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巻き込まれて異世界召喚、その果てに  作者: ねむねむ
四章 堕天の雪華
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十六話

続きです。

 吹き荒れる風に混じって僅かに聞こえてくるのは怒号、悲鳴――人が争う音だった。

 白き世界――舞う雪が鮮血によって朱く染まるが、それも一瞬のこと。すぐに白に喰らいつくされてしまう。

 自然の猛威の中であっても人は争う。互いに譲れないものがあるからだ。


「ちっ……お前おかしいぞ!なんでこの天候の中でそんなにも早く動けるんだ!?」

「そういうキミは遅すぎるね。北方を知らない人間特有の鈍さだ」


 暴風雪(ブリザード)の中、兵士たちが激突する戦場の外れで剣を交える者たちがいた。

 白銀の剣を振るいながら悪態をつくのは夜光で、挑発じみた返しを口にするのはルイ第二王子である。

 戦闘が始まってから終始押されっぱなしの夜光は、この悪天候の中でも軽やかに剣戟を繰り出してくるルイに翻弄されていた。


(どうなってる?いくら何でもこれは変だぞ)


 ルイが振るう青く透き通った剣を〝天死〟(ニュクス)で受け止めるも、次の瞬間には横に回り込んだ彼が放ってきた一撃に身をひねる。その一撃は脇腹をかすめるに留まったが、青き刃が跳ね上がってきたことで咄嗟に左手の〝王盾〟(アイアス)を突き出して防ぐ。

 火花が散るも一瞬で風に消える。その時、がら空きになった夜光の腹にルイが掌底を放ってきた。


「がっ!?」

「遅い。キミ、それでも〝王盾〟の所持者かい?同じ神器持ちのクロード大将軍と比べると天地の差があるよ」

「……そんなことは分かってんだよ」


 吹き飛ばされ積雪に埋もれた夜光だったが、〝天死〟を大地に突き立てて起き上がる。彼の黒瞳からは戦意は消えていなかった。


(今の一撃――やっぱり人間じゃないな。込められた魔力量が高すぎる)


 危うく腹に大穴が開くところだった。というか以前までならそうなっていただろう。けれども〝天死〟と〝王盾〟、加えて〝王〟の〝血〟が馴染んできたことで身体が強化されているため骨が何本か折れるだけで済んだ。

 しかもその怪我も〝天死〟の〝神権〟――〝全治〟によって即座に修復されていた。


(どんどん回復速度が速まってきている。……俺は、彼女はやはり――)


 思考しながら立ち上がった夜光だったが、前方から強烈な殺気が襲い掛かってきたことで意識を向けた。

 すると雪の中から銀髪の青年が飛び出してきて剣を振り下ろしてくる。それを〝王盾〟で受け止め、衝撃を流そうとしたのだが、不意に腕から力が抜けてしまい盾が吹き飛ばされてしまった。


「なっ――!?」

「もらったよ、ヤコウくん!」


 勝利を確信した表情で剣を突き出してくるルイ。

 防御もできない、咄嗟の回避も雪に足が取られているこの状況では不可能――だけど。


「それでもォオオオッ――!」

「っ!?」


 身体を貫く刃に吼えた夜光は左手でそれを掴むと引き寄せる。そのようなことをすれば当然さらに深く剣が突き刺さるわけだが、彼は痛みを気合で耐えながら狂的な笑みを驚くルイに向けた。


「よう美青年。やっと捕まえたぜ」

「……キミ、正気かい?こんなことをすればたとえ急所じゃなくたって失血で死ぬよ?」

「残念だが、この程度じゃ俺は死なない」


 と言って右手に持つ〝天死〟の刃をルイの喉元に当てた夜光は、彼の銀眼をのぞき込む。


「ぐ、こ、降伏しろ。じゃないとこのまま首を落としてやる」


 血反吐を吐きながら夜光が投降を促すも、ルイは余裕の態度を崩さなかった。


「やってみたらどうだい?物は試しにさ。と言ってもキミにはできないだろうけどね」

「……なに?」


 意味が分からなかった。夜光が少し右腕を動かせば白銀の刃がルイの首を切り飛ばす。その動作はルイが今から行うどの動きよりも早いだろう。たとえ彼が攻撃魔法を使えたとしてもだ。

