十三話
続きです。
「――お待ちを。いくらシャルロット殿下が信頼なさるとはいえ、素性のしれぬ者を〝守護騎士〟にすれば国王陛下とて黙ってはおりませんぞ」
事態を見守っていたテオドールがハッとなって声を高めれば、シャルロットは振り返って彼を見やる。
「〝守護騎士〟の選定に素性の有無は関係ないはずです」
「……確かにそうではありますが」
それに、とシャルロットは夜光の左腕を手で示す。
「彼はこの通り〝王盾〟に選ばれし者――それだけでも十分ではありませんか」
〝王盾〟――それはエルミナ王国に伝わる伝説の武具の一つだ。千年以上前からあるとされ、代々この盾に選ばれた者は〝王の盾〟として国家守護の任に就いている。
およそ二百年前から選ばれる者が現れず、それ故に〝王の盾〟は空位のままだったが――
「彼は選ばれました。伝承によれば〝王盾〟はエルミナ王国を守護する存在しか主として認めないと言われています。ならば彼はこの国にとって必要な存在ということです」
つまりは〝王盾〟を身の証にしようということだろう。国宝にも認定されている〝王盾〟の所持者ならば確かに周囲を納得させられる――テオドールはそう思った。
「……確かに十分です。それにあなた様がそこまで仰られるのであれば否応もありません」
「ありがとうございます、テオドールさま」
「ですが」
とテオドールは事の推移を見つめていた夜光に鋭い視線を投げる。
「もしも貴殿がシャルロット殿下に――ひいてはエルミナ王国に仇成す者だと私が判断した時は、斬らせていただく。よろしいかな、ヤコウ殿?」
「――ええ、構いませんよ」
これくらい言えなくては〝守護騎士〟は務まらない。そう考えた夜光は頷いた。
老いた身体――しかし纏う覇気は尋常ではなく、その眼光もまた烈火の如しであった。流石はあのクロードの父親だと思う一方で、彼に負けじと碧眼を見つめ返す。
しばしの時、見つめあう男二人。夜光の隻眼から信に足る何かを見つけたのか、先に視線を逸らしたのはテオドールであった。
「貴殿の覚悟、しかと拝見させていただいた。無礼を許して頂きたい」
「いえ、王家に仕える者として当然の行いだと思いますので無礼とは捉えていませんよ」
立ち上がって頭を下げたテオドール――遥かに年下相手でもそういった態度をとれる男だという事実に、夜光は好感を持った。
テオドールに顔を上げさせた時、見計らったのかシャルロットが声を発した。
「――では、無事にヤコーさまも〝守護騎士〟になったことですので……」
いよいよ本題ということなのだろう。椅子に座り直すテオドールに、こちらを促すシャルロット。二人の視線を受けながらシャルロットが座ったソファに近づく。しかし仕える騎士となった今、彼女の隣に座るのは無礼ではないかと思って斜め後ろに立つ。けれどシャルロットは微笑んで隣を指した。
「構いません、今この場にはわたしとテオドールさま、そしてヤコーさましかいないのですから」
「殿下のご厚意、素直に受け取っておくべきかと思うぞ」
どうやらテオドールも見逃してくれるらしい。おそらく先ほどの謝罪も含まれているのだろう。ならばこちらとしても固辞する理由はない。
と、夜光が座ればシャルロットは僅かに声を落として語り始めた。
「――全ての始まりはわたしがオーギュストお兄さまとアルベール大臣の話を聞いてしまった、あの瞬間からでした」
そうして語られたのはオーギュスト第一王子とアルベール大臣による企み。
勇者召喚、彼らを利用しようとしていること。国王が病に伏せている原因を匂わせる会話、そして王位継承争いに関する事柄。
それらを聞いて夜光は事の大きさに神妙な顔つきになり、テオドールは激怒した。特に国王の部分に強く反応して、
「陛下の病が作為的であるというのかッ!!」
とその落ち着いた雰囲気からは想像も出来なかったほど荒ぶっていた。
夜光はというと勇者の件について考え込むことになる。
