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3、こりす、再び葉山に恋をする

 私はとにかく先手必勝で、日直の仕事を一人でやってしまう覚悟で朝一番に登校した。

 そして隣に座る葉山に宣言した。


「日誌は取ってきました。黒板は私が消します。提出物も私が集めます」

「え? それじゃあ俺は何すればいいんだよ」

「何もしなくていいです。私がすべてやりますから。あ、先生が来ました。起立っ!!」

「……」

 葉山は不満そうに私を睨んでいた。


 そして休み時間になると慌てて黒板を消しに走る。


 こういう日に限って、なんの嫌がらせか一番上までびっしり書かれている。

 届かないわけではないが、背伸びしてギリギリぐらいで結構疲れる。

 必死で手を伸ばしていると、横から黒板消しがふいっと消し去った。


「?」


 驚いて見ると、葉山が横に立っていた。


「上は俺が消すから、下の方だけ消してくれる?」


「!」

 

 なんだか自分がか弱い女の子になったような気がしてドキドキしてしまった。


(な、何を企んでるんだろう……)


 私は戦々恐々と次の休み時間になると提出物を集めて回った。

 今日は漢字ノートと社会のノートの二冊を集めなければならない。

 一人で持つにはきついが、これ以上葉山に弱みを握られたくない。

 しかし……。


「俺が持っていくよ」


 葉山は机に積み上げたノートをごっそり持ち上げた。


「え、いいです。私が持っていきますから」

「いいって。力仕事は俺がやるから」


 ふて腐れたように断言する葉山にそれ以上反論できなかった。


 ◇

 その日の午後からの体育は、女子の保体の先生の急な欠勤で、バスケの予定だった男子と合同になってしまい、混合チームを作って試合をすることになってしまった。


 嫌な事というのは重なるものだ。

 男女混合バスケって、小学校の時の嫌な思い出がよみがえる。


 そしてすぐに出席番号でまとめたがる先生のせいで、葉山と同じチームになってしまった。

 

 私は観念したようにジャンプボールの位置についた。

「なにやってんの、日村」

 しかし葉山がコートの中央で怪訝な顔で尋ねた。


「なにって、ジャンプボールを……」

「いや、女子には無理っしょ」

「え?」


 はっと見回すと、すでに葉山と相手チームの男子がコートの真ん中に立っていた。

 しまった。

 つい葉山とバスケとくれば、私のジャンプボールだと思ってしまった。


「日村はそっちにボール落とすから掴んだら俺にパスしてくれればいいよ」

「わ、分かった」


 そして開始の笛と共に、言った通りの場所に葉山がボールを弾いた。

 私はあわてて受け取ると、周りこんできた葉山にパスする。

 葉山はそれを受け取って、そのままドリブルで駆け上がり、あっという間にシュートした。


 わあああ! という歓声が上がる。


 そういえば葉山はミニバスから、どうやらそのまま中学ではバスケ部に入ってるらしい。

 だからバスケも巧いし、背も伸びたんだ。


 私は小学校の球技大会以来バスケはしていない。

 だからあの日のポジションしかやった事がなかった。


 自然に体は敵陣のゴール下に向かっていて、リバウンドのボールを奪おうとしていた。

 だがゴール下は、小六の時とは比べ物にならない巨人男子の巣窟となっていた。


 激しい競り合いで体をぶつけてボールを奪い合っている。

 絶対無理だと思いつつも、悲しいかな、体は過去のルーティンを覚えている。


(行くしかあるまい)

 決心して飛び込もうとする私の腕が、ぐいっと後ろに引かれた。


「危ない、日村。ここはいいから他の女子みたいに自陣に行ってて」

「え?」


 葉山に言われて周りを見渡すと、女子はみんな自陣で可愛くパスを待っていた。

 そうだった。

 私は巨人女子から、すっかり普通女子になっていたんだった。


 そして自陣のゴール近くに立っていると、ボールを奪ってドリブルで駆け上がってきた葉山が、わざわざ私にパスしてきた。


 仕方なく受け取ってシュートするものの、見事に外れてしまった。

 そのリバウンドを葉山がジャンプで受け止め、すぐさまシュート!!


