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巻き込まれて異世界召喚、その果てに  作者: ねむねむ
三章 忠義の在処
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九話

続きです。

 ――第三王女、起つ。


 この衝撃的な報は他の王位継承者の時と同様に、魔導通信機を介してエルミナ全土に広く知れ渡った。

 王都パラディースにて軍を出立させるための準備を行っていたオーギュスト第一王子とアルベール大臣の元にも当然その報告は届いていた。


「クソッ!」


 王城グランツ、その一室でオーギュスト第一王子が怒気を露わにした。常日頃ワインを飲むのに使用していたグラスを床に叩きつけ、荒々しい息を吐いている。

 そんな彼を冷めた目で見つめるのはアルベール大臣で、深々と嘆息してから口を開いた。


「殿下、何卒お怒りをお静めください」

「静まれだと!?これが落ち着いていられるかっ」


 シャルロット第三王女が東方へと逃れたことは知っていた。けれども何の後ろ盾もなく、弱気な彼女では大それたことなど出来はしない――そう考えていたことが仇となったのだ。


「あの愚妹は東方から――バルト大要塞から軍を得たのだぞ。西と北に敵を抱えている現状で、今度は東だ。とてもじゃないが対応できん!」

「確かに……密偵からの報告次第で変わってはくるでしょうが、バルト大要塞には三十万もの兵力があります。その全てを動かせるわけではないでしょうが……」


 とアルベール大臣は言葉を濁した。


(国境防衛を考えれば全軍は動かせないだろう。しかし三分の一――十万ほどを揃えてくる可能性は高い)


 西方と北方に敵を抱えた状態で手一杯だというのに、今度は東方である。アルベール大臣とオーギュスト第一王子の立てていた計画は東方は動かないという前提のものだ。その前提条件が覆った今、なんらかの対策を講じなくてはいけない。

 思案気に顎をさするアルベールに、オーギュストは怒気に赤く染まった顔を向けてくる。されどその瞳には動揺と怯えの色があった。


「数だけではない、連中の中にはあの〝征伐者〟がいるのだぞ!しかもテオドールもだ!」


 そう、その情報がなによりアルベールたちを悩ませている。


(〝征伐者〟――よもやクラウス大将軍が動くとはな)


 東方守護クラウス・ド・レーヴェ大将軍。

 武力に優れ、知略に長ける男。これまでの功績と忠誠心を認められて国境守護の任を国王から拝命した。

 エルミナ王国に四人しか存在できない大将軍の中でも最年長であり、誰よりも実戦経験豊富である。若かりし頃は先代〝王の剣〟――テオドールと共に戦場を渡り歩いた剛の者でもある。

 

(加えて厄介なのは〝神剣〟所持者であるということだ)


 所持者を一騎当万の英傑へと昇華させる武器。〝王〟が創造した宝剣――それが〝神剣〟だ。

 

(こちらにも〝天霆〟と〝干将莫邪〟があるが……使い手が未熟すぎる)


 その為に勇者たちには実戦経験を積んでもらう手はずだった。それは東方の事を知った今でも変わらない。それにクラウス大将軍が直接出張ってくるとはアルベールは考えていなかった。

 

「お言葉ですが殿下、かの者はバルト大要塞から離れない――離れられないでしょうから問題はないかと」

「……なに?一体どういうことだ」

「クラウス大将軍は国王陛下への忠誠心が厚く、勅命である国境守護の任を放棄してまで出陣してこないと私は思います。それにいくら東側が荒れているとはいえ、こちらを虎視眈々と狙っていることは明白。そのことは彼も重々承知でしょう。ならばこそバルト大要塞から動くとは思えないのです」


 エルミナ王国において唯一他国と国境を接している東方。そこを護るのがバルト大要塞の役目であり、故に司令官がそこを離れるわけにはいかないだろう――アルベールはそう考えたのだ。