 なのにこの余裕……夜光は眼を細めてルイの右胸を見やった。


「それはお前が〝堕天〟しているからか?あの〝なりそこない〟共のように首がなくとも動けると言いたいのか?」

「……へえ、さっきのは聞き間違いかと思っていたけれど……どうして、いやどうやって気づいたんだい?彼らとボクとでは見た目がかなり違うから分からないと踏んでいたんだけどな」


 夜光の指摘に初めてルイの顔から余裕が完全に消えた。

 美しい銀眼には冷たい光が湛えられていて、表情はこの北方の大地のように凍り付いている。


「ずっと疑問に思っていたんだけど、キミは何者だい?〝王盾〟の所持者――それだけにしては明らかに不釣り合いな〝力〟を持っているみたいだけど」

「教えてやる義理はない――ぐっ!?」


 その時、不意に身体から力が抜けた夜光は体勢を大きく崩してしまう。明確な隙、逃すルイではなかった。

 左足を上げると夜光の腹を蹴り飛ばす。その勢いを利用して押さえつけられていた剣を抜き放った。

 ボフッ、と雪に埋まる夜光から距離を空けると警戒の眼差しを向けた。


(なんだ、力が……入らない!?)


 全身が弛緩してしまう。思うように四肢が動かせない。必死に力を奮い起こしてなんとか上体を起こすことには成功するも、腹部につけられた傷口からは血が溢れ出していた。

 明らかに加護が弱まっている。その事実に動揺を隠せない夜光の耳朶にルイの声が触れてくる。


「今のキミの状態を当ててあげよう。力が抜ける、入らない。立ち上がることすら困難……違うかい?」

「お前……何をした――っ!?」


 ルイの言葉を挑発と受け取った夜光が彼を〝視〟る――と、信じがたい光景がそこにはあった。

 銀色の鎧の上に狼の毛皮でできた外套を羽織っているルイだったが、今はさらにその上に魔力を纏っていた。その魔力量は先ほどまでとは比べ物にならないほど多く、夜光の只の右眼ですら知覚できるほど強大なものになっている。

