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巻き込まれて異世界召喚、その果てに  作者: ねむねむ
四章 堕天の雪華
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十七話

続きです。

「はぁはぁはぁ――!」


 荒い息を吐きながらも〝全治〟によって回復する〝力〟の数々によって夜光は立っていた。

 彼の足元には四散した肉片が転がっている。けれども不気味なことにそれらは蠢き、紫色の石に集まっていきルイ第二王子の肉体を再生し始めていた。


(気持ち悪い光景だな。吐きそう……)


 とはいえやはり〝堕天〟による再生力は驚異的と言える。たとえ心臓が破壊されようが、こうして身体が粉々になろうが、核である〝魔石〟さえ無事なら死ぬことはないのだから。


(〝なりそこない〟共のように破壊すれば殺せるけど、今回は必要ない)


 元々ルイ第二王子を殺すことが目的なのではない、生かして捕らえることが目的なのだ。

 爆散した時は殺めてしまったかと冷や汗ものだったが、眼前の光景を見るに大丈夫なようだ。

 

(それにしても、俺に魔力がある、か……)


 信じがたいことだったが、先のルイ第二王子が夜光から魔力を得て強化されたのを見るに事実だと認めざるを得ないだろう。

 それに加えて体内から湧き上がってきた強大な〝力〟やノンネという敵が言っていたことを総合して考えれば、一つの答え――否、確信を得ることができる。


(やはりガイアは〝白夜王〟で、彼女の〝力〟を受け継いだ俺もまた〝王〟ということなのか)


 だとすれば……否、だとしても。


「俺がすべきことに変わりはない」


 轟々と吹き荒れる風と雪はいつの間にか弱まってきていた。どうやらそれなりに長い間戦闘を繰り広げていたらしい。

 夜光が物思いに耽っていると、下から声がかけられた。


「随分と余裕じゃないか。ボクに止めを刺さなくてもよかったのかい?」

「ん……?やけに早い再生だな。お前は〝なりそこない〟とは違うってわけか」


 想定外の復活の速さに驚きながらも視線を下向ければ、そこには戦う前と寸分たがわないルイ第二王子の姿があった。


「……どうやって服まで再生させたんだ?まさか服は身体の一部なんですとか言わないよな」

「驚くところがそこなのかい?……まあ、いいか。これはボクが編み出した新たな魔法の一つでね、条件付きではあるけれど壊れた武具を直すことができるって代物さ」

「そんな魔法聞いたことないぞ」

「あれ、知らないのかい?去年の暮れ頃にボクが発表したんだけど」

「そうだったのか、俺は知らないよ」


 ハッキリ言って今はどうでも良い情報なので適当に返した夜光は、雪原に腰を下ろしているルイを引っ張り起して話題を変えた。


「そんなことよりも、もちろん降伏するんだよな?戦って、俺に負けたんだからよ」

「そんなことって……結構凄い魔法だと思うんだけどな。……まあ、いいや。わかっているよ、戦争の掟――敗者は勝者に従う。ボクはキミに従おうじゃないか」

「……本当か?お前だってそれなりの覚悟と決意があって決起したんだろ?それをたった一度の敗北で諦めるのか」


 人よりも諦めが悪い夜光がジッとルイの銀眼を見つめれば、何故か彼は頬を赤らめて視線を逸らした。


「あ、諦めるってわけじゃないさ」

「じゃあなんだってんだよ」

「言うから……ちょっと離れてくれるかい?流石に近すぎるよ」

「うん?……ああ、わかった」


 言われてみれば夜光とルイの間には一歩分の距離しか開いていない。

 夜光が頷いて後ろに下がるとルイは安堵したような落胆したような、奇妙な反応を示した。

 それに対して怪訝そうに眉根を寄せる夜光。


(え、何この反応……まさかとは思うけどこいつど――……いや、止めよう)


