DAY 3 (1)
纏回!
と、いうわけで冬季講座である。
風華のバスケ応援の翌日、朗太は纏と都内の有名予備校にやってきていた。
先日、纏から冬季講座への誘いがあり、妃恵からの助言で考えを改め始めていた朗太はそれに乗ったという訳である。
朗太は英語の長文読解、纏は数学の復習にやってきていた。
「ここか」
朗太は都心の一等地に聳え立つ目的地のビルを見上げ、そのスケール感に驚嘆していた。
ビル一棟そのものが予備校らしい。他にも都内の多くの人で賑わう駅周辺に塾を構えているそうだ。
地価も高いであろうに。そんなことを思っていると横で厚着をし白い息を吐いていた纏が口を開いた。
「驚いていますね。そういえば先輩、予備校行くのは初めてでしたっけ?」
「うん……。高校受験は独学だったし……」
「そうですか、じゃぁ最初は少し違和感があるかもしれませんね。どうですか? 見た感想は」
天高くそびえる高層ビルを前にし纏に問われ、朗太は思案する。
「いや凄いなって……」
「小学生ですか?」
「そ、それ以外感想なんて出るか? おっきーなーしかないよ。あと儲かるんだなとしか」
「まぁ大手ですしね」
言いながら纏は件のビルへ向かい始めた。
「まぁでも、予備『校』。そこらの学校とあまり変わりませんよ」
「そうなのか?」
「そんなもんなんですよ」
予備校の入り口では、多くの生徒がビルの中へ吸い込まれていた。全員私服だが皆高校生である。普段よく目にする光景とは違う景色は素直に物珍しい。朗太が興味深げにチラ見ていると、その中にチラチラと、こちらを不審そうに見やる目があった。
それらに一瞬不信感を覚える。一体何なのだろうと。だが、すぐに理由は分かった。
新学期当初、よく自分へ向けられていた視線だ。
この人間たちは纏という美少女の横に自分がいることに違和感を覚えているのだ。
確かにそれだけの外見スペックに差があるので仕方がないと思う。
というか、やはり二天使だなんてふざけた名前を冠する纏の美貌はここでも通用するらしい。こいつやっぱモテるな~、と纏の人気に感心していると、横で纏は「フッフッフ」といやらしい笑みを浮かべていた。
「どうですか、先輩。鼻が高いですか?」
「?」
何を言っているのかわからず朗太が不思議そうな顔をすると纏はにやにや笑いを崩さず言った。
「ほら、気がついていないとは言わせませんよ。皆に見られてます。自分の近くにいる女性がモテるとなれば嬉しいってもんじゃないですか?」
「あ、いや確かにそれはそういうものなのかもしれないけど……」
朗太は思わず恥ずかしさで頬を染めつつ、眉尻を下げた。
確かに嬉しい時もあるのも事実だが、三人保留などという訳分からんことをしている状況下で、周囲から向けられる嫉妬や敵意などのネガティブな感情を愉しめるほど朗太に肝が据わっているかと言われれば明確にノーだからだ。
だがそんな、嬉しいし、恥ずかしい。
それに息苦しさが混ざる朗太の心情など纏は構わず
「良いんですよ、先輩。私は手を繋いでも、腕を組んでも?」
などとはしゃぎながら甘えて絡んでくるので朗太は気が気では無かった。
「い、いやだ! やめて!」
「なんでですか、良いじゃないですかー」
「いやそういう問題じゃない」
エレベーター前で騒ぐ二人を周囲の人間は胡乱な視線で見ていた。
エレベーターが7階に着くと纏は去って行った。
そして実際の冬季講座のクオリティだが、それ自体は満足のいくものだった。
講師が披露する英文の分解法は朗太にはとても革新的で、新鮮だった。
30名近いの生徒が集まった教室では、彼の板書を教科書に書き写す音が響いていた。
だがいくら有意義な講義を行おうとも生徒の集中力がいつまでも続かないことを重々承知している講師は、授業の中ごろになると「今日の朝は本当に寒かったよね~」と雑談し始め、一息入れて良いのだと察した朗太は、張り詰めていた息を一つ吐き、休憩がてら窓の外を見つつ、今朝がたのことを思い出していた。
その日の朝、――約束した以上、反故にするわけにもいかない――朗太は緊張しつつも支度をしていたのだ。
教科書や筆記用具が入っているかバッグを改める。
支度が終わると同時にインターホンが鳴り、出ていくと、玄関には「あ、おはようございます! 叔母様!」と母に元気よく挨拶する纏がいた。
朗太の両親と纏は面識がある。
中学時代同じ部活に所属し、高校で再会してからは時折一緒に学校に行っていたりもしていたので当然である。
母親は最初こそにやにや笑いつつ纏との関係を問うてきたが、欠片も浮かれた様子を見せない我が子に、纏のことでちょっかいを出してくることも無くなっている。
朗太が出ていくと
「おはよう纏ちゃん。じゃ、今日は朗太を宜しくね、纏ちゃん」
「はい、任せてください!」などと会話していた。
「じゃ、行ってくるわ」
