第303話 片田舎のおっさん、足を運ぶ
「よっ……と。こっちに来るのは初めてだね」
「普段先生にお越しいただく場所ではありませんから……」
「そりゃそうだ」
ミュイを連れての謝罪行脚。これは概ね無事に終わったと見ていいだろう。ミュイの新たな決意もこの目で見れたことだし、後は彼女の更なる成長に寄り添い、そして期待したいところだ。
他方、子供相手だけならそれで終わりでいいんだが、今回はそうもいかないのでね。こんな胸糞悪い事件を起こした張本人に話を伺わなきゃならん。
俺としても別に好き好んで尋問をやりたいわけじゃないにせよ、うちの娘が世話になった以上、キッチリと顔を拝み、洗いざらい聞かせてもらう権利がある。
まあこれがただの一般人ならそこまでは押せなかったんだけど、俺はこの騎士団の特別指南役である。なのでそういう融通がまかり通ってしまうわけだな。ここでも権力というやつの威力を思い知ることとなった。
勿論、こんなもんは本来発揮されない方がいい。発揮されないということは、有事が起こっていないということだから。
けれど結局こういうものは大小問わず、いくらかは飛び出してくるものだ。世知辛いね、世の中ってやつは。
「悪いね、付き添ってもらって」
「いえ、問題ありません。先生には彼女を訪ねる権利があります」
「ありがとう」
とはいえ。流石に俺としても、単独で騎士団庁舎の地下牢に向かうのは少し遠慮したかった。なので大変申し訳ないながら、アリューシアに同行を頼んだ形である。そもそも地下牢への行き方も知らない。
俺ひとりで向かっても何をどうやって聞けばいいのかがいまいち分からんし、カッとなってしまう可能性も無きにしも非ず。
捕らえた罪人をぶった切るのはよくないくらいの分別はついている。しかし理性ですべての感情を制御出来たら人間は苦労しないのだ。特に剣士なんて人種は尚更。
「話はある程度聞けたのかい?」
「順調、とは言い難いですね。何分非協力的なもので……」
「そっかあ……」
今向かっているのは、クルニとフィッセルの二人をして捕らえ切れなかった弓使い、カイナのもとである。
口調から大分いかつい性格をしていることはある程度分かっていたものの、取り調べは順調とは言い難いらしい。素直に口を割ってくれる感じでもなさそうだしなあ。こりゃ苦労しそうだ。
しかし騎士団としては、何としても口を割らせないといけない。こんなデカい事件を起こした原因と経緯を突き止めねばならないからだ。
俺がその一助になるとは思えないけれど、物は試しって側面もある。彼女を斬ったのは俺だから、俺の話なら聞いてくれるかも、みたいなね。まあ望み薄ではあるだろうが。
「団長、指南役殿。こちらです」
「ああ、ありがとう」
庁舎内の階段を下りた先、見張りの騎士とご挨拶。当然ながら牢は厳重に警備されている。ここから罪人を取り逃がしたとなれば、醜聞は免れないだろうからな。
ちなみに。他の人間は王国守備隊の詰め所や庁舎の牢にぶち込まれているらしい。相手の戦力や重要度に応じて、収監先を変えているみたいだった。
まあ軽犯罪人から重犯罪人まで全部騎士団庁舎の地下牢ってわけにもいかんだろうからね。どんな建物にもキャパシティの限界はある。それらが埋まらない程度に治安が良いのが理想だろうが、人類は皆が皆賢くはないわけで。
「おい、聴取の時間だ」
見張り役の騎士の案内で、地下牢を進む。見た感じあまり埋まってはなさそうで何よりではある。ここがパンパンになっていたらそれこそヤバイ事態だ。そうなっていないことに、少しだけ安堵するよ。
「なんだ。またか」
で、牢が並んだ先のやや奥まった場所。そこにカイナが収監されているらしい。騎士の声掛けにも憮然とした答え方である。
反省しているかはとても微妙な反応だな。いっそここまでくると、自身の行いに確固たる信念を持っている可能性まである。レビオス司教やモーリス教皇などと同じタイプ。
あまり期待はしていなかったものの、俺なんぞの言葉でカイナが揺れるとはいよいよ考えづらくなってきたな。
「どうも、話を聞かせてもらいにきたよ」
「! チッ、今度は化け物のお出ましか……」
牢越しに言葉を投げてみるも、返ってきたのは酷い反応であった。俺自身が常人である自覚こそあまりないけれど、こうも化け物化け物と連呼されると、まあ気持ちのいいもんじゃない。
腕を褒められるのなら嬉しいんだけどねえ。人に非ずみたいな言い方をされると、やっぱりまったくの無風というわけにはいかない。俺には守るべきものがあり、それらを守るために剣を振るっているつもりだから。
とはいっても、俺が彼女のどてっぱらを切り裂いた事実は変わらない。見た感じ応急処置はされているようだが、全快するには長い休養か、魔術師の力を要するだろう。
ひとまず逃走の可能性は低そうで助かった。ここまでやられて逃げられましたでは話にならんからね。
「子供を攫う。その行いこそが俺には化け物に見えるけどね」
「はっ、屁理屈を。お前たちもどれだけ人を殺しているか、分かったもんじゃない」
俺が事件の日から思っていることを口にすると、どうやらカイナにとってはそれは屁理屈らしい。
うーん。これはスフェンドヤードバニアの連中とはまた違った厄介さがあるな。彼らは信仰という拠り所に対して傾倒していたが、彼女はどうもそれらとも異なるように見える。
