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巻き込まれて異世界召喚、その果てに  作者: ねむねむ
四章 堕天の雪華
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七話

続きです。

 同時刻――エルミナ王国中域東部プノエー平原。

 太陽が照らす平原――見渡す限り草花で彩られている。

 その中ほどには人工的な石畳の道が敷かれており、その上を大軍勢が移動していた。

 シャルロット第三王女を御旗とする東方軍十万である。


『ご報告致します。ルイ第二王子率いる北方軍ですが、現在は〝雪の道〟を南下中とのこと。やはり王都へ直接向かうものかと思われます』

「……そうですか、報告ありがとうございます。北方軍の動向は引き続き監視してください」

『はっ!』


 大軍勢の中心を往く馬車の中でシャルロットが兵士を労う言葉を発すれば、彼は緊張した面持ちで窓から顔を離して去ってゆく。

 その窓から視線を外した第三王女は金髪碧眼が美しい少女であり、その美貌は国内外に広く知れ渡っている。

 されど、その美貌に陰りを浮かべており、理由を察している同乗者――テオドールが口を開く。


「……ヤコウ大将軍が心配ですか、姫殿下?」

「そう……ですね。ヤコーさまもそうですが、クロード大将軍や〝光風騎士団〟の皆さまのことも心配です」


 王女たる者特定の個人だけ安ずるわけにもいかない。それ故にシャルロットの返答は意識されたものだったが、彼女の物憂げな表情を見れば夜光との関係性を知っているテオドールとしては察しが付くというものだ。


(それほどまでにヤコウ殿に気を許しているということか。今後のことを考えれば良いともいえるが……)


 一概にそうとも言えないことをテオドールは知っている。エルミナ王国の歴史を紐解けば、王族とそれを守護する〝守護騎士〟との間での恋仲が上手くいったためしがないからだ。


(どれも悲劇的な最期を遂げるものばかりだったという。……しかし私としては是非とも応援したいものだ)


 夜光が信に足る人物であることは明らかだったし、何より彼は〝王盾〟に選ばれた大将軍でもある。

 今後武勲を挙げていき、シャルロットを玉座に導けば、その功績で貴族位を得ることだってできるだろう。問題は出自が不明だという点とその正体だが――、


「テオドールさまは〝白夜王〟という存在についてどこまでご存じでしょうか」


――不意に、シャルロットが訊ねてきたことでテオドールはギョッとする。その問いは丁度彼が考えていたものだったからだ。

 けれどもそれは偶然だろうと思い、彼は主に視線を向ける。


「詳しいことはほとんど知りません。何せどの文献にもほとんど記載がないのですからな。あの〝白黒之書〟にすら詳細が書かれておりません。私が知っているのはかつて世界に〝明けない夜〟を齎した、ということだけですな」


〝白夜王〟。

 それはこの世界における神――〝王〟と呼ばれる絶対種の一柱の名だ。

 しかしそれほど重要な存在であるにも関わらずどの文献にもほとんど記載がなく、それ故に知っているのは一部の知識人のみとなっている。

 かく言うテオドールも〝白夜王〟に関してほとんど何も知らない。知っているのはその容姿と〝黎明期〟に世界に〝明けない夜〟を齎したということだけだ。


「〝明けない夜〟――確か世界が一年もの間夜に包まれたという出来事ですね」

「ええ、文献にはそう記されております。一年もの間世界から太陽が消え、〝永遠の夜〟で満たされたと。それによって農作物は壊滅的な打撃を受け、生物さえも激減したといいます」


〝黎明期〟――世界大戦の真っただ中で起きた異常事態。

 伝承によればその〝永遠の夜〟は〝白夜王〟が〝黒天王〟との戦いの際に使用した魔法が原因だという。

 最終的には〝英雄王〟の手によって解決されたというが……その部分は大雑把にしか記されておらず、どのようにして解決したかは不明であった。

 

(姫殿下がこの話をなさるということは……やはりあの時の襲撃者の言葉が原因か)


 バルト大要塞にてシャルロットを狙った正体不明の襲撃者――兵士の眼をかいくぐるだけでなく、操ってさえみせた。テオドール自身も迎撃したが、鎧袖一触といった有様は記憶に新しい。

 

(あのような失態はもう二度と犯せない)


 苦虫を嚙み潰したような表情でテオドールは椅子に立てかけてある一振りの剣を見やる。それはあの後本家から取り寄せた物だった。


「あの女性はヤコーさまのことをかの〝王〟の名で呼んでいました。それはつまり――」

「いえ、そう判断するには時期尚早かと思われます。ヤコウ大将軍本人から聞いたわけではありませんし、何より伝承においてかの〝白夜王〟は少女の姿をしているとのことですから」

