君を好きになってごめんなさい
輪投げは苦手です。
暑いこの季節は嫌いだ。照りつける太陽がコンクリートを温めていた。靴の下からでもわかるくらいの熱を持っていた。ドアを開けたまま立ち尽くした俺の肩を温もりが触れる。
「どうする?」
ほのかの声だ。
「どうするも何もこの状況で外で食べようなんて思う奴がいるのか?」
「いるよ。」
ほのかが笑顔で手をあげていた。溜息をついて外へ一歩でる。信じられないくらいの熱さだ。ここは本当に日本なのか。ハンカチを一枚とりだし、地面に敷く。こうしないと火傷してしまう。照りつけるような太陽が俺達を苦しめていた。時々通り過ぎる雲だけが味方だった。校庭を見下ろす横顔を太陽が照らす。目の端に映った山が僕を呼んでいるような気がした。
「暑いね。」
「そうだな。」
なんとなく返事をする。気まずい間が空く。
「近所のおばあさんがまた私とあずきを間違っちゃってさ。そんなに似てるのかな。双子でもないのに。」
俺はパンを齧りながら頷く。再び気まずい間が空く。
「あ、あのさ。」
真剣な顔でほのかがこちらを見る。
「どうしたの、そんなに固い顔なんかして。」
深呼吸して、ほのかは震える口を開いた。
「今度、夏祭りがあるよね。」
俺は頷く。
「え?」
ほのかは目を見開いて俺を見る。
「ほんと?」
俺はもう一度頷く。ほのかは笑顔で涙を流した。俺の頭は混乱した。
「どうした?何があった?」
「いや、なんでもないの。ただ嬉しくて。」
今のこの状況をあずきに目撃されたのなら俺の命はきっと夏祭りまで持つことはないだろう。
頭をかきながら次に取り出す言葉を探っていた。こういう時はどうすればいいのだろうか。自分の人間関係の経験不足を恨んだ。涙声でほのかが切り出す。
「待ち合わせはいつにする?」
「そ、そうだな。7時に神社の前で。どうかな。」
涙声で答える。
「いいよ。」
「友達は誰か来るの?俺にはいないけど。」
「いや、誰も来ないよ。」
「そっか。」
セミの声が騒ぎ出す。風に揺れる木々の音が耳に流れ込んでくる。
夏祭り当日。屋台から漂ってくる香ばしい香りが鼻を襲う。空腹のお腹が悲鳴を上げる。人々のざわめきに少しイライラしながらほのかを待つ。背後から乾いた下駄の音が聞こえた。肩に手が触れる。振り返ると浴衣姿のほのかがそこには立っていた。何かを話そうとしたが声が出なかった。開いた口がふさがらなかった。
「どう?感想は?」
何も言えなかった。心臓がバクバク鳴っていた。しばらくほのかを見ることができなかった。知った感覚だったが何かがそれを叩き潰した。心臓が落ち着くのを待ってようやく口を開いた。
「その、何も言えなくて。」
正直な感想だった。とにかく魅力的だった。それだけは分かって欲しい。軽く笑ってほのかは提案した。
「行こっか。」
ほのかの差し出す手を受け取る。その瞬間、頭に何かが走り抜けた。少ししかめっ面の僕を見て、ほのかが首をかしげる。
「どうしたの?」
「いや、デジャブを体験してて。たいしたことないよ。」
「早く行くよ。」
ほのかは手を取ると走りだした。祭りの会場とは違う方向に。俺はほのかに尋ねた。
「どこに行くんだ?」
「いいからいいから。」
ほのかはそう言って俺の手を引っ張った。山の茂みをどんどん進んでいく。
「おい、どこ行くんだよ。そろそろ花火が始まるよ。早く戻ろうよ。」
「いいからいいから。」
息を荒げながらほのかは言う。声は笑っていた。
町を一望できる開けた場所にでてきた。明かりが町を包んでいた。まるで夜空の星々を鏡に映したような美しさだった。突然鳴る花火の音に目を奪われる。肩で息をしていたほのかがようやく落ち着いたのか反し始めた。
「ここね。あずきが教えてくれたんだよ。ここなら花火が一番きれいな場所なんだって。」
