玉竜の王に君臨した
彼の目の前に、美しい光景が広がっている。
色とりどりの宝石が象る、数十体の竜たち。すらりとした胴のものも居れば、如何にもパワータイプです、というようながっしりした体躯のものまで。皆一様に、輝きを放つ透き通った宝石をその身に纏っており、壮観な眺めだ。
陽を受けて反射した光があちこちに散乱して、虹色に輝いている。
彼は、一番近くに控える、美しい青緑色の竜に目をやった。双翼を上品にたたみ込み、恭しくこうべを垂れている。
先ほどの美女の実態も、自分と同じく竜だったのだ。
アレキッサと名乗った彼女の名を聞いて、彼が思い当たったのはアレキサンドライトという宝石。
確か、自然光の下では青緑、人工灯の下では美しい緋色に色が変わったはずだ。
だから、暗赤色の髪だったのだろう。
さて、お気づきだろうか。
このドラゴンたちに、竜の姿と人型、両方のモードがあることに。
美女が急に指笛を吹いて、ドラゴンに変身した時は流石に焦った。それに呼応するように、四方八方からドラゴンが飛来して来た時も。
ファンタジー要素がふんだんに盛り込まれた状況に、なるようになれとしか思えなかった。
(これもまた、俺の運命なんやろな)
適応力に優れ、順応が早いのも、古谷 千紘時代からの彼の長所であった。
で、今に至るわけだ。
転生したらしいという状況を一旦飲み込むと、周りを見渡す余裕が出来た。
解せないのは、何故生まれたばかりの自分に竜たちが傅いているのか、という一点だ。
彼が、竜たちの王族のような偉い血筋に生まれたのかと思えば、そうでもなさそうだ。
何より、そう仮定すると、彼の親にあたる王と呼ばれる存在が見当たらない。
竜たちを統率しているのは、誰なのだろう。
そんな疑問に答えてくれたのは、アレキッサだった。竜たちが整列したのを確認すると、ひとたびバサリと羽ばたいた。
ざわめく竜たちを視線で鎮め、元の美女の姿をとる。優雅にこちらへ歩いてきて、恭しく俺に手を差し伸べてきた。
洞窟の中にいたため、竜たちの視界には入って居なかった俺(体長1メートルを悠に超える)を軽々と抱き上げ、皆に見えるように差し出し、掲げた。
その瞬間、割れるような歓声。わんわんと岩肌に反響して、正直とってもうるさい。
咆哮が響き渡り、竜たちの喜びがひしひしと伝わってくる。中には、せっかく座っていたのに飛び回るヤツまでいる。
(なんなんこいつら………)
俺がドン引きしているともつゆ知らず、喜びの唸り声を上げ続ける竜たち。そろそろ本当に喧しい。
そんな心の声を汲み取ったわけでもないだろうが、アレキッサが手を上げて黙るようにと合図した。
そして、高らかに宣言する。
「皆、よく聞け!
今日は、我ら玉竜族にとって、最も大切な日となった。我らが待ち望み続けた金剛竜アダマス様が、この世に生を受けられたのだ!」
(いや、アダマスって誰やねん)
「今宵は宴だ!
今日より、全員一丸となってアダマス様をお守りするように!」
「「「「「「「アダマス様、万歳!!」」」」」」」
(竜の姿のままでも、喋れんのかい)
竜たちのテンションとは、天と地ほど差があるが、彼は脳内ツッコミを繰り返した。
先ほど喋ろうと声帯を震わせたところ、キュウ、という小さな鳴き声しか出ず、アレキッサを興奮させてしまっただけだったので、ツッコミを入れたくても入れられないというのが正しいのだが。
こうして、古谷 千紘改めアダマスは、玉竜族の王として君臨することとなった。
さて、その晩。
竜たちが宴を行なっている様をアレキッサに抱かれながら眺めていると、三人の人型ドラゴンが進み出てきた。
「お初にお目にかかります、我が君。
私の名は、蒼玉竜サファ。貴方様に仕えし一柱でございます」
美しく深い青を纏う美男子。紺色の髪は襟足を軽く束ね、前髪がさらりとその美貌に影を落としている。優雅にお辞儀をした後、アレキッサから俺の体を受け取る。
「アレキッサだけ狡いですね。巡回が無ければ、私もアダマス様ご誕生の瞬間に立ち会えたものを」
サファという男が憂いを帯びたため息を零す。美形は何をしても絵になるらしい。得である。
次に進み出てきたのは、鮮やかな緑色の短髪を揺らす、ガタイの良い男。精悍な顔つきは凛々しく、まさしく美丈夫といった風貌だ。周りと比べれば、健康的に日焼けしている。それでも、前世の俺の知識基準で言えば色白なことに変わりはないのだが。
「我が君。ご生誕、誠に喜ばしく思います。私は、翠玉竜ラルド。あなた様をお守りする盾となる者です」
サファから俺を受け取って、真摯な眼差しでこちらを見つめる。
(なんやこれ………乙女ゲーやん………)
女性なら垂涎ものだろう。
男の俺でも心臓に悪い状況である。
俺は慌てて、最後の一人に視線を移した。
そして、後悔した。
燃えるような赤を纏う、これまた傾国の美女。抜群のプロポーションを惜しげもなく披露している。緩やかに波打つ豊かな髪は、上品なワインレッドを湛えていた。
「我が君、私はいつもあなた様のお側に。名は、紅玉竜ルビィと申します。どうか健やかに成長なされますよう」
タレ目気味の大きな瞳を瞬かせ、ゆったりと微笑む。口元の黒子が、何ともエロい。
(この世界、目の保養でしかないわ………)
何だかんだ楽しんでいる、アダマスであった。