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第12話 御前会議の対決

 宮廷の最高会議室。重厚な扉の向こうでは、若き国王アルフレッド4世の面前で、マルクス財務大臣が口を極めてゲンの罪状を読み上げていた。

「――陛下。元主計局長のゲンは、亡き養父の手口を悪用し、王宮主回廊の改修工事において最高級大理石と偽り規定に満たない欠陥石材を納品させ、差額の金貨5,000枚を横領いたしました!このような不忠の輩、即刻打ち首が妥当かと!」

「……平民だが極めて優秀な者だと、そなたが自ら推挙したのではなかったか?」

「はっ……しかしながら、所詮は平民に過ぎません。清廉を装っていたのでしょう。私もすっかり騙されておりました」

「彼の者の功績は余の耳にも届いておる。近いうちに直接会って話をしたいと考えていたのだが……実に残念だ」

 国王は静かに目を閉じ、沈痛な面持ちで頷きかけた。まさにその時――。

(ズズズ……バキバキッ!!)

 会議室の外の廊下から、耳を裂くような大理石の破砕音が響き渡り、天井の豪華なシャンデリアが激しく揺れた。

「な、なんだ!?何事だ!?」

 動揺した大臣たちが騒ぎ出す中、国王は待ちかねたとばかりに力強く命じた。

「扉を開けよ!」

 警護の兵が慌てて重い扉を開け放つと、そこには――全身に重装備のプレートアーマーを纏い、巨大な大剣を背負ったシルヴィが仁王立ちしていた。

 シルヴィはすました顔のまま、わざとらしく甲冑の鉄靴を踏み鳴らす。

(ドォン!バキバキッ!)

 彼女が「剛力」の能力を解放し、圧巻の威圧感とともに一歩踏み出すたび、ところどころ空洞になっている下地の上に敷かれた王城自慢の最高級大理石が、まるで薄い煎餅のように粉々に砕け散り、派手な音を立てて陥没していった。

「シルヴィ分隊長!何をしている!御前会議の最中だぞ!」

 シルヴィの上司である近衛騎士団長のボルドー侯爵が声を荒らげて叱責するが、シルヴィは兜の隙間から毅然とした声で告げた。

「騎士団分隊長として、廊下の安全性に重大な疑義があったため現場検証を行いました!……ですが驚きましたな。王城という有事の際の重要な防衛拠点の床であるにもかかわらず、重装備の騎士が歩いた程度で、これほど脆く崩れ落ちる……。これでは下地に手抜き工事がなされているとしか思えません!」

「くっ……!それはゲン元局長が石材代を横領するために薄い大理石を納品させたからだ!だから奴を今から処刑すると――」

「おかしいですねぇ?」

 廊下の奥から、優雅に書類の束を抱えたセリアが歩み出てきた。

 可憐な微笑みを浮かべつつ書類を1枚掲げると、マルクス大臣や御前会議の出席者にも見えるように差し出す。

「マルクス大臣。この大理石が納品されたのは3年前です。こちらの決裁書によれば、厚さ5クエルの『最高級大理石』を購入したことになっていますが……こちらの破片を見る限り、どう見ても半分以下の厚みしかありません。本件は当時のハーゼン次官の専決事項として処理されており、事後回議されたことを示すマルクス大臣のサインもございます。しかし、当時、主席主計官だったゲン主計局長のサインはどこにも見当たりません。したがって、少なくともゲン主計局長がこの決定に関わっていないことは明らかです」

「……ぬっ!」

「さらに……」

 セリアは別の書類を掲げた。

「これはゲン主計局長のお父上、レナード元次官がお亡くなりになる前に遺された、マルクス大臣の不正を告発する文書です。レナード元次官は25年前、国がヴァルデン商会に発注した工事や騎士団の装備などの支払額が、実態より大幅に水増しされていることに気付きました。告発のために証拠集めを進めておられましたが、告発直前に何者かに殺害され、屋敷の火災によって証拠はすべて失われたと思われていました……」

 マルクス大臣の顔に激しい動揺が走る。

(そんなバカな!?なぜあれがここにある!?)

 動揺を余所に、セリアは凛とした声で一呼吸おいて続けた。

「しかし、つい先日、思わぬ形でレナード元次官が残された証拠が発見され、当時行われていた不正取引の実態が明らかになりました」

 セリアは地下金庫から回収した紙の束を高く掲げ、粉々に割れた床の断面をまっすぐに指差した。

「発見された証拠から、実は今回のような方法による横領が、マルクス大臣が就任された30年前から繰り返し行われていたことが分かりました。そして、不正に気付く者が現れると、レナード元次官のように抹殺されるか、ゲン主計局長のように無実の罪を擦り付けられて闇に葬られてきたのです!」

 御前会議の参加者の間にざわめきが広がる。

「……っつ!適当なことを言うな!……この無礼者め!誰か!すぐにこの女を捕らえよ!」

 マルクス大臣が怒号を上げるが、大剣を構えるシルヴィの圧倒的な威圧感と崩落した床の惨状に気圧されたのか、警護兵たちは誰1人動かない。

 一部始終をじっと見つめていた国王アルフレッド4世は、深々と息を吐くと、毅然とした声で宣言した。

「マルクス大臣!……少なくとも床の大理石の厚さが5クエルもないことは明白だ。今すぐ地下牢へ行き、ゲンをここへ連れてまいれ!余の目の前で、これらに書かれていることをすべて説明させる!」