 驚愕する夜光にルイが手にする青く透き通った剣を持ち上げた。


「ボクはキミと違って寛大だから教えてあげるよ。それに今更理解したところで遅いしね」


 そう言ったルイは何も持たない左手で剣腹を優しく撫でる。


「答えはこの剣にある。〝悪喰〟(グラム)――古の時代から存在する魔器と呼ばれる存在さ」

「魔器……聞いたことがある。〝王剣〟や〝王盾〟といった神器と対になる存在だったな」


 魔器とは千二百前に〝王〟の手によって生み出された武具の名称だ。

 神話に語られる大戦時に使用され、神器と同様に所持者を一騎当千の強者へと昇華させる。

 だが、それらは二百年前の〝解放戦争〟終結後に自壊してしまい、現存するものは一つもないとされていたはずだ。


「残っていたのか……」

「〝王剣〟やキミの持つ〝王盾〟といった神器が残っているんだ。魔器だってあると考えるのがむしろ普通なんじゃないかな」


 苦し気な夜光とは対照的に語るルイは穏やかであった。


「この〝悪喰〟の力は〝禁絶〟(フォビドゥン)――あらゆる〝力〟を喰らって所持者に与えるというものだ」

「あらゆる〝力〟……ってことは俺から体力や精神力を奪ったってわけか。なるほど、これで納得がいった」


 ルイと戦い始めてからずっと奇妙な感覚に襲われていた。彼の振るう剣と接触するたびに力が抜けるような気がしていたのだ。

 それも〝悪喰〟が持つ力だとすれば納得がいくというものだった。同時に彼が今更遅い、といったわけも理解できてしまう。


「既に俺が戦闘を継続できないほど〝力〟を奪った……だからか、その余裕は」

「ふふ、そうさ。キミはもう戦える状態じゃない。対してボクはキミから奪った〝力〟で満ちている」


 素晴らしい、とルイは微笑みを向けてくる。


「キミが持っていた〝力〟……中でも〝魔力〟はとても凄いよ。〝堕天〟もしていないっていうのにこれほどの量を宿しているとはね」

「……魔力、だと?何言ってるかわからないな。俺に魔力はないはずだぞ」


 夜光は魔力を持たない。それ故に魔法も固有魔法も使えず、勇者ではないと、使えない存在だと烙印を押されたのだ。

 怪訝そうな夜光にルイは呆れたように肩をすくめた。


「嘘だとしてももう少しマシな嘘を吐くといい。魔力を持たない人族がいるわけないだろう」

「はっ…………嘘じゃないんだけどな」


 自嘲気味に呟いた夜光は徐々に戻ってきていた体力を用いて身体を動かす。〝天死〟を支えにゆっくりと起き上がって見せれば、ルイからは嘆息が向けられた。


「そのまま倒れておきなよ。今のキミじゃボクの相手は務まらない」

「さて、それはどうだろうな?」


 減らず口を、と余裕綽々なルイに対し、夜光は左眼――〝死眼〟(バロール)を使うことを決意する。


(副作用が怖いところだけど……そうも言ってられない)


 会話を長引かせることで体力の回復を狙った夜光だったが、戻ってきた量は総力の一割にも満たない。これではまともに剣を交えることすら困難だろう。

 

(ガイア、シャル……もう一度俺に力を貸してくれ)


 心の中に二人を思い浮かべた夜光は――〝死眼〟を発動させた。


「ぐ、うぅ……」


 夜光の眼帯に覆われた左眼が発光する。同時に彼を強い殺戮衝動が襲うも、彼は歯を食いしばってこらえた。

〝視〟えてくるいくつもの光景は可能性の未来。その中から勝利する未来を探し始める。


(これは違う、これも……ダメだ。ならこれは――)


〝なりそこない〟を相手にした時と比べるとはるかに少ない選択肢。一瞬求める未来がないのではと思ったが……。


(あったぞ、これだ!でも、これは……)


 予想外の方法を提示された夜光は戸惑いを覚えた。しかし〝死眼〟は扱いにくい副作用はあるが、これまで夜光を裏切ったことはない。

 ならば、後は覚悟を決めるだけだ。


「……ってやる、やってやるさ」

「何か言ったかい、ヤコウくん?」

「ああ、言ったさ。――お前をぶっ殺してやるってな」


 と、夜光が歯をむき出して笑みを向けてやれば、ルイはピクリと頬をひくつかせる。


「……もう死にたいようだね。なら、お望み通り引導を渡してあげよう」


 自尊心が高い連中は総じて挑発に弱い傾向にある。どうやらルイも王子らしく自尊心の塊のようだ。

 笑みを消したルイが〝悪喰〟を手にこちらへとやってくる。身に纏う魔力は凄絶で、夜光の肌をチリチリと焼いてくる。

 そしてふらつく夜光の眼前までやってきたルイは〝悪喰〟に凄まじい魔力を込めて――突き出してきた。


(今だ――!)


 ここが勝負の際、夜光は残る体力を使って身体を動かすと、心臓に向かって繰り出された刺突を右胸に突き刺さるようにした。

 吹き上がる鮮血、漏れる声にルイは心底つまらないと言いたげな眼を向けた。


「致命傷を避けたところで……今更キミに何ができる?ちょっとばかり生きながらえただけじゃないか」

「が、ぐ…………そのちょっとにお前は負けるんだよ」

「何――ガッ!?」


 右胸に突き刺さった〝悪喰〟が今度こそ夜光のすべてを喰らおうと〝禁絶〟を発動させた瞬間だった。

 剣を通して流れ込んできた膨大な〝力〟にルイが悲鳴を上げる。


「な、なんだこの〝力〟――魔力、じゃない!?」


 魔力や体力などは先ほどの一撃でほとんど奪いつくしたはずだったし、何よりこの感覚に覚えは全くない。

 

「なんなんだこれは……魔力じゃない、〝堕天〟でもない。ボクのような〝魔人〟とは別種の〝力〟だと……ッ!?」

「オォオオオオオオオ――ッ!!」


 叫ぶ夜光が取った方法はいたって単純。己の中にあるすべての〝力〟を一気にルイめがけて注ぎ込むというものだった。


(いくら〝悪喰〟が力の簒奪に優れていたとしても、それを受け止める〝器〟であるルイ第二王子の取り込める量はそこまでじゃない)