言い方は極めて失礼だが、神などという曖昧なものを物差しにせず、自身の価値観のみで決め打っているタイプだ。こりゃ尋問も苦戦してそうだな、というのは今のやり取りだけですぐに理解出来た。
「となると、復讐かい?」
「黙秘する。私の行動原理をお前たちに共有する理由がない」
「あ、そう……」
少し突っ込んで話を聞こうとすると、すぐさま向こうから扉が閉められる。うーむ、取り付く島もないとは正にこのことか。
しかしもって、黙ってるのなら仕方がないか、で済ませられる犯罪ではない。誘拐未遂など相当な重罪である。ほどなく尋問から拷問にシフトしていくものだと思うが、さりとて誰がどう行うのか。
ちなみに俺は、拷問自体に積極的にかかわりたいとは微塵も考えていないが、仕組みとして必要なことだと思っている人間である。言葉で言ってきかないなら、ある程度分からせる必要があるから。
まあこれは、俺自身が剣士だからそういう考え方なのかもしれないけどね。一般的に歓迎されることじゃないのは理解しているつもりだ。
「折角の腕なのに、こんなことに使うのは勿体ないと思うけどねえ」
「……」
これは本音である。彼女は正直、かなり腕が立つ。傭兵でも冒険者でも騎士でもなんでもいいが、そういう社会的な正義が発揮される場所に居ても、実力を十分に発揮出来るだろう。
「……ふーむ」
「……何をじろじろと見ている。化け物め」
「犯罪者の特徴をよく知ろうとするのは当然のことじゃない?」
「チッ」
言葉の応酬もそこそこに、改めてカイナの様子を観察してみる。事件の日は真夜中で、容姿なんてほとんど分からなかったからな。
第一印象は、あえて挙げるならスレナに近い。日焼けした肌に強気な眼差し。強いカールのかかったショートヘア。身長は大体、アリューシアと同じくらいか? 少なくとも小柄というわけではなさそうだ。
加えて年齢もアリューシア辺りに近そうである。クルニやフィッセルほど年若い感じは受けない。まあ女性の見た目で年齢を測るのは難しいんだけれども。
「興味深い鍛え方だね。剣士とは違う……やはり弓を射るからか」
「……」
ただそれ以上に注目すべきは、やはり身体つき。全身に満遍なく筋肉が備わっているものの、俺目線ではバランスがいいとは言えない。剣士とは明らかに肉のつき方が違うな。
パワーとしなやかさ。弓使いは、求められる筋肉の質が身体の個所によって大きく異なるらしい。剣士でも一生腕だけで剣を振り続ければこうなるのかもしれないが、そんなやつは早晩死ぬ宿命にある。
俺からすれば歪とも捉えれるが、弓を扱う上で最適化されたボディともいえるな。ここまで鍛え上げるのにも相当な苦労と時間が必要であろう。ますますこんな悪人に成り下がっているのが不思議でならない。
「相当な鍛錬を積んでいると見える。重ねて言うけど、勿体ないねえ……」
「……チッ、なんなんだお前は……」
カイナがやらかしたことはとんでもない犯罪だし、断じて許されるべきではない。だがそれを犯すまでに鍛え上げられた肉体と技術は、別枠で褒められても良いものだ。
そう思って呟いたんだけれど、それが功を奏したのだろうか。俺の呼称が化け物ではなくなったぞ。やったね、晴れて人間様の仲間入りだぜ。
「……使っていたのは確か短弓だったね。飛距離と威力は出なさそうだが……ああそうか。番える動作で大胸筋を使うね」
「……指も使う。速射を成すには繊細な動作が求められる」
「なるほど。そういえば君は一度に三本の矢を使っていたな。握り込むわけにはいかないか」
「そうだ。指の間に挟んで狙いをつける」
「ふむ。剣士には不要な技術ではあるけど、興味深くはあるね」
「……チッ」
そのまま武器談議に触れたところ、悪くない感触が戻ってきた。いや俺も打算ありきで喋ったわけじゃないけどさ。こういう未知の技術って気になるじゃないか。未知かつ、相手が一流の使い手であれば尚更ね。
で、二言三言会話が続くと、カイナはどうやら俺に乗せられたと思ったらしい。最後はやや強引な舌打ちで締められた。
どうでもいいが、マジで舌打ちが多いなこいつ。癖になっているんだろうか。余程カリカリした人生を送ってきたのかもしれない。気の荒さは出会った当初のミュイに少し似ているが、一層擦り切れている感じがする。
「でもまあ、君の持つ技術が凄いことには変わりな……うん?」
出来れば世の中の役に立つために使ってほしい技術ではあれど、素晴らしいことには違いない。そう思って一旦俺からも話を区切ろうとしたところ、ちょっと気付いたことがあった。
カイナは気性が極めて荒い。それはもう少し喋っただけですぐ分かる。戦闘中でも口調はかなりいかついものであったし、好戦的な性格であろうことはほぼ間違いない。
「……君の弓捌きは素晴らしい。まずそれは間違いない前提としてあるんだけど」
「……? なんだ。褒めても何も出さんぞ」
カイナの持つ技術は素晴らしいものだ。俺は弓使いと相対した経験はほとんどないが、それでもほぼ最上級の射手だと思う。逃走しながらあの暗闇で複数人を相手に、的確に戦闘をこなすスキルは尋常ではない。
「ただの一発も、俺たちの急所には当てないようにしていたね?」
「ッ!」
俺の言葉を受けたカイナの反応は、僅かではあるものの確かに変わった。やっぱり何かがあるんだろうな。それが何かはまだ分からないけれど。




