ようやく坂を上り終えて、平坦な道に続くかと思われたその時、向こうから誰かが手をふりつつ、叫ぶ。
「勇者くーん!」
葛城咲だ。それに――あいつもいる。
「おーい! 勇者よ!!」
魔王は黒い、ちょっとしゃれた日傘を差している。無論そのままでもかわいいのだが、傘を持ってるといっそう嬋娟に見えた。
「まさか、あの子が?」
ぱっと好奇心で明るくなった顔を、僕に。
「そ、そうみたいだな」
僕はまごついた。
マギアに二人でいる光景を見られるなんて。いや、車椅子の少女が喜んでいるからか。
「こっちは待ちくたびれたんじゃぞ……ん?」
僕と少女はマギアに向かって進み続ける。この子をどう釈明すればよいかと思案するうち、マギアもいそいそと車椅子に近づいた。
「お主、名前は?」
魔王が興味しんしんに顔を近づける。
少女は少しためらいがちに、けど張り切って
「勝山恵って言います!」
それから、何度も口ごもり、けど感激した様子でこう問いかける。
「あの……もしかして、路上でうわさの魔王様ですか!?」
予測通り魔王も自分の名を呼ばれたことに目を輝かせ、
「何を隠そう、我輩こそが知る人ぞ知る魔王マギア・ユスティシアなのじゃ!」
小さな胸を張る。
「すごい! 本物!?」
「本物だとも! うそと思うなら我輩の手をにぎってみよ!」
魔王も自分を指さしつつ気炎を吐く。
恵は自分で車輪を回しながら、マギアのすぐそばまで寄って、手袋越にその手を握った。
数秒後、
「本物!」
僕の心の中に嫌な疑念がよぎる。あの金髪女――エリアーデ――は魔王が本物であるかどうか疑った。
すでにここから丘のてっぺんまではそう遠くない。
「どうじゃ?」
「おお……本当に白い肌……」
あそこで実際にうちあけてみるか? いや……早いか――
「勇者よ!」
魔王が調子にのって叱りつける。
「何じゃ、我輩が折角いい気になっておるのに祝福もなしか!」
勝手に言っとけ! と吐き捨てたくなるが、実際妬いている感情がどこかでわくのをはばみきれない。
「はあ、全く」
恵は興味深そうに僕の顔を丸い瞳でなめ回す。
「勇者? この人が勇者なの?」
堂々と僕を指さし、長口上をまくしたてる魔王マギア。
「そう! 我が前世からの仇敵、諸悪の根源たる勇者中村翔吾っ!!」
「お……おい! 出まかせ言うな!」
本当にけわしい顔をしていたので、僕はちぢみあがる他。
「やめろ! こんな所にまで」
「この人が勇者? 何言ってるの……」
恵は一瞬、軽蔑した感じの表情を浮かべたが、
「勇者、ね。分かった。敵……!」
いよいよ、この子まで本気で信じ込んでしまう。
「ぼ、僕はただの高校生だよ? 勇者だなんてこいつが勝手に言いはじめたことで――」
まるで、魔王には自分の妄想を信じさせる魔力があるとしか。
マギアは、僕の弁解を完全に打消し、堂々と僕に告げる。
「出鱈目こねおって! 征伐してくれる」
それから従者に命じる。
「咲、合体するぞ!」
「はいっ!」
するといきなり魔王は傘を打捨てて咲の両肩に脚を載せ、咲もそのまま力を振りしぼって起立る。
「ぶおーん!!」
両手を挙げて魔王が叫ぶ。
「ひえええ」 僕は恐慌をきたして逃げ出した。
だが、咲がクラス随一の俊足であることはすっかり忘却の果。
追いつかれそうになる。
恵の屈託ない笑声が後ろで。
◇
「あー、疲れた……」
僕も魔王も咲も、地面の上、木の側に横たわっている。
高みの見物をきめこむみたいに、恵だけが車椅子に座り、静かにほほえむ。
「みんな、本当に仲がいいんだね……」
「仲がいいだなんて、そんな……」
僕は恥ずかしい気分、思わず口を弾く。
「その通り。我輩たちは争い合っておるのだからな!」
明るくさえある声、マギアは躊躇なくそう言いはなつ。
「争い合うってな……」
荒い息を砂利の上、僕は魔王の物騒な表現にため息。
「うらやましいよ。誰も衰頽を知らないのだから」
恵はしかし、そこで口角を下げて行った。
あっけにとられたかのように、僕は自分の視線を、その憂いを含んだ顔に捕われていく。
「でも私、みんなみたいに楽しい時間を過ごすことできそうにないな」
恵の顔が、打って変わって薄暗くなっていた。




