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巻き込まれて異世界召喚、その果てに  作者: ねむねむ
四章 堕天の雪華
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六話

続きです。

 濃霧に包まれるグロッタ湿原――その中ほどに位置する橋の上で、夜光たちは荒い息を吐いていた。

 騎士たちが火属性魔法によって光源を生み出せば、彼らの眼前に異形の死体が現れる。

 刎ね飛ばされた首――そこから生えている触手はもう蠢いていない。右胸に空いた大穴からは紫色の液体が零れだしていて、死んでいることを物語っている。


「……なんだってんだよ、こいつは」


 既に絶命している異形の存在――〝なりそこない〟を未だ警戒する夜光が毒づけば、隣に立つクロードが〝王剣〟を鞘に納めつつ口を開いた。



「〝力〟を得ようと禁忌を犯した愚者の末路――〝なりそこない〟と呼ばれる存在だ」

「その〝なりそこない〟ってのは魔物の一種か何かなのか?」


 夜光の問いかけに否、とクロードは首を振る。


「〝なりそこない〟というのは……人が〝魔石〟を体内に取り込むことで生まれる存在だ」

「こいつが……元は人だって?」


 どう見ても魔物にしか見えない。人を優に超える巨体、紫色の肌、首を刎ねられても動く生命力、異常すぎるほど強大な魔力――どれをとっても元が人などとは思えなかった。

 信じられないと夜光が眉根を顰めれば、クロードは汗と霧によって張り付いた前髪をかきあげながら説明を始めた。


「今を遡ることおよそ千二百年前のことだ」


 当時世界は暗黒期であった。〝天魔王〟を神と崇める〝魔族〟(アスラ)は彼らのみが使うことを許された〝魔力〟と〝魔法〟によって他種族を排斥、支配していた。

 その圧倒的なまでの〝力〟を前に他の四種族――〝人族〟、〝竜王族〟、〝精霊族〟、〝妖精族〟は無論抵抗した。けれども種族間を超えて連携しなかったことが仇となって早々に鎮圧されてしまう。


『魔族こそが唯一の知的生命体、我ら以外の劣等種は等しく家畜である』


 そんな傲慢な台詞が当たり前のように言われる時代――まさに暗黒期と呼ぶに相応しい世界。そこにある時、一人の〝人族〟が生まれた。

 彼は生まれながらにして他種族と意思疎通ができ、生まれながらにしてとある〝王〟の寵愛を受けていた。

 やがて彼は青年となり、〝王〟から〝力〟と〝救世主〟を授かると魔族に反旗を翻した。彼が率いた軍勢は天を喰らう勢いを以って快進撃を続け、やがて〝人族〟以外の他種族さえも従え、遂には魔族から世界を解放するに至る。

 劣勢に立たされた魔族は崇める〝王〟に希い、一つの奇跡を授かった。それこそが体内に取り込むことによって魔力を増加させる〝魔石〟という存在である。

 それによって力を増した魔族が猛反撃に出たことで終わりが見えていた大戦は再び混迷の様相を呈し始める。その最中で魔族によって滅ぼされかけた人族の王国、その国王が禁忌に手を染めた。


――魔族があれほど強化されたのだ。ならば我々も――


 国王はそう考え、戦場で回収し宝物庫に納めていた一つの〝魔石〟を喰らった。しかし強靭な肉体を持ち、圧倒的な魔力を有する魔族専用に生み出された〝魔石〟が、五大系種族の中で最も脆弱であった人族の身体に収まりきるわけがない。

 結果、その国王は願ってもやまない強大な魔力は手にすることができた。けれどもその代償として知性と理性を失い、身体は異形へとなり果ててしまう。

 のちに〝堕天〟と表される行為によって生まれた禁断の存在――〝なりそこない〟の誕生である。


「原初の〝なりそこない〟はその後、国を襲った魔族を喰らい、自らが守るべき存在であった臣民すらも喰らった。結果的に駆けつけた初代〝人帝〟によって討伐されたが……人の口に戸は立てられず、〝堕天〟という禁忌は世界中で行われた」


 ある亡国の王子は再起を求めて、ある村の少女は家族を殺された恨みを晴らすために、ある貴族は財産を守るために。

 

「やがて〝なりそこない〟の数は万を超え、その異形の軍勢は一国を滅ぼすに至ってしまった」


 その時点で事態を重く見た初代〝人帝〟――のちのアインス大帝国初代皇帝は、異世界より召喚された〝救世主〟――〝英雄王〟と共に討伐軍を結成、〝なりそこない〟の大軍によって滅ぼされた小国へと赴いた。

 

「彼らは多大な犠牲を払って〝なりそこない〟を殲滅することに成功した。それから〝堕天〟は禁忌とされ行ったものは貴賤を問わず処罰の対象となり、その方法は封印されたのだ」


