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巻き込まれて異世界召喚、その果てに  作者: ねむねむ
三章 忠義の在処
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四話

続きです。

 同日――エルミナ王国東域東部バルト大要塞近郊。


 曇天の下、街道を往く馬車があった。

 護衛に百ほどの騎馬を追走させひた走る馬車――その中には三人の人物がいた。

 金髪碧眼が美しい少女シャルロットが見守る中、テオドールと夜光の二人は複数の書物を広げている。


「――であるから、この場合は右翼を動かし敵をかき乱すのが常道なのだ」

「……難しいな」


 バルト大要塞に向かう道中、夜光はずっとテオドールから軍事に関して教わっていた。何故そうなったのかといえばシャルロットの『〝王盾〟の所持者なのですから、いずれ大将軍に任命される時がくるでしょう。そうなった際に軍を動かす術を一切知らないというのは問題があると思います』という言葉が原因だ。

 これにテオドールが反応を示し、移動中に教えるなどと言い始めたのが夜光の運の尽き。毎日揺れる馬車内で教えを受けることになったのだった。


(キツイな、これ……)


 というのが夜光の感想である。そもそも戦に関することなど何一つとして知らなかった身、故に覚えることが無数にあった。けれど時間は限られているため進み具合が尋常ではない速度なのだ。夜光もシャルロットに仕えると言った手前投げ出すわけにもいかず、必死に喰らいついているのだが、それでも辛いものは辛いのである。


「では次は雨天時における野営の注意点についてだが――」

「あばば……」


 多すぎる情報量を遂に処理しきれなくなったのか、夜光が意味不明な言語を発し始めた時だった。


『まもなくバルト大要塞に到着します』


 と御者が報告してきたことで授業は終わりを迎えることになった。


「む、もう着いたのか……人に物を教えていると時間が経つのがあっという間に感じるな」

「ふふ、お疲れ様でしたテオドールさま。ヤコーさまもお疲れでしょう?」

「あ、ああ。本当にね……」


 まだまだ教え足りないと不満顔のテオドールに、ほっと一息つく夜光。対照的な二人を見てシャルロットは微笑んだ。


「一先ずはここまでとしよう。残りはバルト大要塞でやるべきことが終わってからにする」

「……了解です」


 まだやるのか……とげんなりした表情の夜光を置いてテオドールが対面に座する少女と話し始めた。


「姫殿下、バルト大要塞に着き次第すぐに司令官とお会いするということでよろしいでしょうか」

「はい、事は一刻を争いますから……なるべく時間はかけたくないのです」

「承知致しました。……ですが、あの男が相手ですのでそう簡単にことが進むとは思えませぬ」

「前から思ってたんですけど……〝征伐者〟ってそんなに偏屈な人なんですか?」


 気になっていたことを尋ねた夜光に、シャルロットは苦笑いを浮かべ、テオドールは気難しげに唸った。


「偏屈……というべきか、とにかく軍人らしくない男なのだ。大将軍であるのに城下町にふらりと繰り出しては酒を飲み、あげく酔っぱらって道端で転がっていた時があってな。他にもクロードが大将軍に任命された際に待ったをかけ『大将軍に相応しいか俺が試してやる』と言って決闘を挑んだこともあるのだ。しかもそれは国王陛下の御前での出来事だぞ、信じられるか!?」

「え、ああ、うーん……ちょっと変な人なんですね」


 国王への忠義厚いテオドールが怒り心頭といった様子で同意を求めてきたので、夜光は驚きつつもハッキリとした返答は避けた。なんとなくそうしたほうが良いと思ったのだ。


「しゃ、シャルはどう思ってるんだ?その人のこと」


 と、熱くなっているテオドールを避けて夜光がもう一人の同行者に話を振れば、彼女は困ったような笑みを浮かべた。


「う~ん、そうですね……あの方は自由といいますか、柔軟な思考をお持ちなのですよ。あ、でもお父様への忠誠心はとても厚く、お父様もそれを認めていました」


 それは事実なのだろう。でなければ国防の要であるバルト大要塞の司令官を任せるはずもないからだ。

 

(二人の話を聞く限りだと、仕事はできるけど私事は適当って感じか)