「クラウス大将軍さえいなければ大した脅威にはなりません」

「何故そう言い切れる?〝征伐者〟がいなくとも連中にはテオドールがいる。奴の軍略は脅威だろう」

「確かに先代〝王の剣〟に率いられた軍は手ごわいでしょうな。しかしだからこそ――彼だからこそ対処しやすいともいえるのです」

「……どういうことだ?」


 怪訝そうなオーギュストに、アルベールは悪辣な笑みを浮かべる。


「今代の〝王の剣〟を派遣します。彼であれば問題なく対処できることでしょう」

「――ふ、はは……ハハハハッ!アルベール、貴様悪趣味がすぎるぞ。親子で殺しあいをさせるつもりか」

「勇者は本日出立予定、他に手が空いていて、かつテオドールほどの男に対処できる存在はクロード大将軍くらいしかおりませんので……やむを得ないかと」


 そう言って肩をすくめるアルベールの姿はまったく残念そうではない。むしろこの状況を愉しんでいる節が見て取れた。

 そんな彼の様子にオーギュストも落ち着きを取り戻して、呼び鈴を鳴らして侍女に替えのグラスを用意させる。つがれたワインの香りを優雅に嗜んでから口をつけた。


「しかしクロードが東方に対処している間、北方はどうするのだ?本来なら奴を司令官とする軍を派遣する予定だったであろう?」

「それについては既に現地で待機しているダヴー将軍に任せます。彼ならばクロード大将軍不在であっても持ちこたえられることでしょう」


 アルベールが自信に満ちた様子で言いきれば、オーギュストは顔をしかめた。


「……ダヴーか」

「何か問題でも?」

「どうにも奴は好かん。あの眼が気に喰わんのだ」


 これにはアルベールは苦笑を浮かべた。オーギュストがダヴー将軍を嫌う理由が分かるからだ。


「まあ、彼には愛想というものがありませんからな。彼に比べればクロード大将軍の方がまだ接しやすい」


 現在、中央と北方の境を守護しているダヴー将軍という男がいる。彼はまさに軍人気質というべき性格の持ち主で、権力者に媚びるということがない。アルベールは彼が笑っている瞬間を目撃したことすらなかった。


「しかしダヴー将軍の実力は確かなものです。それは殿下もご存じのことと思いますが?」

「分かっている。……とにかく、ならば問題はないということだな?計画に支障はないと」

「はい、多少修正が必要にはなりましたが許容できる範囲に収まっています。なので殿下はごゆるりとお待ちください」

「期待している。我はこの後に備えて支度をする。もう下がれ」

「御意」


 今日はこの後勇者たちの出立を見送るという大事が待っている。故にアルベールも準備をしなくてはならない。

 主に頭を下げてから退出し、王城の廊下を歩いて行けば、前方から一人の文官が駆け寄ってきた。


『アルベール閣下、例の調査の結果をご報告に参りました』

「ご苦労、してどうであった?」

『宝物庫を始め、城内をくまなく捜索致しましたが……見つけることはできませんでした』

「そうか……やはり情報は事実という可能性が高いな。分かった、この件はもう終わりだ。通常業務に戻ってよいぞ」

『はっ!』


 立ち去っていく文官から視線を外し、自室へと戻ったアルベールは重い息を吐く。

 

「第三王女の幕下に〝王盾〟の所持者がいる――この情報は正しいと考えたほうがよいか」


 第三王女が発表した陣営の中に〝征伐者〟だけでなく新たに生まれた〝王の盾〟がいた。それはにわかに信じがたい事だったが故に、王城内に保管されているはずの〝王盾〟を捜索させていたのだが、結果は見つからなかったというものだった。


「シャルロット第三王女が王城から抜け出す際に持って行った、そう考えるのが自然か」


 もとより長年所持者が選ばれることのなかった〝王盾〟は大した警備がされていなかった。その隙をつけば第三王女であっても持ち出すことは可能だろう。

 それ自体は別に問題とはいえない。しかし所持者が見つかり、しかも第三王女の陣営に加わったとなれば話は別だ。


「面倒だが……勇者と同じでまだ〝王盾〟を使いこなせはしないだろう。クロード大将軍に始末させれば問題ないか……」

「いえいえ、それはどうでしょうねぇ」

「――っ!?」


 聞こえるはずのない他者の声に、バッとアルベールが振り返れば、窓際に立つ人物を認めることができた。その声音、その姿に心当たりがあったアルベールは嘆息した。


「……ノンネ、勝手に部屋に入るなと言ったはずだが?」

「おお、怖い。そんなに睨まないでくださいよ。それに私を呼んだのはあなた様の方ではありませんか」

「……それもそうだったな」


 アルベールは執務机に向かうと、傍にあった椅子に座る。フードを深々と被っている人物――ノンネに鋭い視線を投げて言葉を発した。


「東方で起きた出来事――どうせお前のことだ、既に知っているのだろう?」

「ええ、もちろんですとも。付け加えるなら本日呼ばれた件もそれに関係していることも知っていますよ」

「なら話は早い。……シャルロット第三王女を始末してもらいたい。お前の〝力〟なら簡単だろう?」

「おや、そう来ましたか。ですが、簡単ではありませんよ。彼女の傍には先代〝王の剣〟と――今代〝王の盾〟がいますからね」

「……やはり〝王の盾〟がいるのだな」

「ええ……彼は少々厄介な〝力〟を持っていましてね。だからこそ簡単ではないわけでして」


 口ではそう告げるノンネだが、そのおどけた態度からは大変そうには見えない。

 アルベールは胡乱げに彼女を見やった。


「なら出来ないというのか?」

「そうは言ってませんよ。ただ少々難しいというだけでして……まあ、私はあなた様のしもべですので、お受けいたしますが、確約はできない――そういうお話なんですよ」

「……それで良い。仮にお前が失敗したとしても〝王の剣〟がいる。彼ならば生まれたばかりの〝王の盾〟など敵ではないだろうからな」

「ふふ、それは心強い。それならば私も憂いなく挑めるというものです」


 では、と一礼したノンネ。彼女の姿はアルベールが瞬き一つする間に消えていた。

 彼女が立っていた空間には何もない。そこを睨みつけながらアルベールは不快げに呟いた。


「本当に……気味の悪い奴だな」

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