 きゃあああ!! という黄色い悲鳴が聞こえてきた。


 いや、カッコよすぎるでしょ。

 なんなの、この胸キュンドラマは。


 そして気付いた。


(そうか! これが葉山の作戦なのね)


 私をキュンキュンさせて、好きになったところで急に冷たく振るつもりなんだ。

 それが葉山の復讐なんだ。


「葉山、すごいね。超カッコいいじゃん」

 試合が終ってコートを出ると、麻衣が興奮冷めやらぬ様子で騒いでいる。


「そうね。恐ろしいヤツだわ。ちょっとイケメンだからってなんて卑怯な手を使うのかしら」

「え? あの王子様対応に、なんでその感想?」

「麻衣は知らないのよ。あいつの恐ろしい企みを」

「どこが企みなのよ。あんた、タチの悪い被害妄想こじらせてるわね」



 やがて修学旅行の時期になった。

 中学の修学旅行は毎年六月だった。

 受験時期に入る前に済まそうということだが、五月の中頃からみんなソワソワしだす。


 修学旅行を思い出深い有意義なものとするため、彼氏彼女を作ろうとするからだ。


「私、佐々木と付き合う事にしたから」

 麻衣は早々に、まあまあイケメンな彼氏をキープしていた。

「葉山じゃなかったの?」

「ああ。葉山は競争率高いからいいわ。今もほら、廊下に呼び出されてるでしょ? あれ、絶対他クラスの女子に告られてるのよ」

「そ、そうなんだ」

 そういえばさっき、隣のクラスの可愛い女子に呼ばれていた。


「下手に告って振られて最悪な修学旅行にしたくないでしょ? ここは手堅く、見込みのありそうな人にしたの」


 麻衣は超現実主義だった。


「こりすは? 高田とか山下はどう? きっとこりすを好きだと思うわよ」

「ええっ? 私を?」

 小学校で巨人ババアの称号をもらって以来、男子にそういう対象として見られてるとは思ったことがなかった。


「うん、間違いないわよ。ねえ、こりすも彼氏作って市内観光はダブルデートしようよ」

「で、でも好きでもないのに告るわけにもいかないし」

「もう、固いなあ。修学旅行の間だけで別れればいいじゃん」


 どうやら期間限定カップルがあちこちに誕生しているらしかった。


「私はいいわ。誰かに告るつもりはないから」

「もう。じゃあ向こうから言ってきたら受けるわよね。断らないよね?」


「いや、ないでしょ。自分が好かれてる気もしないし」

「むふふ。じゃあ私に任せて。向こうを説得するから」

「え、ちょっと、いいってば、麻衣」


 席を立つ麻衣を追いかけようとすると、目の前に葉山が立っていた。

 どうやら告白タイムが終ったらしい。


 特に嬉しそうにも見えないから断ったんだろうか?

 そういえばどうして彼女を作らないのか不思議だった。

 きっと今までも幾度となく告白されてきただろうに。


 こういうイケメンが先に彼女を作らないと、おこぼれを待っている他の男子が気の毒だ。

 そう思ったのかどうか、葉山が突然呼び止めた。


「あのさ、小畑おばた、ちょっと話があるんだけど」

 

 小畑とは、麻衣の苗字だ。 

 教室がざわっとした。


「え? 私?」

 麻衣が驚いている。


「ちょっといい?」

「あ、うん。いいけど……」


 麻衣は葉山に廊下に連れ出された。


「え、まさか葉山って……」

「うそ。誰の告白も断ると思ったら麻衣だったの?」

「えー、でも麻衣って佐々木と付き合うことにしたんでしょ?」

「強奪愛? きゃああ、いいなあ、麻衣」


 教室に残った女子たちが噂している。


 そして私は……。


 なんでか深く傷ついた。


 絶対好きになんかならないつもりだったのに。

 葉山に恋なんかしないはずだったのに。

 絶対アイツの策略にはまらないつもりだったのに。


 この胸の痛みは間違いなく……。


 よりによって、親友の麻衣を好きだったなんて。


 ああ、そうか。

 これが葉山の復讐なのね。


 見事な作戦だったわ。

 あっさり罠に落ちて、これ以上ないぐらい傷ついた。


 もういいでしょう、葉山?


