十七話
続きです。
その光景を他にも見ていた者がいた。
火の手が上がっていない建物の屋根から広間を眺める外套の人物――ノンネである。
「興味本位で来てみれば……いやはや、中々面白いモノが見れました」
エルミナ王家の血を感じてここに来たのはほんの気まぐれだった。あの年若い少女がどのような末路を辿るのか興味が湧いたからという程度のこと。しかしどのような運命のいたずらか、ノンネは〝視〟ることになったのだ。白髪の少年の姿を。
「……あの剣、なにより感じた気配は間違いなくかの〝王〟のものでした」
しかし、だとすれば妙な話だ。件の〝王〟は少女の姿をしているはず――
「それになにより……かの〝王〟は行方不明だったはず」
二百年前の戦いからずっと姿をくらましていた。その隠ぺいは完璧で、ノンネの主ですら見つけられなかったほどだ。
だというのにこれは……
「ふふ、調べてみる必要がありますね。幸いなことに彼は意識を失っているようですし」
傍にいる少女も、駆け付けた衛兵とテオドールも障害にはならない。ノンネが主から与えられた〝力〟を持ってすれば無血で無力化できるのだから。
「さて、きなさい〝曼陀羅〟」
ノンネが呟けば一本の短杖が虚空から現出した。
それを手に収めて、彼女は広間へ降り立とうとする――が。
「おっと危ない」
「――何っ!?」
ノンネが短杖を頭後ろに翳せば、驚きの声と共に衝撃が襲ってくる。
蠅を追い払うように短杖を振るって背後を向けば、離れた距離で着地する少年の姿があった。その姿は今は半透明だが、最初は完全に透明だったのだろうとノンネは推測する。
「ふむ、気配も魔力も一切感じ取れませんでした。これほどの気配遮断は固有魔法でも不可能――となれば」
短髪の少年が手にしているのは二振りの短剣だった。それを見た時、ノンネの脳裏に浮かぶ物があった。
「なるほど、神剣〝干将莫邪〟ですか。であればあなたは勇者の一人、ウサ・シンですね」
「……なんでそれを知ってる」
勝手に納得するノンネに少年――宇佐新が警戒を露わにする。手にする二刀もまた振動して相手が強敵であることを新に伝えていた。
油断なく構える新を見やってノンネは微笑みを浮かべた。
「いえ、少々小耳にはさみましてね。それよりも――」
と言葉を切ったノンネは隣の屋根へと跳躍する。遅れて彼女がいた場所で雷電が弾けた。
「くそ、避けられたか」
「気にするな勇、あいつは何かがおかしい」
悔し気な表情でノンネが先ほどまで居た場所に降り立ったのは美形の少年。彼に慰めの言葉をかける新を見つめながらノンネは悠々としていた。
「おやおや、イチノセ・ユウも一緒ですか。ということは残りの二人もどこかに?」
「……お前に教える義理は――」
「二人はいない。シュタムの町に置いてきた」
敵に情報を渡す気はない。そう考えていた新だったが、勇が正直に答えてしまったことで思わず突っ込みを入れる。
「おい、勇!敵に情報を渡す馬鹿があるか!」
「……あ、す、すまない新っ!?」
親友から怒られた勇は慌てて謝罪を口にするが、全ては後の祭りだ。
そんな勇者たちの様子が可笑しくてノンネはくすりと笑ってしまう。
「……そんなに僕が可笑しいのか?」
「ああ、いえ申し訳ございません。つい……ね」
殺気だつ勇を宥めるようにノンネは言うが、逆効果だったのか彼は手にする神々しい剣の切っ先を向けてきた。
それを見たノンネは納得だと頷く。
「神剣〝天霆〟……まあ、そうですよね。〝干将莫邪〟が使い手を見つけた以上、同じ場にあった〝天霆〟もまた同様というわけだ。ふむふむ……これは少しばかり厄介な状況になってきましたねえ」