 ならば問題ないように思える。仕事と私事は分けて考えた方が上手くいくからだ。その二つを混同させるとろくなことが無いと夜光は思っている。


 とそうこうしている内に馬車が止まり、目的地に着いたことを教えてくれた。


『とまれ、何者だ!』

『バルト大要塞、司令官であるクラウス殿と面会予定のユピター卿をお連れした。司令官殿にお目通り願いたい』

『ちょっと待て、確認する…………うむ、確かにその旨をしたためた書状がユピター卿より届いている。クラウス大将軍は直ぐにお会いになるとのことだ。入ってくれ、バルト大要塞は貴殿らを歓迎する!』


 御者とバルト大要塞の兵士によるやり取りが為された後、馬車が再び動き出した。それを揺れで感じながら窓の外を見やれば、どこまでも続く城壁を知ることができる。


「凄いな、一体どれくらいの長さなんだろう」

「詳しくはわたしも覚えていませんが、北はベーゼ大森林地帯、南はノトス海まで続いています。ですからバルト大要塞は正確には東方だけじゃなく、北方と南方にも跨っているんですよ」

「へえ……」


 だとすればとてつもなく巨大な軍事施設ということになる。夜光は〝万里の長城〟を思い浮かべながら驚嘆の息を吐いた。


「それほど広大であるからこそ、この地には多くの兵力が割り当てられている」

「どれくらいですか?」

「三十万ほどだ。でなければとても守護など出来はしない」


(なるほど、確かにそれだけいれば少しくらい兵力を割いても――って思うよな)


 加えて仮想敵国である東側諸国は戦争の真っただ中。ならば兵を借りても問題はないと思うのも当然といえよう。


『到着しました、テオドール様』

「分かった、今降りる」


 御者にそう返したテオドールはシャルロットに眼を向けた。


「一先ずクラウス大将軍にお会いになるまでは身元は隠しておく、ということでよろしいでしょうか」

「はい、会談の流れ次第では脱出する(、、、、)ことにもなりかねませんから」


 やはり十四歳にしては頭がよく回るな、と夜光は思う。確かに話の流れ次第ではそうなる可能性がある。それは既にクラウス大将軍が他の陣営に協力している場合だ。そうなると向こうはこちらを捕まえようとしてくるだろう。


(あるいは殺すか……だけど、それはさせない)


 その為に自分はここにいる。シャルロットの騎士として、彼女を護るために。

 と、夜光が決意を改めている内に馬車の扉があいた。三人が地面に降り立った時、辺りには夥しい数の兵士が存在していた。

 夜光が首を回して確認してみれば、城壁には弓を構えた兵士が、地面には腰に差した剣柄に手を当てた兵士の姿を見つけることができる。

 この反応は当然といえば当然――馬車に別の人物、間者などが乗っていた場合に備えての事。おかしくはない。

 けれども殺傷力の高い武器を向けられて警戒しない人間など存在しない。

 護衛の兵士たちは夜光らを囲むように臨戦態勢を取り、夜光もまたいつでも〝天死〟を抜き放てるようにとシャルロットの傍に寄った。

 一触即発の空気――しかし刹那にも満たなかった。


「お、誰かと思えばテオドール先輩。お久しぶりですなぁ!」


 緊迫に満ちた場に似つかわしくない、呑気な大声が響き渡った。

 その声につられて視線を動かせば、夜光たちがいる入口先の中庭――その先にある大扉の傍に建つ尖塔から一人の男が歩いてきていた。

 白髪交じりの茶髪を持ち、どこか軽薄な雰囲気を滲ませる顔をしている。来ている服も他の兵士とは違って鎧ではなく、単に下着の上に半袖を着ているだけ。外気に触れている両腕は筋骨隆々と呼ぶにふさわしいほど厚い筋肉で覆われていた。

 年は四十ほどだろうか、初老を感じさせるものだが、彼の灰色の瞳には雄々しい光――覇気が宿っている。

 明らかに常人ではない。故に夜光は警戒から足を開いて身構えた。しかも誓約によって結ばれている〝天死〟が何か訴えかけるように強い念を送ってくる。


(なんだ、何か――あるな)


