十三話
続きです。
いよいよ太陽は陰り、天は灰色に染まりきった。
曇天が支配する空の下、雪原を往く騎馬の集団があった。その数一万――クロード大将軍率いる光風騎士団である。
「それにしても寒すぎじゃないか?もう七月に入ったってのに」
と、軍馬を操りながら夜光が文句を言う。
暦は神聖歴千二百年七月二日、確かに季節は夏に入っているはずだ。だというのに気温は低く、大地は雪で覆われている。
感じる寒さも尋常ではなく、〝天死〟の加護を突き抜けてくるのだから堪ったものではない。
「仕方があるまい。北方は南部の一部地域を除けば万年雪だ。どうにもできぬ」
「それはわかってるけどさ……」
生真面目なクロードの言葉に夜光は嘆息する。しかしただ愚痴を言いたかっただけのこと、すぐに気持ちを切り替えて話題を変えた。
「天気が悪くなってきたみたいだな。こりゃあ雪でも降るんじゃないか?」
「うむ……確かにこれは危ういな」
夜光の言葉につられたクロードが上向けば、分厚い雲が視界一面に映りこんでくる。
あまりよろしくない展開だ。これ以上雪が積もれば馬蹄に響く。それはすなわち行軍速度の低下を意味する。先を急ぐ身としては避けたいところだ。
故にクロードは進軍速度を上げるよう騎士団全体に指示を下し、自らもまた騎乗する軍馬に鞭を打った。
その時、前方から一頭の騎馬がこちらに向かってくる光景を認めて注視する。よく見ればそれは偵察に出していた斥候の一人だった。
斥候は軽く頭を下げてクロードと並走し始めると口を開いた。
『ご報告致します。これより先の雪原にて敵軍らしき姿を確認しました』
「らしいというのは……紋章旗を掲げていなかったなどの理由で特定できなかったのか」
『いえ、それが……』
どうにも歯切れの悪い斥候の様子を訝しんだ夜光とクロードが、その顔を観察すると青ざめていることが分かった。
この寒さによるものとは何かが違う、そう判断したクロードは穏やかに問いかけた。
「どのような物をそなたが見たとしても、それを信じぬ某ではない。話してくれぬか?」
その暖かな言葉に決心がついたのか、斥候は意を決した様子で顔を上げた。
『敵軍らしき集団はどれも尋常ならざる姿をしており……その姿は以前我々を襲った〝なりそこない〟にそっくりでした』
「な――」
その報告に夜光が驚きの声を上げる。しかしクロードは動じずに冷静に言葉を紡いだ。
「数はどれほどか」
『ざっと五十ほどです』
五十ほど――それが本当だとすれば極めて厄介といえる。
こちらの進行方向に居るとなれば取れる選択肢は二つ。突破するか、迂回するかだ。
しかし前者は厳しいと言わざるを得ない。以前遭遇した〝なりそこない〟は一体ですら倒すのに苦戦した。それが五十体もいる中を突き進むとなれば甚大な被害を覚悟しなければならず、この先戦闘を控えている以上それは避けなければならないからだ。
ならば後者となるが――、
「その〝なりそこない〟の集団には人らしき存在は確認できたか?」
『いえ、すべて異形の存在でした』
「そうか……」
と重々しく息を吐くクロードの考えを察せない夜光ではない。
(突破は困難、迂回は全員が騎馬である以上できなくはない。だけどそれは〝なりそこない〟の集団を放置するということになる)
〝なりそこない〟の集団が何者かの指揮下にあるのであれば問題はない。けれどもそうでなかった場合、奴らがどういった行動に出るかは未知数であった。
(近くの村を襲うかもしれないし、俺たちの後をついてくる可能性だってある)
村や人々を襲う可能性がある以上、民を想う考えを持つクロードは見過ごせないだろう。
そうでなくとも、この先でのルイ第二王子との戦いの最中に背後を突かれる危険性を考慮すれば夜光だって放置は避けたいところだ。
(ここにきて〝なりそこない〟の集団……ただの偶然と片付けるにはタイミングが良すぎる)
指揮官の姿は確認できなかったそうだが、そういった存在がいなくとも〝なりそこない〟を操れる方法があるのかもしれない。それとも他に何か習性とかがあるのかもしれないが……。
(どれにせよ、無視は危険だろう。かといって突破も難しい。となれば――)
夜光は溜息交じりに意見する。
「クロード、ここは殲滅するしかないと思う。かかる時間や被害を考えると避けたいとは思うけど――」
「放置はできぬ、か。無論、某も同意見だ」
「決まりだな。じゃあ――やろうか!」
そう告げた夜光ははるか前方を注視する。と、見えてくる人型の巨体たち――その異様な姿はつい最近見たばかりだ。
