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昔の、どこか

ペットボトルって万能だよね。

 雨の日だった。知らない親戚の葬式に参列した。あちらこちらでささやき声が聞こえる。

『あの人も昔は美人だったのに。』

その言葉が心に残った。雨の降る帰り道、父親と並んで帰る。

『あの人も昔は美人だったんだよ。』

まただ。またあの言葉だ。懐かしそうな顔をする父の顔を見て再び前を向く。そして、考える。

「私もこうなるのだろうか。」

考え出したら止まらない。ダメだ。忘れろ。忘れろ。忘れろ。深く念じてみるが、さらに深く刻みこまれる。忘れろ、忘れろ、忘れろ、忘れろ。私も目の前にいる父もこの街も全部いつかはボロボロになってしまうのか。全て崩れてしまうのか。そしてこんな風に思い出として振り返られるのか。他人に踏みにじられてるようで吐き気がする。そんなの許せない。ダメだ。忘れろ、忘れろ…

気づけば中学生になっていた。入学初日から体育館裏に呼び出され、告白された。申し訳ないが断っておいた。ほとんど毎日のようにラブレターやそういう目で見られるようになっていた。私には鬱陶しくてたまらなかった。しかし、そのことを口に出す勇気はなかった。毎回苦笑いをして、謝って、うんざりして。そんな私を周囲の人間は羨ましがっていた。

夕暮れの帰り道、子犬の鳴き声がして振り向いた。ダンボールの中から顔を出して、首輪をつけた子犬は睨むようにこっちを見ていた。駆け寄って見に行くか迷っていた。女子高生の集団が子犬を見つけてしまった。彼女達は色々話し合った後にダンボールごと抱えて持って行ってしまった。喜ぶような声をあげて彼女達に寄り添う子犬を見て言いようのない寂しさに心を締め付けられていた。ダメ、行かないで。吐き気がした。急ぎ足で家に帰り布団を頭からかぶる。そして、治れと唱え続けた。

窓の外を眺め続けているあの子がいる。昼休みになるとどこかへ行ってしまう。どこへ行くのだろう。何故あの子は誰とも目を合わせないのだろう。よく分からなかった。昼休みにあの子の後を追うと屋上に辿り着いた。首を振ってあの子を探した。見つけた。こんな広々とした屋上を一人でいるのなら堂々と真ん中で使えばいいのにあの子は端っこで誰にも見つからないようにひっそりとパンをかじっていた。

「何してるの?君。」

肩がビクッとして慌てて立ち上がり走って逃げ出そうとした。何もないはずの屋上で転ぶ。思わず笑ってしまった。あの子は私を見上げて顔を赤らめたまま転がるように逃げてしまった。待って。行かないで。寂しさが鼻を通り抜ける。

教室には窓の外を眺め続けるあの子がいた。少しでも近づこうとすると席か立ち上がりすぐにどこかに行ってしまった。声をかけようにも逃げられてしまう。どうしても話したい。窓の外に何があるのか。普段何を見ているのか。あの子の背中は何か別のものを感じる。感じるだけかもしれない。本当は皆と同じなのかもしれない。それでもいい。ただ近くに寄りたい。その想いは時間が経つにつれて強まっていくだけだった。お願いします。一度だけでもいい、チャンスをください。

夕飯を食べ、寝そべって本を読んでいた。突然、携帯電話が鳴る。電話のむこうがわには男がいた。

「何?」

『柳川、あずき、さんですか?お、俺、野球部の白田っていいます。あの、その、お、俺柳川さんのことが、柳川、さんのことがす、すすすすす好きなんです。あの、その、おおお付き合いとか、させて、あの、いただき、たいのですが、その、是非、お願いします。」

またか。これで何度目なんだろうか。きっと彼のことを心から好きになっている子もいるのだろう。たけど、私には興味はなかった。

「ごめんね。」

一言謝って電話を切る。今頃彼は泣いているだろう。それとも魂が抜けたようになっているのだろう。死んだ魚の眼でいるのだろう。私は処刑人のようだな。呆れたように笑う。一人ぼっちの部屋の中で。何かが足りないこの部屋で。

