12.トラウマ
草木も眠る未明。グウィンドの家には現在家主を含む三人の人間が暖炉を囲っていた。…といってもその中でも一際異様な女は家主に纏わりついているのだが。
「グウィンドぉ…!また店員に逃げられたんだよぉ…」
『…そうか』
グウィンドは自分の身体にしがみついている女の頭をそのごつい手で撫でる。そしてそれを見守る若干引き気味のエル。
「あの…グウィンドさん…こちらの方は…その、サイレント・ロンドルオンさん…なんですか?」
『…ああ、そうだ。ロンドル…お前はいつからそんな苗字になったんだ』
グウィンドに尋ねられたロンドルオンはグウィンドの胸板から顔を上げて答える。
「それは街の奴らが勝手にそう呼び始めただけだ、俺からは名乗っていない」
『…そうだったのか、迷惑な話だな』
ロンドルオンはグウィンドにそう答えるとまたしても胸板に顔をうずめた。…ついでに両手をにょろにょろと伸ばしてグウィンドに絡みついた。ハイネックマキシワンピースは特殊な素材でできているのか、はたまた賜物なのか、伸びた手に合わせて袖もしっかりと伸びている。
「ヒェ…それどうなってるんですか?」
『…これはロンドルの天性によるものだ。身体を自由に変化させることが出来る』
「今俺を呼んだのか?」
グウィンドはロンドルオンに呼んでいないと告げると彼女はまた何事も無かったかのようにグウィンドに絡みついた。
ロンドルオンの天性は簡単に言ってしまえば"超軟体化"だ、人間の理を超えて身体を操作できる。酒場でエルレンとエルが見たときの本来曲がらない位置で曲がっていたのもコレのせいだ。
「…あ」
エルはロンドルオンが侵入してきた窓の方へ視線を動かすとさっきまでは無かったものが落ちていた。真っ黒のローブに黒く凹凸の無い仮面だ。
「これ…お店で会ったときに着てたやつ」
ロンドルオンは普段この黒いローブと仮面を身に着けているが、自宅にいるときやグウィンドといるときだけはこれらの装備を外している。ローブのサイズ上肩幅の狭いロンドルオンがコレを着ていると遠目には黒い棒のように見えていたのだ。
ちなみに民衆はロンドルオンを男性だと思っている、女性だと知っているのは現状グウィンドとエルだけだったりする。声が中性的で一人称が「俺」なので分かりにくいが間違えられてもロンドルオンはあまり気にしていなかったりする。余談だがこの一人称は昔グウィンドが使っていた一人称がうつった物だったりする。
「…?あれ、なんだろうか…グウィンド、君から別の女の匂いがするんだ」
『………風呂には入ったはずだが』
ロンドルオンはするっとグウィンドから離れていつも通りの無表情ですんすんと鼻を利かせる。そしてエルの方を見ると少し距離があったが、瞬きする間も無い程の速度で腕を伸ばした。
「いたっ!」
伸びた手はエルの肩を掴む。エルを掴む力は非常に強くロンドルオンの指は皮膚を突き破りはしないものの、肉を押しのけて骨を掴んでいた。そして強引にエルを引きずり寄せる。
「お前…!お ま え か!!」
「ぎぅっ…!いた…い!」
引きずり寄せたエルをそのまま自分と同じ目線の高さまで持ち上げる。勿論ロンドルオンの方が身長が高いのでエルは足が床に着いていない。細い体つきからは想像も出来ない怪力だ。エルは痛みから泣きそうになりながらも抵抗するが、ロンドルオンはびくともしない。ただただ、その気色悪い程に整った白い顔で無表情のままエルを吊り下げている。
「またか!!また俺のグウィンドを奪おうとするのか!!!」
「なんっ…の、事…ですか!!?」
『ロンドル』
エルを掴む手が青黒い光を零し始めたあたりでパッと手を離す。エルは引力により床に尻餅をつくが、肩の方が痛い為どうという事は無かった。そして手を離したロンドルオンはグウィンドの方に振り返る。
「今俺を呼んだのか?」
『…ああ』
ぱあぁっとロンドルオンの雰囲気が明るくなる。表情は相変わらず無表情だが、先ほどとは比べ物にならないほどに上機嫌そうだ。
「なんだ?なんでも言ってくれ。なんだっていい、俺はどうすればいい?」
『…落ち着け、そいつは違う』
「うん、そうか、そうだったのか」
ロンドルオンはエルを掴んでいた手を元に戻すとまたしてもグウィンドに巻き付いた。そして半泣きのエルにグウィンドが声を掛ける。
『…痛むか。そこの棚に…塗薬がある、今日はそれを塗ってもう寝るといい。ベットは隣の部屋の物を使え』
「いっててぇ…はい…ありがとうございますグウィンドさん」
これ以上ロンドルオンにかかわるのは怖いと思ったエルはズキズキ痛む肩をさすりながら指を指された棚からそれらしきものを回収して寝室へ向かった。
「…おやすみなさい(怖いし痛い…)」
『…ああ』