「見えるか、クロード。あれはどう見ても――」
「うむ、某にもはっきりと見えた。〝なりそこない〟だな。よもや過去の怪物に何度も遭遇することになろうとは……運命とは実に度し難い」
「だな。まあ、運命ってやつは大体こちらが不利になるよう働きかけてくるもんだし、それにこんなのは今に始まったことじゃないだろ?」
堅物なクロードにしては珍しく詩的な表現をしたものだと驚きながらも、夜光はこれまでの境遇を思い返して運命とやらを鼻で嗤いとばした。
強気な態度の夜光に少々驚きながらもクロードは頷く。
「確かに想定外の事態に見舞われるのは今に始まったことでない」
「だろ?なら……」
「うむ、邪魔立てするのならば切り捨てるまでのこと」
好戦的な言葉を発したクロードは副官に指示を出す。
「部隊を五千ずつ、二手に分ける。左右から挟み込むぞ」
『はっ!』
指揮官の言葉を聞き届けた副官は直ちに騎士団を五千ずつに分ける。その手際の良さに夜光は感嘆の吐息をこぼす。
「流石だな……」
停止した状態ではなく、馬を走らせた状態でこの速度。一万もの集団がこうも素早く陣形を整えることができるとは……一体どれほど訓練されているのかと驚愕してしまう。
(これがエルミナ王国最強と名高い四大騎士団の一角、その実力ってわけか)
護国の将〝四騎士〟に付き従う四つの騎士団はそれぞれ違う特化の仕方をしている。
〝王の盾〟に従う〝銀嶺騎士団〟は重装歩兵で構成されており、防御に秀でている。
〝潔癖〟に従う〝水簾騎士団〟は軽装歩兵で構成されており、身軽さに秀でている。
〝征伐者〟に従う〝烈火騎士団〟は重装騎馬で構成されており、突破力に秀でている。
そして〝王の剣〟に従う〝光風騎士団〟は軽装騎馬で構成されており、攻撃に秀でている。
また敏捷さにも優れており、その速さから包囲殲滅を得意とする。
「全軍に告げる!包囲したのち距離を保て。初撃は弓矢、魔法使いは魔法の使用を許可する。魔力を惜しまず全力で放つのだ!」
『オォオ!』
後に控えるルイ第二王子との戦いを考えれば悪手ともいえるが、しかしそれでも全力で行かなければ殺されるのはこちらだ。〝なりそこない〟の再生能力は常軌を逸しており、生半可な攻撃は意味をなさない。故に全力で叩き潰すという判断は間違っていない。
そしてついに騎士団の面々でも知覚できるほど距離が詰まった。人を超える巨体、紫色の肌、手にしているのは木製の棍棒だった。
彼らはこちらを発見すると咆哮を上げて威嚇してくる。されどこの場に臆する者などいはしない。
「往くぞ――!」
「了解だ!」
〝なりそこない〟の集団の衝突する――直前で騎士団は左右に分かれた。
右往左往する〝なりそこない〟を瞬く間に包囲して矢や魔法を放つ。
勢いよく放たれた矢が次々と巨体に突き刺さり、火玉が焼き尽くす。氷弾が下半身に当たって凍らせようとし、雷撃が迸った。
馬を止めず円を描くようにして包囲しつつ攻撃を加えるこの戦法は〝光風騎士団〟の得意とするところだ。その威力は凶悪で、四方を囲まれ逃げ場を失った獲物は全方向からの遠距離攻撃で袋叩きにあう。しかも敵の下半身や足元を狙うため味方への誤爆も少ない。
この後は数が減ったところに突撃を仕掛けて完膚なきまでに打ち破るのが常だが――、
「そうはいかないよな」
それは相手が人だった場合の話だ。
驚異的な再生能力を有する〝なりそこない〟が相手ではこの戦法もあまり効果を発揮できていなかった。
大半の攻撃は魔力の膜によって弾かれてしまい、かろうじて通った攻撃も大した損傷を与えてはいなかった。
皮膚に突き刺さった矢は勝手に抜け傷跡は瞬時に癒えてしまい、火玉は意に介されず霧散してしまう。氷弾で足止めしても即座に破壊されてしまい、雷撃に至っては鬱陶しげに手で払われてしまった。
「やっぱり直接攻撃で核を破壊するしかないみたいだぜ」
と夜光が叫べば、
「そのようだな――全軍抜剣せよ!直接叩く!」
クロードが腰から〝王剣〟を抜き放って声を張り上げた。
その命令に応じる騎士団だったが、敵だって黙っているはずもなく。
『アアアアァアアアア――』
耳障りな咆哮を発しながら〝なりそこない〟たちが動き出す。その巨体に似合わない素早い動きで距離を詰めると無造作に棍棒を振り回した。
『ぐあぁ!?』
『ひるむな、一旦距離を取って――あがっ!?』
力に任せた一撃、されど生み出す効果は絶大だった。
