十六話
続きです。
最初の激突――それは互いが持つ剣を交えあうことだった。
「オオオッ!」
「ハァアッ!」
クロードと夜光、二人が持つ剣がぶつかり合って拮抗する。
白銀の剣と銀色の剣が火花を散らす様は何処か幻想的な光景だった。けれども実際には――当人たちの間にそのような思いはなく、ただ相手を倒すという一点のみを目的に力を振るっている。
鍔迫り合い――しかし拮抗は刹那で、剣を片手で握っている夜光が押し負け始めた。
「く……ならっ」
夜光は咄嗟に左手――〝王盾〟でクロードを殴りつけようとした。だがその一撃は不可視の壁によって阻まれてしまう。
(ちっ、風魔法による障壁か)
風属性の魔法は空気を操る魔法だ。それを使って風による障壁を張ったのだろう。対抗するには同じ威力の風魔法をぶつけて相殺するか、あるいは相性の関係から風属性に強い土属性の魔法を放つのが常道だ。
しかし夜光は魔力を持たぬ身――正確にはあの時から魔力は得ているのだがそれを魔法に変換することができない――である以上、他の手段を以って突破するしかない。
「これなら――どうだ!」
「ぬ……っ!?」
夜光は自分から右手――〝天死〟を持つ力を緩める。そのようなことをすれば当然押し込まれるわけで、銀色の剣が彼の身体を切り裂かんと迫った。
だが、そうなる前に夜光は左手の盾を身体と〝王剣〟の間に滑り込ませ、クロードの一撃を防いだ。
〝王剣〟と〝王盾〟――同種の〝神器〟同士が激突し派手な音を奏でる。
その状態から夜光は地を踏みしめると〝天死〟を突き出した。
同格の武具でないと防げない特殊な刃はクロードが張っていた風魔法による障壁を容易く切り裂く。
迫りくる白銀の剣を見たクロードの判断は早かった。あっさりと優位であった競り合いを捨て身をひねることで回避。そのまま体を回転させ勢いに乗った〝王剣〟を振るう。
対して夜光は剣を突き出した体勢――故に防御は不可能と悟る。だからわざと体勢を崩して転んだ。そのまま大地で前転し、下段からクロードを見上げる形で再度刺突を放った。
しかしそのような稚拙な攻撃が彼に通じるはずもなく、あっさりと受け流されて距離を取られてしまう。
夜光もまた追撃するような真似はせず、立ち上がって息を整える。そんな彼にクロードが言葉を投げてきた。
「強くなったな、ヤコウ殿。あの時の貴殿とはまるで大違いだ」
「……数えるほどの修羅場をくぐってきただけだ。それに……」
「それに、なんだ?」
「……いや、なんでもない」
思い浮かべたのは〝力〟をくれた少女の姿。しかしその愛しい思い出を他人に語ってやる気は今のところない。だから夜光は首を振って左眼に命じた。
(〝死眼〟俺に〝視〟せろ)
すると夜光の左眼――眼帯に覆われた〝眼〟が青紫色に光りだした。その輝きは武骨な眼帯越しでも視認できるほどで、その光にクロードが警戒を示すかのように身構える。
(〝視〟える殺し方は……これまた少ないな)
けれどそれは何時ものことだ。強敵と相まみえた時はそうなってしまう。けれども〝視〟れた情報はあの〝ソル〟と対峙した時よりもはるかに多い。
(これならやれる。後はその通りになるよう動くだけだ)
未来視にも似たこの特殊な〝眼〟の力は絶対というわけではない。〝視〟えた相手の殺し方の通りに夜光が動かなければ失敗するし、何より相手が想定外の行動を取ってくることでも破綻しかねないという欠点があった。もっとも後者に関してはある程度は織り込み済みの情報が〝視〟れるのだが。
(それにこの戦いは相手を――クロードを殺すための戦いじゃない。無力化が目的だ)
殺すのではなく、倒す。無力化したうえで説得を試みるつもりであった。
(もし説得できなかったとしても牢に閉じ込めておけばいい)
バルト大要塞の牢屋であればクロードを閉じ込めておくこともできるだろう。何せここには神剣の所持者であるクラウスがいる。〝王剣〟を取り上げてさえおけば問題ないだろう。
そう判断した夜光はゆっくりと腰を落とす。〝王盾〟を前に、〝天死〟を後ろに構えた。
夜光の歪んだ覇気を受けたクロードは瞼を下した。静かに瞑目した状態で〝王剣〟を正眼に構える。先ほどとは違い今度は受けの姿勢――反撃を以って相手を下そうという意思を感じさせる。
