第47話 ショーセルセの関与
翌朝、予定通り二手に別れて、町を探索することになった。
二組に別れる提案した張本人だと言うのに、組分けにララが難色を示すというやや不可解なことがあったものの、何とか無事に探索をはじめることができた。
「ララちゃんと仲良くなったみたいね」
いつも通り、飄々とした様子のリリアサである。
「仲良くなったのでしょうか。昨日の晩、少し話したくらいですが」
「あら、どんな話をしたの?」
「う~ん、武芸についてとか強さとか、そんな話でしょうか」
「色気のない話ねぇ。でもきっと琴線に触れるものがあったのね。ララちゃん、部屋に戻ってきたら妙に興奮した様子だったわよ。恭之介君、何か無意識に言ったんでしょ?」
「いえ、どうでしょう。わかりません。でも彼女は悪い思いをしたわけじゃなさそうでしたよ。なんか嬉しそうでしたし」
「あ、やっぱ何か話したのね。う~ん、抜け目ない。でもまぁ恭之介君はかっこいいからね、仕方ないわ」
少しからかうような笑みを浮かべ、リリアサが恭之介を覗き込む。
昨日はゆっくりと町を見ることができなかったので、改めて町を歩くと、とにかく多くの店が盛況なのに気づく。景気が良さそうだ。想像以上にウルダン・トゥンアンゴ両国と上手く交易ができているのだろう。
ララたちと同じ褐色の肌をした商人も多い。トゥンアンゴ人だろうか。色とりどりの織物を取り扱っている。素人目で見ても見事な裁縫技術だ。
「さて、火煙の二人を探すのをメインと言っても、実際のところ手詰まりなのよね」
「そうですね、探す当てはギルドしかなかったですし」
「情報を集めるなら酒場とかいいんだけど、さすがにこの時間は開いてないからねぇ」
「武器屋とか宿屋とか冒険者が来そうなところを探してみます?」
「そうね、まずはその辺りに行ってみましょうか」
何となく気楽に提案してみたものの、結果は芳しくなかった。
さすがに都といったところか。店舗の数が多く、回るだけでも大変な労力だった。
また明らかによそ者である恭之介たちを警戒してか、知っていようが知っていまいが、あまり情報を出してくることはなかった。仕方のないことではある。
「やっぱりすぐには見つからないわね。これはギルドに頼った方が結果的に早いかも」
若干の疲労を感じている恭之介に対し、あまり堪えた様子のないリリアサである。たくましいものだ。情報を得ることの大変さを知っているのだろう。
反面、恭之介はこれまで、人の中に入り込んで、何かを探るということをしてこなかった。冒険者の仕事の中には、探索の仕事もあるようだから、こういったことにも慣れていかなければならないだろう。
「しょうがないから、まずはもう一つの用件を進めましょうか。気分転換も兼ねて」
「そうしましょうか」
もう一つの用件とは、魔物使いの所在を探ることである。
リリアサからすれば、こちらが本命の用件だ。そのために彼女はわざわざショーセルセまで来た。
リリアサの予想では、牧畜を営んでいるのではとのことなので、まずは近くにあった乳製品の店に聞き込みをすることにした。
「こんにちは」
「あいよ、いらっしゃい」
恰幅の良い女性が店番をしている。
店頭には大きな白い塊が置いてある。これが昨日食べたチーズのようだ。
「ショーセルセの乳製品って本当に美味しいわね」
「あぁ、ここいらの名物だからね」
リリアサが自然に会話をはじめる。この辺りは彼女の十八番だ。
「ワインに合うチーズを探してるんだけど、おすすめはある?お酒のおつまみにするつもりだから、そんなに量はいらないんだけど」
「それなら今は、これとこれかしらね。こっちはわりとスタンダードなチーズだから、万人受けするよ。こっちは香りも味も強くて、ちょっと癖があるけど、ハマってこればっか買ってく人も多いわ」
「へぇ、どっちも良さそう。二つを少しずつ包んでもらうことってできる?」
「あぁ、構わないよ」
「じゃあ50gずつもらおうかしら」
「あいよ」
女性が手慣れた手つきで、チーズを切っていく。
「ところで、ロンツェグって男の人、知らないかしら。前に仕事でお世話になって、そのお礼をしたくて。この辺りで牧畜をしてるって聞いたんだけど」
「ロンツェグ?あぁ、この辺りでロンツェグって言ったら、ここから西にある牧場を経営してるロンツェグさんしかいないよ。珍しい名前だしね」
「多分、その人だわ。良い商品作るって言ってたのよね」
「あぁ、ウチも色々な商品を仕入れさせてもらってるよ。あの人は気前もいいしね」
ロンツェグというのが、魔物使いの名前である。
幸先の良いことに、いきなり情報を手に入れることができた。
かまをかけて話したことが、功を奏したようだ。火煙の二人についても、かまをかけられるくらいの情報材料があればいいのだが。
ロンツェグは、どうやらこの辺りでは、それなりに名前の知れた牧場主のようだ。女性の話しぶりでは、評判も悪くなさそうである。
