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片田舎のおっさん、剣聖になる ~ただの田舎の剣術師範だったのに、大成した弟子たちが俺を放ってくれない件~  作者: 佐賀崎しげる
第十章

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第286話 片田舎のおっさん、先を視る

「……分かった、やろう」


 ヴェスパーのお誘いを俺が断る理由はない。勿論、彼の今の状態を鑑みて「もう少し身体の勘が戻ってから」と差し戻すことも、無理筋というわけではないだろう。

 だがそれをして何が彼のためになるというのか。気概の灯火は決して外野が消してはならんのだ。

 こう思う背景には、俺自身がそう考えるようになったということもあるし、フラーウが復帰した時に彼女と交わした言葉も少なからず影響がある。


 当時フラーウは、復帰したてのタイミングで地獄の基礎練に巻き込まれた。いや巻き込んだのは俺だけどさ。サラキア王太子妃の輿入れという一大イベントがあったから、という立て付けはあるものの、個人に無理な負荷をかけていい免罪符とはならない。

 しかし彼女は言ってのけたのだ。今が無理をする場面だと。

 無論、当時フラーウが置かれていた状況と今のヴェスパーの状況は違う。違うが、その心にある想いはそう変わらないはずである。


 であるならば、それを俺が一方的に折ってしまうのはあまりにも無粋。ヴェスパー本人も「今の自分を刻みたい」と言った通り、現在地を知っておきたいのだろう。

 ならば、それをしっかり教えるのも指南役の役目。少なくとも俺はそう捉えた。


「胸をお借りします」

「うん。ただし危ないと思ったら止める。いいね?」

「は、尤もかと」


 ただそれでもなお、ぶっ倒れるまでやるというのは許容出来ない。そもそも俺にそのつもりもない。適切な運動量を超えたらビシッと止めるつもりだ。

 気合は燻ぶらせても意味がないし、空回りさせても意味がない。適切に燃やしてなんぼである。指導者として、その見極めを間違えてはいけない。そういう意味ではこの立ち合い、俺の指導者としての資質が求められる場面でもあった。


「じゃあ一手、よろしくね」

「はい、よろしくお願いいたします」


 互いに少し距離を取り、礼。

 ちなみにだが。俺がこの騎士団庁舎で特別指南役として教え始めてから、もう一年以上は経過している。

 ヘンブリッツ君との打ち合いを制してしばらくは色々と見られていたものだが、流石に一年も経てば俺がここに居ること自体が常識となる。つまり、ヴェスパーとの立ち合いをわざわざ自身の鍛錬の手を止めてまで見学しよう、と考える者はそう多くない。


 俺としては、過剰な注目がなくなって助かるといったところだけどね。まあその分、特別指南役として受け入れてくれたとも捉えているので、何も悪いこっちゃない。俺も伸び伸びと指導を行えるというものだ。


「では――参ります!」


 言うと同時、ヴェスパーは踏み込んできた。ただし、やはり怪我を負う前の鋭さは、ない。恐らく本人も痛いほど分かっていることだろう。

 素人が相手なら問題ない。何もさせることなく圧殺出来る速さではある。多少剣をかじった者であっても、初手で止めるのはきっと難しい。


 しかし、レベリオ騎士団の中で一線級として通用する速度かと問われると、現状のままでは厳しい。

 たったの一踏み。ただの一歩だけで、そのレベルが分かってしまった。一瞬の合間なれど、やはりそこに多少の寂寞は混じる。


「……」

「ふっ!」


 踏み込みからの突き。半歩退いて受ける。

 俺の体勢とヴェスパーの体勢。そして剣先の位置を考えると、このまま手前を返して柄でも当てればそれで終わる打ち合い。

 普通の打ち合いならそれでもよかった。だが彼の現在地を刻みたいという言葉を加味すると、ここで終わらせるのもやや早計か。様々な考えが刹那に過る。


「たっ! はああっ!」


 ヴェスパーの攻撃は止まらない。踏み替えての左横薙ぎ、また突き、次いで手首を返しての振り下ろし。

 バランスの取れた、いい攻め手。振りに比べて見極めにくい突きを多用しているのもいい判断。惜しむらくは、本来あるべきスピードが乗っていないことくらい。

 恐らく最初の突きを受けられた時点で、彼の腹も決まったのだろう。戦闘能力自体が落ちていたとしても、それまで培ってきた肌感覚、経験は消えないからな。

 攻められるだけ攻めて、今持ち得る自分のすべてを出し切る。彼の剣筋からは、そういう気概が見て取れた。


「……流石、レベリオの騎士だな」


 この呟きは、ヴェスパーに向けたものではない。ただ独りでに零しただけ。

 例えば若かりし頃の俺。おやじ殿に絶対勝てないと分かっていながら、がむしゃらにすべての力を出し切ることが出来ていただろうか。どこかでどうせ勝てないし、のような諦観はなかったか。

 多分、あった。でもそれは今になって思えばあったかもなというレベルで、当時は当時なりに必死ではあったのだと思う。だがここまで鬼気迫る迫力を出せていたかと問われると、はっきり否だ。


 がむしゃら。それを若さと捉えることも出来る。よくも悪くも。

 けれど戦うことを選んだ以上、必死さは大切だ。俺も最近になって改めて感じたことにはなるが「負けてたまるか」と「ぶっ殺してやる」は絶対に必要な感情である。程度の問題はあるにしてもね。