されどそれは夜光にとって想定内。彼は獲物を狙う猛獣の如く眼を細めた。
一瞬――本当にわずかな間だけ場に静寂が訪れる。
しかしそれは次の瞬間、破られた。
「ゼァアアァァァアッ!」
裂帛、空間を劈く。
勇ましい雄たけびを上げた夜光は地を蹴った。亀裂が奔る大地を置き去りにした神速で以って距離を蹴りつぶすと〝王盾〟をその勢いのままに押し込んだ。
対するクロードはただ静かに佇んでいた。その佇まいはまさに明鏡止水の領域であった。
行ける――確信した夜光、しかし次の瞬間、それは驚愕へと塗り替えられた。
「――――ハッ!」
「なん――ッッ!?」
クロードが眼を開けた――と同時に気迫を上げながら踏み込んできた。
正面から盾が迫る中でそれは悪手のはずだった。しかし夜光が前面に突き出していた左腕が――横合いから押された。間違いない、これはクロードが最も得意とする風魔法によるものだ。これによって夜光とクロードの間を遮るものがなくなり――クロードが放ってきた上段からの振り下ろしが夜光に迫る。
無論、右手の〝天死〟を前に出せば防げる一撃だ。それをわかっているからこそクロードも躊躇いなく刃を振り下ろしてきたのだろう。
だれでもそうするはずだ。しなければ〝王剣〟に切り裂かれて絶命するのだから。
けれども夜光は――そのままクロードの一撃を身体で受け止めた。
肉を切り裂く不気味な音、上半身に襲い掛かる衝撃、吹き上がる鮮血――一切合切を無視した夜光は、嗤った。
「はは――もらったぜクロードぉっ!」
「ヤコウ殿――ッ!?」
まさか夜光が防御を捨てるなどとは思っていなかったのだろう。クロードは驚愕に動揺してしまった。
それは刹那の隙、加えてクロードの得物である〝王剣〟は振りぬかれた直後だ。
夜光は自棄めいた狂笑を浮かべると〝天死〟の腹でクロードの右手首を強かに打った。溜めに溜めたその一撃は籠手の防御を貫いてクロードの掌から〝王剣〟を吹き飛ばすことに成功する。
そのまま〝天死〟を手放した夜光は、揺れるクロードの首元をつかんで背負い投げた。地面に叩きつけられて息と血を吐き出すクロード、そんな彼に馬乗りになった夜光は〝天死〟を手元に喚びだして――クロードの顔、その真横に突き刺した。
「が、はぁっ……!終わりだ、クロード。降伏しろ。シャル――ロット殿下に従えとはいわないから、おとなしくしてさえしていてくれればそれでいい」
上半身を襲う激痛に耐えながらそう言えば、クロードは抵抗は示さずに――けれども戦意を失っていない金色の双眸で夜光を見つめてくる。
「……何故だ」
「なに?」
「何故そうまでして――命を捨ててまでシャルロット殿下をお守りするのだ?」
「決まってんだろ、守るって約束したからだ」
「――――」
即答、一切の迷いなきその返答にクロードは絶句した。夜光が放つ意思の強さに――その確固たる決意に気圧されてしまったのだ。
そんなクロードに苦笑を向けた夜光は自らの身体を指し示す。切り裂かれた上半身――白銀の光に包まれて治っていくその光景を見せた。
「それにさ、別に命を捨てたわけじゃないんだ。ほら、こうして治ってるだろ?」
「……故にあのような無謀な行為に及んだというわけか」
「ま、そういうことだ」
あっけらかんとする夜光にクロードはずっと味わっていなかった戦慄というものを覚えた。あり得なかったからだ。いくら怪我しても治るとわかっていても、自ら剣で切り裂かれようなどと判断するなどはっきり言って異常だった。
黙り込むクロード、そんな彼に夜光は問いかける。
「それで、どうする?降伏してくれるか?」
「…………悪いが――それはできぬ!」
「なに――ガァア!?」
この時夜光は失念していた。クロードが風属性以外の魔法を使えることを。
だからこそその不意打ちをあっさりと受けてしまった――雷属性の魔法による目つぶしを。
目の前が光った――そう夜光が知覚した時には遅かった。次の瞬間には眼帯に覆われていない右眼に激痛が奔り、何も見えなくなってしまう。
クロードは咄嗟に右眼を手で押さえた夜光に向かって掌底を放った。先ほどまでとは打って変わって遠慮のない激烈な一撃――馬乗りになっていた夜光は吹き飛ばされてしまう。
