13.外出
「ん……あっ!?今何時!?」
エルはカーテンから零れる陽の光により目が覚める。ばっと起き上がり周りを見渡す、そして目当ての物を見つけるとホッとしたようにため息をついた。
「あぁ…まだ10時か…よかった」
エルはしょぼしょぼする目を擦りながらトイレへ行く。昨日は使う事が無かったが、そういえば昨日は丸一日トイレに行ってなかった為今にも漏れそうだった。ふとリビングルームを覗くと既に起きていたグウィンドが何か黒い液体を飲んでいた。ついでに昨日はそのまま泊まって行ったのかロンドルオンがグウィンドに巻き付いたまま寝ていた。
「おはようございます…お手洗い借ります」
『…ああ』
グウィンドはこちらに見向きもせずにまた黒い液体を飲んでいた。
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「ふぃ…今日はヘヴンに行くんだし気合入れないと…!」
トイレから出て洗面所で手を洗い、ついでに顔も洗ってリビングルームに戻ってきた。グウィンドは先ほどと全く変わらず未だに黒い液体を飲んでいた。それに少し興味が湧いたエルは質問した。
「…それなんですか?」
『……コーヒーだ。…飲むか』
「ありがとうございます!」
グウィンドはテーブルに置かれていたカップにコーヒーを注ぐとそれに角砂糖とミルクを入れてエルに出した。…ちなみにエルは結構大きめの声でお礼を言ったのだがロンドルオンが起きる気配は無い。
「頂きます…あちち…ふーふー、…あまくて美味しいです!」
『…そうか』
エルに出されたコーヒーはグウィンドが気を利かせて砂糖を多めに入れたのが功を奏し、おこさまなエルでも美味しく飲めた。
『…昼頃には出発する、喰っておけ』
「美味しそう…!ありがとうございます」
エルはグウィンドに渡されたサンドイッチにかぶりつく。ふわふわのパンにはさまれた野菜とハム、そしてそれらにかけられたソースがとても良い味を出していた。美味しいものを食べたエルは思わずふにゃっとした表情になってしまった。
「おいひぃっ…!」
『…洗面所に歯ブラシと歯磨き粉がある、食べ終わったら歯を磨いてこい』
「わふぁりまひた(わかりました)!」
こうして朝の平和な時間はゆっくりと過ぎていった。
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「がらがらがら…んぺぇっ」
エルは新品の歯ブラシで歯磨きを終わらせて鏡に映る自分を暫し見つめる。
「……毛先、治るのかな」
エルは自身の白く染まった毛先を指でくるくるといじる。なぜこんな髪色になったのかを思い出そうとするが、全くダメだった。仕方なく捨てられた街の代償で記憶と一緒に毛先の色も失ったと思う事にした。
「まいっか!」
エルはリビングルームに小走りで向かった。
「グウィンド?またヘヴンに行くのか?どうして?昨日も行っていたじゃないか」
『…用事が出来ただけだ』
「げっ…(わたしあの人苦手なんだよな…)」
エルがリビングルームに戻ってくると、どうやらロンドルオンも起きていたようでグウィンドと話をしていた。グウィンドに話しかける彼女の表情はいつも通り無表情であり、機嫌が悪いのかそうでないのかさえ分からない。
「今日は一日暇という話だったじゃないか。久しぶりにゆっくり過ごせると思ったのに。思って居たのに」
『…夜には戻る。それまで昼寝でもしていろ』
グウィンドはごつい手でロンドルオンの頬を撫でる。暫く夜を恐れる子供をあやすように撫でているとロンドルオンは夜空のような瞳を閉じて静かに寝息を立て始める。
「嘘つき…嘘つき…うそつき…うそつき…」
『………』
「ねちゃったんですか?」
グウィンドは自身に絡みついたロンドルオンを解くとそのまま抱き上げて隣の部屋に向かった。
『…ああ。お前も気を使うだろう』
「あっ…そう、ですね。ありがとうございます」
エルはグウィンドといるときも変わらず気を使っているとは言わなかった。
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「これでよし!…楽しみだなぁ」
エルは少し大きいが、グウィンドのおさがりの巡礼装備や巡礼服を装備して暖炉の前に座り込む。少し重たいが動けないほどではない。第一試練 祝福の園には大きな山や崖は無いとはいえ準備不足は死に直結する為何度も何度も装備を確認した。
『…準備は出来たか』
「はいっ!完全完璧…です!あ、でも武器とかは良いんですか?」
そう、忘れてはいけない。ヘヴンはただの美しい別世界という訳では無いのだ、そこには危険な原生する生物もいれば、もっと致命的な"天に寄生する者"もいるのだ、もし襲われたとして何の抵抗手段も無ければただの生餌だ。
『…今回行くのは祝福の園だ、危険な原生生物やパラサイトは殆ど存在しない』
「あ…そっか、そういえば祝福の園は比較的安全だって話でしたね」
だが、とグウィンドは続ける。
『…何事にも例外はある。そして巡礼する信者が忘れてはならない事がある』
「なんでしょう?」
『…触らぬ神に祟りなし。基本的に原生生物やパラサイトとは戦闘をしない、襲われたとしてもまず第一に逃げる事を考えろ』
ヘヴンに潜む原生生物やパラサイトは大抵の場合とても危険な存在だ、仮に殺し返す実力があったとしてもそんな事を何度も続けていれば無駄に体力や装備を消費してしまう。そんな事ではより上の試練に行くことは出来ない、だから巡礼する信者達は極力戦闘は避けて体力を温存するのだ。
「なるほど…気を付けますっ!」
『…』
グウィンドはエルを一瞥するとラックにかけてあった装備を装着する。ガントレット、外套、靴…それぞれ市販されていそうな物ではない、全体的に暗い灰色で統一されている。
装備一式を着こんだグウィンドは昨日暖炉の前で酒を呷っていたグウィンドとは別人のような威圧感がある。
『…行くぞ』
「…あっ!はい!!」
エルはグウィンドの大きすぎる背中を追いかけて走る。家から出て扉に鍵を掛けるとグウィンドは鍵を内ポケットに仕舞って歩き始める。太陽の位置関係上グウィンドの後ろには大きな影が出来る。その影の中をちょこちょこと小走りで追いかけるエルはその大きな背中に安心感を覚えた。
ドスン ドスン
『…』
「ふんふんふ~ん♪…ひへへ…ワクワクするなぁっ!」
今日も変わらずヘヴンの扉、天国門はクリアストリの中心で静かに煌めく。1300年前から全く変わらない姿で。地上の生き物を祝福する様に、歓迎する様に…または試すように。