 二年前のあなたと同じぐらい傷ついた。

 だからもう私を解放してよ。




 あなたを忘れさせてよ。






 チャイムぎりぎりに戻ってきた葉山は、少し照れくさそうに私の隣の席に座った。

 その後ろについて教室に入ってきた麻衣は、嬉しそうな顔で含み笑いをもらしている。

 その笑顔を見て、葉山狙いだった女子がみんな肩を落としていた。

 そして私もひどく沈んでいた。


(麻衣は佐々木を捨てて、葉山にするつもりなんだろうか)

 たぶんそうだろう。

 もともと期間限定とか言ってたし、佐々木に固執してるわけではなかった。

 

(ちゃんと笑顔で祝福してあげられるかなあ……)


 長い授業が終って昼休みになると、麻衣は私を中庭に連れ出した。

 どうやらさっきの報告らしい。


 私は深呼吸をして、笑顔の準備をした。

「おめでとう、良かったね」と麻衣に言ってあげよう。


 しかし連れて行かれた人気ひとけのない中庭には、まさかの葉山が待っていた。


「な、なんで……」


 そして気付いた。


 これが葉山の最終目的だったんだ。

 心が通じ合った二人の仲を見せ付けて、私をドン底に突き落とすこと。

 葉山に失恋する私を、そうやってあざ笑うつもりで……。


 葉山はそういうヤツだった。

 いつだって、いつだって、私の恋心を踏みにじって。

 何度も何度も同じことの繰り返し。

 今度こそ好きにならないと思うのに、気付けば好きになっていて。


「こんなとこに呼び出してごめん、日村」

 照れくさそうに言う葉山に、私はポロリと涙をこぼした。


「ひどい……」

「え?」


 ポロポロ涙をこぼす私に、葉山と麻衣も驚いている。


「ちょっ……どうしたの? こりす」


「ちゃんと祝福するつもりだったのに……。麻衣におめでとうって言うつもりだったのに」

「え?」


「どうしていつもいつも、こんな意地悪するの?」

「意地悪ってどういう意味だよ?」

 葉山はオロオロしながら私に尋ねた。


「もういいかげん許してよ。小学校の修学旅行は、私が悪かったのよ。あれは私が勝手に奈々ちゃんたちに嫉妬して、一人でイライラして八つ当たりしただけよ。葉山は何も悪くなかった」


「嫉妬?」


 すっとぼけている葉山にイライラして悲しくて、逆ギレが止まらない。

 こんなこと言いたくないのに、一生言うつもりもなかったのに。


「そうよ。あんたが好きだったのよ。だから、私だけデカ女扱いで、奈々ちゃんたちに優しくする葉山に腹が立ったの。だからあんなこと……」


「俺が好きだった?」

 葉山は驚いたように目を見開いた。


「そうよっ!! だからもういいでしょ? 今だって、絶対好きになんてならないつもりだったのに、やっぱりダメだった。それなのに親友の麻衣との幸せな姿なんて、わざわざ見せ付けなくてもいいじゃない! デカ女だって巨人ババアだって、失恋は苦しいし辛いのよ。ちょっとは私の気持ちも考えてくれたって……うう……ううう」


「それは……俺が好きってこと?」

 葉山は言いにくいことを、もう一度確認してきた。


「そうよっ!! なんべんも言わせないでよっ! 大失恋よ! これで気が済んだ?」

 だから私は力一杯に叫んだ。


 いや、なんなの。この告白。

 両想いの二人の前で告白って、こんな惨めなことってある?

 なんて嫌なヤツなの?