 勿論、外野が感じる雰囲気としては分かっていた。レベリオの騎士は誰もかれもが基本的に必死である。食らい付いていかないと、あっという間に置いて行かれるから。

 だけどそれは、心身ともに正常な状態で切磋琢磨出来る前提の上でこそ成り立っている理屈で、彼のように負傷から復帰する者にとっては、更に苦しい。


 そんな特大のハンデを背負ってなお、こうまでがむしゃらさを維持出来ること。それ自体が、ヴェスパーの持つ確かな才覚と言えよう。

 いかんね。俺も同じ境遇になりたいわけではないにしろ、ちょっと羨ましいくらいには感じ入っちゃうよ。


「君は、素晴らしい剣士だ。間違いなく」

「――! お褒めに与り、光栄、です!」


 ヴェスパーの剣を、捌く。

 一度鍔迫り合いに持って行こうかとも思ったが、振り被った剣を受け止めた直後、彼は素早く身体の芯を入れ替えて距離を取られてしまった。筋力も落ちている今、流石に真正面からパワーでぶつかるのは得策でないと判断しているのだろう。

 こういう咄嗟の判断力も、常に鍛錬していないと身に付かない類のものだ。

 やはり楽しいね、真摯に剣と向き合っている者との対峙は。命がかかっていない分、変な気負いなく剣撃に乗った気持ちを受け止めることが出来る。


「ふっ!」


 さて、流石にずっと受けてばかりではいられない。俺も攻撃の手を出し始めてみるか。

 とはいえ彼の隙を全力で突くと、きっと一発で終わってしまう。俺と今のヴェスパーとの間には、それくらいの差がある。

 これは慢心でも油断でも驕りでもなく、純然たる事実だ。その事実がなければ俺はもっと、彼の剣を死に物狂いで受けていなければならない。そうしないと模擬戦自体が成り立たないから。


 他方、今の俺の仕事は彼を打ちのめすことではなく、今の彼がどのレベルに居るのかを示すこと。つまり、どの程度の攻撃まで捌き切れるのか、どこから追いつかなくなるのか、俺としても見極めていく必要があった。


 はっきり言えるが、これでも並みの剣士に比べれば遥かに打ち合えている方だ。

 仮に今の状態のヴェスパーが門下生時代のアデルやエデルと打ち合ったとしても、ヴェスパーが勝つ。伊達にレベリオの騎士ではないということだね。


「――はあっ!!」

「ッ!」


 二手、三手と俺の出した攻め手を掻い潜り、再びヴェスパーの手に攻撃権が移る。

 なんだか攻撃と防御に別れての交代制みたいになっているけれど、実力を測るという面でこの差し合いは結構効果的だ。だってカウンターを入れようと思えば一撃で入っちゃうからな。

 どの程度の正面攻撃を防ぐことが出来るのか……つまり、基本的な攻防の動作をどれくらいの精度と速度で両立出来るのか。そしてその引き出しをどの程度持っているのか。


 別に俺はレベリオの騎士全員と打ち合ってそれを完全に理解している、とまでは言わないが、おおよその技量は分かる。そしてヴェスパーは長期休養からの病み上がりなので、彼の今の標準を新たに知っておく必要がある、というわけだ。


 ……更に加えて述べるならば、大体分かった。

 もう十合以上は軽く打ち合っている。打ち合う目的が制圧ではなく実力の観測であるが故、その精度はより高まっていると言っても過言ではない。

 ヴェスパーの体力も無尽蔵ではない。いたずらに消耗させる必要はないため、そろそろこの打ち合いを締める頃合いか。


「つぅぉおおっ!!」


 そんなことを考えた直後。大粒の汗を滲ませながら、ヴェスパーが決死の吶喊を仕掛ける。


「――?」


 その瞬間俺は、どうにも奇妙な感覚に襲われた。


 ヴェスパーは今から、突きを繰り出そうとしている。それは分かる。多分俺じゃなくても、この打ち合いを眺めている剣士なら大体分かることだろう。


 そして、この突きを俺が左側に身をずらして捌く。そうするとヴェスパーは腰を入れ替えて横薙ぎに軌道を変える。見切った俺はその薙ぎを木葉崩しで絡め捕り、彼は自身の振った剣の勢いを殺し切れず、前にたたらを踏む。最後にがら空きとなった背後へ、木剣を降ろして一本。


 その未来が、確かに見えたのだ。


 僅か一瞬。刹那の閃き。そんな言葉で片付けるには、あまりにも具体的。

 神なんて存在を俺は特に信じてはいないが、こういうのを天啓と言われればそうかも、と思ってしまうくらいには、経験のない感覚。


 勿論今までの戦いにおいても、先の読み合いってやつは当たり前に発生していた。むしろそれが出来ない者から死んでいく世界でもある。

 ただ、これはなんか違うというか……精度の高い予測というより、まるで予知のような……?


「……うぐおっ!?」

「っ!?」


 結果として、予知のように見えた一瞬先の未来は、正しかった。

 俺はほぼ反射ともいえる反応速度で彼の突きを左側に躱し。ヴェスパーもそれは想定内といった様相で突進を止め、木剣を横薙ぎに払った。


 唯一にして最大の問題は、俺がその薙ぎをまともに食らってしまったこと。

 痛みに悶える俺のくぐもった声に隠れて、ヴェスパーの息を呑む音が、僅かに聞こえた。

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― 新着の感想 ―
ヘンブリッツが相手の時で無くて良かったですな。
やばい能力を持ったやつがいるというのは このことだったのだろうか?
無意識で自己評価が低いので、自分を信じきれずが原因か。
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