八話
続きです。
後方に置かれた本陣からモーリス将軍が見つめていた先――エルミナ中央、南方連合軍中央では、鎧姿の騎士たちに交じって二人の少年少女が立っていた。
物々しい雰囲気に満ちたこの場にあって不釣り合いな存在だ。浮いているともいえよう。
そんな疎外感を感じ取ったのか、明るい色合いの黒髪を風に揺らす少女が口を開いた。
「うーん、なんだか私たちってなんかさ、こう……あれだよね。みんなと違うっていうか」
思うように言葉が出てこないのか、曖昧な表現をする少女に隣に立つ少年が苦笑を浮かべる。
「浮いている、だろう?」
「そう、それだよ勇くん!なんでなんだろうねえ……」
「当り前だろう。職業が違うし国も違う。それどころか住んでいた世界すら違うんだから」
二人は勇者としてこの世界に召喚された存在だ。故に根本的に周囲の騎士たちとは違う。
少年がそう告げれば少女はそれもそうかと頷いた。
「それはそうとして――勇くんは大丈夫?」
「何がだい?」
少女の問うているところを少年――一瀬勇は正確に理解していた。理解していたからこそとぼけたのだが、それでも違和感を覚えるほどに素早い返答だった為に少女は気づいてしまう。
けれどもそれ以上の追及はせずに前方に目線を向けて話題を変えた。
「勇くんは気づいてる?向こうに何かいるよね」
確信めいた少女の言葉に、話題が変わってほっとした勇が返答する。
「うん、何か強大な存在――気配のようなものを感じるよ。それにこの剣もさっきからずっと振動しているし」
と勇が腰に吊るしていた剣の柄に手を置けば、確かな意思を感じ取ることができた。
伝わってくるのは好戦的な感情と――警戒心である。
勇の言葉に少女は興味を引かれたのか視線を転じて神々しい剣を見やった。
「へえ、やっぱりその子には意思があるんだ?」
「うん、不思議なことだけど……神剣だからかな」
二人の視線を受ける剣は人族の守護者である〝月光王〟によって創造された神剣の一振りで、銘を〝天霆〟という。
何百年とエルミナ王国の王城に鎮座していた超常の武器で意思を持つとされていた。
それが事実だったと今、勇たちは知ったのだった。
「いいなぁ……ねえ、勇くん」
上半身を前に出し上目遣いで顔を見つめてくる少女に対し、長年の付き合いから次に何を言われるのかを察した勇は先手を打った。
「貸すのは駄目だからね」
「ええー!少しくらいいいじゃん!」
「駄目だよ。この後戦いを控えているんだし、何より神剣は一度覚醒すると選ばれた所持者にしか持てないってアルベール大臣も言っていたじゃないか」
「少しくらい大丈夫だって」
「駄目です」
「……ケチ。勇くんのケチ!アホとんとん!」
「ケチって……いやそれよりアホとんとんってなんだい?聞いたことないけど」
「私が今作った言葉なの!」
「……そうかい」
こうなると感情的な言葉しか返ってこない。
故に勇は嘆息すると話を逸らすことにした。
「それよりも――どうやらそろそろ始まるみたいだよ。明日香は準備できているのかい?」
その言葉に少女――江守明日香はぶすっとしながらも応じた。
「私は大丈夫だよ。ってどうやら本当に始まるみたいだね」
先ほどまでの緊張感あふれる静けさが消えていた。
静かといっても小声での会話があったというのに、それも今は一切ない。痛いような静寂が陣内を覆っていた。
――始まりは小さな音だった。
まるでやまびこでも聞いているような、小さくも人が発したとわかるような音。
しかし、それは段々と大きくなっていき、遂にはそれが敵軍から発せられた喊声だとわかった。
『我らがアレクシア殿下に勝利を捧げん!!』
『〝月光王〟よ、ご照覧あれ!』
『逆賊オーギュストに従う賊徒共に誅罰を与えようぞ!』
それに対して黙っているこちらではない。
勇たちの周囲にいた騎士たちも剣を抜き放ち天に掲げたり、盾に打ち付けて雄たけびを上げた。
『逆賊は貴様らの方だ!反逆者アレクシアに付き従う愚か者どもがっ!』
『勝利は我らにこそ相応しい。我らがオーギュスト殿下こそ正義なのだからな!』
『〝月光王〟の加護は我らにこそある!』
異様な熱気が立ち昇りたちまち平原は殺意に満ちた場所へと変貌を遂げた。
そんな異常な雰囲気にのまれたのか、勇は唾を呑んで緊張を顔に張り付ける。
けれども隣に立つ明日香は対照的に静かなものだった。
瞳を閉じ、一定の呼吸を繰り返している。
そして遂に――、
