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巻き込まれて異世界召喚、その果てに  作者: ねむねむ
三章 忠義の在処
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三話

続きです。

 エルミナ王国首都パラディースにおいてもっとも特徴的な物は何か。そう問われた時、人は様々な物を挙げるが、その中でも最も多く挙げられるのは街を護る四重の城壁である。

 これは二百年前の大戦において甚大な被害を負った王都を復興する際に、時の王――〝最後の聖王〟と呼ばれた人物が〝四騎士〟の功績を讃えて造らせたものだ。

 白亜の城壁は特殊な素材と製法で造られており、二百年経った現在でも色あせることなく鎮座している。


 神聖歴千二百年三月十五日。この日は季節外れの雪が王都に降り注いでいた。

 街を守護する四重の城壁――〝四聖壁〟(テタルトス)、その中で最も内側の城壁に一人の少年が立っていた。

 降りしきる雪の中で傘もささずに立ち、白く染まる街を見下ろしている。そんな少年の名は宇佐新。異世界〝地球〟から召喚された〝勇者〟と呼ばれる存在だ。


「……きな臭くなってきた」


 白い吐息と共に鬱々とした声が吐き出される。彼の目線は街の中心に位置する荘厳な城に向けられていた。


(第二王子と第一王女の叛乱……それに対して征伐軍を興す。自然な流れともいえるが……)


 数日前にエルミナ全土に発せられた第二王子と第一王女の声明。それに対してオーギュスト第一王子は何の証拠もないでたらめな話だと断じて彼らを征伐すると表明した。結果、オーギュスト第一王子を支持する南方と中央から続々とこの王都に貴族諸侯が率いる軍が結集しつつある。今も城壁の外では集まった兵士たちが野営を行っており、彼らの主である貴族諸侯は王城で軍議を開いていた。

 

(本当に国王の病気は自然発生したものなのだろうか。本当に第二王子たちの言葉は嘘偽りなのだろうか)


 それを知るべく新は国王への面会を要求したが、オーギュスト第一王子とアルベール大臣によってすげなく断られてしまった。

 それだけではない、新がこうして不信感を募らせているのはもう一つの出来事のためだった。


(勇者である俺たちを貴族諸侯の前で正式に発表、か)


 実は数時間前に新たち四人の勇者は王城に集結した貴族諸侯の前に連れ出された。その際にオーギュスト第一王子が新たちを異世界から召喚した勇者であると発表し、更には今回の征伐軍に加えると言ったのだ。


(初めは魔物から国を救ってくれって話だったのにな)


 今では人族同士の――しかも同じ国家に属する者たちの争いに巻き込まれてしまった。当然新たちは断ったが、アルベール大臣が元の世界に帰る方法を盾にしている以上、否応もなかった。


「くそ……ふざけやがって!」


 新がもたれかかっていた城壁を叩けば、そこにあった雪が吹き飛んで舞い上がった。

 やるせない気持ちを抱える新、そんな彼の背に声をかける者がいた。


「お気持ちはお察し致しますよ、シン様」

「……カティア先生」


 雪のように白い白髪を揺らして歩み寄ってくる女性の名はカティア・サージュ・ド・メール。

 異世界に召喚されてからずっと新たちに寄り添ってくれている人だ。この世界の知識や魔法を教えてくれる存在であり、今では新が心を許す数少ない存在でもある。


「最初からオーギュスト第一王子たちは俺たちを戦争に駆り出す気だったんでしょうね。利用する気で――だからこそあんなにも親切にしてくれたわけだ」

「……オーギュスト殿下やアルベール卿のお考えは私にはわかりません。……ですが、客観的に見ておそらくシン様の仰る通りだと思います」


 自らが仕える存在への言葉ではない。故に新は驚きの表情を浮かべた。そんな彼にカティアは微笑みを向ける。


「私は彼らに忠誠を誓っているわけではありません。それに……今ではシン様たちの方が大切だと感じていますので」

「カティア先生……」


 温かな言葉に新は改めて彼女への信頼を厚くする。右も左もわからない異世界にあって頼れる人がいるという事実はささくれ立っていた新の心を前向きにしてくれた。


「ありがとうございます。……それでどうなりましたか」


 新が尋ねたのは王城で開かれている軍議の推移だった。この軍議には勇者の参加が一人しか認められず、しかもアルベール大臣は何故か勇を指定してきた。それ故に残る三人は軍議が終わるまで思い思いに時間を潰していたわけなのだが、勇と同じく軍議への参加を許されていたカティアがこうしてこの場にいるということは軍議が終わったことを意味する。