 ルイの反応を深く考察するのは危険だと本能が警鐘を鳴らしたことで夜光は思考を中断した。

 いくら中性的な容姿といえども流石にそれは……と思ったためでもある。

 と、そのように夜光から別な意味合いで警戒され始めていることなど知る由もないルイは、コホンと咳払いしてから続けた。


「さっきの続きだけど……ボクは諦めたわけじゃない。託すことにしたんだ、キミたちに」

「託す……それはこの国の未来をってことか?」

「そうだよ。キミたちの覚悟が半端なものであったならボクは諦めずにキミを殺しにかかっていた。でも、キミと戦って分かったんだ。キミの信念や覚悟が本気だってさ」

「…………」


 直接拳を、刃を交えることでわかる事、分かり合えることもある。それを良く知っている夜光は無言で続きを促した。


「ボクの目的はこの国を護ることだ。その為に最善と思うことをするだけさ」

「それが俺たちへの協力――シャルが玉座に就くことだと?」

「キミのような人やクロード大将軍らが認め、命を懸けてまでシャルの王道を支えようとしているんだ。だからこそボクは彼女を信じることにした。託そうと思えたんだ」


 綺麗ごとのようにも聞こえるが、要は最終的な目的が一致していて、それに最も最短でたどり着ける選択肢を選ぶと言っているのだろう。

 そう判断した夜光は頷いて〝天死〟を仕舞うと右手を差し出した。


「わかった。ならこれからよろしく頼む……と言っても直接協力できるってわけでもないんだろう?」

「鋭いね、流石はボクが認めたヤコウくんだ」


 え……と若干引き気味な夜光の手を握り返したルイは首肯する。


「これから北方軍に撤退するよう命令を下すけど、当然反発が各所から出るはずだ。だからボクはそんな彼らに対して説明責任を果たさなくちゃいけない」

「まあ、そうなるよな……」


 二十万、ダヴー将軍の十万を合わせれば三十万という大兵力を動かしておいて、何の成果も得られずに帰りましょうなんて言えば反発されるのは当たり前のことだろう。

 下手したらルイ第二王子が北方での権勢を失うことだってあり得る。そうなればしばらく北方は荒れることだろう。


(それこそ俺の知ったことじゃないか。ルイ第二王子が責任を取るべき場面だろう)


 と、さりげなくルイを見捨てた夜光は一応……と口を開く。


「もしどうしようもなくなって北方を追われたら、俺たちのところに来ればいい。その力量なら歓迎されるだろうよ」


 ルイは王子といえども〝堕天〟した〝魔人〟だ。加えて魔器〝悪喰〟の所持者でもある。

 これほどの武力を有しているのであれば個人でも十分やっていけるはずだ。

 という意味合いで言ったわけだが、どう解釈したのかルイは熱い視線を向けてくる。


「わかったよ。その時はキミにお世話になるとしよう」

「いや、俺だけじゃなくてだな……もういいや」


 面倒になった夜光は説明を放棄した。それから一息吐くとルイに真剣な眼差しを向ける。


「とりあえずまずはこの場を納める必要がある。俺がルイ第二王子を倒したってことを明らかにして、降伏を促すわけだけど」

「うん、構わないよ。実際、ボクはキミに負けたわけだしね」


 ここからは時間との勝負だ。ルイ第二王子を捕らえたことを大体的に広め、この場の北方軍を降伏させる。その後は急いで中央で対峙しているであろう東方軍と北方、中央連合軍を止めなくてはいけない。


(テオドールさんが策を練って激突を避け、遅滞行動に努めているはずだけど……どれほど時間が稼げるか)


 徐々に収まっていく暴風雪の中から南を見やる夜光に、ルイが急かしてくる。


「実行したボクが言えた話じゃないんだけど、急いだほうがいい。東方軍の策に引っかかって進軍が遅れているって聞いた時に、ボクから本軍へ手紙を出したから」

「……どういう内容の?」


 嫌な予感がするものの、聞かないわけにもいかない。夜光が尋ねれば、ルイは深刻そうな声音を発した。


「指揮権をボクが戻るまでヨハンからダヴー将軍へと移行させるというものだ。長年戦場から離れていたヨハンとは違ってダヴー将軍は現役の軍人だからね。それに指揮系統を無理やりにでも一本化させれば東方軍に対抗できるだろうという判断でもあった」

「……それは不味いな」


 バルト大要塞での事前の軍議の中で、北方軍と中央軍との不和を促すという作戦があった。しかしそれは北方軍の副官ヨハンと中央軍の指揮官ダヴー将軍の権力が拮抗していればの話だ。


