十四話
続きです。
勇たちがシュタムの町から出立した頃、エルミナ王国――王城グランツのとある一室ではオーギュスト第一王子が奇妙な人物と対面していた。
その人物は外套を纏い、フードを深々と被っているため素顔を拝むことはできない。けれども隠しきれない喜悦が伝わってきて、オーギュストは眉根を寄せた。
「……何がそんなに楽しいのだ、貴様は」
「おや、そのように見えますか?」
第一王子に対して酷く軽薄な態度、もしこの場に王家に忠誠を尽くす騎士が居れば激怒して抜剣していたかもしれない。
しかし今日に至るまで何度か会っているオーギュストは慣れから鼻を鳴らすだけに留まった。
「ふん、貴様はいつもそうではないか」
「ご気分を害されたのなら謝罪しますよ。ですがこれは私の性分でしてね、お許し願いたい」
飄々としていてつかみどころがまったくない。オーギュストは嘆息してから言葉を投げた。
「それで、貴様は何やら企んでいるようだな。山賊くずれをヒュムネの郊外に集めているようだが?」
「おやおや、流石は殿下といったところですね。耳がお早い」
「……我が密偵は優秀なのでな」
つい先ほど――外套の人物と会う前のことだ。ヒュムネの町に潜伏させていた密偵から魔導通信機による報告があったのだ。郊外に武装した集団が集結しつつあると。
「そしてそ奴らが王都守備隊の恰好をしているとも聞いている。貴様、どうやった?」
王都守備隊は入隊するにあたって特別な鎧を貸し与えられるのだが、それはきっちり隊員数しか存在せず他者に譲渡することも、一時的に貸すことも法で固く禁じられている。破れば除隊ののち牢獄行きである。
王都を守護するという重大な責務を担う、それ故に規律を重んじるのが特徴の王都守備隊――彼らに命令できるのは王族や大臣といった一部の特権階級の者のみだ。
しかし今回、オーギュストは王都守備隊に対してそのような指示を下していない。他の王族は現状では命令することができない以上、残るはアルベール大臣ということになるが、同志であるオーギュストに黙ってそのようなことをするとは思えなかった。
だからこその詰問だったのだが、彼女はくつくつとフードの下で笑った。
「私の力――とだけ言っておきましょうか。ああ、勝手に守備隊の鎧を拝借したわけではないのでご安心を」
「……」
まったく安心できないのだが……オーギュストは何度目になるかわからないため息を吐いた。
「……まあ、良い。それでノンネよ、貴様は何をする気だ?」
「ご安心ください、殿下。あなた様の害になるような真似は致しませんよ。なにせ私はあなた様のしもべですのでね」
「ぬかせ。我がそのような言葉を信じるとでも思うのか」
外套の人物――ノンネと名乗るこの女性はある日突然オーギュストの前に姿を現した。配下になりたいと言ってきたのだが、無論最初は一蹴した。しかしオーギュストのみならずアルベールですら知りえない情報を齎したこと、オーギュストたちが進める計画についてある程度知っていたことなどからやむを得ず迎え入れたという経緯があった。
(信用するにはあまりにも危険すぎるが、始末してしまうにはあまりにも惜しい)
そうオーギュストらに思わせる人物なのだ。実際、彼女が齎す情報はかなり有益なもので、そのおかげで計画を早めることができた。
「まあまあ、そう言わないでくださいよ。私はただ、殿下の障害となりえる脅威を事前に排除しておこうと思っただけです」
「脅威だと……?」
件の町には確かに潜在的な脅威が存在している。オーギュストに靡かない四大貴族ユピター家である。しかしあれは放置が望ましく、それは既に伝えているはずだが。
とオーギュストが睨みつければ、ノンネはおどけたように両手を上げて見せた。
「おっと、以前殿下から言われたことはきちんと覚えておりますよ。ですがそうもいっていられない事態になりましてね」