(勇のクソ野郎はどうでもいいが、新や明日香、陽和ちゃんが利用されるとなると……)
復讐を考えた時、彼らは無関係として扱うつもりであった。しかし事態がその対応を許さないというのであれば考えを改めなければならないだろう。
(利用されてこちらの行く手に立ちふさがる可能性があるか)
そうなるとかなり厄介だ。勇者たちが持つ固有魔法は強力の一言で、仮に勇だけを狙おうとしても陣営の違いから新たちとも刃を交えなくてはならないかもしれない。
(そうなるかどうかはシャルの出方次第だけど……)
と件の少女に視線を向ければ、彼女は美しい碧眼を対面に座するテオドールに向けていた。
「オーギュストお兄さまの企みを看過してしまえば、きっとこの国の民に被害が出てしまう。わたしは王家の一員としてそのような事態はなんとしても避けなければと考えています。ですが――」
「彼らを止めるには力がいる。政治、軍事――両方の」
「はい、その通りです」
オーギュスト第一王子は王位継承権第一位であり、アルベール大臣は国の政を司っている。その二人の企みを阻止となればこちらも同等の権力を揃えなければならない。
すなわち王位継承者であるシャルロット第三王女と、四大貴族であるテオドールである。
また万が一向こうが武力に訴えた場合に備えて軍事力も必要となる。それは東方を運営するユピター家、テオドールが用意できるはずだ。
「大義名分はこちらにある。私から諸侯に呼びかければこちら側につく者も多いでしょう」
「ええ、後は貴族諸侯による連合で圧力をかけ、オーギュストお兄さまを止める。これが最善の案だとわたしは考えています」
隣で聞いていた夜光もその考えには納得だった。何も流血は必要ない、政治的努力でなんとかなるのであればそうすべきだと思うからだ。
テオドールも同様に考えたのか、力強い頷きを示した。
「わかりました。微力ながら殿下に協力させて頂きましょう。国王陛下にお仕えする一武人として、オーギュスト第一王子の企みは看過できません」
「ありがとうございます」
色よい返事がもらえたことでシャルロットはホッと一息ついた。すんなりと事が進んだからだろう。夜光もあっさりとした感覚は拭えないが、波乱なくいくのであればそれに越したことはないと己を納得させる。
――と、その時だった。
ドンドンッと強く部屋の扉が叩かれる。「何事だ!」とテオドールが大声を発せば、一人の衛兵が息を切らせて入ってきた。
『ご歓談中失礼致します!ですが一刻を争う事態でして……』
衛兵はそう言って夜光とシャルロットを見やった。他人に聞かれたくない事なのだろう。しかしテオドールは問題ないと首を縦に振った。
「彼らは大丈夫だ。聞かせてくれ」
『は、はっ!先ほどこのヒュムネの城門に百騎ほどの王都守備隊が訪れ「この町にシャルロット第三王女を誘拐した大罪人が紛れ込んだ疑いがある。故に調査を行うので開門されたし」と要求してきました。いかがなさいましょう』
その報告に三者は顔を見合わせた。
*****
時は僅かに遡り――、
夜光たちがヒュムネの町にたどり着いた頃、シュタムの町では勇者一同が再会を果たしていた。
「明日香、無事だったか!」
シュタムの町――領主の屋敷、その一室で新が再会を喜ぶ声を上げた。
同室していた勇や陽和も安堵の表情を浮かべている。
「うん、私は大丈夫。それより新くんたちこそ大丈夫なの?」
新や勇が人を殺めたという出来事は既に兵士から聞いていた。それ故の心配を明日香は口にしたわけだが、二振りの短剣を腰に吊るす少年は頷きを以ってそれを払拭する。
「……問題ないさ。まあ、しばらくは肉は食えそうにないがな」
新なりの気づかいなのだろう。現に彼の笑みはどこか強張っていた。脇に下げている両手もまた僅かな震えをきたしていた。
そんな彼の状態に明日香は気付いたものの、見なかったことにして頷いた。それから隣に立つ勇に視線を転じれば彼も微笑みを向けてくる。
「……?」