独身貴族で有名な親戚の叔母さんが犬を飼い始めたらしい。母が何気なく話していた。私も淡々と返事をした。ふと、拾われていった子犬を思い出した。今頃あの子犬も誰かの胸の中で眠っているのだろう。胸を何かが締め付ける。以前よりかは軽かった。母にいってきますの挨拶をしてドアを開く。外は雨が降っていた。

昼食の時間、あの子はまだ窓の外を見ていた。雨の日は何を感じているのだろう。今日は一体何を考えているのだろう。気になって仕方なかった。

「どうしたの?」

友人の一人に声をかけられる。

「いや、なんでもないよ。」

慌ててごまかす。

「本当に?」

ニヤニヤしながらこっちを見る。

「なんだよ。」

「いや、なんでもないや。」

ムッとして友人を見る。すると彼女はクスッと笑った。

「ねえ、彼のことどう思っているの?」

彼とはあの子のことを言っているのだろう。

「別に、どうも思ってないよ。」

屋上でのあの赤い顔を思い出す。最初に会った時の行動を思い出す。子犬だ。あの時連れて行かれた子犬を思い出した。

「彼、結構人気あるみたいだよ。とくに男子にね。」

「へーそうなんだ。」

なんとか無関心を装った。

夕暮れの帰り道、友人と別れて一人になった。今日友人が言っていた言葉を思い出した。溜息を一つこぼす。

「久しぶり。」

幼馴染のほのかがいた。

「最近会えないから心配したよ。」

ふわふわとしたいつもの調子だった。

「どう?青春してる?」

「してないよ。いや、どうかな。これは青春というのかな。私にはいまいち分かんないけど。」

「何?恋の悩み?乙女だね。可愛いね。可愛いよあずき。」

頭を撫でられた。手で振りほどきながら照れ笑いをした。

「やめろよ。やめろってば。」

「嬉しいくせに。」

頭を撫でる手を振りほどくのに必死だった。悩みの重さは軽くなって頭の中で浮かんでいた。

夜遅く、母親に頼まれて夜のコンビニに牛乳を買いにいった。帰り道、小動物が車に轢かれて死んでいた。猫だろうか。可哀想にと思っていた。横に転がった首輪に焦点があった。見覚えがある。あの犬だ。あの子犬だ。あの時連れ去られたあの子犬だ。途端にあの子のことが頭に飛び込んできた。あの子も明日にはこうなっているかもしれない。あの子がどこかに行ってしまうかもしれない。このままでいいのか?もし、あの子が私の想いを知らないまま、あの子に伝えられないままいなくなってしまうかもしれない。そんなの許せない。思っていた時には既に行動に移っていた。玄関のドアを勢いよく開けると驚く母を押しのけて自室に飛び込む。携帯電話を開くもののあの子の連絡先なんて知らない。なんとかしようと解決策を見つけ出せと頭をかき回す。ふと思いつき、リビングに駆け込む。慌てた様子の私に母は口を開けたまま熱いお茶を手にしていた。そんなことは構いもしないで本棚から連絡網を取り出す。あの子の名前を血眼で探す。あった。見つけた。自室に飛び込み、携帯に番号を打ち込む。一度深呼吸をして電話をかける。電話のむこうがわにはあの子がいた。私の想いを打ち明けた。すると何度も聞き返された。私は何度もあの子に向かって想いを伝えた。何度も何度も何度も何度も。あの子に私の想いが伝わるまで想いを伝え続けた。ようやく彼に想いが伝わった。電話を切り、静寂とともに我に帰る。私、とうとう言っちゃった。あの子に全てを伝えれた。涙が止まらなかった。もう二度とあんな想いをせずに済む。安堵の気持ちで満ち足りていた。

学校に行くと、友人が思い出したように聞いてきた。

「恋の悩みはどう?順調?」

私は満面の笑みで返事をした。

「おかげで解決したよ。」

「え?告白したの?」

友人は大声で叫んだ。その声は瞬く間にクラス中に響き渡った。周囲の人間が集まってくる。うるさかったが、別に気にはならなかった。登校してきたあの子がクラスの男子に殴られていた。少し可笑しくて笑ってしまった。