 それなのに、なんで私はこんなヤツが好きなんだろう。


「は……はは……ははは……」

 しかも最低なことに、葉山のヤツは私の告白に笑い出した。


「な! なにが可笑しいのよっ!! さいってーっ!! あんたってやっぱり最低っ!!」


「ふふ……ふふふ……」

 しかも、まさかの麻衣まで笑い出した。


「ま、麻衣まで……ひどい……うう……ううう」


 再び泣き出した私の肩に麻衣が手を置いた。

「ふふふ、ごめん、ごめん。じゃあ私はお邪魔だから行くわね」


「な! なに言ってるのよ。お邪魔なのは私でしょ。ちょっと麻衣……」


 麻衣はまさかの私と葉山を置き去りに行ってしまった。


「……」

 中庭には、気まずい私と葉山だけが残されてしまった。


「じ……じゃあもう用は済んだから、私は……」

「いや、待てって。俺の用はまだ済んでないから」

 立ち去ろうとする私の腕を葉山が掴んだ。


「まだ気が済まないの? 私に土下座でもしろって言うの?」

「言わないよっ! お前の中で、俺ってどんだけ嫌なヤツなんだよっ!」


 葉山は叫んでから、すぐに声のトーンを落とした。


「ま、まず、俺、小学校の時のことを恨んでたりしないから」

「え? で、でも……私のせいで最悪の修学旅行になったでしょ?」

「それはまあ……かなりショックな思い出だけど……」

「そ、そうよね。ごめんなさい……」


「いや、でもこの瞬間からいい思い出に変わったからいいよ」

「え?」


「俺の大失恋の思い出だと思ってたからさ……」

「葉山の大失恋?」


 私は驚いて葉山を見上げた。


「俺、チビでこりすよりも全然ちっちゃくて相手にされてないって思ってたけど、お前が好きだったんだ。だからお前に大っ嫌いって言われて突き飛ばされた時は、泥まみれとか女子全員に責められるとか、そんなこと以前にすげえショックだった」


「な……まさか……」


「小六のバスケの試合でお前を泣かせてしまってから、なんか意識して今までみたいにしゃべれなくなってさ。でも修学旅行の班が一緒になって、また以前のようにしゃべれるようになったのが嬉しくて……はしゃぎ過ぎたんだな」


「はしゃぎ過ぎた?」

 葉山が?


「調子に乗ってふざけ過ぎて、お前をからかうネタばっかり探して、傷つけてるなんて気付かなくてひどい事をしたんだって、もう卒業までドン底だった」


「じゃあ……私のせいで女子にシカトされたって恨んでたんじゃなかったの?」


「そこはもうどうでも良かったかな。お前に嫌われたんなら、他の女子と仲良くする必要もなかったしさ」


「でも……恨んでたから私に復讐しようとしてたんじゃ……」

「それがよく分からないんだけど、俺、なんかこりすにひどい事したっけ?」


「そ、それは『弁当かつあげ』とか……」

「いや、普通に好きな子の弁当が食べたかっただけなんだけど」


「で、でもやたらに胸キュンさせて好きにさせて手酷く振ろうって魂胆じゃ……」

「意味わかんないし。普通に好きな子にカッコいい所を見せたかっただけなんだけど」


「す、好きな子?」


「あー、なんかもっとカッコよく告りたかったんだけど、こりすに先を越されるし」

 葉山はがっくりと頭を抱えた。


「こ、告る? 麻衣じゃなくて私に?」


「そうだよ。さっき小畑が他のヤツとお前をくっつけようとしてる話が聞こえたから、これは阻止しないとヤバいって、とりあえず小畑に俺が先に告るから待ってくれって頼んでたんだよ。それでここに連れてきてもらったんだろ?」


「え……じゃあ……私に両想いの二人を見せ付けるつもりじゃなくて?」

「どんな嫌なヤツだよ。しないよ、そんなこと」


 私は少しふて腐れて言う葉山を、目を丸くしたまま見上げていた。

 目線はすっかり小学校時代と逆転している。


 葉山は照れくさそうに私を見下ろしていた。


「この目線になったら言おうと思ってたんだ。牛乳と小魚をバカみたいに食べて、一日中ジャンプして鉄棒にぶら下がって。背が伸びるって聞いたら全部やってみた。でも長かったな」


「葉山……」


 葉山は真っ直ぐ私を見つめて微笑んだ。


「こりすが好きだ。ずっと、ずっと前から」



 この日。



 私は再び葉山に恋をした。




完結です。

たくさん読んで下さり、応援下さりありがとうございます。


次は「野球部のエースをアイドルスターにしてみせます!」の続きを書きつつ、初めてのエッセイを投稿するつもりでいます。

それから「離婚届を出す朝に」の番外編「エピソードゼロ」を執筆中です。

紫奈ちゃんと那人さんの出会いの物語となると思いますので、お時間ある方はそちらもまたのぞいて下さい。

どれを先に投稿するかは分かりませんが、もうしばらくお待ち下さいませ。

ありがとうございました。

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