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二十話「迫真魔王国・合宿の裏技」

 そろそろ合宿の季節だ。

 僕の通う久根原高校では年に一度、山奥のキャンプ場に一泊二日の合宿を行うことになっている。

 大自然の美しさに触れ、かつ生徒同士の交流を深める……というのが名目なのだが。


 魔王だ。魔王が合宿に加わるというのだ。正直いって、不安しかない。あの環境に幽閉とじこめられた魔王が何をしでかすのか……。

 気が気でない。無論エリアーデのことを忘れているわけでは。しかし、魔王の世間知らずさ、非常識さの方がよっぽど現実的で、危機的。

 そっちこそ、大切だ!

「それではこれから役割を決めたいと思いますが」

 黒板にはいくつかの白い枠を置いている。食事の用意とか、出来事の記録とか、班長とかいくつかの係の名称がそこに。

 僕としてはあまり目立ちたくない立場につきたいが……きっとあいつは許してくれないだろう。

 小口先生は静かに話す。この口調は魔王到来の前とさほど変わらない。

 だが、マギアに感化されてしまったのか、何らかの敬意を払っているらしく、

「どういう風に決めたいですか、魔王様?」

 とその次に尋ねる。当然ながら三茅はその名を聞くとにんまりするし、朱音は唇をとがらせる。

「我輩は……」

 さすが、こんな複雑な連係が必要な仕事では、魔王もそう単調に物事を決めるわけにはいくまい。

 僕はこの時、きっと魔王がどれかの班の班長をするんじゃないかと断定きめつけていた。

 けれど、あいつが出した答は、意外にも。


「我輩は食事係をしたい。それも食事全体の管理をつかさどる係に!」

 小口先生は目も口も丸い。

「おや……これは驚きですね。まさか魔王様が食事係とは」

 先生は明らかに、魔王がそんな小さな役目に徹することに不満足みたい。どう考えても、魔王の魔力に憑かれているかのよう。

 堂々とマギアは立上がり、腰に手をつけて荘重たからかに。

「我輩の料理の腕前は天下一品じゃからのう。我輩の特製カレーを食べれば誰でも我が忠実な僮僕しもべとなることまちがいなしなのじゃ!」


 僕の絶望は頂点に達している。こんな奴が造ったカレーを数十人単位で口にしたら、それこそ地獄絵を現出することは必定ではないか。

 僕も負けじと起立し、魔王に対する。

「あのなあ、お前僕に何を食べさせたか覚えてるのか?」

 僕はこの恨みをずっと引きずっていたのだ。まさにこの時とばかりに秘密をばらす。

「僕はあれのせいで一日中口がきけなかったんだぞ、分かるか?」

 しかし、魔王の耳にはただの念仏らしい。

「せっかく勇者にふるまったのだからな、貴様らにも大盤振舞をしてやるのじゃ!」

 堂々と両腕をかかげ胸を張る。

「いや、やめろ。それだけはやめろ」

 僕は絶対にあんな事態を再び招き寄せたくない。

「お主は勇者じゃからな、普通の人間とは味覚が違っておるのじゃ! だからあんな事態になった」

 不満げに腕を組みやがる。

「いや、僕だからあれで済んだんだろうが!」

 僕は理論よりも先に、何とかこっちから叫ぼうと必死に、之を指さし、

「お、お前はおよそ料理の方法を知らないっ!」

 自分でもしまったとは思うが、もう晩い。

「なっ……」

 魔王の眼が、一気に細くなる。そのまま脚を折って椅子に崩れ、

「わっ……我輩だって力を尽くしてあのカレーを作ってやったというのに……」

 腕でおおう顔、涙ながらにつぶやく。


 それを視つつ、先生は僕を大真面目にとがめた。

「しょ、翔吾君。魔王さんに向かって失礼ですよ」

 小口先生の言葉に、いよいよ目をひんむく。

 この人、本格的に魔王側についてるじゃん……! 気づくと、三茅も咲も同じ目つきで僕をじろりと。