(最高司令官であるルイ第二王子の命令なら北方軍は従わざるを得ない。そしてダヴー将軍が三十万を指揮することになれば……)


 危険だ。一刻も早く中央へと向かわなければならない。

 夜光は頭をかいて溜息をつくと、ルイを連れて速足でクロードの元へと向かい始めた。



*****



 そして舞台はエルミナ中央へと戻る。

 神聖歴千二百年七月八日――ベルデ平原。

 北方、中央連合軍と東方軍が遭遇してから実に十三日が経過したこの日、遂に両軍は矛を交えていた。


『ご報告致します!左翼より援軍の要請です!』

「本陣から予備の部隊を二つ向かわせろ。ここで崩れれば全軍壊滅の危険さえありうる。何としてでも持ちこたえよ」

『はっ!』


 伝令にそう命じたテオドールは重々しい息を吐いて前線を見やる。

 左翼、中央、右翼――すべてにおいて東方軍は押されていた。兵士たちが発する怒号や悲鳴、剣戟の音が本陣に届くほど劣勢にある。

 初日に派手な策を弄することで保っていた均衡は三日ほど前から消えていた。それまで敵軍は点在する丘に罠が仕掛けられているのではと警戒して消極的な行動しかとっていなかったのだが、その日からは違った。早朝から派手な音を奏でて連合軍は前進を開始、罠の可能性を無視するかのように勢いよく攻勢に打って出てきたのだ。

 これに驚いた東方軍が前方に注意を向けていると、今度は横合いから中央軍が奇襲を仕掛けてきたことで一気に形成は逆転。こちらが即応したことで瓦解は免れたものの、今日に至るまで劣勢が続いていた。


(それもこれも指揮権が完全にダヴー将軍に移行したことが大きいのだろうな)


 今では完全に連絡が取れなくなった、敵陣に忍び込ませていた間者からの最後の報告も丁度三日前のこと。それによれば北方に反転したルイ第二王子から手紙が届き、副官であるヨハンからダヴー将軍に指揮権を移譲するよう命令が届いたという。

 そこからのダヴー将軍の動きは素早かった。

 こちらが忍び込ませ、敵の不和を促していた間者を始末すると同時に進撃を開始。丘に仕掛けられているかもしれない魔導爆薬を無視して前進をし始めたのだ。


(いや、無視したというよりも可能性が低いと判断してのことだろうな)


 魔導爆薬は生成に手間がかかる代物であり、加えてその威力の大きさからエルミナ国内では所持するのに軍務省が発行する特別な許可証が必要になる。

 これは非常に厳しく管理されており、国内でも四大貴族と王家、後は軍務省が任務に応じて必要だと判断した場合のみ当該騎士団、あるいは軍に使用許可を出しているのみだ。

 今回初戦で東方軍が使用した魔導爆薬も東方の四大貴族であるテオドールが所持していた分を幾つか持ってきていたものになる。しかし四大貴族の一角といえども保有している量は少なく、初戦で使用した分以外に予備は持ち合わせていない。故に二日目からはハッタリだったのだが、指揮権がヨハンからダヴー将軍へ移行するまではそれでも効果はあった。

 されど――、


(ダヴー将軍は被害を恐れるヨハンと違って消極的な性格ではない。勝つためなら犠牲は仕方がないと割り切る性格をしている)


 百、千、万という犠牲を出そうとも最後に勝てば良い。そういった考えの持ち主だし、実際に犠牲ありきの行動を取る人物だ。それ故に多くの敵を作っているわけなのだが、同時に挙げた戦果は数多く存在するために失脚も狙えない。だからこそ彼と敵対する場合、非常に厄介なのだ。

 嘆息するテオドールが見つめる先では、圧倒的な物量でこちらを押しつぶさんとする連合軍の姿があった。


「数で勝っており、こちらに突出した個がいないとわかっているからこその力押し、か……。まったくどこまでも堅い男だ」


 文句を言ってみるが、それで現状が変わるわけでもない。

 どうするべきか、このままではジリ貧だ。各前線が崩れそうになるたびに、本陣から予備の部隊を派遣することでなんとか崩壊を防いではいるが、先ほど送り出した二部隊を除いてもう一部隊とシャルロット第三王女の親衛隊しか残っていない。下手したら今日中に決着がついてしまう可能性すらあった。