『敵の両翼が動き出した!全軍、進撃を開始せよッ!』
――本陣から発せられた命令が届きわたる。
闘志を煽るように角笛が鳴り響き、白地に天秤を描いたエルミナ王国の国旗が屹立する。ほぼ同時に敵軍も同様の動きを見せたことでゲトライト平原は騒音で包まれた。
後の歴史書にゲトライト平原の戦いと記されることになる戦が幕を開けたのだ。
次々に陣営から部隊ごとに分かれた集団が進発する。
先陣は突破力に優れた騎兵二万である。残る三万は歩兵で、彼らはそのあとに続きながら両側に展開しつつある敵両翼の攻撃に備えていた。
そんな中、遂に勇たちの元にも出撃の命が届いた。
それによって騎士たちは己が馬に乗ると手綱を握って戦場へと繰り出していく。
馬蹄の音が轟く中で、勇は動揺を顕わに明日香へ言葉をかけた。
「あ、明日香!僕たちもいかないと――」
「――うん、そうだね勇くん」
「……明日香?」
奇妙だった。殺伐とした戦場にあって彼女は静かすぎる。
その不自然さから前方に広がりつつある戦場から視線を戻した勇が見たものは――眼を開けて佇む少女の姿だった。
その黒瞳には何も映ってはいない。見渡す限りの〝虚無〟が広がっているだけだ。
あまりに急すぎる変貌に恐怖した勇は何も言えなかった。そんな彼を放って明日香の声が耳朶に触れる。騒がしい戦場にあってその声は小さなもので、本来なら聞こえないはずだった。
されど――何故か聞こえてくる。鼓膜を侵食してきたのだ。
「我は鋼、一切合切を切り払う剣なり」
顕現するは二振りの刀。放たれるは絶世の覇気だ。
少女の身体から発せられる魔力は凄絶の一言。
これこそが三千世界において江守明日香にのみに許されし特権。
固有魔法〝剣神〟である。
「先に行ってるよ、勇くん」
「……え、あ、あす――!?」
返事を返す間もない。少女は恐ろしい勢いで走り出すとあっという間に姿を消してしまった。
対して勇はしばし茫然としていたのだが、周囲を駆けていく騎兵の音で我に返った。
「くっ、明日香にだけ背負わせはしない!――我は光、大いなる輝きなり!!」
勇が告げれば体内の魔力が反応を示して黄金の光が身を包む。次いで周囲に浮かび上がるのは七つの光球だ。赤、青、黄、緑、茶、金、黒――七属性の魔法を表す光をそれぞれ発している。
そして彼は駆け出しながら腰に差していた剣を抜き放った。刀身に雷電を纏う神々しい剣――神剣〝天霆〟である。
固有魔法〝光輝〟と神剣の祝福を受けし少年は眩い光を放ちながら大地を蹴っていく。その移動速度は異常――全速力で駆ける騎馬よりも速い。
あっという間に先に出撃した騎兵たちを追い抜くと、やがて二刀を手にこれまた尋常ならざる速度で走る少女の背中が見えてきた。
「明日香っ、一人で突っ走らないでくれ!」
瞬時に追いつくことができたのは加護の差である。
明日香は固有魔法だけだが、勇には神剣の加護もある。故に先行した彼女に追いつけたのだ。
「聞いているのかい、明日香」
並走しながら問いかければ、明日香はゆっくりと口を開いて応じてくれた。
「……聞いてるよ。ごめんね、でも必要なことなんだ」
「え……?」
どういうことかと勇が思えば、相変わらず〝無〟を湛えた瞳のまま明日香が返答する。
「兵力で劣る私たちは中央突破で敵の指揮官を討たなくちゃいけない。それも短時間で。だから急がなくちゃ」
正論だった。
正論だったからこそ勇は畏れを抱いた。
初めての戦場、初めての出陣――なのに彼女に動揺は見られない。
それどころか何の感情も伝わってこない。あるのは目的を達成しようとする意志だけだ。
「明日香――」
「構えて勇くん、もう接触するよ」
「え――ッ!?」
その言葉に慌てて前に向き直ればいつの間にか敵兵の顔が見える距離まで迫っていた。
周囲をざっとみわたしても味方は一人もいない。一瞬だけ背後を向けば自軍の騎兵の驚く顔が遠めに見て取れた。
いつの間にか二人は突出していて周囲には誰もいない。敵軍の両翼がこちらの背後を取ろうと全速力で突き進んでいる最中のためだ。
そして前方には敵中央――その先には本陣が見える。その事実に勇は愕然とした。
「嘘だろう……?僕たち二人だけで切り込むのか?」
返ってきたのは冷厳なる声だった。
「そうだよ、勇くん」
直後、明日香の速度が上昇し――次いで勇の視界に映りこんだのは、驚愕の表情を浮かべる生首が宙を舞っている光景だった。