 僕は心底魔王に謝りたくなかったが、かと言って一気に気まずくなった教室に目をそむけるわけにもいかず、

「あー……。そうですか」

 にたにた笑いつつ、椅子へ座る。どんだけ拙い手段であるか、愧じながら。

「……どんなものを食べたの、翔吾くん?」

 誰かがぼそりとつぶやく。

 すると、魔王はたった今の泣顔を捨て、あっけらかんとした笑顔で語りだす。

「うむ、我輩は甘味カレーなんどというものは好かんからのう。七味や胡椒を強くきかせたのが好きなのじゃ」

 やはり魔王には良識がない。口が達者なだけで本当は空虚からっぽな人間なのだ。

「おい、ここはお前のライブ会場じゃねえぞ」

 僕はもう一度魔王の暴虐に挙兵たちあがろうと決意。

「それより他の役割決めちゃおうぜ。誰も」

 僕はこれ以上魔王の饒舌を聞きたくないし、それは他の奴らも同じだろうから。

 ところが、その返答がもう予想の斜上。

「ふむ! なら我輩が決めるとしよう」

「ええ!?」

 僕にはもう、たまげるしか道が残されていない。

「せっかく我輩がこの教室にやってきたのだからな!」

「そうですね、魔王さん」

 小口先生の声でさえ、ほとんど嫌がる様子がない。


 魔王はほとんど、誇らしげに唇に弧を描いている。

「おい、吉田! お主は記録係をやれ」

 完全に魔王は、教室の全生徒の主人みたいに、命令を出し始める。

「お、俺がか?」

 無論驚く吉田。

「何しろお主は日誌の書くのが巧みじゃし、我輩みたいに授業の内容を空白にはしないからの」

 それはお前がまわりの世界を全然見ていないからだろ。

「……そう言われちゃ、悪い気はしないな。じゃあやってやるよ」

 受けるのかよ!


 魔王はすぐさま、視線を後に転じて朱音に向直る。

「では朱音が会計じゃ」

「……なぜ私があなたに命じられなきゃいけないの?」

 朱音がマギアを疎んじる様子は依然として。けれど、もう出会ったばかりの激しい嫌味をともなっちゃいない。

 多分、先ほどエリアーデの出現にまだ戸惑ってるからだろうが。

「お主は意外と勉強ができるようじゃからな。特に数学!」

 うらやむかのような声。

 はっきりと、マギアは朱音の才能を評価している。

「さすが、我輩なんて足元にも及ばぬ……実に有能な人材!」

 朱音はちっとも笑わず、むしろ狐につままれたような面持ちでいる。

「まさか、褒め殺してるわけ?」

 ……なんだ、意外と周囲を察てるじゃないか。

 僕は、マギアがこれほど如才ない奴と知らなかったことに、深く恥じた。

「いや、我輩の的確な観察の結果じゃ」

 朱音はどこか照れくさいような、あるいは単純に腹を立てているような、どっちつかずの表情。

 けど、しまいに導出した結論は、あまりに意外なもの。

「じゃあ、やってくれてもいい。他に適役がいないのなら」


「僕は何をすれば?」

 顔を指さしながら、魔王に訊いてみるしかない。

「それは貴様が決めるがいい! お主は我が盟友ではないのだからな」

 魔王は思いきり口をとがらせ、敵対心を明白あらわに。

「そげなっ!?」

 すでに三茅と咲が魔王と同じ目。そんな二人を見つめつつほくそえむ吉田。どうやら僕は教室中で敵とされてきているようだ。

 かろうじて朱音だけが冷汗かきながら、僕に同情してくれている。

 ああ、この顔はあれだ。先ほどエリアーデに出くわした動揺があるからマギアに大きな口を叩けずにいるんだ。そうに違いない。

 だとすると、僕と同じような意見を持っている……かもしれない。

「勇者よ、貴様には雑用をゆだねてやろう!」

「そのとーり!」

 マギアも……あちら側の奴なのか……?

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