大地に転がる夜光、そんな彼を立ち上がったクロードが警戒を灯した瞳で見やりながら落ちていた〝王剣〟の元まで歩き拾う。
「く、クロードぉ……っ!」
「治るのだろう?ならばその程度、問題ないはずだ」
「なんでだよっ!なんでそうまでしてオーギュスト第一王子に従う!?あなたの眼はそこまで節穴なのかよ!」
意味が分からなかった。忠誠を捧げている国王に直接命令を受けたというのならば理解できる。しかし今回のシャルロットを王都まで連行しろという命令は国王の威を勝手に借りたオーギュスト第一王子からのものだ。
激痛に悶えながらも声を張り上げて問い詰める夜光。そんな彼にクロードは〝王剣〟の切っ先を向けた。
「先ほども言ったはず――某は国王陛下の代理であるオーギュスト第一王子の命に逆らうわけにはいかぬのだ、とな」
「はっ、その言い方だと本当は逆らいたいって思ってるんじゃないのか?」
「…………」
「図星かよ。ならあなたはその命令が本当に陛下からのものだってのを知るための努力はしたのか?直接会いに行ったのか?」
「……陛下は病に臥せっておいでだ。誰であろうとも面会はできぬ」
「へえ、それはおかしな話だな。誰であろうともっていうならオーギュスト第一王子はいったいどうやって陛下から勅命を受けたんだろうな?俺がシャルロット殿下から聞いた話だと陛下は話すことすら困難な状態らしいぜ。なら――いったいどうやって?」
言葉による怒涛の攻撃に、クロードは押し黙ってしまう。その表情はだれの目にも明らかなほど動揺の色が濃かった。
そんな彼の様子を無事だった左眼――〝死眼〟で見つめながら夜光は言葉を重ねる。
「何が真実で、何が嘘なのか――それって結局のところ自分の目で見て判断するしかないんだよ。誰かから言われたからってだけじゃ本当の意味で納得なんてできない」
人は自らの信じたいものだけを信じようとする傾向がある種族だ。たとえ誰かから真実を聞かされたとしても、クロード自身が信じないと決めてしまえばそれまでだ。
だが、それを覆すすべは存在する。今夜光が言ったように自らの眼で見て、耳で聞く――それだけが自らにとっての真実となりえるのだ。
「だから一緒に行こうぜ、クロード。俺と、シャルロット殿下と一緒にさ。どうせ行先は同じ王都なんだ、ただそこに行きつく過程が違うってだけのこと。なら――王都について〝真実〟ってやつを知ってからでも俺たちを捕まえるのは遅くないだろ?」
「某は……某は……っ」
右眼を抑える手とは反対の――〝王盾〟を待機状態に戻したことで空いていた左手をクロードに向けて差し出す夜光。彼は痛みをこらえて精一杯の笑みを向けた。
そんな夜光にクロードは混迷の表情を向ける。どうすれば良いのか、固めてきたはずの決意が揺らいでいた。
夜光は急かさないでただクロードを見つめていた。
しばしの静寂――それを破ったのは夜光でもクロードでもなかった。
「きゃあっ!?」
「何者だ、貴様ッ!」
それはバルト大要塞から聞こえてきた。
ほぼ同時に夜光とクロードが声が聞こえてきた方を向けば、胸壁でシャルロットに襲い掛かる外套の人物の姿を認めることができた。
何が起きたのか、瞬時に理解した二人は。
「クロード、俺をあそこまで飛ばしてくれっ!」
「任されよ、ヤコウ殿」
短い返答、そこに込められたクロードの意思に気づいた夜光は感謝を込めて頷いた。
「……ありがとう、クロード。あなたの決心に敬意を表する」
「礼はいらぬ。某が決めたこと故……さあ、往かれよ」
「ああ!」
そうして夜光は迸る激痛をこらえながら、バルト大要塞に向かって勢いよく駆け出す。すると背後からクロードの声が聞こえてきた。
「風よ、収束せよ!」
クロードは固有魔法〝風神の加護〟によって強化された風魔法を夜光に向かって放った。攻撃するためではない、彼を後押しするために。
その風魔法は夜光の背に下から当たって――彼を勢いよく吹き飛ばした。文字通り天高く舞い上がった夜光は――、
「俺の主に手出してんじゃねえよ」
――一気に胸壁までたどり着くと、中空で身体を捻り外套の人物の頭部を蹴り飛ばした。




