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巻き込まれて異世界召喚、その果てに  作者: ねむねむ
五章 勇ある者
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三話

続きです。

 神聖歴千二百年六月四日。

 この日、オーギュスト第一王子が派遣した二つの軍勢は、それぞれ西方との境に位置する砦に到着していた。

 エルミナ王国中域西部セーメ砦――この地では〝勇者〟宇佐新と天喰陽和を擁する五万の軍勢が出陣の支度を整えていた。

 この砦自体の歴史は古く、二百年前には〝なりそこない〟との戦争で激しい攻防があったことで知られている。その混乱期に建設されただけあって砦の敷地面積は広い。しかし流石に五万もの将兵を収めきれるほどの猶予はなく、砦の外には天幕や幕舎が設営されていた。

 現在は出立するために兵士たちが慌ただしく動き回っていて砦の内外は騒がしい。

 そんな喧騒を胸壁から見下ろす人影があった。両腰に二振りの短剣を携えた少年だ。彼が持つ黒髪は東国の者しか持ちえないものだが、彼は東国の出ではない。それどころかこの世界の生まれですらなかった。


「戦争、か……」


 眼下に広がる光景を見てもいまいち実感がわかないと嘆息する少年。彼はこの場に集う者の中で突出した武力を持つ存在――勇者の一人、宇佐新である。

 だが、超越者であるにも関わらず彼の士気は眼下で蠢く兵士たちよりも低かった。

 その理由は明らかである。何故なら彼はこの世界、この国の者ではないのだから、当然お国の為に――などという気持ちになどなれない。兵士たちは仕える国、主の為にという戦う理由があるのに対して、異世界から召喚された勇者の一人である新からしてみれば半ば強制されただけの戦いに過ぎないのだ。

 これで一体どうやって前向きになれというのか。はぁ……と再度嘆息する新の元へおずおずとした様子で一人の少女がやってきた。


「新さん、アンネさんが呼んでいます。これから軍議を行うからって」

「……わかった。今行くよ、陽和ちゃん」


 振り向いた新の視界に映りこんだのは幼さが残る顔立ちの少女の姿。

 彼女もまた新と同じくこの世界に召喚された勇者の一人で名を天喰陽和という。

 陽和は実の兄である天喰蓮が失踪してしまい、更には頼っていた間宮夜光をも喪ってしまったことでここ最近は笑顔が減っていた。元々内気な性格ではあったが、それでも蓮と夜光が居た頃はよく笑顔を浮かべていたものだ。陽光があまり差さない大地にひっそりと咲く一輪の花のような、決して華やかというわけではない、けれども不思議と眼が惹きつけられる――そんな魅力的と新が思うほどの。

 この世界に来てからはあまり見られなかったが、最近では明日香やこの間出会ったばかりのアンネ将軍らのおかげで再びみられるようになってきていた。


(明日香やアンネ将軍には感謝しなくちゃな。俺では陽和ちゃんを笑わせることすらできやしない)


 情けない限りだ、と新は己の不甲斐なさを呪う。こういう時夜光なら……とまた考えてしまって慌ててそれを打ち消す。


(もうあいつはいないんだ。自分で何とかするしかない)


 同郷の出として、そして夜光を守れなかった身として責任がある。彼に代わって陽和を庇護しなければ、と新は決意していた。

 そんな彼の思いなど露ほども知らぬ少女は小首を傾げた。新は思考を打ち切って頷くと陽和と共にセーメ砦――その中央に位置する司令塔に向かった。

 すれ違う兵士たちは彼らの姿を認めるとつど足を止めて敬礼を向けてくる。既に新たちが勇者という存在であり、此度の征伐軍の指揮官と副官であると知っているからだ。

 新や陽和も敬礼を返しながら歩を進め、やがて最上階にたどり着けば、そこにはアンネ将軍を筆頭とした武官たちが揃っていた。


「すみません、遅くなりました!」

「いえ、大丈夫よ。私もつい先ほど来たばかりだから」


 新が謝罪を口にすれば、アンネ将軍が優しげな碧眼を向けてくる。他の者も特に咎める様子はなかった。

 同じく頭を下げた陽和と共に用意されていた席に座る――と、アンネ将軍が代わりに立ち上がって口を開いた。


「全員揃ったようね。じゃあ、早速だけど軍議を始めましょう。まずは――先ほど入ったばかりの情報から報告してもらいましょうか」


 と、アンネ将軍が下座に視線を飛ばせば、一人の武官が立ち上がって手にしていた報告書を読み上げる。


『は、二つご報告があります。まず西方――アレクシア第一王女率いる軍勢が動き出したとのことです。その数十万、既に中央と南方の境に配置している軍と合わせると総数は十五万にまで上ります』