「陛下!罪人をこのような高貴な場に呼ぶなど――」

「『来てくれ』と頭を下げて呼んでこいと言っているのだ!行かぬならそなたを即座に罷免する!」

「〜〜〜っっ!!」

 顔を真っ赤にし、屈辱に打ち震えるマルクス大臣。

 シルヴィは大剣をガツンと床に突き立て、ニッコリと満面の笑みを向けた。

「さあ大臣、地下牢はあちらです。ご案内いたしますので、お足元にご注意の上、お急ぎください」

「ぐぬぬ……っ!」

 マルクス大臣は歯噛みをしながら、高級な服の裾をまくり上げ、大剣を手にしたシルヴィに追い立てられるように地下牢へ向かうしかなかった。

 その様子を見送ったアルフレッド4世はそっと呟く。

(――本当によく似ているな……)

 しかし、その声が他の者に届くことはなかった。

 ◇

「来たか……」

 通路の奥から響いてくる、肥え太ったマルクス大臣の重そうな小走りの足音と、それに付き従うシルヴィの甲冑が奏でるカチャカチャという乾いた金属音を聞きながら、俺は静かにカップをソーサーに置いた。

 マルクス大臣はシルヴィに連れられ、薄暗い地下牢へと足を踏み入れた。

 だが、そこで彼が目にしたのは、死刑囚として冷たい石床に繋がれているはずの俺が、なぜか運び込まれた豪華な応接セットのソファでくつろぎ、優雅に温かいお茶を傾けている光景だった。

「な!?貴様、何をしている!?看守!一体何だこれは!?」

 青筋を立てて怒鳴り散らす大臣に、戸惑いを隠せない様子の看守が慌てて平身低頭する。

「はっ!その、差し入れや備品のご要望がございましたので……」

 もちろん、これは自然に用意されたわけではない。シルヴィが、『あの方を丁重に扱っておいた方が、お前の身のためだぞ』と看守を『説得』した結果だった。

「ソファでティータイムを楽しむ死刑囚がどこにいる!?」

「まあ、そういきり立つと血圧に良くありませんよ。あー、ドクダミ茶が美味しい……で、マルクス大臣。こんな薄汚い地下牢の死刑囚に、一体何か御用ですかな?」

 俺が飄々とそう返すと、大臣は顔を真っ赤に歪めて吐き捨てるように言った。

「ふざけるな……!陛下がお呼びだ、すぐ来い!」

(ドォォォォン!)

 突如として響き渡った凄まじい地響きに、大臣は文字通り飛び上がり、ビクッと肩を震わせて後ろを振り返った。

 そこには、シルヴィが手にした巨大な大剣の切先を石畳の床へと無造作に突き立て、冷ややかな瞳のまま不敵に微笑んでいる姿があった。その圧倒的な殺気を間近に受け、大臣の頬を冷たい大粒の汗が伝い落ちていく。

 大臣は屈辱に歯噛みしながらも、恐怖と焦燥に駆られて頭を垂れ、絞り出すように言った。

「……来てくれ。頼む……!」

 ◇

 俺はマルクス大臣、そしてシルヴィと共に、御前会議が行われている会議室へ足を踏み入れた。

 玉座の近くで陪席していたセリアは、俺が無事に生還した姿を見て、小さく安堵の息をついたが、すぐに表情を引き締める。ここからが本当の戦いだと心得ているようだった。

「そなたがゲンか……。発言を許す。そなたの父レナードが調べた、こちらの書面の内容について説明してもらいたい」

 玉座に座す国王陛下が、重々しい声で促した。俺は一礼し、手にした書類を気負いなく掲げながら語り出す。

「承知いたしました。……この文書は、亡き父レナードが現地に納品されたものを自ら確認し、明らかに支払額が不自然な取引について、その差額がどこに消えたのかを独自に調査した記録です。例えば……」

 俺は別の紙の文書を掲げて見せた。

「こちらは30年前、近衛騎士団に鋼鉄製の剣を100本購入したことになっていたにもかかわらず、実際には使い物にならない錆び付いた中古の剣が納品されていたという事例です」

 突然、騎士団の名前が挙げられ驚いたのか、ボルドー騎士団長が声を上げた。

「その件なら覚えている。当時、予算を申請したのは私だったからな。確か、予算が削減されたと聞かされていたが……?」

「実際には、ヴァルデン商会に対して満額の2,000ルピが支払われています。しかし、現地に納品された剣の価値は多く見積もっても200ルピ程度しかなかった。その差額、実に1,800ルピがどこへ消えたのか……?」

 俺の言葉に、ボルドー騎士団長は記憶を辿るように眉をひそめた。

「……そういえば、あの頃、突然『武器倉庫の中を見せろ』としつこく迫ってきた変な文官がいてな、見せる見せないで言い争いになったことがあったが……。そうか、あれがレナード殿だったのか……」

 俺の脳裏に、かつて正義を貫こうとして周囲から孤立し、それでも1人で奔走していた養父の背中が蘇る。そんな父を知る者が今ここにいることに熱いものが込み上げ、俺は心の中で強く拳を握りしめた。

 ――親父、見ていてくれ。もう少しだ……!

セリアとシルヴィがそれぞれの特技(?)を生かし、ゲンを御前会議の場に連れ出すことに成功しました。

次回、いよいよゲンとマルクス大臣との直接対決が佳境を迎えます。

また、もう一つの遺産の存在が明らかになります。

ぜひ、ご期待ください。

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