第29話 三島の密会
寺を出たあとも、私は三島を離れなかった。
葛山十兵衛が“次に動く”のは、必ず今日だ。
葛山は私を殺さなかった。
それは、私を“利用できる”と判断したからだ。
ならば、葛山は必ず動く。
その動きを見逃すわけにはいかない。
私は寺の裏手にある小さな茶屋に入り、
湯を頼んで席についた。
そのとき、外を歩く二人の姿が目に入った。
──葛山の側近だ。
寺で槍を構えていた男と、
もう一人、背の低い男。
二人は周囲を警戒しながら歩いている。
私は湯を飲み干し、
茶屋を出て距離を保ちながら尾行した。
二人は三島宿の外れにある古い蔵へ入った。
私は蔵の裏手に回り、
板壁の隙間から中を覗いた。
蔵の中には、
葛山十兵衛がいた。
葛山は地図を広げ、
側近たちに指示を出している。
「北条の兵糧は揺らした。
次は……“道”を押さえる」
側近が言う。
「箱根路ですか」
「そうだ。
北条が動くには、必ず箱根を通る。
そこを押さえれば、北条は身動きが取れなくなる」
私は息を呑んだ。
──葛山は、北条の“喉”を狙っている。
葛山が続ける。
「“あの方”も箱根を望んでいる。
東国を揺らすには、あそこが最も効く」
そのとき、蔵の扉が開いた。
一人の武士が入ってきた。
私は目を見張った。
──徳川の家臣だ。
顔は見えない。
笠を深くかぶり、
声も低く抑えている。
だが、歩き方、
腰の刀の位置、
周囲への目配り。
すべてが“武家の中でも上の者”の動きだった。
葛山が頭を下げる。
「お待ちしておりました」
家臣は地図を見て言った。
「箱根を押さえろ。
北条が動けなくなれば、
“殿”は東国に手を伸ばしやすくなる」
葛山が頷く。
「承知しました」
家臣は続けた。
「宗易という男……
あれは放っておくな」
葛山の目が鋭くなる。
「次に会えば、必ず仕留めます」
家臣は葛山に近づき、
声をさらに落とした。
「葛山。
お前は“殿のために動いている”のだ。
忘れるな」
葛山は深く頭を下げた。
「もちろんです」
家臣は蔵を出ていった。
私はその姿を目で追った。
──あれが、黒幕だ。
家康本人ではない。
だが、家康の名を使い、
東国を揺らしている。
葛山が側近に言った。
「宗易は三島にいる。
探せ。
見つけたら、俺のところへ連れてこい」
側近が蔵を飛び出した。
私はすぐにその場を離れ、
宿場の裏道へ入った。
葛山は動いた。
黒幕も動いた。
そして──
私を狙っている。
だが、逃げる気はない。
葛山が箱根を狙うなら、
私が向かうべき場所も決まっている。
──箱根。
北条の喉。
東国の要。
そして、葛山十兵衛の“次の戦場”。
私は三島宿を出る道を歩きながら、
静かに息を整えた。
──影は、敵の“次の一手”を見た。