それからの日々は退屈しなかった。おはようからおやすみまで。満足感はほぼ毎日夢の中で延長戦をしていた。一人ぼっちのあの部屋であの子が私に寄り添ってくれる。足りない欠片がやっと埋まった。あの子にやっと首輪をつけることができた。もう逃さない。誰にも渡さない。知らないうちにいなくなったら絶対に許さない。

夏祭りの日に浴衣姿の私に照れるあの子を引っ張って一番花火が綺麗な場所でキスをした。ただ何かが足りないと気づき始めた。

毎朝あの子のために弁当を作って、あの子のために一時間も早く待ち合わせの場所に行って、あの子の部屋の電気が消えるのを待って眠りについて。あの子が望むならなんだってした。あの子が首輪を無理矢理引き千切ってどこかに行ってしまう気がしてならなかった。どうしてもあの子に逃げられたくなかった。手放したくなかった。もっと愛したい。もっと側にいたい。愛したい。愛したい。愛したい。愛したい。愛したい。愛したい。愛したい。愛したい。愛したい。愛したい。愛したい。愛したい。愛したい。愛したい。愛したい。愛したい。愛したい。愛したい。胸の中はいっぱいだった。

久しぶりにあの子以外の夢を見た。葬式の最中だった。涙を流す人達を見渡した。遺影に移っていたのは醜い顔をした誰かだった。参列者の中から私の名前を叫ぶ者がいた。それに続いて私の名が叫ばれる。やめろ。やめてくれ。私はこんなんじゃない。こんなのは私じゃない。やめろ。やめてくれ。やめろ。願いが届くことはなかった。葬式が終わり、人々は去っていった。スポットライトを当てられて私は泣いていた。長いコートを着た一人の男が立っていた。一眼で分かった。あの子だ。歳をとってるけど。あの子だ。

「君、だよね。」

「誰…ですか?」

しばらくの間が空く。嘘だ。そんなの嘘だ。ありえない。絶対ありえない。嫌だ。私は私のままなのに。崩れてしまった。いつかこうなる日が来る。私は不安で仕方なかった。

汗で濡れたパジャマを着替えながら私はかんがえた。その時ふと思い出した。幽霊になった主人公が死んだ理由を。彼女は男の人に覚えていて欲しかったのだ。彼女は男の人の中で綺麗な体のまま覚えて欲しかったんだ。そのために死んだんだ。ようやく私は理解できた気がした。

学校に行くとあの子がいた。私の首輪は未だ健在だ。夕暮れの帰り道で私はあの子に話をした。『私は君に殺されたい。』と。何度も何度も。あの子はあまり気にしない様子で私に返事をした。私はさらに不安になっていった。

あの悪夢から二週間が経った。友人から噂話を聴いた。あの子が別の子を口説いている所を友人の友人が目撃したらしい。そんなことはないとあの子を見た。私の首輪は薄くなっていた。私は決意を決めた。

死んだ私の姿は誰にも見られたくなかった。私は見つかることのないように深く深く穴を掘った。携帯を取り出す手は震えていた。でもやり切るしかない。私は電話をかけた。

「キスをしたあの場所で待ってる。」と。

あの子はすぐに来た。私はあの子の首輪を探した。もうすぐ千切れそうだった。心臓は高鳴る。早く。早く。千切れてしまう前に。早く。私を殺して。そうすれば私の首輪は絶対に取れない。そう信じてる。私はあの子に包丁を渡して抱きしめた。あの子が両手で持った包丁が私に突き刺さる。あの子の首輪があの子の首輪締め付ける。あの子の首輪がさらに頑丈になる。絶対にこれで取れない。君は、私のもの。私から絶対に逃げられない。私は穴に落ちていった。

目が覚めると体がなかった。幽霊にでもなったのだろう。私は幼馴染のほのかに取り憑いた。ほのかは恋をしていた。相手はあの子だった。

縄で遊びたい。あ、そういう意味じゃないですよ。

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