第3話 比較
陽は必死にもがく。
「やめて!離して!やだぁ!」
足をばたばたと動かし、腕を振って抵抗する。しかし。
「ほら暴れないの」
マオはもう片方の手の親指と人差し指で陽を軽く押さえる。
陽の小さな身体は簡単に動きを封じられてしまった。
「うぅ……。」
「ほんと弱い」
気を落とす陽を見てマオはくすりと笑う。
「同じ高校生とは思えないわね。見た目も態度も小学生から変わらないじゃない」
「うっ……」
陽は恥ずかしそうに俯いた。
「そんな顔するところも」
そして机の上にそっと置く。
「今日はいっぱい遊べそう」
そして隣に巨大な定規を置く。
「今度は机の上で測ってあげるわ」
「や、止めて」
「拒否権は無いわよ」
定規を陽の隣にそっと下ろす。
巨大な目が真剣に目盛りを見つめる。
「……あれ?」
口元がゆっくり緩む。
「四センチじゃないかも」
「え?」
「三・八センチくらいかしら?」
ニヤニヤと笑いながら定規を見比べる。
「四センチもないなんて」
「そ、そんな……」
陽は思わず肩を落とした。
「ますますチビじゃない」
マオは楽しそうに吹き出す。そして指を近づけてくる。
「僕はチビじゃないです!」
陽は逃げ出していく。
そんな姿を見下ろしながら、マオは勝ち誇った笑みを浮かべた。
「ここから逃げられると思ってるの?」
「ほら周りを見なさいよ」
陽は恐る恐る辺りを見回す。
「……。」
ここはマオの部屋の机の上だった。
しかし、陽の目に映る景色は普通の部屋ではない。
机の上に転がるシャープペンシル一本ですら、自分の腕より何十倍も太い。
消しゴムは岩の塊。
ノートは広場ほどの広さがあり、一ページめくるだけでも骨が折れてしまう。
「すご……。」
思わず呟く。
机の端には文房具が並んでいた。
定規。
カッター。
はさみ。
どれも陽には巨大すぎる。
シャープペンを持ち上げようと両手で押す。
「う、うぅ……」
びくともしない。
「重っ……。」
マオはクスクス笑った。
「はい」
指でペンを摘まみ上げてしまう。
力が無いことを知った陽は肩を落とした。
その横には洗濯ばさみが置いてある。
プラスチックの普通の洗濯ばさみ。
だが陽には巨大な罠にしか見えない。
「これに挟まれたら……。」
思わず身震いする。
「たぶん痛いじゃ済まないよ……。」
「そうかもね。骨が折れちゃうかも」
マオはあっさり言う。
「アタシは使わないけどね」
陽は慌ててその場から離れた。
机の端には畳まれたハンカチ。
近付くと布の起伏だけで丘のようになっている。
「これ……」
陽は驚く。
「絨毯みたい……」
「ただのハンカチよ?」
マオは当然のように答えた。
次に陽は本棚へ目を向けた。
積み重なった教科書。
一冊一冊が壁ほどの厚さに見える。
「読めないよ……」
「読ませる気もないし」
マオは笑う。
さらに歩くと、爪切りが置いてあった。
銀色に光る刃。
陽は思わず立ち止まる。
「ギロチンにしか見えない……。」
「怖い?」
マオはニヤリと笑う。
「怖いです」
陽は笑顔を保つしかない。
そのとき。視界が急に暗くなった。
「え?」
ゆっくり振り向く。
そこには巨大なぬいぐるみが立っていた。
丸い目に大きな耳。
普段なら可愛い手のひらサイズのクマのぬいぐるみ。
しかし陽から見れば十数メートル級の怪獣そのものだった。
「ひっ……」
陽の顔が青ざめる。
ぬいぐるみが一歩。
どしん。
机が揺れた。
「え……?」
もう一歩、どしんと近づく。
「ええっ!?」
陽は慌てて逃げ出す。
「ま、待って!」
ぬいぐるみが追いかけてくる。
もちろん自分で動いているわけではない。
後ろを見ると、マオが片手でぬいぐるみを押して歩かせていた。
「クスクス。チービ♪」
口元を押さえて笑う。
ぬいぐるみが迫る。
「うわあああ!」
陽はシャープペンを避け、消しゴムの陰へ飛び込む。
しかしぬいぐるみは回り込んでくる。
「いやぁ!」
「逃げろ逃げろ~」
マオは椅子に座ったまま頬杖をつき、まるで猫じゃらしで遊ぶ猫を眺めるような気軽さでぬいぐるみを動かしていた。
「さっきまで元気だったのにね」
どしん。
ぬいぐるみの足元が陽のすぐ前に止まる。
陽は腰を抜かし、その場で尻もちをつく。
「た、助けて……。」
マオはそんな陽を見下ろし、勝ち誇ったように笑う。
「ほらこれでもまだアタシから逃げられると思ってるの?」
「……。」
「この部屋にあるもの全部、陽には大きすぎるんだから。アタシがいないと潰れちゃうわよ」
そう言って、マオは再びぬいぐるみを一歩前へ進めた。