騎士が乗っていた馬が脳漿を飛び散らしながら絶命する。騎乗していた騎士は咄嗟に地面に転がると盾を翳すが、二撃目の棍棒の振り下ろし、その威力は圧倒的だった。
一瞬にして盾がひしゃげて腕も折れてしまい、そのまま頭部を破壊されて即死してしまう。
ぐしゃり、という生々しい音が発せられ、鮮血が吹き上がる。
何が嬉しいのか、〝なりそこない〟は狂喜に満ちた声を上げて――自らが殺した騎士を喰らい始めた。
その常軌を逸した光景に騎士たちは一瞬ひるむも、すぐに怒りの形相で立ち向かう。
『ふ、ふざけやがって――ギャアア!?』
『オォオオオオオ――ッ!』
けれども彼らの怒りの鉄槌は届かない。ある者は鬱陶しいとばかりに手で払われて吹き飛ばされ、ある者は頭をつかまれて握力だけで握りつぶされた。
無残に殺される部下の姿にクロードは表情を険しくさせて鞍から飛び降りた。
「これ以上好き勝手はさせぬぞ!」
『オオ――ガッ!?』
飛び降りた勢いのまま〝王剣〟を振り下ろす。魔力の膜に阻まれるが、それも一瞬のこと。クロードの魔力を注ぎ込まれた神器は〝なりそこない〟の防御を貫いた。
銀刃が〝なりそこない〟の首を刎ね飛ばすも。
「まだだっ、右胸を突き刺せクロード!」
「承知!」
核を破壊しなければたとえ首がなくなっても行動し続けるのが〝なりそこない〟だ。夜光は〝死眼〟で〝右胸を貫かれて絶命するなりそこないの姿〟を〝視〟て、それをクロードに伝える。すると彼は夜光の指示に躊躇することなく従って〝なりそこない〟の右胸を〝王剣〟で貫いた。
『アアァ……』
パキッ、という音と共に右胸に埋まっていた紫色の石――〝魔石〟が砕け散る。同時に〝なりそこない〟は動きを止めて雪が積もる地面に倒れこんだ。
「まずは一体――だなっ!」
クロードの戦いぶりを悠長に観察している暇などない。とっくに下馬していた夜光は常人離れした身体能力を駆使して〝なりそこない〟たちの攻撃をかわしながら左眼で〝視〟ていた。
(全員見終わったが、どいつも核があるのは右胸か)
何故反撃せずに回避に専念していたかといえば、〝なりそこない〟たちの核がどの位置にあるかを探るためだ。
一体一体と戦う光景を〝視〟ることによって〝死眼〟の〝相手を殺す光景を視る〟という特性を発動させる。これによって核の位置を特定したのだ。
ただしこれは恐ろしく集中力を使う行為であり、加えて〝死眼〟の副作用を大量に受けるということを意味する。
夜光は狂おしいほどの殺意を必死に制御して声を張り上げた。
「みんなよく聞いてくれ!こいつらは全員右胸に核を持ってる。右胸を狙え、魔力を剣に、槍に付与するんだ!そうすれば貫ける!」
『応ッ!!』
騎士たちは以前夜光が〝なりそこない〟の弱点を突き止めたことを知っている。そして先ほどまさに言葉通り右胸を破壊して〝なりそこない〟が死ぬ光景を見せられたばかりだ。疑う余地など皆無――故に誰もが夜光の言葉を信じて行動を開始した。
魔力を練り上げ得物に付与し、右胸を狙う。味方と連携し、軽装の利点である身軽さで敵を翻弄して勝機を見出そうとしていた。
そして天下の大将軍たるクロードはというと――、
「ハァアアアッ!」
〝王剣〟の能力である斬撃飛翔、そして彼のみが使うことを許された固有魔法〝風神の加護〟によって強化された風魔法を使い圧倒的な武威を見せていた。
魔力を込めた斬撃がいくつも飛んでいき〝なりそこない〟の四肢を刎ね飛ばす。固有魔法を持つ者特有の圧倒的な保有魔力を惜しみなく使った斬撃は敵の魔力障壁をたやすく切り裂く。
失われた腕から触手を出して攻撃する〝なりそこない〟。しかしクロードに攻撃が届くことはない。
固有魔法によって強化された風魔法は通常ならば不可能な現象を可能とする。
槍のように尖った触手をクロードは空中を蹴って回避する。そのまま宙で身をひねって〝王剣〟を振るい〝なりそこない〟の背後から右胸を貫いて倒した。
「ふぅ――……どうした、来ないのか?」
巨体が倒れ伏し粉雪が舞う。その中で戦意に光る黄金の眼が浮かびあがる。
尋常ではない覇気を放つクロードを前に、知性を失ったはずの〝なりそこない〟が後ずさる。それは原始的な本能がさせた行為だった。
「来ないのであればこちらから行かせてもらうぞ――ぬ?」
銀色の剣を構えたクロードだったが、異様な殺気を感じ取って思わず横を見た。
そこには――、
「くっはは……ハハハハッ!」
――狂喜に満ちた笑みを浮かべて白銀の剣を振るう少年の姿があった。




