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巻き込まれて異世界召喚、その果てに  作者: ねむねむ
五章 勇ある者
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六話

続きです。

 エルミナ王国の首都パラディースは世界で最も古き都の一つだ。

 その歴史はエルミナが聖王国として誕生した頃――およそ千二百前から続いている。

 王城が建つ小高い丘を中心として放射状に街並みが造りだされており、街の最果てには二百年前に建設された四重の城壁――〝四聖壁〟(テタルトス)がその偉容を誇っている。

 その堅牢な城壁が出来てから今日に至るまで王都は外敵の脅威に晒されたことがなく、故に内乱が起きている現状であっても街往く人々の表情に不安の色は見えなかった。

 変化らしい変化と言えば行商人の数が減ったことぐらいなもので、それもそこまで深刻なものではない。

 何故かというと、単純に減った数がそこまでではないからだ。魔物が徘徊し、盗賊が存在する外界は危険の一言だが、冒険者組合(ギルド)と呼ばれる組織に護衛を頼めば、冒険者という腕っ節に自信のある者たちが守ってくれる。だから行商人たちは内乱が発生して治安が悪化していようとも利益を優先して商売を止めることはない。

 それ故に普段と変わりない、活気に満ちた光景が王都には広がっている。

 そんな風景を王城グランツ――第一王子の私室から見下ろしていた男に、背後から声をかける者がいた。

 金髪金眼という覇気ある色合いを持つにも関わらず、その身は病的なまでに細い。放つ覇気も脆弱の一言だ。

 名はオーギュスト・ヘレンニウス・ド・エルミナ。エルミナ王国の第一王子である。


「アルベールよ、本当に大丈夫なのであろうな?」


 不安げな声は平時の横柄な態度からは全く想像できないと、臣下は思うであろう。けれども長年、王子と共に歩んできた男――アルベール・ド・マルス大臣は彼の性格をよく知っている為に驚きはない。


「問題ありません、殿下。確かにルイ第二王子率いる北方、中央連合軍は南下をしております。そのまま続けばやがてはこの王都まで迫るでしょうが、その前に彼らはシャルロット第三王女率いる東方軍と戦うことになりますので」


 ダヴー将軍が寝返ったと聞いた時、オーギュストは言わずもがなであったが、さしものアルベールですら動揺を隠せなかったものだ。

 けれども数日後、シャルロット第三王女率いる東方軍がその迎撃に向かったという情報が入ってきたことで胸をなでおろしたのだ。


「ダヴー将軍率いる中央軍十万を取り込んだルイ第二王子の軍勢は三十万にまで膨れ上がっております。対してシャルロット第三王女率いる東方軍は十万程度、殿下がご不安に思うのは当然でしょう。ですが東方軍にはクロード大将軍と新たな〝王の盾〟がいます。彼らの武次第ではありますが、最低でもこちらの主力が戻ってくるまでの時間稼ぎにはなるかと」


 と、主を宥めたアルベールだったが、二人の人名を聞いたオーギュストは一瞬で怒りに頬を赤く染め上げてワインの入ったグラスを叩きつけた。


「ダヴー、クロード……あの裏切り者共め!やがて王となる我に叛くとはな!我が王となった暁には奴らを捕らえ処刑してくれようぞ。奴らの一族も同様にな!」

「お待ち下さい、殿下。かの御仁らは我々の計画において必要な存在です。忠誠心はともかくその力量は本物、不用意に殺してしまっては今後に差し支えます」


 今後を考えれば彼らほどの武力を持つ存在をここで失うのは不味い。この先の展開では文官よりも武官が必要になってくるためだ。


「分かっている。分かってはいるが……っ!」

「殿下…………」


 怒りに震えるオーギュストの心情はアルベールにもよく理解できる。


(当初の計画とは違った展開になってきているからな……)


 計画ではダヴー将軍率いる十万で北方軍を押しとどめ、その間に西方を征伐。その後に軍を反転させ、ダヴー将軍の軍勢と合流して決戦を挑み、打ち破る予定だった。

 その通りに行けば二月ほどでオーギュストが玉座につくはずだった。そうすれば戦力、国力共に温存でき、主力である勇者を育て上げることだってできたはずだ。


(それが最善の道だったというのに……本当にダヴー将軍は何を考えているのやら)


 東で挙兵したシャルロット第三王女だってそうだ。てんで理解できない。エルミナ王国がおかれている状況を考えていないのだろうか。


(既にアインス大帝国は動き出しているというのにな)