 そんな新の問いにカティアは身震いした。外套を羽織り厚着をしているとはいえこの雪の中では寒かったのだ。


「そのお話の前に、まずは私の屋敷に来ていただけませんか。既にアスカ様もヒヨリ様と共にシン様をお待ちです。王城から一緒に出てきたユウ様にも先に向かってもらっていますから」

「……そうですね。確かに外でする話じゃないですし……わかりました。行きましょう」


 カティアはエルミナ貴族に共通する〝ド〟という名が示す通り貴族である。故に王都に屋敷を持っており、今は使用人を除けば一人で暮らしているという。

 その理由は――、


「カティア先生は大丈夫でしたか。軍議で何か言われたりとかはしていないですか」

「……私の両親のことですね。それは大丈夫でした。特に言及もされませんでしたから」


 カティアのメール家は西方に属している。その為、今回の内乱で彼女の両親は西方貴族が支持するアレクシア第一王女の元に居るらしい。

 そのため普通ならカティアは彼らに対する人質として利用されるはずだったが、彼女自身が勇者の師事役であることと、オーギュスト第一王子を支持することを表明したために身柄は自由なままであった。

 しかし親と敵対するというのは想像以上に堪えるものがあるだろう。だから新は心配したわけだが、カティアは大丈夫の一点張りだった。


(大丈夫なわけがない)


 けれども本人がそう言い張っている以上、これ以上の追及はかえって彼女を追い詰めることになりかねない。そう判断した新は勇たちにもこれ以上言及しないでおこうと言ってあるのだが、彼女の物憂げな表情を見てつい言ってしまった。

 だが、カティアの答えに変化はない。小さく息を吐いた新だったが、ふと視界の隅に物騒な光景が映り込んだことで声を上げた。


「あれは……クロード大将軍?」


 ベーゼ大森林地帯での訓練を監督してくれた若き英雄の姿が見えた。彼は大勢の兵士を引き連れて〝四聖壁〟に存在する大門へと入っていった。

 新が上げた声にカティアも同じ方向を向いた。


「クロード大将軍が率いる〝光風騎士団〟ですね。〝王の剣〟のみが率いることを許された精鋭ですよ」

「彼らはどこに?」

「城壁の外――貴族諸侯が連れてきた軍勢と合流するのですよ。来る征伐の為に」

「なるほど……」


 エルミナ最強と名高いクロード大将軍が征伐に参陣しないわけがないことくらい、少し考えればわかることだった。

 我ながら動揺しているな、と思っていれば、いつの間にかカティアの屋敷にたどり着いていた。


「着きました。私の私室に行きましょう」


 門を開けてくれた衛兵に会釈しながらカティアに続く。そうして屋敷内に入れば温かな空気が向かえてくれる。思わずほっと一息ついた新に笑みを向けて、カティアは階段を上がっていく。最上階――カティアの私室に向かい、中に入れば見慣れた面々が出迎えてくれた。


「新、遅かったじゃないか」

「新さん、外は寒くなかったですか」

「遅いよ、新くん!何やってたのさ」

「はは……悪い。待たせちゃったみたいだな」


 物思いにふけっていた――とは恥ずかしくて言えなかったので笑って誤魔化した新は、カティアに勧められるままにソファに座る。暖炉に近い位置だったのできっと配慮されたのだろう。

 そうして全員が揃ったことを確認したカティアは自らもソファに座った。その間に侍女が五人分の紅茶を用意してくれていて、カティアが口を開く頃には退出しているという見事な手際であった。


「――では、皆様揃ったことですので、先ほどの軍議で決定したことをお伝えしようと思います」


 その言葉に既に知っている勇を除く三人は緊張の色を浮かべる。あの明日香ですら日頃の温和な雰囲気を潜ませ、代わりに真剣な表情でカティアを見据えていた。


「今回西方と北方で発生した叛乱に対し、エルミナ上層部は軍を二手に分けて対処することにしました」


 現在、オーギュスト第一王子を支持する貴族諸侯が集めた戦力の総数は十万にも上る。しかも今後更に集まる予定で、推測では二十万に膨れ上がるとのことだ。


「……凄いな。それだけいれば余裕なんじゃないか?」

「いえ、それがそうでもないのですシン様」

「……敵の数もそれくらいあるってことでしょうか」

「その通りです、シン様。西方――アレクシア第一王女が率いる軍勢は十五万だと密偵から報告が上がっています」


 エルミナ王国は二百年前の大戦で敗北してからずっと国力の増強に努めてきた。その中でも軍事力は尤も注力された部分であり、その結果エルミナ王国は多数の将兵を抱えるに至ったのだ。