あのあずきが紹介したのか。意外だな。
「それでさ。」
ほのかが顔を真っ赤にしている。膝が震えていた。
「話があるの。聞いてくれる?」
俺は頷く。ほのかは深く深呼吸をした。手を前に差出し、口を大きく開き叫ぶ。
「あなたのことが好きです!大好きです!」
そうか。俺はほのかの差し出した手をとろうと一歩前にでた。その時足元に違和感を感じた。穴が開いていたのだった。生い茂る雑草で隠れて見えなかったらしい。後頭部を打ち、意識が遠のく。その時、ぶよぶよした何かに触れた。頭に映像が流れ込む。映像の中にはほのかがいた。いや、違う。あれはあずきだ。なぜだか分からないが、すぐに分かった。見分けがつかないくらい似ているのに確信をもって言える。あれはあずきだ。笑うあずき。怒るあずき。涙を流すあずき。浴衣姿のあずき。沢山のあずきが流れて行った。最後にやってきたのは包丁を胸に刺し、笑いながら穴に落ちて行くあずき。
「思い出した?」
背後からあずきの声が聞こえる。驚いて後ろを振り向く。頭の中に記憶の渦が入り込んできた。気持ちが悪くなり、口から液体が漏れだす。
「そう、これがあなたの記憶。」
あずきは笑いながら泣いていた。
「ただいま。」
焼けるような痛みのするのどから声をだす。
「おかえり。」
お互い目を見つめ合う。
「ダメだったみたいね。」
「何が?」
あずきは涙をこぼしながら必死に喋ろうとした。しかし、聞こえてくるのは嗚咽だけだった。あずきは駆け寄ってきて僕の腕をつかみ、膝から崩れ落ちた。
「なんで?何がダメだったの?私は、私はあなたが好きだったの。あなたを首輪をつけて私だけのものにしたかったの。なんでなのあなたは私のことが嫌いだったの?あなたの首輪はどこに行ったの?誰がとったの?ねえ?」
僕は目の前のあずきにかける言葉を探し回った。
「ねえ、なんとか言ってよ。どうして、ねえ?なんで何も話さないの?逃げないでよ。」
僕は目をそらしたまま、黙っている。
「お願いだから、あなたが今なにを思っているのかが知りたい。お願い何か言って。」
あずきの涙は止まらない。目をそらした先に一つの首輪が見えた。気づけば体が動いていた。あずきの体を抱きしめていた。そして、あずきの手を離し、走り出した。首輪を手にとると首輪は重く、体では支えきるには無理があるほどだった。地面に叩きつけられるように倒れる。遠くであずきの心配した顔が見えた。重みに耐えながらもゆっくりと立ち上がり、あずきに向かって一歩一歩近づく。一歩進むごとに体が倒れた。それでも何度も立ち上がってあずきを目指して歩く。絶対に倒れてたまるものか。
あずきの前に辿りついた時には体は傷だらけだった。
「これがあずきの想いか。さすがにきついな。でもさ。割と嫌いじゃないかな。むしろ好きだ。大好きだ。」
口を開けたままのあずきに僕は抱きついた。もう離さない。僕はポケットから手錠を取り出した。愛の詰まった重たい手錠を。
「これが、僕の分。今まで忘れてたことは本当にごめん。許してとは言わないけどこれからは絶対忘れない。絶対離さない。重たいけど受け取ってくれるかな?」
あずきは頷く。あずきに手錠をかける。遠のく意識の中であずきがなにかを言っているのが見えた。
目を覚ました。もう昼になっていた。横では泣きながら眠っているほのかいた。僕はほのかを起こした。ほのかは目覚めた僕に抱きついた。僕はほのかに自分の気持ちを伝えた。ほのかは泣きながらその場から出て行った。窓から差し込むはずの太陽はカーテンで遮られていた。
『君を好きになってごめんなさい。これからもよろしくね。』
あずきはそう言っていた。窓から流れ込む夏の誘いを僕は断った。
手錠っていいよね。あっ、そういう意味じゃないですよ。




