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田園調布が戸越銀座の軍門に下る日

 その夜、事態は一変した。

 

 谷底にある戸越銀座商店街から南へ坂を上った戸越八幡神社手前の住宅に、強盗が入ったのだ。日付が変わるその頃、地元の弁護士久保田祐貴は、ちょうど、ネットを渉猟していた。別に、真夜中になってなにも渉猟しなくったっていいのだ。夜行性動物じゃないんだから。だけど、どういうわけか、ニュース番組なども一通りチラ見したりして、侃々諤々の議論を聞くともなく聞いたりして、そういった時間もすぎると、真夜中になった後に、ノートパソコンの蓋をむやみと開きたくなるから不思議だ。

 蓋を開けると、だいたいは、大手ポータルサイトの、どうでもいい情報をクリックしては、ときに、その書き込みを眺めたりする。始めは、経済評論家モリタク先生の話題や斎藤元知事当選など、社会人なら一応目を通しておいたほうがいいという話題をチェックする。が、そのうち、キャッチーなゴシップネタ、たとえば、だれが結婚した、だの、肉食系だったのね、だの、安易なネタに移っていくのだ。そうなると、後はお定まりの動画コースと相成った。

 検索エンジンに「素人 無料エロ動画 身バレ」と入力すると、出るわ出るわ。どうして、こうも、最近は、素人と称するやからが、己の秘め事をあからさまにするようになってしまったのだろうか。まったく、嘆かわしい。と、一応、おつむのなかで、NHK的、朝日新聞的ポーズをとってはみる。しかし、それはあくまで、私はそれだけ抑制の効いた理性的人間なんですよ、との後から責任が発生した場合のアリバイとしてのポーズにすぎない。

 要は、そういった、お寺や神社でのお参りしたところで、他人の拝んでいる後ろで、彼らの投げるチャリンに合わせて頭を下げる「エアお賽銭」のようなもの。ここから本編が始まる。FC3の売り上げ上位ランキングをチェックし、そのうちの、まだ見たことのない名前をクリックし、コピペして、検索してみる。いくつかやってみる。もう一つやってみる。・・が、やっぱり、ただでは

検索できないとわかると、あきらめた久保田は、再度、検索エンジンに「素人無修正 エロ動画 スマホ」と入力する。すると、こんどは、スマホに限定したエロサイトが出てくる。久保田が愛用しているサイトが2つほどあり、そこに、流出もの、や、NTRもの、が出てくる。

 と、こんな遊びをいい歳をした40半ばすぎのおっさんが目をらんらんと輝かしては真夜中ひとり、居間のパソコンの前に噛り付いていると、「ピーポーピーポー」なにやら、パトカーのサイレンの音が鳴り出したではないか。

 なんだ、なんだ? 初めは、エロ動画内から流れてくるサイレンかな、くらいにしか思わなかった。いままでだって、そうだった。よく、あることなのだ。

 人気エロ動画『絶対的美人おねいさん、お邪魔します』シリーズなどで、素人女子大生という態の、それなりに顔が割れている仕込みのAV女優が、これまた同じく仕込みのAV男優もしくは業界関係者のヤサである外階段のモルタル安アパートを訪れて、狭い部屋の大半を占めているマットに二人座っておっぱじめる前に、どうでもいい会話を交わしている最中などに不思議と生じることなのだ。生活感あるこどもの遊ぶ声が聞こえてきたかと思ったら、こともあろうに、「ピーポー、ピーポー」と消防車だか救急車だかのサイレンの音が差しはさまれるシーンが。

あれって、いったい、本物なのだろうか。そう、疑いたくもなる。案外、これも効果音をわざと加えてるんじゃないか、と。もしこれが、いまは懐かしい、豆腐屋やラーメン屋のチャルメラの音だったら、確信犯だ。いや、むしろ、そういった、東京の失われてしまった生活音をぜひ、業界の人たちには作り込んでいっていただきたい。当人たちだって、そのほうがいいにきまってる。だって、ただ、男と女の睦言を延々と3つくらいの固定カメラでパターン化した構成でつなげて、作品として完成させているだけでは、マンネリ過ぎて飽きてくるだろう。作り手だって、はっきりいってしまえば、AVで終わりたくないはずだ。芸術作品を作りたい人もいるだろうし、エンタメ界に打って出たい映像マンだっているだろう。カンヌを狙ってやろうっていう野心家だって絶対いるはずだ。だったら、その片鱗を作品のディテールに織り込むのだ。ありもしない動物、たとえば、てん、や、きたきつねの鳴き声を一瞬忍ばせる、とか。それに対するAV女優の表情を撮ったり、もしくは、編集で入れることで、視聴者にあれっ、これって、これまでの、ただのエロ動画とは一線を画しているな、と気づかせたり。

