十二話
続きです。
「で、殿下だって……!?」
テオドールの台詞に思わず夜光が驚愕を漏らしてしまう。
そんな彼に対してテオドールは一瞥をやった。
「シャルロット殿下、あちらの御仁は……?」
「わたしをここまで護衛してくださった冒険者の方です」
「……冒険者に護衛を?騎士たちはどうしたのですか」
「それについてはこれからお話致します。わたしがここに来た理由も含めて」
「畏まりました。ではこちらへおかけください」
テオドールに促されてソファに向かう最中、シャルロットは動揺する夜光に顔を向けて申し訳なさそうに目礼してきた。
シャルロットの正体が意外なものであったから思考が停止していた夜光。しかし直後テオドールが鋭い眼光を向けてきたことで我に返った。
「シャルロット殿下の護衛の任、大義であった。貴殿は別室にて待機して――」
「お待ちください、テオドールさま」
夜光に席を外すよう促すテオドールを遮ってシャルロットが立ち上がる。そして真剣な眼差しをこちらへ向けてきた。
「ヤコーさま、あなたに身分を明かさなかったことは申し訳なく思います。ですが分かって欲しいのです、わたしが本当のことを言わなかった――言えなかったわけを」
「…………」
それは理解していた。初対面、しかも眼の前で殺人を行った相手に自分が王族だと――第三王女だと知られれば何をされるか分かったものではない。身分を隠したことは自己防衛の一環として当然の行いといえよう。
加えてこちらも深く聞かなかったという事実がある。だからシャルロットが嘘をついたわけでもなければ偽ったわけでもない。
故に夜光は衝撃から立ち直って頷きを示した。
「分かっているよ。当然のことだ」
「口の利き方には気を付け――」
「良いのです、テオドールさま」
第三王女に対して不敬――と指摘しようとしたテオドールを制してシャルロットは言葉を続ける。
「……これから話すことは国家の機密に触れること。ですから部外者が同席することはできません」
ヤコーさま、と一拍置いたシャルロット。その碧眼には慚愧と決意と覚悟が入り乱れている。
何を言おうとしているのか、分からない夜光は困惑を浮かべるのみ。それは次の言葉で更に深まった。
「あなたをわたしの〝守護騎士〟に任命したい――そう考えています」
「なっ――」
これに対して驚きの声を上げたのはテオドールだった。
彼は腰を上げこそはしなかったものの、眼を瞠った。夜光はというと聞いたことのない単語が出てきたことで混迷の最中にいる。
「その……〝守護騎士〟っていうのはどういったものなんだ?」
「端的に言ってしまえば〝守護騎士〟というのはエルミナ王家の者に仕える騎士のことです」
エルミナ王家――王族は法律によって自らを守護する騎士を一人だけ傍に置くことを許されている。
選ばれた騎士は王侯貴族のみが出席を許される場にすら同席でき、与えられる権限は将軍に匹敵する。非常に名誉ある立場故に多くの武官、騎士があこがれる役職ではあるが、礼を失すれば仕えている王族の顔に泥を塗ることになるし、犯罪など犯せば国による判決を待たずして即死刑になるなど背負う責任もまた大きい。
加えて死亡以外で役職から外れることは許されないということもあり〝守護騎士〟になるということはその王族に人生を奉げるに等しい。生半可な覚悟で頷いてはいけないことだ。
「わたしはこれまで一度も〝守護騎士〟を任命したことはありません。ですからこれが最初で――そして最後の任命となるでしょう」
そう語るシャルロットの態度からは本気を窺える。伊達や酔狂ではない、どこまでも真剣でどこまでも真摯な想いが言葉から伝わってきた。
しかし、だからこそ困惑が先行してしまう。
「……なんで俺なんだ?自分で言うのもなんだが身元すら不詳の男だぞ。しかもお前と出会ってから数日しか経ってない。なのになんでそんなに信頼を寄せられるんだ……?」
分からなかった、理解出来なかった。何故、どうして自分を――?
