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それでも少女は、死体を連れて  作者: 笠緒
終章
22/22

< 壱 >

 東の空の低い位置に、満月を過ぎ幾分欠け始めた金鏡(つき)がゆっくりと昇り始めていた。

 見上げた空は、既に闇の色に染まっており、数多の星々が共鳴するかのようにキラキラキラキラ輝いている。

 は、と吐き出す息は相変わらず白く、一瞬視界を曇らせたもののあっという間に霧散した。

 (ユエ)は肩下げの位置を整えると、気合いを入れるかのように両手の平でぱん、と自身の頬を軽く叩く。よし、と胸中で呟き、棗や杏といった既に葉を落とした木々を横目に院子(にわ)へと歩を進めていった。


(あれから一週間かぁ……)


 予期せぬ招かれざる客人(・・)がこの廟に訪れたあの日は、つい昨日のことのようにも思えるし、随分前の出来事のような気もする。

 あの後、一度追い払ったあの道士が再度来ないかと警戒の為しばらく旅に出ずに(いえ)に留まっていたが、それもそろそろ心配はないだろうということで、今夜あの日以降休業していた僵尸隊の家業を再開することになった。

 ひと月も前に亡くなった(フォン)僵尸(いたい)を早く故郷に戻してやりたいという想いもあった。

 

(盗賊たちが元に戻ったから、(フォン)さんもいけるかなって思ったけど……)


 実際どういう仕組みでそれをしているのかの解明はまだ出来ていないが、(ユン)(イー)たちのように一度「(こん)」の一部を切り取ったとしても、元に戻る術があるのならば取り戻した方がよいのではないかと思ったが、どうやら祖父の見立てではそう上手く行くものではないだろうとのことだった。


  ――あやつが、ゆーとったんじゃろ? 抜き取ってひと月も経つと、「魂」を戻しても「(はく)」と再び絡み合うかカケに近い、と。

  ――うん。だからあの晩、かなり後半焦ってたんじゃないかなって……。

  ――自然死したわけじゃなく、強引に「魂」を抜き取ったもんなら、「(はく)」に絡みついとる方の「魂」との因果の方が術よりも強いからの。大きい方に引っ張られてもとに戻るっちゅーんは出来ない話ではないと思うが……。


 恐らく、工程としては、「魂」を抜き、切り取り、再びもとに戻し「魄」と絡みつかせ生きている僵尸を作るまで満月の夜に一気に行われるものなのだろう。けれど、(フォン)たちの場合は、魂を抜いた際に騒ぎが大事となり、「魂」の分離などが行われる前に外部の僵尸隊道士(プロ)が来てしまった。

 そうしてそれらを取り戻す前に、ひと月という制限(リミット)が訪れてしまったのではないか――と。

 (ユエ)自身、(フー)と共に一週間、この術に関して色々な書物などを漁り調べたが、結論からいうとそういうことになってしまった。


(まぁ、もとに戻せないのだとしたら、僵尸隊(わたし)がやることは、ひとつだけ)


 彼を待つ家族の元へ、これ以上傷つけることなく、(かれ)を届ける。

 ――ただ、それだけだ。

 (ユエ)垂花門(すいかもん)を潜ると、目の前にいまだ修繕が行われていない倒座房(とうざぼう)が目に入ってくる。流石に崩れた石などは撤去されているが、その(へや)は現在ほぼ使えない状態になっており、買い溜めていた食材などが無駄になってしまったと(ファン)が嘆いていた。

 とりあえず表の路の修繕はあの盗賊たちが請け負ってくれているが、それが済んだら是非(いえ)の中も責任をもって対応してほしいものだ。

 少女はそのまま崩れた倒座房を右に歩を転がし続け――、表門を抜ける。

 そこには一週間前と同様に、見送りに出ていた祖父母の姿のほかに、四体の僵尸がすでに整列しており、その補褂(ほかい)の裾が冷たい風に揺れてた。パタパタと小さく羽ばたくのは、額に貼られた黄色の呪符。


「さて、と。んじゃ爷爷(じっ)ちゃん。(ファン)さん。そろそろ――」


 行ってくるね。

 いつも通りの言の葉を、するりと唇に滑らせようとしたその、瞬間――。

 その語尾は音を孕むことなく白い息に変じて消えた。


「……っ!]


 視界の端で壁に凭れる黒い影を見止め、慌てて肩越しに振り返る。

 そこにいたのは、黒い道袍(どうほう)に、首元に白い布を巻く少年の姿。

 あの日、森で出会ったとき同様の、(ラン)がそこにいた。


「アンタ……」


 睫毛を一度羽ばたかせ、ぼんやりと呟いた(ユエ)の眼前で、ゆらりと身体を起こした少年は一歩、また一歩と靴子(ブーツ)の底を石畳へと落としていく。


「え、まさか家出?」

「……んな堂々とした家出があっか」

「え、じゃあ……え、なに??」

「……俺も連れて行きやがれ」


 何故、命令口調なのだ。とか、なんのために? だとか。

 疑問はいくつか頭に浮かんだが、そもそも自身の解釈があっているかの自信が持てない。


「…………えと、僵尸隊に……同行するってこと?」

「……だからそういってんだろ、バァカ」

「バカ!? バカっつった!? ってか、そもそもそんなん、いってなかったけど!?」

「あァ!? 連れてけっつーんはそういうこったろうが!!」

「はぁあ!? 大体なんで連れて行ってもらう人間がそんなに偉そうなの!! 連れてってほしかったら頼むのが筋でしょうよ!!」

「あーあー、わかったわかった。てめェ独りじゃ危なっかしいかんな。ついてってやっから、ありがたく思えよ、(ユエ)

「……っ」


 あの日――。

 (ラオ)へ一撃をかます、その瞬間。


  ――(ユエ)ッ!! ブチかませ――ッッ!!


 そう聞こえたのは、空耳かそれとも気のせいかと思い込んでいたが、あれ以降、時々彼はこうして少女を(なまえ)で呼んだ。最初からそう呼ばれていたのならさほど気にもしなかったのだろうが、どうしても彼に名を呼ばれることが改まったものに思えてしまい、胸の内側で心臓が喉元までせり上がってくるような感覚に陥ってしまう。


「オラ行くんだろ。でこっぱち」


 まぁ無論、彼がそう呼ぶのは本当に時々であり――緊張する自分がバカを見ているのは確実なのだが。


「でこっぱちっていうなっつってんでしょッ!! 行くわよ、行けばいいんでしょ!!」


 いつぞや森で、似たような会話をしたなと少女は独り言ちながら、肩下げの中にあった鐘を取り出すと、空に掲げる。金鏡(つき)の光を弾きながら、チリン、チリンと涼やかな音色が夜空に溶けた。

 バサ、と空へ撒くのは、冥府への通行料である紙銭を模した符呪。

 小さな布鞋(シューズ)の足音のすぐ傍で、靴子(ブーツ)が重たい音を転がす。その後ろに続くのは、四体の僵尸(したい)たち。

 満天の星空。

 夜の帳の落ちる中、少女の声が木霊した。


「僵尸さまのお通りだー! 生きてる者は、道を開けろー!」


今までお読みくださった方々、本当にありがとうございました。

こちらの作品は、まだ続編構想があるのですが、とりあえず第一話完ということで一度閉めさせていただきます。


ブクマ、閲覧など大変励みになりました。

本当にありがとうございました。

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