 仮想敵国でもある隣国、アインス大帝国。かの国は既にエルミナ王国が存在するネーベル地方を除く南大陸の全てを手中に収めている。

 二百年前はアインス大帝国は幾つもの国に囲まれていたのだが、当代の皇帝が玉座についてからそれらの国々は滅び去った。たったの五年で、だ。


(領土拡張路線を突き進む奴らがいずれこちらに目を向けるのは明らかだ)


 否、既に動き出している。昨日届いた最新の報告ではアインス大帝国がエルミナ王国との国境付近に兵を集め始めたという。

 このことを受けたバルト大要塞も警戒態勢へと移行したという。


(おそらくすぐに臨戦態勢へと移ることだろう。……やはり早期に決着をつけねば)


 アインス大帝国がどの程度の軍事力を有しているかはほとんど不明だ。国交が断絶していることや密偵を送り込んでも誰一人として帰ってこないことからその全貌は全くの未知数。

 分かっているのは現皇帝の権勢が凄まじいということだけだ。


(当初の計画通りに事が運んでも勝てるかどうかといったところだというのに、よもや同じ国の者が足を引っ張ってくるとはな)


 古今東西、国を滅ぼす要因となるのは外敵ではなく内敵だったりする。有能な敵よりも無能な味方の方が邪魔だったりするものなのだ。

 

(後は勇者次第か……)


 アルベールは深く嘆息すると、荒れている主を宥めるべく歩み寄るのだった。



*****



 同じ頃、王城グランツ――オーギュスト第一王子の部屋から真逆の位置に存在する尖塔、その最上階にある部屋で一人の少女が目を覚ました。

 金髪碧眼の美しい少女だ。か細く、儚げな雰囲気は深窓の令嬢と呼ぶにふさわしく、しおらしく吐息を一つ零しただけで男性は胸が締め付けられる想いを抱くことだろう。

 寝台で上半身を起こした彼女――その覇気は脆弱で脆さを感じさせるものだ。

 けれども――、


『失礼致します――……で、殿下!?起きられたのですか!?』


 部屋に入ってきた侍女は少女が起床していたという事実に驚愕し、思わず手元を狂わせてしまって手にしていた料理が乗った器を落としてしまう。

 派手な音と共に湯気が出ていた料理が散乱してしまい、侍女は表情をさらに青ざめさせる。


『も、申し訳ございませんっ!すぐに片付けを――』

「……いい」

『へっ……?』

「別にいいと言っている。それに丁度()()()がお腹を空かせていたから」


 そう告げた少女の膝上に唐突に一振りの剣が現れた。装飾などされていない質素な剣だが、可視化できるほど濃密な黒い魔力を纏っている。

 少女が刀身を一撫でした時――黒い魔力が顎を形取った。先ほどとは打って変わって室内には凄絶なまでの覇気が満ち溢れている。

 圧倒的な力の奔流に膝をガクガクと震わせる侍女に、少女は羽虫を掃うがごとく手を振った。


「行って。今すぐ」

『……は、はいぃいいい!』


 恐怖に身を震わせながら、侍女は狂乱をきたしたかのように部屋を飛び出していく。

 その背を見送った少女は眼前で床に零れた料理を喰らう〝獣〟の頭を撫で、部屋に一つだけ存在する窓を開け放った。


「……多くの〝力〟を感じる」


 以前目を覚ました時――正確に言えば食事を取ったり服を変えたりといった日常生活しかできない夢遊病にも似た虚ろな状態ではない――には感じなかった気配の数々に、少女は眼を細めた。


「以前目を覚ましたのは……一年くらい前か」


 そのくらいの期間があれば世界は容易く変わるものだ。

 今も西に複数、北に三つ、東に一つ――その先にはもっと〝力〟が存在しているのが感じ取れた。しかし遠すぎて上手く把握しきれない。

 落胆の息を吐いた少女だったが、直後北で感じた三つの気配――その内の一つから強大な〝力〟を感じ取って恍惚の息をついた。


「……素晴らしい」


 その様はまさに艶美――細く、弱々しい肢体と相反する色気が生み出され、酷く背徳的な雰囲気が部屋中に満ちる。

 しかし〝獣〟の咀嚼音を聞いた少女が我に返ったことで霧散した。

 彼女は溜息をつくと、膝上にある剣を撫でて囁いた。


「もうすぐ……もうすぐだ。もうすぐ動けるようになる。そうしたら――共に暴れるとしよう。せいぜい、派手に、ね」


 そして少女は再び寝台に身体を預け、静かに眼を閉じる。

 穏やかな寝息が発せられた頃には、部屋は少女が起きる前の状態へと戻っていた。

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