しかしどこか新とは違う雰囲気を醸し出す勇に明日香は首を傾げる。新からは後悔と覚悟といった重々しい感情を感じ取れるのに対して、勇からはそれが感じられない。どこか浮ついた感情が見て取れた。
けれども明日香は深く追求しないことにした。初めての対人戦闘、初めての殺人に勇もまた動揺しているのだろうと、それ故の妙な感情なのだろうと結論付けたからだ。
「陽和ちゃんも大丈夫なの?」
と、最後に年少の少女に問いかければ、彼女は努めて笑みを浮かべようとする。
「私は大丈夫です、明日香さん……」
だがその表情は硬く強張っており、言葉通りには見えなかった。だから明日香は彼女に近寄ってそっと抱き寄せる。
「あ――」
「怖かったよね、陽和ちゃん。もう大丈夫だから」
月並みな慰めの言葉と自覚していながらもこの想いは紛れもなく本物だと明日香は信じて陽和の頭を撫でる。何度か繰り返せばやがて陽和の小柄な体躯から強張りが抜けていった。
「……ありがとうございます、明日香さん」
その言葉は小さく離れていた男たちには届かなかった。けれど一番伝えたい人物には届いたようで。
「うん」
明日香がそう、短く返した時だった。
『お休みのところ失礼致します、勇者の皆様』
部屋の扉が叩かれ、勇が開ければ一人の兵士が入ってきてそう言った。見覚えのある顔――ここまで警護してくれた王都守備隊の隊長であった。
「何かあったんですか」
『アルベール大臣閣下の密偵から報告が。それによるとヒュムネの町で捜索中のシャルロット第三王女が目撃されたとのことです』
ヒュムネとはエルミナ東方最大の都市でありこのシュタムの町と同等の繁栄を誇る場所だ。それもそのはずでヒュムネは東方を運営する四大貴族の一角、ユピター家の本拠地なのである。
(わからないな。なんでシャルロット第三王女がそんなところに……?)
新は眉根を寄せた。王族である第三王女がどのようにしてそこまで行ったのかと何故その地へと赴いたのかという二つの疑問が浮かんだからである。
(……いや、行ってみればわかることか)
どのみちアルベール大臣から受けた依頼――シャルロット第三王女を連れ戻すという任務がある以上、当人にあう必要があった。ならばその時にでも尋ねれば良いと新は疑問を頭の片隅へと追いやって口を開いた。
「なら俺たちの出番というわけですね」
『はい、まだ十分な休息を取れていない皆様には大変申し訳なく思いますが……』
「構いませんよ。な、勇」
「そう、だな。勇者として僕たちは行くべきだ。でも……」
と、勇は明日香の腕の中にいる陽和に視線を向けて心配そうな表情を浮かべる。
親友が何を言いたいのか、瞬時に理解した新は陽和に告げる。
「陽和ちゃん、君はここで待っているといい。明日香、傍にいてあげてくれ」
「うん、いいよ」
「えっ、でもそんな!私一人の為にご迷惑をかけるわけには……」
あっさりと了解した明日香に陽和が慌てていえば、それを遮って勇が心持ち強い口調で言う。
「明らかに陽和さんは疲れている。休むべきだよ。シャルロット殿下の事は僕たちに任せてほしい」
「無事に済んだらここまで戻ってくる。そうしたら皆で一緒に帰ろうぜ」
勇の言葉に新が同意を示した。陽和が顔を上げれば明日香もまた頷きを以って同意を表す。親しい三者からそこまで言われてしまえば断る方が失礼というものだろう。陽和は申し訳なさそうに言った。
「ごめんなさい。それから……ありがとうございます」
「如何ってことないさ。じゃあ明日香、後は頼んだぜ。勇、行こうか」
「ああ。……二人はちゃんと休んでおいてくれよ」
そう告げて新と勇は隊長の後に続いて部屋を出た。
彼らの背を見送ってからふと、陽和は気付いた。明日香が勇に鋭い視線を送っていたことを。
けれどもそれは一瞬の事で、瞬き一つする間に明日香はいつも通りの穏やかな眼差しを浮かべていた。
(……気のせい、かな)
だから陽和はそれを勘違いだと思うことにして明日香と共に部屋にあったソファへと向かうのだった。