 膨大な労力と時間をかけることで〝堕天〟という禁忌は世界から排除されていった。アインス大帝国第五代皇帝の時代にはついにその禁忌を知る者はいなくなったという。


「しかし……今からおよそ百年以上前、誰が、何のためにかは不明だが、〝堕天〟という禁忌を復活させた者が現れた」


 それはエルミナ王国で起こった。

 第二代エルミナ国王――〝征服王〟と呼ばれた偉大なる王の統治していた時代。突如として〝なりそこない〟の五百ほどの群れがエルミナ西方に出現、人々を喰らい始めたのだ。

 この危機を前に第二代エルミナ国王は自ら十万もの大軍を率いて西方へと赴き、当時の〝四騎士〟もそれに行軍する。結果として征伐に成功したものの、国王は片腕を失い、〝四騎士〟を二人喪い、十万もいた軍は二万もの犠牲を出してしまう。


「たった五百の群れを相手に甚大な被害を被ったことで、第二代エルミナ国王――ジョン陛下は激怒なされたという」


 それから国王は禁忌を復活させた者を探し出し処刑した。この部分については何故か文献で端折られているのだが……とにかく〝堕天〟は再び封じられたという。


「だけど……こうして今再び〝なりそこない〟が現れたってことは、封じるのに失敗していたってことじゃないか?」

「……かもしれぬ。だとすれば……かなり事態は悪い」


 重々しく告げるクロードに夜光もまた同意だと頷く。


(五百程度を相手に十万の軍勢が二万もの犠牲を出した――これが真実だとすれば不味いな)


 夜光たちの前に姿を現した〝なりそこない〟は一体だけであるが、他にいないという保証はどこにもない。もしそれほどの力を有する存在が大量にいるとなるとかなり厄介といえよう。


「問題はこいつがあとどれくらいいるかってことと、誰が使役しているかってことだな」


 これがルイ第二王子の仕掛けたものだとすれば状況は切迫していると言っていい。何せ〝なりそこない〟が存在しない段階ですら兵力差は二十万という絶望的なものだ。そこに圧倒的な力を持つ〝なりそこない〟が加われば戦力差はさらに広がる。


(数にもよるけど……難しいだろうな)


〝王剣〟の能力と保有する固有魔法をクロードが使わなかったとはいえ、夜光と二人掛りでようやく一体というところなのだ。それほどの武力を有する敵が相手となれば……厄介などというどころの話ではない。


「……とにかく俺たちは今、後手に回り続けている。俺たちの奇襲すらバレている可能性もある。まあ、ただ単に防衛としてここに〝なりそこない〟を配置していたっていうこともあり得るけど」


 最悪を想定した方が良いだろうと夜光は考えていた。相手は今のところこちらの先を行き続けている。ならば今回の襲撃もこちらの動きが露見していたことによる対策だと思った方が良いだろう。


(けど、だからってここで退くわけにはいかない)


 それに――と夜光はクロードと目線を合わせる。


「どのみちここで退くわけにもいかないし留まるわけにもいかないだろう。俺たちの作戦が見破られていようともいなくとも、先に進むべきだ」


 むしろこうして妨害してきたということはルイ第二王子は北方を重要視しているということの証左でもある。ならば当初の予定通り北方へと向かい、敵の後背を突くべきだ。

 夜光がそう主張すれば、クロードはしばし思案げに眼を閉じてから頷きを示した。


「ヤコウの言う通りであるな。どのみちここまで来てしまった以上、先へ進むほかない。〝なりそこない〟に関しては……ひとまずグロッタ湿原を抜けるまではなるべく密集して防御を固めながら進み、抜け次第斥候を放って警戒しつつ行軍することとしよう」

「ああ、そうだな。クロードの意見に賛成だ」

「うむ、ならば――総員、出立の準備をせよ!進軍を再開する」


 クロードの号令を聞きながら夜光は騎士が後方より連れてきた予備の馬へと跨る。

 その視線はピクリとも動かない〝なりそこない〟へと向けられていた。


(〝なりそこない〟……人が〝堕天〟した果ての姿か)


 新たな強敵の出現に――夜光は何故か()()を覚えた。

 しかしすぐに気が付いて胸元を抑える。


(俺は何を……?)


 自らが抱いたおかしな感情に戸惑う夜光。

 そんな彼を心配そうに見やってクロードは小声で訊ねた。


「ヤコウ、大丈夫であるか?」

「あ、ああ…………大丈夫だ」


 心配ないと手を振ればクロードは気づかわし気な表情を浮かべるが、追及はしてこなかった。

 夜光はクロードの気遣いに感謝しつつも湧き上がる感情を必死に否定していた。


(俺は戦闘狂じゃない。俺はただ――)


 されど、唐突に脳裏に聞き知った声が響き渡ったことで思考が止まってしまう。


――本当にそうか?俺にはてめえが自分自身に嘘をついてるようにみえるがなぁ。

――夜光、キミは認めたくないんだろう?だからそうやって否定するんだ。


 忌々しい声――けれど現実ではないと首を振って意識を強引に切り替えた。


(幻聴か。疲れてるんだな、俺も……)


 再び〝光風騎士団〟が動き出す。夜光もまたクロードの横に並んで軍馬を操る。

 彼が、能力を使用していないにも関わらず鈍い光を放つ左眼に気付くことはなかった。

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