 十五万、こちらが動員した兵数よりも五万も多い。加えて地の利も向こうにあるとなれば、今回の戦が厳しいものになることは誰の目にも明らかだ。その証拠に居並ぶ面々は一様に難しげな表情を浮かべている。


「数はわかったわ。なら次はどういう風に動いてくるかよ」

『そちらにつきましても把握済みです。敵はこちらの進軍に対し二正面作戦を決断したようで、南方へはアレクシア第一王女率いる八万が、中央――こちらへはエレノア卿率いる七万の軍勢が向かっているようです』


 エレノア卿、という人名を述べた武官は声を震わせていた。それを聞いた者たちも動揺を隠せない様子だ。

 それも無理はないことだ。エレノア・ド・ティエラはクロード大将軍と同じ〝四騎士〟の一人であり生ける伝説なのだから。

 彼女の武勲、武威は広くエルミナ全土に知れ渡っている。それほどの存在が相手となれば動揺するなと言う方が難しい。

 けれども何事にも例外はあるようで、アンネ将軍は静かに頷きを示した。


「なるほど、つまり敵は既に領域境に配した軍と合流済みということね。そして私たちが相手をするのはエレノア大将軍率いる七万の軍勢と」

『は、その通りです』

「よくわかったわ。そちらについての対応策はこの後議論するとして、もう一つの報告を先に聞こうかしら」

『かしこまりました。……もう一つは先日ご報告致しました件の続報となります。北方より中央へ進軍中のルイ第二王子率いる北方、中央連合軍に対して、シャルロット第三王女率いる東方軍が迎撃に向かったとのことです』


 これには武官たちも思わず言葉を交わしあってしまう。


『シャルロット第三王女が?あのお方が東方へと逃れたということは知っていたが……』

『よもや挙兵するとはな。しかしあのクラウス大将軍がよく兵を出したな』

『私が聞いた話では麾下にクロード大将軍を加えたとか。それに新たな〝王の盾〟がいるとも。これは真ですかな?』


 と、情報通な武官が尋ねれば、報告者である男は首肯した。


『はい、東方軍はそれを大体的に喧伝しております。おそらくは対立する者へのけん制でしょうが……』

「それでも全くの嘘とはいえないってわけね。わかったわ、でもそれは今私たちが考えることではないわ。それにこちらにとってそれは好都合ともいえる。私たちが西方を平定する間に王都が制圧でもされてしまえば、たとえこちらで勝利しても意味はない。こんな言い方はしたくはないけれど……彼ら同士で争ってくれるのはありがたいともいえるわ」


 こちらの最高司令官であるオーギュスト第一王子は王都にいる。危機が迫ったからといって彼が王都を離れることはないだろう。彼が他の王位継承者よりも抜きんでていられるのは国の首都である王都と、国の象徴兼頂点である国王の身柄を抑えているからだ。その優位性をオーギュスト第一王子が捨てることはまずないだろう。

 だから北方と東方で争ってくれるのは好都合といえた。彼らが争っている間にこちらはさっさと西方を平定して中央へと取って返せるからだ。

 けれど――、


「これは時間との勝負よ。いかに私たちが北方、東方の決着よりも先にこの戦を終わらせられるか。それに掛かっているわ」


 でも、とアンネ将軍は続ける。


「だからといって焦ってはいけないわ。焦りは隙を生む。その隙を見逃すほど今回の敵はあまくはないわよ。はっきり言ってエレノア卿は手ごわい。なのでこちらは油断せずに行きましょう」


 実質的な指揮官の言葉に部屋に集った面々は神妙に頷いた。

 黙って聞いていた新もまた、緊張を顔に張り付ける陽和を横目で見やって頷く。


(全力でいく必要がある。今回はこれまでとは違って人との戦いになるんだからな)


 魔物と人とでは勝手が違う。敵としての脅威度も、打ち倒す抵抗感も。

 既に人を殺したことのある身といえどもできれば二度とやりたくないと思っている。しかし今回の戦いではそうも言ってられないだろう。


(せめて陽和ちゃんがその手を汚さずに済むよう、俺が頑張らなくちゃな)


 もう元には――血で汚れていなかった過去には戻れない。ならばまだ清廉である少女を守るため、更に手を汚そうではないか。

 そんな主の昏い決意に、腰に吊るされていた二振りの神剣が鈍い光を放つのだった。 

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