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ゆっくりと、普通へ

「あー……そのぉ……どうだった?」


 琴音は歌を歌い終えた後で、顔をほのかに赤くしながら勇気、ララ、マーレに問うた。自分の歌は、どれだけよかったか、と。どうやら前口上で既に言い訳のようなことを言い始めてはいたが、自信はあったようだ。そして、思いがあったのだろう。だからこそ、確認したかった。


 それで、問いを受けた三人は……黙って、顔を見合わせた。それを見た琴音は、ニンジンを目の前にした後で取り上げられたウサギのような気分になったのだろう。顔を真っ赤にして声を荒げる。


「おっ、教えてくれよ! うぁ……もう……何だよそのかおぉ……」


 琴音の前で、勇気達は真顔なのであった。その視線を受けると、琴音は何故か恥ずかしい気分になって顔を隠してしまう。否定されてる気にでもなったのだろうか。

 だが、全然三人の思っていることは違った。まず、マーレが口を開く。


「アンタの気持ちが入ってて……すごく、いい歌だったと思うわ。カラオケで聞いてた他人の曲より何倍も」


「あ……マーレ」


 次に、ララが口を開く。彼女は本当に感動したというような表情をして、琴音にゆっくりと語った。


「その……音色。音と色が、すごくよかった。気持ちがすごい、ありありと……」


「色? 色って……」


「ああいやっ! なんでもないよ。うん、なんでもない。ともかく、すごくいい歌だった」


 一瞬、自分が妖怪であることを忘れてララは語ってしまった。次の瞬間には正気に戻って、自分がおこなってしまった異常な言葉の穴をふさぐ。琴音は不思議だなぁという顔をして首を傾げていたが、それ以上ララに追及をかけることはしなかった。


 次に、勇気が口を開いたからだ。


「いい歌だった。別に、それ以上何かを言うつもりはない。それだけで、充分だ」


「勇気……」


(心から、琴の綺麗な音がした……とかは、ララのを見るにあんま言わない方がいいんだよ、な。褒めたいところなんて多すぎるんだが……)


 勇気は少しだけ名残惜しいという表情をして、琴音の歌を褒めた。おそらく彼としては、心の音色と合わせて聞いていたものだから、どちらも褒めたいのだろう。だが、ララが自分が妖怪であることを隠したことから、合わせなくてはいけない。そう思った勇気は、言葉を控えるのだった。


 だが、それでも充分だった。琴音は赤い顔ではあるが、少しだけ恥ずかしがってはいるが、とても幸福そうな顔をする。見ているモノさえ、ふわふわな気分にしてしまうような表情。オレンジが頬を染めているのだ。


「そ、そっかぁ……う、嬉しい、なぁ……へへぇ」


 頬を掻いて、その様子は普通の少女に戻っているように見えた。昨日まで、絶望を見せられていた少女とは思えない。これは全て、彼女自身の意識変革と、教師の言葉、そして親友達の支えのおかげだ。それがなければ、今頃彼女は希望を一欠片ですら捉えることが出来なかっただろう。


 そんな感じで、琴音は普通の夢見る少女に戻っていたのだった。自分の歌を披露して、褒められて、ちょっと照れてしまうような少女。


「いやぁ、売れるかなぁ……」


 琴音はギターを持ったまま、頭をかく。そうして、ちょっとだけ調子に乗った言動をした。売れるかな……と。マーレは、その言葉を聞くと笑う。


「自惚れてんじゃないわよ」


「うぇ、結構強い言葉だなぁ……」


「調子に乗り過ぎない事ね。ま、ゆっくりと歩けばいいと思うわ。ともかく、今は……」


 マーレは琴音に適当な言葉を投げかけた後で、何かを指示するようにチラと勇気を見る。その視線を受けると、勇気は首を傾げた。それに対して、マーレは顎で食堂の時計を示す。勇気がそれを見てみれば、現在の時刻は十一時後半辺りであった。それを理解すると、勇気はまたマーレに目を向ける。その一部始終を、琴音とララは首を傾げて見ていたが……


 勇気はどうやら、マーレの言いたいことが分かったらしい。だが、それはどうやら呆れてしまうようなものだったようだ。勇気はそんな風な顔をして、マーレに言った。


「お前、飯をつくれとでも言うのか?」


「当然でしょ? アンタ以外に誰がつくんのよ」


「はぁ……分かったよ」


 勇気は呆れて首をすくめながらも、マーレの言葉を聞き入れた。


 だが、琴音はそれをそのまま見送ることはない。椅子から立ち上がって、勇気の後に続こうとする。


「昼飯つくるのか? だったら、私も……」


「ああ、いや……」


 勇気は琴音の言葉を聞くと、その言葉に対して首を振った。


「お前、熱だったろ? 無理すんなよ」


「いや、大丈夫だって。さっきだって歌、歌ってたじゃねえか。大丈夫……」


「言い方変えるか。熱の菌が汚いから厨房には入っちゃ駄目だ」


「ひどくないか!?」


 勇気は何故か、普段言うとは思えないくらいひどめな言葉を使って琴音を突き放した。だが、その言葉は悪意からではない。それを、厨房の方へと向き直りながら彼は言った。


「いいんだぜ、本当によ。それに、こういう気分だ。お前は歌を歌ってくれたんだから、こっちは飯を作ってやる。飯には自信があるんだ。遠慮なく、受け取ってくれよ」


 勇気はそう言い切ると、琴音に背を向けて歩き始めた。その背には……温かさがある。人に手を差し伸べる、その温かさが。


 それを見た琴音は、フッと笑った後で、息を吐いて上を見上げるのだった。


「ありがとな」

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