その問いにシャルロットは間髪入れずに答えた。迷いなど一切感じない即答であった。
「あなたは見ず知らずのわたしを助けてくれました。放っておけばその手を汚すこともなく、わたしというお荷物を背負ってここまでやってくる必要もなかったのに」
本当に王族か?と疑いたくなるほど真摯な態度。夜光が抱いていた王族への印象とはまるで正反対。
「その道中も野外での食事のとり方や魔物のこと――いろいろわたしに教えてくれました。護衛だけならそんな必要はなかったのに」
旅路での出来事――昨日のことのように思い出せる。大変で疲れたし、うんざりすることもあった。けれどどこか温かくて、優しい時間で――ふとした瞬間に〝大絶壁〟で白銀の少女と共に過ごした日々を重ねてしまうほど充実していた。
「そもそもわたしは攻撃魔法が一切使えない身です。襲おうと思えば簡単にできたし、裏切ろうと思えば容易かったはず。報酬だってソレを持ち逃げすればよかったはず」
夜光の腕に装着されている〝王盾〟を一瞥して「でも」とほほ笑むシャルロット。
「あなたはそうしなかった。わたしが困ったときは助けてくれましたし、不安で眠れない夜はずっと近くにいて起きていてくれました」
態度も口も悪かったですけど、と微笑するシャルロット。だが気づいているのだろうか、旅路での出来事を他者の前で赤裸々に暴露されて夜光が赤面していることに。
「王城で信頼できる人は誰もいませんでした。王位継承権が低く、大派閥の支持を受けているわけでもないわたしはいつも一人でした」
その言葉で夜光が思い出したのは新との会話だった。第三王女は王城に籠り切りで他人の顔色を窺って暮らしているという噂――どうやら真実だったらしい。当時は悪感情を抱いた。けれども事情を知った今ならいえる――仕方がなかったのだと。そうしなければ伏魔殿の如き貴族社会で生き抜くことなど出来なかったのだと理解した。
「――ですが、あなたなら信じることができる。あなたと共に過ごした時間は僅かでしたけど、それでもわたしは信頼するに足る人物だと思いました」
だからこれからも共に居てくれとシャルロットは願っている。
とても熱い想い――だからこそ夜光は否定の言葉を投げかける。
「……出会ったときに言ったと思うが、俺には目的がある。だから本来ならお前の要請は断っていた。でも――」
と夜光が左腕に巻き付いている〝王盾〟をかざせば、それが何であるかに気づいたテオドールが唖然とする。そんな彼の様子は気がかりではあったが、今はシャルロットと向き合う方が先だ。
「コレを預かった以上、たとえ本位ではないにしろ受けざるを得ない。そう考えたからここまで護衛してきたんだ。だけどここから先は違う。契約の範囲外だ」
それはシャルロットも分かっているのだろう、彼女は静かに頷いた。
「はい、その通りです。だからここから先は――わたしの我がままなんです」
「わ、我がまま?」
まさか過ぎる返しだった。よもや言葉を飾らずにくるとは思っていなかった夜光は意表を突かれる形になった。その隙を突いてシャルロットは言葉を放ってくる。
「出会った時にわたしは言いました――やらなくちゃいけないことがあるって。覚えてますか?」
「……ああ、確かそんなこと言ってたな」
「それはわたしが王族として――王家の一員として為さなければいけないこと。ですがその為には力が必要なんです。今のわたしにはない〝力〟が」
「……その〝力〟が俺やテオドールさんだというわけか」
「その通りです。わたし一人じゃ出来ないことを為そうとしてるんですから、誰かにお力添えを頂くのは当然だと思いませんか」
思う――が、傲慢な考えともいえる。シャルロットは王族なんだなと夜光はここでようやく感じた。他者を従わせるという考え――不快に思うはずなのに、こうも堂々と言われてしまうと逆に清々しさを覚えるものだ。
「〝今〟わたしが話せることは全部話しました。ここから先は国家機密に触れます――」
「なるほど、先に進むのなら〝守護騎士〟になれとお前は言うんだな」
「はい」
「…………」
どうするべきか、思案する。復讐という目的を果たすだけなら蹴るべきだろう。先ほどの会話から察するに当初結んだ契約は既に完了している。金貨はいらないから〝王盾〟を貰っていくぞといってもおそらく受け入れられるだろう。だが……
(本当にそれでいいのか?)
復讐の対象――勇は簡単に見つけられるだろう。しかしあの〝ソル〟とかいう大男はどうだろうか。ガイアを殺した最も憎い相手、だけど圧倒的な強さを誇っており、加えて居場所の見当すらまったくつかない。
(〝守護騎士〟になって国の中枢に近づけばわかるかもしれない)
一国の中枢であれば在野にいるよりも情報が入ってきやすいはずだ。あの大男を探すという意味でならシャルロットに付き従うのもありだろう。
それに――、
(……もう少し一緒に居たいな)
夜光自身、そう思っていた。恋愛感情ではない。それは今は亡き白銀の少女に向けられたままだ。
ならば何故か――考えた時、ふとここまでの旅路を思い出して自然と納得する。
(そうか、一緒にいて居心地がいいんだ)
恨みつらみ――憎悪を抱いて生きる夜光にとって他者など関わりたくない存在でしかない。そう思っていたのに気づけば眼前の少女は夜光の心に踏み込んでいた。
(あの時と同じだ……)
想起するのは奈落での生活。あの時感じた温かな熱をシャルロットにも感じたのだ。
(なら俺が進む道は――)
迷いはある。覚悟だって完全ではない。けれど差し出されたその手を握っても良いと思ってしまった。
だから――、
「分かった。お前の騎士に――〝守護騎士〟になろう」
「――っ!!ありがとうございますっ」
――その時シャルロットが浮かべた表情をきっと夜光は生涯忘れないだろう。
厚雲を切り裂いて陽光が地上を照らすように、受け入れられるかと不安そうだった顔が満開の笑みに変わった、その瞬間を。