人族の神剣は全部で五振り。これまでその内二振りしか所持者を選定していなかった。故にノンネの主は計画に支障がないと判断していたわけだが、四振りも所持者を選定した今となっては修正が必要だろう。
「例の少年の事もありますが……ここは退くべきでしょうね」
欲を出しすぎて結果ここで自分が死ぬようなことがあってはいけない。今は手にした情報を主の元へ届けるのが最優先だろう。
そう考えたノンネを察したのかは知らないが、新が腰を落として隣に立つ勇に囁く。
「俺が合図したら一撃頼む。奴の眼を奪ってくれ」
「……分かった」
ノンネが撤退を決断した丁度その時、新が叫んだ。
「今だっ!」
「ゼァアッ!!」
勇が威勢よく〝天霆〟を振り下ろせば、雷撃がノンネに襲い掛かった。彼女が咄嗟に短杖を向ければ不可思議なことに雷撃は霧散してしまう。
だが、それは偽装。本命は別にある。
「――おや?」
「もらった!!」
ノンネが悪寒を感じた瞬間、彼女の首に黒刃が振り下ろされた。知覚不能、不可視の刃、加えてノンネは前方から迫った雷撃に対処すべく〝力〟を使っていた。故にノンネは避けられなかったのだ。
刎ね飛ぶ首、吹き上がる鮮血、頽れる身体――しかしそれらは本当に直撃していた場合のみの光景だ。
「は……?」
「なんだって!?」
眼前に広がる光景に新と勇は唖然とした。
何故なら首を切り落としたはずのノンネが僅かに横に移動した状態で平然と立っていたからだ。
首を飛ばされたノンネは――と新が眼を見開けば、まるで蜃気楼のように消えていく最中だった。
「まさか幻影――!?」
「お見事ですシン様、ご褒美として殺さないであげましょう」
「がっ!?」
「新!?」
空中にいた新にノンネの攻撃を避けることはできなかった。
ノンネはその小柄な身体からは想像もできないほど激烈な掌底を新の腹に打ち込んだ。すると彼は唾を吐きながら吹き飛んでいく。咄嗟に勇は新が吹き飛んだ方向へと駆け出し、彼を受けとめる。
「ぐっ……新、大丈夫か!?」
「が、はっ……げほっ!」
「おや、風穴を開ける勢いで放ったんですが……中々に頑丈な身体ですねえ」
咳き込む新、支える勇。そんな二人にノンネは首を傾げながら呟く。
「神剣と固有魔法……それだけでは説明がつかない。う~ん……」
圧倒的強者であるはずの勇者二人を後目にノンネは考え込む。先ほど放った一撃は神剣の加護と固有魔法による強化を計算してのものだった。だというのに想定していた結果が齎されなかったということはそれ以外の未知の要素が邪魔したはずだ。しかしそれ以外となれば……
「……勇者であること、でしょうか。かの英雄王も異世界から召喚された存在で、それ故にあの強さでしたから」
ノンネと相対する少年二人と同様の存在は歴史を遡っても一人しかいない。千二百年前――〝黎明期〟の頃に異世界から召喚された〝英雄王〟だけだ。
「ふむ、となれば我が〝王〟の計画を狂わせる規格外となりえるか……?」
だとすればしもべとしてこの場で始末しておくべきだろうと理性は訴える。が、ノンネは感情に従って彼らに背を向けた。
「ふふ、番狂わせというものはいつだって面白いものです。それに彼らはまだ雛鳥、十分に対処は可能でしょう」
「ま、まて……!」
立ち去ろうとするノンネの背に新が声をかける。その視線には明らかな敵意と殺気が込められていたが、ノンネは笑って後ろ手を振る。
「またお会い致しましょう、シン様。ユウ様もね」
それから最後にノンネは屋根の端までいって眼下を見下ろす。
大勢の人に囲まれて第三王女に抱かれている白髪の少年を見つけると――嗤った。
「ふふ、今度はきちんとお会い致しましょう――〝白夜王〟さま」
そう言って短杖を一振りすれば、ノンネの姿は一瞬にして消えた。