(兵力自体はまだまだ残っているが、どこか一か所でも突破されればその時点でこちらの負けだ)


 三十万を十万で押しとどめるなど洪水を人力だけで防ぐようなものだ。防波堤を築き上げてもいずれ崩壊してしまうように、こちらも蹂躙されかねない。

 何か策を打とうにもそれを考える時間すら相手は与えてくれない。それに正面の北方軍だけではなく両側から奇襲を仕掛けてきた中央軍にも対応しているこの状況下では、下手な策ではかえって戦況が悪化しかねない。

 かといって後方に下がろうにも、これ以上後退すれば王都パラディースに敵の侵攻を許してしまう。それだけは避けなければならない以上、後退もあり得ない。


『こ、このままでは……』


 あまりの状況に絶望の声をあげかける幕僚を眼で制したテオドールは、その後ろに座する第三王女に視線を向けた。

 シャルロットの碧眼には、この絶望感漂う本陣にあっても消えぬ意思が燃えていた。


「皆さん、もう少し、もう少しの辛抱です。必ずや我が騎士とクロード大将軍が来てくれます。その時まで耐えるのです」

『姫殿下……!』


 この本陣とてもはや安全とはいいがたい戦況にあっても尚、避難することなく周囲を鼓舞するシャルロットの姿に幕僚たちや兵士は奮い立った。確かに状況は絶望的だが、最高司令官たる王女が諦めていないのだ。ならばどうして自分たちが諦められようか、と。


(やはりこの方もまた王者の資質をお持ちのようだな)


 部下を信じ、座して待つ――ただそれだけのことがどれほど困難なことか、よく理解しているテオドールは称賛の眼差しをシャルロットに向ける。

 そんなテオドールの元へ、伝令がやってきた。その表情には焦燥の色が濃く表れている。


『報告です!中央の前線が突破されました!ダヴー将軍率いる増援にこちらは圧倒されていますっ!』

「ダヴー将軍が直接出張ってきたか……ッ!」


 圧倒的有利な状況で指揮官が前線に――そうなると今頃敵の士気は最高潮だろう。対してこちらの士気は低下する一方だ。

 このままでは不味い。そう判断したテオドールは自らもまた前線に向かうことを決意する。


「私が残りの予備一部隊を連れて援護に向かうと伝えよ。それまで何としてでも持ちこたえるのだ!」

『テオドール様、正気ですか!?あなたが討たれればそれこそ終わってしまいます!』

「そのようなことを言っている場合ではない!このまま敵の進撃を許せばその牙はこの本陣にまで届いてしまうのだぞ!その前に何としてでも止めなくてはならん!!」

『テオドール様……!』


 テオドールが示した覚悟に悲壮な表情を浮かべる幕僚たち。

 だが、それでもテオドールの意思は変わらない。

 彼が軍馬に騎乗し、腰に差していた魔剣を抜き放ったその時だった。


『……敵が、退いていく……?』


 丁度魔法使いに遠見の魔法を行使させた一人の幕僚の言に、全員の視線が集まる。

 誰もが信じられないという顔つきで彼の元に向かえば、そこには確かに引き潮の如く後退していく敵軍の姿が映し出されていた。

 そしてその最前線には、禿頭の男と向かい合う一人の少年の姿があった。

 少年の傍らには白銀の剣を首元に当てられている銀髪の青年も存在している。


『あれは……ダヴー将軍か?白髪の方は――……ヤコウ大将軍!?』

『隣の青年はルイ第二王子ではないか!』

『ということは……作戦は成功したんだ!ヤコウ大将軍がルイ第二王子を捕らえたんだよ!』


 その言葉に本陣は歓声に包まれた。誰もが白髪の少年が齎した勝利に湧き上がる。

 決死の覚悟を決めていたテオドールも肩の力を抜いて弛緩すると、安堵の息を吐く。

 そんな彼の耳朶にシャルロットの呟きが触れてくる。


「ヤコーさま、信じていました……」


 見れば緊張で満ちていたシャルロットの顔に穏やかな微笑みが戻っていた。

 そんな主の様子にテオドールもまた同意だと口端を緩めて、


「待っていたぞ、ヤコウ。そして……我が息子よ」


 手にしていた魔剣を鞘に納めるのだった。

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