(加えてこの国は百年ほど昔の〝国土解放〟からずっと戦争をしていない。だからほぼ無傷と言っていい)


 第二代エルミナ国王が行った国土再統一戦争以降、エルミナ王国は戦火に見舞われていない。よって保有する戦力は強大なものである。


「それにルイ第二王子率いる北方は二十万――こちらの最大兵数とほぼ同数だとみられています」


 カティアの重々しい声に新が驚きの声を上げる。


「えっ!?そんなにいるんですか?」

「北方は東方と同じくベーゼ大森林地帯と接していますから、戦力がかなり集中しているのです。それでも東方には及びませんが……」


 東方はベーゼ大森林地帯と南大陸東側諸国と国境が面している為、エルミナ各領域の中で最大の兵力を保有している。その数は三十万にも上ると言われているほどだ。


(対してこちら――南方と中央を合わせても二十万か。二方面を相手にするには足りないんじゃないか?)


 何故二領域を合わせても北方と同数程度なのか。疑問に思った新だったが、その答えは意外にも勇が示してくれた。


「軍議でアルベール大臣が頭を悩ませていたよ。中央の貴族諸侯が思いのほか集まらなかったって」

「なんで――……いや、そういうことか……」

「むう、一人で納得しないでよシンくん。私にはさっぱりわからないんだからさ」


 高速で思考を回転させ答えに至った新に明日香が文句を言えば、彼は苦笑した。


「明日香にはちょっと難しかったかな」

「むむ、失礼だなぁ」

「はは、悪かったって。ちゃんと説明するよ」


 一拍置いてから新は己が考えを披露する。


「おそらくだけど中央の貴族は日和見しているんだと思う」

「日和見?それってどっちにつけばいいか迷ってるってこと?」

「聞こえ良く言えばそうだ。言葉を飾らずにいえば……まあ、どっちつかずの卑怯者、漁夫の利を狙っている連中ってことだな」


 政治においてもそうだが、戦争においてもそういった者たちは一定数存在する。彼らはどちらにつけば利益を得られるかを常に考えており、先に弱った方を見限って勝者の側につくハイエナみたいな存在だ。


(自らの為、あるいは家の為……どちらにせよ、そういった連中は信用できない)


 だからある意味良かったと新は思っている。そのような連中を陣営に引き入れてもいつ寝首を搔かれることやら、後顧の憂いが消えないだろう。そうなるよりかは傍観されている方がまだマシというものだ。


「ふうん……なんかズルいね、その人たち」

「卑怯、です……」


 と女性陣が不愉快さを表せば、同意だと勇も頷きを示す。


「そうだね。だから彼らにはきちんと意思表明をしてもらう予定だよ」

「……何か策があるのか?」

「ああ、オーギュスト第一王子が彼らに言うそうだ。『こちらに従うならば参陣せよ、従わぬのならせめて自領に引きこもっていろ』って」

「……なるほどな」


 実に効果的と言える案だった。何せこちらにはクロード大将軍がいる。彼の武威は広くエルミナ全土に知れ渡っており、そんな彼を有しているオーギュスト第一王子の言葉は脅しにもとれる。


(味方ならさっさと来い、敵なら本当は滅ぼしたいがそんな暇はないからじっとしていろ。でも逆らうならクロード大将軍を差し向けるぞってわけだ)


 エルミナ王国最強戦力を差し向けられる危険を冒してまで逆らうほど気骨のある人物は中央にはいないだろう。それを踏まえれば実に効果的と言えた。


「……各方面の情勢は分かった。あと知りたいのは――俺たちの沙汰だ」


 その言葉に明日香と陽和が身じろぎした。当然だ、それを知りたくて集まったのだから。

 皆の視線がカティアに集中する。彼女はそれを受けとめて一旦立ち上がり、執務机から一枚の紙を取り出してもってきた。それを皆が囲む机の上に広げれば、その正体がエルミナ王国内の地図であることがわかった。