女性が語るロンツェグの様子に、恭之介が想像していた、魔物を操る悪玉の姿はない。
商売も上手くいっているようだし、そんな人間がわざわざ悪事に加担するのだろうか。
「ちなみに、その癖の強い方のチーズはロンツェグさんのとこのだよ」
「ホント?ちょうど良かったわ。食べて彼に感想を伝えようっと」
それから二、三言葉をかわして、店を後にした。
「いきなり引っ掛かったわね。ラッキーだわ」
「えぇ、結構手広く商売をしているみたいですね」
「うん、まぁあのギフトは牧場経営には持ってこいだしね。もともと羊飼いだった彼なら、上手に扱えるでしょう」
「それでどうします?早速、牧場へ行ってみますか?」
時間はまだ余裕がある。牧場は町から少し離れているようだが、今から行けば夕方には帰って来られるだろう。
「う~ん、どうしようかな」
決断の早いリリアサが、珍しく悩んでいる。
「ちょっとね、ある仮説があるの。聞いてくれる?」
「はい、何ですか?」
「あそこに座って、話しましょうか」
広場の前にある長椅子に座る。すぐ近くにある噴水がきれいな水しぶきを上げていた。
「まず、ロンツェグ君があの魔物の波を起こした犯人だと仮定するわ」
リリアサが人差し指を一本立てる。
「ロンツェグ君は何故、魔物にコルガッタの町を襲わせるようなことをしたのか?シンプルに考えると、ウルダンにダメージを与えたいショーセルセ政府、あるいはトゥンアンゴ政府の息がかかっているから。まぁウルダンの非主流派の可能性もなくはないけど、これは今は置いておきましょう」
「ロンツェグさんがどちらかの政府に力を貸しているということですか?」
「もしくは利用されているか。まぁ状況はあまり変わらないから、とりあえずどちらでも良いわ。ではショーセルセ、トゥンアンゴ、どちらの可能性が高いか」
「う~ん、彼はショーセルセに住んでいますし、ショーセルセの可能性が高いように思えます」
「うん、それはあると思う。政府からすれば、そんな大きな力の持ち主は、目の届く手元に置いておきたいのが心情ね。普通に考えたらそれが自然。私もショーセルセだと思うわ。そして、そう思うもう一つの理由」
リリアサが今度は指を二本立てた。
「どうして私たちが何者かに監視されていたのか。エフセイさんから話を聞いてつながったわ。監視してたのがジェマイリ将軍の手駒、泥虫だったならば理由がわかる」
「どうしてですか?」
「監視されていたのは、恭之介君と私。特に恭之介君ね」
「え、私ですか?」
「そう、ミノタウロスを倒した恭之介君を見張っていたのよ。ショーセルセとロンツェグ君が立てた作戦を潰した張本人をね」
「なるほど」
ショーセルセの武闘派とロンツェグが組んでいるということか。
武闘派はロンツェグの魔物を操る能力を使い、ウルダン国内を混乱させ、国力を落とす。
そうしてウルダンの領地を奪い取る機会を探っていたのか。もしかしたらトゥンアンゴでも同じような作戦が計画されているのかもしれない。
そしてこの作戦の肝は、実際に攻めるのは魔物ということだ。魔物を操るなどということは普通は考えないだろう。土壇場までショーセルセの関与は見えてこない。
その隙に乗じて、両国に攻め入る作戦か。
また実際に領土へ攻め入らなくとも、両国の復興に力を貸すことで物資も恩も売りつけることができ、名実ともにショーセルセは利を得る。この大陸で、ショーセルセの存在感は更に増すだろう。
ショーセルセの関与がばれなければ、かなり有効な手段のように思える。
「ストーリーとしてはそれがぴったりなのよね。その場合、恭之介君はショーセルセ側に要注意人物として狙われている可能性があるわ。必勝の一手を破った敵としてね」
「う~ん、それは厄介ですね。この世界に来てまで狙われるとは」
「まぁ、あくまで仮説だけどね」
「でもリリアサさんは、そう思っているんですよね?」
「そうね、私は一番ありえそうな話と思っているわ。冬という時期外れの魔物の波に、深淵の魔物であるミノタウロスの出現。やっぱり普通じゃ起こりえないことよ」
「でもロンツェグさんの力が関わっているならありえるんですね?」
「そ、残念だけどね。そう考えるのが一番しっくりくる」
リリアサは少し寂しそうな顔を見せる。
自分がこの世界に送り出した転生者だ。きっと信じたい気持ちがあるのだろう。だが、状況がそうさせない状況にある。
「だから考えなしにロンツェグ君に会いに行くのはどうかと思って。もしこの仮説が本当なら敵陣に乗り込むようなものでしょう?」
「じゃあとりあえず、今日はやめておきますか?居場所はわかりましたし、少し時間を置けば良い考えも浮かぶかもしれませんよ」
「……そうね、そうしましょうか!それに第一目標は火煙の二人なわけだし」
彼女は、気を取り直すように手を叩いた。
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