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女に声をかけられた翌日、不覚にもタバコを買い忘れていたことを思い出した。まあ、タバコなどどこで買っても同じなので近くのコンビニでも構わない。だが、今回はカートンで買いだめをしておきたいと豊は思う。そうするべき理由は特にない。ただ、大きな買い物をするならポイントが付くスーパーに行ったほうがいい。ポイントデーなら三倍ないしは五倍のポイントが付く。これは大きい。そのポイントデーがたまたま明日なのである。その日は当然、他の商品も安くなっている。早速明日、スーパーへ買い物に行かねばなるまいと決意した。あの女に会うことがあるにしても、ポイントデーならば自然な出会いを演出できる。普段はつけない買い物リストなどを書いたりする。書き出してみると、意外にも買っておきたいものが多々あった。いつもなら面倒でしかない作業が、この日はそれも楽しい作業だった。

 そして翌日、いつもより早く目が覚めてしまった。朝のワイドショーはどこも似たり寄ったりの内容。そもそも世間の動向など自分の人生には一切関係がない。今、自分は重大な案件を抱えている。朝からワイドショーを見ている暇人ではないのだ。テレビの時計を見ると七時半。スーパーの開店にはまだ一時間半ある。豊は待ち遠しくて仕方がない。妙にそわそわし、洗面所に行って自分の顔を確認してみる。普段はしない消臭剤を体に振ったり、すっかり薄くなった白い頭髪の手入れなどもしてみたり、いつもは頓着しない身だしなみに気を遣う。そんなことをしていると一時間などあっという間に経ち、さりとて開店時間に合わせて行くのも落ち着きがないような気がして、さらに三十分ほど待ってから外出の準備を始めた。とはいえ、着替えもすでに済ませていたのでリュックを背負って玄関に出るだけなのだが。

 表に出てタプリに乗り込む。いざ、スーパーへ向かうとなるとハンドルを持つ手がかすかに震える。豊は深呼吸し、自分に落ち着けと言い聞かせる。女に会いに行くわけではない。ただ、いつもの買い物に出かけるだけではないか、と。

 この日の道中はなぜか頭にくる車や歩行者にも出くわさなかった。ただ単に自分の心の持ちようかとも思えたが。どこか心に余裕があり、視界に歩行者が入っただけでイラついていたものだが、この日はお先にどうぞという心境だった。豊自身、この日は妙に安全運転を心がけていると、自分でも気付くほどだった。

 そして車はつつがなくスーパーに到着。豊はタプリから降り、つい、周囲を見渡す。あの女らしき人影は見えない。分かりきっていたことだが。ついさっきまで淡い期待をしていた自分がとても滑稽に思えて苦笑する。当然ではないか。自分はあの女に会いにきたわけではない。会う約束すらしていない。買い物に来て、なにを期待していたのか。と、自分に言い聞かせつつ店内に入る。

 いつもと変わらぬいらっしゃいませの挨拶。例の四十代の店員も相変わらず緩慢な動きで乳製品を並べている。この日は店長の山野も豆腐が並んだ冷蔵庫の前でタブレット型の端末を操作している。豊がすぐ後ろを通り過ぎても、山野は気付く風もなく、背を向けたままいらっしゃいませと挨拶をした。

 豊は店内をひと回りして、前日、つけたはずの買い物リストをチェックすることもなく、

サービスカウンターでタバコをカートンで購入。なんだか買い物など、もうどうでもよくなってしまった。豊はそれ以外の買い物をする気も失せ、後ろ髪引かれる思いで店を出た。自動ドアを潜ると駐車場に設置してある屋外時計に目をやった。時間は十時弱。一昨日、女に声をかけられたのは十一時に近かったのではないか、女の方にも都合があるだろう。そう思い、豊は店の脇に設置してある、女に声をかけられたあのベンチで一時間ほど時間を潰してみようと思った。幸いタバコは大量にある。なんなら自販機でコーヒーでも買ってもいい。こちらは自由気ままな年金生活者だ。昼の日中に暇を持て余して咎められるいわれはない。豊はベンチが並ぶスペースに移動。そこにはやはり見知った年寄りたちが井戸端会議に花を咲かせている。今まで考えもしなかったが、この店の脇のベンチスペースはこの近所の年寄りの社交場であるらしかった。

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