 眼前の男が纏う覇気とは別の気配を感じ取れる。異質で強大な〝力〟――それが〝天死〟を警戒させているようだった。

 夜光が注意深く男を観察していると、隣に立っていたテオドールが嘆息交じりに言った。


「……久しぶりだな、クラウス。元気そうでなによりだ」

「はは、それはテオドール先輩もでしょう。以前――クロードが大将軍に任命された時以来ですなぁ!いやはや相変わらずの覇気だ。是非ともまたやりましょうや」


 それが何を意味しているのか、察しているテオドールは片手を突き出して待ったをかけた。


「腕比べならまたの機会にしてくれ。今は他に優先すべきことがある」

「ああ、分かってますよ。王族の件でしょう?魔導通信機はうちにもありますからね……いやぁ、おかげさまで兵どもは皆その話題で持ち切りですよ」


 へへ、と笑う男――クラウスにテオドールはまたもため息をついた。しかしこのままでは何時まで経っても話が進まないと思ったのか、前に進み出た。


「クラウス大将軍に相談したいことがあってここまでやってきた。このテオドール・ド・ユピターの要望を聞いていただけるだろうか」


 慇懃な態度は正式な立場からの言葉である。

 東方を運営する四大貴族ユピター家の当主からの要請に、要塞司令官クラウス大将軍は敬礼を向けた。


「ユピター卿の要望とあらば喜んで。ここではなんですから、どうぞこちらへ。護衛の方々には休息所をご案内させて頂きます」


 そう言えば兵士たちは武器を仕舞ってこちらの護衛の衛兵を案内し始めた。それを後目にクラウス大将軍がつい今しがた出てきた尖塔に夜光たちを案内する。

 後に続くシャルロットとテオドール。夜光もまたシャルロットの傍について歩く。その黒瞳は前を往くクラウス大将軍に向けられていた。


「……ヤコーさま?どうかなさいましたか?」

「いや、なんでも……」


 夜光の警戒する気配に気づいたのか、シャルロットが小声で尋ねてくる。しかしまさか異質な雰囲気がするから――などという個人的な感触に基づく警戒を促せるはずもない。故に夜光は小さく首を振るに留めた。

 そうして階段を昇って行けば、やがて最上階に着いた。そこには一室だけがある。


「俺の執務室ですよ、どうぞ入って下さい」


 と、自ら扉を開けて中へと促してくるクラウス大将軍。

 テオドールを先頭に入っていく――が、シャルロットを護るように最後に夜光が入ろうとした際、クラウス大将軍の横を通過した時、奇妙な感覚に襲われて素早く彼の方へと向き直った。

 その感覚は相手も同じだったのか、クラウス大将軍も無言で夜光を注視していた。徒手空拳――しかし身に纏う覇気が膨らみ夜光を圧迫してくる。夜光もまた覇気を滾らせて右手を小さく動かす――と、空間がピキッと小さく割れて白銀の剣柄が外界に触れた。

 異様な現象――されどクラウス大将軍は驚いた様子もなく、むしろ感心したように夜光を見やってきた。


「ほぉ……その若さでそれほどの覇気を持つか。一体どれほどの修羅場を潜り抜けてきたのか、是非とも教えて欲しいもんだな」


 その言葉には挑発の色が濃く浮かんでいた。それに触発された夜光もまた獰猛な笑みを浮かべる。


「数えるほどしかありませんよ。けど、それなりの地獄だったとは思います――試してみますか?」

「面白れぇ、只の小僧かと思ったが……やってみたくなった」


 挑発の応酬、その果てに両者は部屋の前で距離を取った。

 夜光の右手付近では空間に亀裂が生まれ、そこから白き光が溢れ出ようとしている。

 対するクラウス大将軍が右手を前方に突き出せば、空間がねじれ始めた(、、、、、、)。比喩ではない、本当にぐにゃりと歪んでいるのだ。

 そして互いの空間が世界を変革しようとした時――凛々しい声が響き渡った。


「お二人とも、一体何をしているのです!」


 その声音には叱責の色が多分に含まれていた。

 夜光は臨戦態勢を解き、小さく頭を下げた。


「ご無礼をお許し下さい、クラウス大将軍。少しばかり気を昂らせてしまいまして……」

「いんや、俺も悪かったよ。すまねぇな。ちっとばかし血が騒いじまってな」


 と、クラウス大将軍も先ほどの軽薄な雰囲気を取り戻した。それから両者を諫めた者――外套を深々と被っているため何者であるかは不明だが、確かな覇気を感じ取って興味深そうに見やる。

