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喪失プロムナード 11m

 ニケの涙は、喜びによって溢れたものだった。彼女は、ずっと会いたいと願い続けていたエルドベールが目の前に居ることが嬉しくて、涙を流していた。


 事情を知らないエルドベールからすれば、その涙と言葉は、全く違う意味に捉えられたわけだが。


「……嫌なこと思い出させてごめん。でも、何か覚えていることがあれば教えてほしい」


 エルドベールは真剣な瞳をニケへと向けた。


 ニケはその眼差しに、言い表せないほど心臓がドキドキとした。その一方で、彼の発言の意図が読み取れず、彼女は黙る他なかった。


「ごめん、僕のせいだ。ひとりにしてごめん」

「その? えっと?」

「せっかく綺麗な髪だったのに……」


 痛々しいものを見るかのように歪められた瞳を見て、ニケは咄嗟に自身の髪に触れた。髪を梳かすように触れたはずなのに、それは思っていたよりもずっと早くに終わりを迎える。


「あれ?」


 目線を落とすと、そこには大量の髪の毛が散らばっていた。エルドベールの背後にある鏡に、自分自身が写っているのが見えた。


「……あっ」


 ニケはこの瞬間、夢から完全に目を覚ました。


 ニケは全てを思い出して、エルドベールの発言の意味も全て理解した。彼女は動物が水浴びした後のように、ブンブンと何度も首を振った。


「じ、自分でやりましたっ!!」

「……え?」

「自分で髪を切ったんです!! 怪我も自分でやったんです!! だから犯人はいません!! 敢えて言うならば、私自身が犯人です!!」


 ニケは更に首を振った。


 しかし、その大袈裟な態度はむしろ、誰かを庇っているようにしか見えなかった。エルドベールは、疑うような瞳をニケへと向けた。


「ち、違うんです! こ、こんなに切るつもりは無かったんです! でも、勢い良くサクッていっちゃって。それに慌てちゃって、どうにかしなきゃって思ってたら、いつの間にか、こんなにも短くなってしまって……」


 ニケは、その視線を痛いほど感じながら、早口で説明を続けた。


「じゃあ、どうして怪我をしたの?」

「それが、髪を切っている間に急に眠たくなってきて! うとうとしながら髪を切っていたら、指や首をサクサク切ってしまって。でも、その時は全然痛くなくって! もうとにかく、余りにも眠いので片付けや手当は明日でいいや!ってことで、眠ることにしたんです!」

「……そんな話、信じられると思う?」

「疑わしいですが、嘘じゃないんです……」


 事実、ニケの発言に嘘は含まれていなかった。


 部屋の時計が10回目の音を鳴らした途端、急激に眠気が襲ってきた。耐え難いほどの睡魔は手元を狂わせ、痛覚も鈍らせ、全ての行動を実行不可能にした。ハサミを床に落としたことにも血が垂れていることにも気付かないまま、彼女は眠りについたのだった。


「でも、泣いてるじゃん」


 エルドベールは、咎めるように言った。それは彼にとって、強力のカードを切ったつもりだった。ほら、もうこれで言い逃れは出来ないでしょう?、といった想いでニケを見つめた。


「あっ……」


 ニケはハッとすると、はらはらと零れ落ちる涙を袖で拭った。それから顔を伏せて、それがエルドベールに見られないようにした。


「犯人の顔は見た?」

「いや、それは違くてですね……」


 エルドベールは、半歩、身体をニケへと寄せた。


「お願いだから、ちゃんと話してほしい」


 ニケは瞼をギュッと瞑った。耳元で囁かれたエルドベールの声に、心臓が鷲掴みされてしまったかのように痛くなった。手のひらを胸に当て、どうにか呼吸を繰り返した。


 泣いてしまった理由を話すことは、誰かを庇うことと比較にならないほどの苦行だった。それでも全ての逃げ道が塞がれた今、ニケはそれを包み隠さず話す他無くなった。


「……かった、からです」


 ボソボソと呟いた言葉は、エルドベールの元まで届かなかった。ニケは頭の中が混乱してきた。混迷が極まって、にっちもさっちなんとやらで目の中がグルグルとした。


 ニケは思い切って、その顔を上げた。


「会えて、嬉しかったからです!」

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