 更にカティアはいくつかの駒を用意して地図上に置きながら説明を始めた。


「まず……アスカ様とユウ様には五万の将兵と共に、南方から西方へと向かって頂くことになりました。司令官をアスカ様、副官をユウ様に務めて頂くとのことです」

「うえっ!?わ、私が司令官!?無理だよ、軍団の指揮なんてしたことないし」

「率いるのが〝勇者〟であること……それが重要なのですよ、アスカ様。それに実際に指揮を行うのはモーリス将軍ですから心配はいりませんよ」

「良い人なんですか?」


 モーリス将軍に人となりについては軍議で挙がらなかったのだろう。勇が尋ねれば、カティアが首肯する。


「とても素晴らしい人ですよ。一度お会いしたことがありますが、おおらかなお人でした。それに将軍位についてからの経歴も長く、指揮については何の問題もないかと思います」

「そうですか……」


 という勇の表情は暗い。おそらくだが陽和と離れることに抵抗があるのだろう。しかし最近の勇の危うさを知っている新としてはこの編成で良かったと思っている。


(最近の勇は態度が露骨になってきたからな)


 以前とは違って陽和に対する好意を隠そうとしなくなったのだ。どういった心境の変化なのか、薄々察している新は複雑な思いでいた。

 そんな彼を置いてカティアが説明を続けた。


「それからヒヨリ様とシン様には中央から同じく五万を率いて西方へと向かってもらうことになりました。指揮を執るのはアンネ将軍、良い意味で軍人らしくない優しいお方ですから心配はないですよ」


 その名は聞いたことがある。確か〝四騎士〟の位を現在の大将軍の一人であるエレノアという女性とどちらを任命するかで国王が悩んだ際、快く譲ったという逸話を持つ女傑だ。


(問題なさそうな人格だから大丈夫だろう)


 それに同じ女性ならば色々と陽和の親身になってくれるかもしれない。明日香とカティア以外に同性の味方を増やしておいた方が陽和にとってよいことだと思っている新としては期待してしまう。

 と、そこでふとあることに気づいて声を上げた。


「北方はどうするんですか?」


 勇者の四人を西方に向かわせるのなら、残る北方はどうするのか。その疑問に勇が答えた。


「残りの兵力を北方と中央の境に集めて防御するらしい。クロード大将軍が指揮を執るってさ」

「なるほど……」


 納得である。いくらクロード大将軍が率いるといっても十万、対して相手は倍の二十万だ。勇者が率いる軍勢と合流しなければ勝機は薄いだろう。ならば先に西方を鎮圧させ、それまでは敵の攻撃を耐えるのが得策と言える。進撃していっても倍の兵力、加えて地の利は向こうにある以上、それは無謀すぎるからだ。


「うーん、じゃあしばらく新くんと陽和ちゃんとはお別れなんだね」

「そういうことになります」

「じゃあさ――今から皆でご飯食べに行こうよ!」

「はい?」


 話の流れを無視した脈絡のない台詞に、新たちが聞いたことのない声をカティアが上げた。

 無理もないことだと思いつつ、明日香の突拍子もない言動に慣れている新が尋ねた。


「どうしてそうなるんだ、明日香」

「え?だってしばらく会えないんだよ。だったら皆でまた再開しようね会をしなくちゃ」

「ああ……なるほどね」


 と、勇が頷いた。


「いい案だと思うよ。再開を誓いあう――っていうと重いけど、そういうのは必要だと僕は思うな」

「でしょ?さっすが勇くん、分かってる~」


 同意を得られて調子良く明日香が勇の背中を叩けば、彼はちょうど飲んでいた紅茶を噴き出してしまう。それが僅かに陽和にかかってしまい、勇は明日香に怒りながら陽和に謝るというなんともいえない状態になっていた。

 そんな親友三人に温かい眼を向ける新。ふとカティアの様子を伺えば、彼女もまた微笑ましそうに三人を見つめていた。


「……良いご友人をお持ちですね、シン様」

「ええ――最高の親友たちですよ」


 新とカティアは顔を見合わせて笑みを浮かべる。相変わらず他の三人は騒いでいた。

 

 それから五人は城下街にある明日香行きつけの店に向かった。一体いつの間に常連になったのか、店主と親しげに語らう明日香に新が呆れたように息を吐き、勇と陽和は笑い声を上げた。カティアも上品に笑っている。

 


 ――この時の五人には知る由もなかった。これが皆で笑いあう最後の時間であることを。


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