〝堕天〟し、〝魔人〟という存在へと昇華したといえども所詮人族の枠組みから半身が外れた程度に過ぎない。夜光のように〝王〟――神の〝力〟を取り込める〝器〟ではない。

 故にルイは夜光から流れ込んでくる〝王〟の〝力〟を受け止めきれずに耐え切れない。


「ガァア!?」

「このまま内側から弾け飛べぇえええええ!!」


 今やルイの全身には至る所に亀裂が生じ、白い光が内側からあふれ出ようとしていた。

 夜光から送り込まれるすさまじい〝力〟の奔流に〝堕天〟し〝魔人〟となった身体ですら耐え切れないのだ。〝力〟を奪う〝悪喰〟本体もまるで生物のような金切り音を発しはじめ、刃にも亀裂が生じ始める。

 だが、対する夜光もまた内側から放出する〝力〟が身体から抜けるたびに心臓が痛み出し、身体のあちこちから鮮血を噴き出していた。


「ぐ、うぅ……」

「アアアアアァアアア――ッ!」


 もはや我慢比べのようなものだ。先に力尽きた方が膨大な〝力〟によって死ぬ。

 一見夜光の方が有利にも見えたこの戦いだったが――、


「ぐ、ガァアアアア!?」

「はははっ!どうやら先に倒れるのはキミになりそうだね」


 確かに初めはルイの方が劣勢だったが、時間が経過するほど天秤は彼の方に傾いて行っている。

 一体何故か、答えは簡単だ。


「ボクにはキミから奪っていた魔力による防御があるっ!対してキミは〝力〟のすべてを放出している。そんな状態では〝王盾〟の加護すらほとんど意味をなさない!」


 ルイには砕け散りそうになる身体を繋ぎとめるための〝力〟がまだまだ残っている。しかし夜光は彼に奪われた挙句、今も全力で注ぎこんでいるのだ。消耗戦になればどちらが有利かなど語るまでもなかった。


「く、そがぁあああああ!」

「はは、このまま干からびるといい〝王の盾〟!!」


 徐々に徐々に――夜光から放たれる〝力〟の奔流が弱まってくる。その姿に己が勝利を確信したルイが笑った。


(もう力がない…………)


 夜光の意識は朦朧としていた。立っていることすら放棄したくなるほどの倦怠感に襲われている。視界はもうほとんど真っ暗だ。


(……だけど)


 そう――だけど、だ。


(それでも……)


 諦める?とんでもない、そのようなことをすれば東方軍は敗北し、クロードやテオドールは処刑され、シャルロットだって無事ではすまないだろう。

 それは断じて許されない。


「できないじゃない…………」


 勝てる勝てないじゃない。勝つのだ。

〝勝利〟――ただそれだけを求められているのならば。


「俺は…………」



――限界だって、越えて見せよう。



 勝利への渇望に――彼の相棒たちが応えた。


「――なんだって!?」


 驚愕の声を上げるルイ。彼の眼前では信じがたい出来事が発生していた。

 突如として夜光が手にする白銀の剣が眩い輝きを発し始め、呼応するように彼から流れ込んでくる〝力〟が勢いを増し始めたのだ。

 これこそ〝天死〟の新たなる力。病気や怪我だけでなく、魔力や体力といった様々な〝力〟すらも回復させる〝全治〟(ベレヌス)の本領発揮であった。


「馬鹿な……どこにそんな力が残って――くっ、なら!」


 危険は承知だったが、ルイは身体を維持する為に使用していた魔力を操作して左手に凝縮させた。それを振りかざせば、魔力の刃が彼の左手を覆うようにして形成される。


「流石に頭部を破壊すれば死ぬだろう!これで――ッ!?」

「来い、〝王盾〟」


 必死の表情で左腕を突き出したルイだったが、そこへ吹き飛ばされて雪に埋もれていた〝王盾〟が飛来、彼の一撃を受け止めた。


「嘘だ、こんなこと……」

「現実だ、甘んじて受け入れろ」

「――――ぁ」


 そして、最後の一撃を防がれたルイは――力の均衡を維持していた魔力を削ってしまったことによって、その身体を爆散させるのだった。

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