天狗と武神 3
んぅ、私に名前を決めてほしい?
そ、そうです。その……俺とアメじゃその……いい名前を思いつかなくて
お、女の子なんです。その……いい名前、ありません天翔さん?
……名前ってのはな、親が決めるもので、他人に決めてもらうもんじゃあ……
だっだから! 恩人の天翔さんに言ってるんじゃありませんか!
そうです。俺もアメも、ずっと世話になってきました。命を助けられました。……その、こういう言い方はあれですけど、俺達にとって天翔さんは……父親みたいなものです。
……そ、そうか。まあ、お前達の厚意は受け取るが……じゃあ、一文字だ
一文字?
二人そろって首を傾げるな。そう、一文字。一文字だけ、私が決めてやる。その後はお前達二人で決めろ
はあ……そう、ですか
逆に難しくなりそうなことを……
なんだとフツヌシ?
いえっ、何でもありません!
よろしい。ふむ、そうだな……千。数字の、千だ
…………えぇ
なんだ二人共。顔を見合わせて。よもや、この私の発案が飲めないとでも?
ま、まさか……
わざとですね、天翔さん!!
まあそうカッカするなフツヌシ。お前、私を頼っただろ? つまりそういうことさ。嫌がらせを受けるくらいの覚悟は、あったんだろうな
う、うぐ……
千……千。あっ、良い名前を思いついたわ!
え、本当かアメ!?
ほう……聞こうじゃないか
うん。千に、陽ざしの陽で、千陽。千陽。千の陽を受けるような祝福を受けて、生きてほしいっていう意味で
ほう……いいんじゃないか、フツヌシ
ああ……いい。すごくいい! そうか、千陽かぁ……
ちょっ、おなかに耳当てちゃって……天翔さんの前よ?
ふむ、なら私も失礼すれば……
アメに触れないでください天翔さん
おいっ! さっき父親みたいなもんって言っただろうが!? 実質おじいちゃんなんだから、おなかにくらい触ったって……
駄目なんです! そういうのは駄目なんですッ!!
あっははは! 私はいいけどね、フツヌシ?
なっ……
だそうだが?
だ、だ、だ、駄目だッ!! 天翔さんは出て行ってくれ!!!
………………
ふふ……
ククッ……
はぁ……ふふ、幸せ、ですね
そうだな
そうね
「……無理だ」
目の前に浮かんだ情景を目にして、天翔は手を下ろす。その手を下ろすという事は、フツヌシを生かし、自分達がこれから助けていく子供達を、フツヌシの危険に晒すという事に他ならない。だが、天翔はその決断に一歩、その重き一歩を踏み込めなかったのだ。
理由は、日々だ。昔暮らしたその情景の、懐古が、遠さが……天翔の目に、涙を浮かばせたのだ。だから、彼はもう、フツヌシに殺意などを抱けなかった。
背を向け、歩き出す。目から流れ出る涙を拭わずに、天翔は静かに歩きだした。フツヌシから、距離を取ろうとしたのである。
天翔が歩き始めて、しばらく……
「殺さなくて、いいんですか……」
声が響いた。フツヌシの声だ。彼は吐血したまま、壁に背を預けたまま、それでも口を動かした。
「また、同じ目にあいますよ。俺が、俺と同じような境遇の子供を殺すかもしれない……。そんなことが分からない、あなたではないはず……です」
天翔は、フツヌシの言葉を黙ったまま、背中で聞く。
「例えば、一号の所の……鼬とマーレ、でしたか。あの二人は、俺とアメに似てる……。まんまじゃあないですか。脅威に対して、男が、鼬が盾になって……昔、俺とアメにもそんなことがありましたね……。助けてくれたのは、天翔さんだった」
「…………」
「ッ、もしかしたら!! あの二人の内どちらかを、俺が殺すかもしれませんよ……そうしたら、また、俺みたいになりますよ!! 二人のうちどちらかが、俺と同じように、奴らの場合は神を殺そうとし始める! 殺す対象はどうでもいいですが……それを、みすみす見過ごすんですか……」
フツヌシは血を口から吐きながら、そう語った。自分のような存在を、また作ってしまうかもしれない選択をしているのだと、天翔に言い聞かせるのだ。彼の語調はまるで、自分を殺してほしいと言うようだった。内容もそうである。お前の子供達を、自分が殺すかもしれないから早く殺した方がいいんじゃないか、という……
だが、それを受けても天翔は……
「それは……出来ない。死に場所を……私に求めないでくれ」
「ッ! ……根性無し、ですね」
「ああ……まったくだ。本当に……すまない」
フツヌシを殺すという、決心が出来なかったのだ。見てみれば、拳を体の脇で握りしめている。その拳は、白い肌の上に青い血管が浮き出るほど、強く握られていた。
それを一目見たフツヌシは、フッと、苦しそうに笑って口を開いた。
「この間……太三郎さんに会って、進んでいないと言われました……。天翔さんも、ですね」
「……ああ」
「……この咎は、重いですよ。充分、分かっているはずです」
「……ああ。一つ背負っているから、よく分かるよ」
「……そう、ですか。なら、いつか、天翔さんが進めることを……待っていますよ」
フツヌシはそこまで会話を終えると、また歩き始めた。そうして、二人の距離はずっと開いていく。だが、その心の在り様は似すぎていて、同じものではないかと見間違うほどであった。
(すまない、フツヌシ)
(すみません、天翔さん)
(罪悪を……背負わせてしまって)