「なんのことだ?」
怪訝そうにオーギュストが尋ねれば、ノンネはもったいぶったようにゆっくりと言葉を紡ぐ。
「――シャルロット第三王女がかの町に入りました。目的はおそらくユピター家の支持を得ることでしょう」
「馬鹿な、ありえん」
一蹴。何の躊躇もなく言い切ったオーギュストにノンネは失笑を向ける。
「何故そう言えるのですか?あなた様は彼女の何を知っておられるというのですか?」
「あ奴は他者の顔色を窺う弱者だ。王位継承権も低く、何の実績もない。そんな奴をあのテオドールが支持するとは思えん」
笑われたオーギュストは気分を害したのか、不愉快そうだ。
そんな彼の様子に笑いがこみ上げてきたが、努めて抑えてノンネは告げる。
「まあ、あくまで私の妄想ですよ。もしかしたらそういう可能性もあるかも……というだけの話です。ご気分を害してしまったのなら申し訳ない」
「ふんっ……」
表面上は謝罪の体をとるノンネの姿に、オーギュストはワインを飲むことで不愉快さを消そうとした。
一気飲みしグラスを空にしてから視線をやる。
「勝手にせよ。我の邪魔をしなければどうでもよいからな」
ただし、と前置きして鋭い眼光を投げる。
「あまり遊びに夢中になっては困る。計画の始動は目前まで迫っているのだからな」
「それは承知しておりますよ。ご安心ください」
「……どうだかな」
空になったグラスを机に置いたオーギュストはソファから立ち上がると扉へと向かう。取っ手に手をかけたところで肩越しに言葉を投げた。
「刻限までには戻って来い」
彼はそう言って返事を待たずに出ていってしまう。その背を見送ったノンネはフードの下で笑みを浮かべた。
「ふふ、なんとも面白いお方だ」
オーギュスト第一王子――彼は自分が上であり絶対的優位に立っていると思い込んでいる。それがノンネにとってはたまらなく可笑しかった。
「この国の第一王子であるあなたも、大臣でさえも――我が主の掌の上で踊っているにすぎません」
この身も、この国も――あるいはこの世界全体さえも。
ノンネは己が仕える主の偉大さに尊崇の念を抱いた。
「ああ、我が主、我が〝王〟よ。全てはあなた様の御心のままに」
そう呟いたノンネは次の瞬間、忽然とその姿を消した。
そうして部屋はオーギュスト第一王子しかいなかったかのように、静寂を迎えるのだった。
*****
――そして時は戻る。
兵士から王都守備隊が町を訪れたという報告を受けたテオドールはシャルロットに顔を向けた。
その視線の意味するところを理解した彼女は頷く。
「彼らにはわたしが直接説明します。ヤコーさま、一緒に来ていただけますか」
「ああ、もちろんだ」
守護騎士として付き従うのが筋だろうと判断した夜光は首肯した。それに訪れたという連中が味方と決まったわけではない。一人で行かせるのはあまりにも危険だろう。
(それに何か嫌な予感がするしな)
その思いは只の勘であったが、〝大絶壁〟で幾度となくその勘に命を救われてきた夜光は大まじめに捉えていた。
「私も行きましょう。兵や民を宥める必要がありますから」
王都守備隊は首都防衛という大任を担っているという点で自尊心が高い者たちが多い。その為か地方の兵士や武官からは鼻持ちならない連中だと思われている。ようはあまり仲が良くないのだ。
故に彼らの態度次第ではあるが、ヒュムネの町を守る兵士が発作的にことをしでかす危険性がある。しかし主であるテオドールが姿を見せれば自制心が強く働くはずだ。
「彼らを迎え入れるよう伝達せよ。私が直ぐに向かうとも伝えてくれ」
『はっ!』
敬礼して去って行く衛兵。その背から視線を外したテオドールが立ち上がる。
「では行きましょう」
「あ、待って下さい」
しかしシャルロットは何故か慌てた様子で彼を制止した。これにはテオドールのみならず夜光も首を傾げる思いだったが、シャルロットがもじもじとしている姿を見て理由を悟る。