 誰何しようと口を開きかけた時、テオドールが部屋から顔を出してきた。


「話は部屋に入ってからでもいいのではないのか?」

「おっと、すみませんテオドール先輩。待たせちまったみたいですな」


 気を取り直しすように咳払いしてからクラウス大将軍が入室していく。その背に夜光がついて行けば、部屋の内部が視界に入ってきた。

 窓が部屋の四方に存在する奇妙な部屋だった。おそらく司令官の部屋であるから要塞の全方位をいつでも把握できるようにとの造りなのだろう。

 夜光たちが中央寄りにあったソファに腰を掛ければ、その対面にクラウス大将軍がどっかりと座った。


「――さて、そんじゃ聞かせてもらうとしようか。テオドール先輩がわざわざここまで足を運んだ訳を」


 そう言ったクラウス大将軍の視線はちらちらと夜光とシャルロットに向けられていた。この場に同席を許されたということはこの二人絡みなのだろう?と言いたげだった。

 

「話を始める前に――まずこちらの御方が何者であるかを知ってもらう必要がある」


 と、テオドールがシャルロットに水を向ける。すると彼女は頷いて外套を上げた。

 絹糸のような金髪がさらりと流れるように宙を舞う。外界を見つめる碧眼は藍宝石(アウイン)の如く輝いていた。

 その顔を見た瞬間、クラウス大将軍の眼が見開かれた。


「こいつぁ驚いた。まさかあなた様だったとは……」


 さしものクラウス大将軍も相手が何者であるかに気づいて慌てて立ち上がると片膝をついて首を垂れた。


「ご尊顔、拝謁の栄に賜り恐悦至極です――シャルロット殿下」

「顔を上げてください、クラウス大将軍。国家を守護する大任をこなすあなたにいつまでもそのような格好をさせたとあれば王族の恥。どうか先ほどと同じく座って下さい」

「はっ、姫殿下のお言葉とあらば……」


 フードを上げて素顔を晒したシャルロットの言葉を受けてクラウス大将軍が再び席に戻る。

 それを待ってからシャルロットは語り始めた。


「突然の来訪、加えて正体を明かさずにいたことをどうか許してください。ですが、これには深い事情があるのです」


 相手が王族――故にクラウス大将軍は軽薄な雰囲気を消して生真面目な表情を浮かべてシャルロットの話を聞いていた。先ほどとはまるで違う態度ではあるが、彼が国王への忠義厚い男であることを鑑みれば、それは純粋に忠誠心からくるものなのだろう。


(要は相手が偉いってわかったからってへつらうような奴じゃないってことだろうなこれは)


 眼を見ればよくわかる。あれはクロードがオーギュスト第一王子と接した時にする眼だ。

 忠誠心に燃える瞳――とても尊敬できる眼だ。


(とりあえずは大丈夫そうだな。後は彼がどういった立ち位置にいるかだけど……)


 先ほどの不可思議な現象のこともある。夜光は警戒を怠らずにクラウス大将軍の一挙手一投足を観察していた。

 ……やがてシャルロットが全てを語り終えた時、クラウス大将軍は瞼を下して考え込むように顎に手を当てた。


「クラウス大将軍、どうかあなたの力をわたしに貸していただけませんか。わたしにはお兄さまたちを止める力が必要なのです!」


 真摯に訴えかけてシャルロットの話は終わった。

 それを受けたクラウス大将軍は眼を閉じたまま黙り込んでいる。

 

「クラウス、私からも協力を要請する。何も全軍とは言わぬ、東方に属する兵だけでも良いのだ。姫殿下の大願成就のため、なにより我らが忠義を奉げる国王陛下をお助けするために、力を貸してはくれぬか」


 テオドールもそういって頭を下げた。夜光も共に頭を下げる。

 しばしの静寂、それを破ったのはクラウス大将軍だった。


「……いいでしょう。ただし条件があります」

「なんでしょうか。わたしに出来ることであればお応え致します」


 シャルロットの言葉には確固たる意志が宿っている。

 それを察せないクラウス大将軍ではない。しかしこれだけは譲れないといった表情で――何故か夜光を見据えてきた。


「姫殿下、あなた様は何に変えてもオーギュスト第一王子らを止め、国王陛下をお救いする覚悟がおありか」

「はい、あります」

「ならばその覚悟、試させていただく」


 そう言って立ち上がったクラウス大将軍は鋭い視線をまっすぐに夜光へと注いで。


「姫殿下の〝守護騎士〟たるヤコウ・マミヤ殿、貴殿との一騎討ちを所望する」


 とんでもないことを言ってきたのだった。

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