 などと、仕事と女のまったく来ないオケラ弁護士らしい妄想に耽っていると、ほんとに、サイレンの音が大きく聞こえ始めたのだ。これはただごとじゃないぞ。

 とはいえ、時間は真夜中の0時30分ほど。まさか、いまから、外に出て、サイレンの方向をさまようわけにもいかない。あっ、そうか、SNSを使えばいいんだ。Xで、#戸越銀座#サイレン、と検索を掛けてみる。しかし、出てこない。探し方が悪いのか。オレはエロ動画を探すのは一流だが、Xはほとんど使ってないからなあ。肝心なときに、肝心な検索ができないことにいまさら悩む。

 テレビもつけてみる。が、『戸越銀座の真夜中のサイレン』がテレビニュースになるはずもない。まあ、明日でいいや。いや、もう明日だけど。そんな自問自答をしつつ、なんだかんだ言って、寝たのはそれから2時間後の午前3時をすぎていた。

 

 目が覚めたのは、すでに昼になろうとする頃で、寝床でテレビのリモコンをピッ、ポッと押すと、なにやら、テレビではまた闇バイトのニュースを報じていた。それも、どうやら、現場からの実況中継のようだ。久保田は、新橋駅前の千鳥格子ビル2Fに巣くう違法中国人熟女マッサージ店の従業員たちが横柄にも横になりながら客に「いらっしゃいませ」と挨拶するのと同じく、頭は枕に置いたまま、体だけ半分起こして、テレビ画面を確かめた。

 あれっ、なんだか、目にしたことがあるような場所が。夢うつつだからだろうか、なんだか身近な光景のような・・ すると、上空からの映像に切り替わり、「東京の有数の商店街、戸越銀座商店街からほど近い住宅に、複数の男たちが強盗に入り、高齢の住民夫婦に乱暴を加えて、逃走中です」と興奮気味に若い女性レポーターの声がキンキン響いてきた。それだけでも、十分に目覚まし替わりとして使える。

「なんだここ、八幡様の裏じゃないか」

 戸越八幡神社は子供のころから遊んだ場所だった。こうしちゃいらんない。毎日が日曜日の久保田ではあったが、珍しくがばっと布団を払いのけると階下へ下りて、服を着替え、現場へと急行してみた。すると、いるわいるわ、野次馬たちが。

「お前ら仕事しろよ、平日のまっ昼間から、こんなとこで油なんて売ってないでさ」

 連中にむかって、おもいっきり怒鳴ってやった。心うちで。規制線のなかでは警察関係者がしきりにいったり来たりしていた。どうして警察は、こういう事件になると急に、必要以上に人数をかき集めるんだろう。いくらなんでも、人数、多すぎじゃない。単純に久保田は疑問に思った。また、野次馬だと思ったのは、実はその大半は、マスコミ関係者だということもわかってきた。腕に腕章をしていたり、大きなカメラをぶら下げていたり、おつむがよさそうではあるがなにか俺たち私たちはエライんだと顔つき体つき全体で主張しているようで、戸越界隈の人種ではない、千代田区中央区港区渋谷区新宿区あたりからやってきた異人種だなというのは一瞬でわかった。

 せっかくだから、ここぞとばかり、彼らの顔をチラ見してやることにした。すると、テレビ局の女性レポーターのなかでなかなかの美人さんが。おお、いるいる。というより、さすがはテレビ局だ。美人しかいなかった。男も、おつむがいいこともあるのか、結構なイケメンもなかにはいた。フツメンも結構いたが。

 というわけで、まったくの不謹慎であるが、久保田は事件というよりは、事件に群がるマスコミ人が大集合した戸越銀座商店街のこの状況にかなり興奮していた。おもちゃ箱をひっくり返したかのような大事態に。

 その日はお昼のニュースのトップ、7時のニュースもトップ、各局の夜のニュースもどこもトップ級に『戸越銀座の闇バイト強盗』を取り上げていた。


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