「テオドールさん、この館には女性物の服はありますか」
「服……?私の妻が着ていた物か、侍女が持っている物くらいならあると思うが……何故だ?」
「あー……えっと、旅の途中でちょっとした不幸がありまして……シャルは今外套しか着ていないんですよ」
「ヤコーさまっ!」
夜光が正直に白状すれば、シャルロットは羞恥に頬を染めて睨みつけてくる。しかし迫力など皆無で可愛らしいと思われるだけの表情だった。
一方、テオドールはというとしばし唖然としていたのだが、やがて事態を飲み込めたのか頷きを見せた。
「わ、分かった直ぐに用意させよう」
僅かに動揺を見せながらテオドールは侍女を呼びつけて指示を下す。すると侍女はシャルロットを連れたって部屋を出ていった。
まさか着替えに同行するわけにはいかない。けれど部屋の前で待つことが騎士としての務めだろうと考えて夜光も足を動かす。決して初対面の男と二人きりになるのが気まずかったわけではないと己に言い訳をしながら。
そんな彼の背に向かって件のテオドールが声をかけてきた。
「ヤコウ殿、貴殿は本当に〝守護騎士〟になるつもりか」
「……?どういう意味です?」
その言葉に夜光が足を止めて振り返れば、テオドールが真剣な眼差しを向けてきていることに気づく。
「〝守護騎士〟になるということは己が人生を仕える王族の方に奉げるということ。すなわち一生を拘束されるということに等しい」
それは夜光も以前王城に滞在していた時に知っている。歴代の守護騎士がどのような生涯を送ったのかが記されている書物を読んだのである。
それによれば〝守護騎士〟とは身命を賭して仕える王族を守護する存在だという。王族は王位継承争いでしばしば骨肉の争いを繰り広げることがあり、その際に多くの守護騎士が散っていったそうだ。
他にも他国との戦争に駆り出されたり、敵対派閥に毒を盛られて殺された者もいるという。
(ようは命がけってことだな)
命を懸けて守り抜く覚悟はあるのか、己が一生を捧げる決意はあるのか。そうテオドールは問うているのだ。
夜光は彼の眼を見た。その碧眼から伝わってくるのは本気――故にこちらも正直に答えなければならないだろう。
「……俺にはやり遂げなくてはならないことがあります。それは自分の命よりも優先されること」
ですが、と夜光は視線を逸らさずに告げる。
「シャルにあれだけ信頼されているんです。それに応えると決めた以上、不義理な真似はしませんよ」
正直なところ、シャルロットに一生を捧げるという気持ちはまだ持てない。何せ出会って日が浅いのだ、情が移っているとはいえそこまでの想いには至れないというのが現状だった。
けれども――、
(いずれそれも悪くないかもしれないな)
復讐を終えた時――おそらく自分には何も残らないだろう。愛した人はこの世にはいないし、元の世界に帰る手立ても今のところ皆無。
であれば騎士としてシャルロットに仕える人生も悪くないと思った。
だが、今のところは復讐が優先される。だから夜光の答えは曖昧になった。
けれどその言葉に嘘偽りはない。それをしっかりと伝えるために夜光はテオドールから眼を逸らさずしかと見据えた。
「…………わかった。今はそれで良い。突然の話でもあるし、なにより貴殿とはまだあったばかりだ」
故に見極めるのには時間がかかる。言葉にこそしなかったが、彼がそう言いたいことを夜光は理解していた。
「では俺はシャルの元に行きます」
と夜光が告げれば、テオドールは表情を緩めた。
「騎士としての務めを果たされよ。……ああ、最後に一つだけ」
その言葉に扉の取っ手に手をかけた状態で振り向いた夜光に、テオドールはその風貌に見合わないからかいの笑みを向けて。
「いくら姫殿下と仲が良いとはいえ、他者が居る前で愛称で呼ぶのはいただけないぞ」
その事実に今やっと、夜光は気付いたのだった。