「……ですが、ヤコーさまの持つあの剣や傷を瞬時に再生する〝力〟は明らかに尋常のものではありません」


 テオドールの進言にもシャルロットの表情は晴れない。彼としてもその気持ちはわかる。


(もしヤコウ殿がかの〝王〟だとするならば話は大きく変わってくる)


 夜光が〝白夜王〟で、しかも伝承通りの力を有しているのならばエルミナ王国だけでなく、世界にすら大きく影響してくることだろう。〝王〟とは、〝神〟とはそれほどまでに強大な存在であり、重要な存在なのだから。


(しかしいきなり神とは……話が壮大になりすぎだろう)


 とはいえもし本当にそうならば――こちらにとって有益となりえることだろうとテオドールは考えていた。


(国のため、民のため、国王陛下のため――使えるものはなんでも使わなければな)


 テオドールとて聖人君主というわけではない。国家に対する無償の奉仕など決してあり得ない。

 今回第三王女に従ったのも少なくない打算があったからである。

 けれどもそれとは別にシャルロットの高潔な意思に魅かれたというのもまた事実だ。


(未だ幼き鳥とはいえ、その行く末を見てみたい)


 今ですら大将軍を三人も従え、万を超える軍勢を率いている。その王者の資質(カリスマ)が行き着く先を見てみたいと、年甲斐もなく思ってしまったのだ。

 しかし、今はまず主の懸念を払拭せねばなるまい。そう考えたテオドールは口を開いた。


「ヤコウ大将軍もいずれ我々に話してくれる時がくるでしょう。それまでは――今しばらくお待ちになるのがよろしいかと」

「……そう、ですね。申し訳ありません、つい弱気になってしまいまして……」

「無理もないことです。此度の戦は姫殿下にとって初陣となりますからな。誰であろうとも初陣は緊張するものです」

「誰であろうとも……ということはテオドールさまもかつてはそうだったのですか?」

「ええ……私の初陣は十七の時でした。今でも鮮明に思い出せますよ、あの時の緊張感を。戦が終わり、我に返った時などは恥ずかしながら吐いてしまいました」


 先代〝王の剣〟として活躍してきたあのテオドールにもそのような時期があったのかと目を丸くするシャルロット。

 そんな彼女に苦笑を向けながら言葉を続ける。


「そんな老骨から一つ、姫殿下にお伝えしておきましょう。――戦場では決して眼をそらさないこと、これが重要になってきます」

「……眼をそらさない、ですか?」


 どういうことかと小首をかしげるシャルロットに、テオドールが真剣な面持ちになって告げる。


「戦場というのは地獄です。悪人も聖人も関係なく、ただ生きたいという原初の願いを叶えるために他者の命を奪う。そこに善悪はなく、あるのは命の奪い合い。だからこそ人の本質が曝け出される」


 これまで他人から善人と思われていた者が生き延びるために仲間を犠牲にする。その逆に他人から悪人と思われていた者が自らを犠牲にしてまで仲間を救うこともある。

 力戦奮闘――その中にあっては、人は自らを偽ることができなくなる。


「故に汚いこともあるでしょう、醜い部分だって見えてくるのです。眼をそらしたくなる光景が戦場なのです。……ですが、決して眼をそらしてはいけません。司令官として、兵を死地に向かわせた者の責任として、彼らを見守らなくてはいけないのです」


 それこそが指揮官や司令官の務めなのだ。自らが発した命令一つで命が消えていく、その様を見届けることはもはや責務といっていい。

 それがどれほどの重圧か、経験から理解しているテオドールは忠言したのだ。何故ならそれは今後避けては通れない道だからだ。


「とはいえあまり気負いすぎるのもよくありません。私もいますし、何より此度の作戦が上手くいけば大規模な衝突は回避できますから、そう思い詰める必要もございません」


 今回夜光が提案した作戦は他の大将軍を始め、多くの武官によって修正、補強されたものだ。この作戦通りに事が進めば二桁を超える万の軍勢同士がぶつかり合うという悲劇を避けることができる。

 成功の鍵となるのは、夜光とクロード率いる〝光風騎士団〟だが、果たしてそう上手くいくか、テオドールは疑問であった。


(相手はあのダヴー将軍にヨハン……こちらの手を読んでいる可能性がある)


 かつて共に戦場で肩を並べた仲――故にその実力は良く知っている。

 加えてほとんど王都に滞在することなく北方に座していたルイ第二王子の実力は未知数だ。しかしダヴー将軍やヨハンといった実力者が付き従っているのだ、決して低いということはないだろう。


(この作戦、成功するかはお前たち次第だぞ)


 テオドールは遠い北の大地にいるであろう息子のことを想うのだった。


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