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第31話 虚飾の結婚式

エルディス王宮、大聖堂。

ステンドグラスから降り注ぐ光の下、季節外れの白薔薇が何万本と飾られ、むせ返るような甘い香りが堂内を満たしていた。


王室の国庫は完全に空である。それどころか、魔法契約によって主要な領地すら『ザック商会』に奪い取られ、王都の物流はヴァルディス連邦の経済封鎖によって完全にストップしていた。

本来であれば、結婚式など挙げている場合ではない。


だが、エドワード王太子は「連邦の第一皇子から莫大な経済援助の約束を取り付けた」という嘘(本人は本気で信じ込んでいる)を盾に、残された王室の宝物庫の品を闇ルートで叩き売り、無理やりこの「世紀の結婚式」を強行したのだ。


「ああ、エドワード様……! 私のドレス、本当に綺麗! これでやっと、名実ともにあなたの妻、エルディス王国の次期王妃になれるのね!」


祭壇の前に立つ男爵令嬢マリーは、純白のシルクに大量の真珠とダイヤモンドを縫い付けた、目も眩むようなウェディングドレスを揺らして歓喜の声を上げた。

数日前、「お金のない王子様なんていらない!」とトランクに荷物を詰めて逃げ出そうとしていた女とは到底思えない、欲にまみれた満面の笑みである。


「ああ、マリー。君こそ世界で一番美しい私の花嫁だ。……外で騒いでいる薄汚い暴徒どもなど気にすることはない。今日、連邦の第一皇子様が莫大な支援金を持って到着すれば、すべてが解決するのだからな」


純白の礼服を着飾ったエドワードもまた、得意満面に胸を張った。

大聖堂の分厚い扉の向こうからは、未だに「パンを寄越せ」「結婚式を中止しろ」という民衆の怒号が微かに聞こえてくる。だが、エドワードの耳にはもう、自分を称賛する都合の良い言葉しか届いていなかった。


(ふん。あの生意気な下級商人(ザック)め。私が領地の利息を払えずに泣き寝入りするとでも思ったか? 連邦のトップである皇子様が直接私を支援してくだされば、貴様のような小悪党の借金など、一息で吹き飛ぶのだ!)


エドワードは、自らの完璧な逆転劇(と信じ込んでいる妄想)に酔いしれていた。

さらに、横領犯に仕立て上げた元婚約者・ルチアの隠し財産こそ手に入らなかったが、それももうどうでもよかった。連邦の無限の金庫が自分のものになるのだから。


列席している数百人の王侯貴族たちも、決してエドワードやマリーを祝福するために集まったわけではない。


「……本当に、連邦の第一皇子殿下が参列されるのか?」

「エドワード殿下がそう豪語しておられた。もし連邦の莫大な経済援助が事実なら、今のうちに王太子殿下に恩を売っておかねば、我々も暴動の巻き添えを食うぞ」

「それにしても、この物資不足の中でよくもまあこれほどの式を……。完全にハリボテの虚飾だな」


貴族たちは扇で口元を隠し、打算と猜疑心に満ちたヒソヒソ話を交わしている。

誰もが「連邦の金」だけを目当てに集まった、空虚で滑稽な宴。


「……エドワード様。皇子様はまだ到着されないのかしら? 私、早く連邦の無限のお金で、新しい宮殿の建設を再開させたいわ」

マリーがエドワードの腕にすがりつき、甘ったるい声でおねだりをする。


「案ずるな、マリー。皇子殿下からの親書には『式典の最中に到着する』と記されていた。……私自らがしたためた、国の存亡を懸けた熱い嘆願書だ。きっと殿下も心を打たれ、この結婚式を最高の舞台として選んでくださったに違いない」


エドワードが自信たっぷりに頷いた、まさにその時だった。


パァァァァァァァン……!!


大聖堂の入り口に立つ近衛兵たちが、一斉に高らかなファンファーレのラッパを吹き鳴らした。

列席していた貴族たちが、弾かれたようにざわめき、一斉に入り口の巨大な扉へと視線を向ける。


『——皆様、静粛に!!』


冷や汗をかいた式典の進行役(司会)が、魔法の拡声器を使って大聖堂全体に響き渡る声で叫んだ。


『ただいま、我がエルディス王国の真の救世主にして、世界最大の超大国……ヴァルディス通商連邦より、特使であられる【第一皇子殿下】がご到着なされました!!』


「おおおおっ!!」

「本当に来られたぞ! 連邦の次期トップが!!」

「これで我が国は救われる!」


貴族たちが歓声を上げ、拍手喝采が巻き起こる。

エドワードは「見たか!」とばかりにマリーと顔を見合わせ、満面のドヤ顔で祭壇の中央に進み出た。


「さあ、皆の者! 頭を下げ、拍手をもってお迎えするのだ! 我が国の借金をすべて肩代わりし、新たなる繁栄をもたらしてくださる、偉大なる連邦の第一皇子殿下のご入場である!!」


エドワードが両手を大きく広げ、大聖堂の重厚な扉に向かって勝ち誇ったように叫ぶ。

これまでのすべての屈辱、ザックにコケにされた怒り、ルチアを追放したことで浴びた陰口……そのすべてが、今この瞬間に報われるのだと信じて疑わなかった。


ギィィィィィィィィ……。


何百人もの視線が集中する中。

重厚な扉が、両側に向かってゆっくりと重々しい音を立てて開かれていく。


ステンドグラスの光とは違う、外の眩い陽光が堂内に差し込み、光の逆光の中に「二つの影」が浮かび上がった。


長身で堂々たる体躯を持つ男と。

その隣でエスコートされる、洗練されたドレス姿の細身の女。


「おお……なんと神々しい……!」

エドワードは歓喜の声を上げ、満面の笑みでその「救世主」を出迎えようと一歩踏み出した。


だが。

逆光が晴れ、堂内に足を踏み入れた二人の『顔』が完全に見えた瞬間。


「…………え?」


エドワードの顔に張り付いていた満面の笑みが、ピシリ、と音を立てて凍りついた。

隣でドレスの裾を摘んでお辞儀をしようとしていたマリーも、目を限界まで見開き、小さく「ひっ」と息を呑んだ。


そこに立っていたのは、見知らぬ他国の偉大な皇子などではなかった。


漆黒の最高級の三つ揃えのスーツを着こなし、連邦の皇族のみに許される『金糸の紋章』を胸に輝かせた……他でもない、王国の領地を合法的に奪い取った成り上がりの下級商人、ザック。


そして、そのザックの腕にそっと手を添え、極上のミッドナイトブルーのドレスに身を包み、極寒の絶対零度の笑みを浮かべる……自らが「横領犯」として追放したはずの元婚約者、ルチア。


「は……? 嘘、だろ……?」


エドワードの喉から、かすれた音が漏れる。

大聖堂は、先ほどの熱狂が嘘のように、水を打ったような完全な静寂に包まれた。


「やあ、エルディス王国の皆さん。……素晴らしいハリボテの式典ですね」


静寂の中、ザイオンの低く、絶対的な覇気を纏った声が大聖堂に響き渡る。


「ご招待にあずかり光栄ですわ、エドワード殿下」

ルチアは銀縁眼鏡の奥の瞳を冷酷に細め、扇で口元を隠して優雅に微笑んだ。


最も見下し、最も憎んでいた二人が。

最強の権力と莫大な債権を引っ提げて、愚か者たちの虚飾の結婚式を「地獄」へと変えるべく、悠然とバージンロードを歩き始めた。

いよいよクライマックスです!

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