表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/83

21

 帰りの道すがら、豊はずっと駐車場で起こったことを反芻する。あの女があそこまで食い下がって自分に話したかったこととはなんだったのか。なぜ自分なのか。あの店に鳴り込んだ自分になんの用があるというのか。そもそもあの女は何者なのか。胸ポケットからタバコを一本取り出すが、その指先がかすかに震えていることに気付いた。

 女の顔が頭から離れない。細い目でえらが張った、少々野暮ったい顔で、容姿は十人並みあるかないか。だが、あの世代の女と個人的な会話をしたのは一体、いつ以来か。記憶をしばし辿ったが思い当たらなかった。商店で買い物をするか、あるいはセールスで言葉を交わしたことがあるくらいだ。いや、自分と同年代の男はみな似たり寄ったりではなかろうか。あの女と言葉を交わしていたときの周囲の視線が思い出された。傍からは親子か、下手をすれば祖父とその孫娘に見えたことだろう。女の年寄りは詮索するような目で、男の年寄りは羨望の眼差しで見ていたような気がする。そう思うと、なにか自分が特別な人間にでもなれたような気がして少し愉快だった。女にお父さんと呼ばれたのも面映い。若い娘にお父さんと呼ばれることがこれほどうれしいものだとは思わなかった。

 そんなことを考えていると、いつの間にか自宅に着いてしまっていた。いつも帰りに寄るコンビニにも気付かず通り過ぎていたらしい。いや、そもそもスーパーを出てから、自宅に着くまでの記憶が欠落している。いつもイラつく交差点や歩行者、前を走る車など、まったく記憶になかった。

 不思議な気持ちで自宅に入る。居間に入りコタツのスイッチを入れるが、いつも真っ先につけるテレビを見ようとは思わなかった。

 しばらくはぼんやりとコタツの中であの女のことを考えていた。器量は取り立てていいわけではない。だが笑顔が印象的だった。無邪気な笑顔を自分に向ける若い娘など今までほとんど、いや、全くと言っていいほどない。なぜあの女は大勢いる年寄りの中で、自分を探していたのか。スーパーに文句を言いに行ったことがそれほど特別なことなのだろうか。家族はいるのか。結婚はしているのか。なんの仕事をしているのか。名はなんというのか。歳は、住んでいる場所は、好きなものは、豊はずっとあの女のことばかり考えていた。そして去り際の言葉が脳裏に蘇る。

「できるだけここで待っている」

 そう、言っていた。それだけではない。自分に会うために、二日もあの場所で待っていてくれたのだ。それなのにやっと会えた自分はけんもほろろ。女はいたく失望したのではあるまいか。そう思い至ると豊は今すぐにでもあのスーパーに戻りたい衝動に駆られた。思わず立ち上がりかけたが、少し考えて、また腰を落ち着ける。

 今すぐスーパーに行ってあの女がいたとして、どう切り出したものか。やっぱり話がしたくて戻りましたとはとても言えない。キャッチセールスの類だったらまず断れない。あれこれ行かない理由を頭の中で並べ立てる。そもそも今すぐ行ったところで、女が待っているとも思えなかった。そのときの失望が痛いほど予想できるだけに、進んで行動を起こせなかった。

 タバコに火をつけ、ため息交じりの煙を天井に向かって吐き出す。次いでテレビをつける。どこのチャンネルもテレビショッピング。頼みの国民放送も教育系の番組で見る気も起きない。テレビを消し、再び思案に暮れる。もちろん答えなど出ようはずもない。やがて頭の中であの女とのやりとりを再生し続ける。今思い出すと現実だったかどうかも自信がない。白昼夢か、あるいはこの部屋の中で自分はずっと寝ていたのではとも思えてきた。

 夢はえてして結論が出ないものだ。支離滅裂なイメージや疑問が羅列され、それの結果や解が出そうになると、きまって目が覚める。そもそも夢とはそういうものだから。そういう意味では、あの女とのやりとりも夢のようなものだった。

 所詮現実ではないと豊は考えることにした。どうせスーパーには今後、何度も行く。あの女と再会できる確率は低いと思うが、きまって目にする客もいる。縁があれば会うこともあるかもしれない。そのとき、向こうが声をかけてくれば、今度は話でも聞いてやろう。

どうせ大した話ではないだろうし、むしろ面倒に巻き込まれそうでさえある。なんにせよ、そのときに判断すればいい。そう結論付けると、少し落ち着いた。タバコもいつの間にか吸い終えていた。だが、今度は別の問題が頭をもたげてきた。次に自分はいつ、あのスーパーへ行けばいいのか。直近で買い物に行く予定は今のところない。鳴り込んだために行き辛くなったのも事実だ。豊は再び考え始めた。いつのまにか、あの女と再開できる前提で考えていることに自分自身、気付いていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