朗太が靴を履き外へ出ると背後から「おにぃを任せます!」という弥生の声が聞こえてきて、纏が手をひらひら振って答えていた。
こうして今から遡ること1時間。朗太と纏はイルミネーションが味気ない透明なガラス球に変わった都心の朝の街並みにいたというわけだが、もしかするとここまでの展開も読んだうえで纏は自分を冬季講座に誘ったのではないか。
そう思い至っていると授業は再開した。
◆◆◆
予備校での休み時間の潰し方はあまり多くない。
予習復習か、スマホをいじるか、お手洗いに行くか、もしくは友人と話すかくらいだろう。
だが友人と一緒に来たわけではなく、授業にも問題なくついていけた朗太は、必然、トイレを済ませた後はスマホをいじることになっていた。
他の生徒も同じようなもので教室では朗太と同様にスマホをいじり時間を潰すものばかりである。
だが中には友人と一緒に受講している人もいて、廊下で男子が「おい七階にすっげー美少女いたぜ!」「マジか?!」などと話すのが聞こえてきて、朗太はたらりと背中に冷や汗が流れるのを感じた。
嫌な予感がする。
結論から言えばその予感は的中した。
「あ、先輩! 遅れて申し訳ないです!」
昼休み、纏はというと磁石のように周囲の視線をひきつれやってきていた。
親ガモに子ガモが付いていくように彼女は一心に周囲の視線を浴びやってきたのである。この数時間で随分有名になり帰ってきたようだ。
「い、いや、良いけど……」
おかげで、纏と一緒に一階の飲食エリアの座席に座ると、朗太は針の筵だった。 敵意の視線にさらされ、自然と自分の笑顔が引きつるのを感じた。
多くの生徒が自分を敵意の籠った視線を向けてくる。
青陽高校ではもはやおなじみの光景で、今更敵意の視線を向けてくるものは減ったのだが、ここでは違うらしい。多くが信じられないみたいな顔をしていた。
「どうでしたか先輩、講座は?」
「あ、いや……」
しかしそれら視線を気にせず纏は聞いてくる。
回答は自然とたどたどしいものになった。
「……うん。面白かったよ」
以前の自分ならば気にせず返していたものだが、彼女の本心を知るとどうしても周囲からの視線を受け止めざるを得なかったからだ。
「そうですか! なら誘ってよかったです! じゃぁ先輩、お昼にしましょうか!」
だが気後れする朗太の心情にも構わず纏はランチクロスに包まれたお弁当を開帳。すると色鮮やかなお弁当が露になった。
下段におにぎりが詰められていて、上段にはタコサンウインナーなどが敷き詰められるオーソドックスなものだ。だが気合いを入れて作ったのだと分かる。妙に芸の細かい仕上がりだった。
そしてまさかのお弁当に周囲は、ハァ、弁当? と信じられないような顔をしていて、送られてくる胡乱な視線に朗太は生きた心地がしなかった。
纏はそんな朗太の心情など気にせず「じゃ、食べましょうか!」とパチンと手を叩いていた。
二人して、むしゃむしゃとお弁当を食べる。
やはり纏の作ったお弁当は絶品だった。
ウインナーやらミートボールからは肉汁が溢れだすし、おにぎりも普通のおにぎりにしか見えないのに絶妙に塩味が効いていて何故か絶品である。
その壮絶な料理スキルに「やっぱ纏料理上手なんだな……」と朗太が呆れていると「料理が私の何より勝っているところなんでそりゃ頑張りますよ」と纏はクシャっと笑った。
その言葉は何より纏の本音に思えて朗太が思わず黙っていると朗太の気を知ってか纏は言う。
「フフ、ありがとうございます。先輩、気遣ってくれて」
「い、いやそういうわけじゃ」
「いえいえ。お気になさらず。ところでじゃぁ聞きますけど、私があの二人に負けていないところって他に何かあります?」
言われておにぎりを食べる手を止めて朗太ははたと考える。
纏が明確に他の二人より勝るところはどこだろう、と。
返事に困ることなどなく沢山ある気がした。
もしかすると誰よりも気を遣わず話せるところが纏の良いところな気もするし、
サイズが小さくて一番かわいい感じに整っているところかもしれない。
だが考えていくと纏が他よりも確実に秀でているところに朗太は気が付き
「……計算高い、ところ、とか……」
「それ褒めてます?!」
口にすると纏は信じられないとばかりに叫んでいた。
それから二人でお昼を食べていると纏がこちらに自分の箸でおかずを食べさせようとしてくるので大変だった。
二人がわちゃわちゃしていると、絶対零度レベルで冷めた生徒の視線が朗太に刺さった。
そして昼食を終え朗太が自販機へ二人分の飲み物を買いに行っていると、纏は他校の男子生徒から声をかけられているようだった。
自販機スペースから自席に向かうと二名ほどの男子生徒が纏の横に立っていたのだ。
だが朗太が席に近づくころにはすげなく追い払われていた。
「大丈夫か?」
「大丈夫です。もう慣れてはいますから」
「そうか」
さすがは二天使の片割れである。モテることには慣れているとおっしゃる。
「それと、先輩、飲み物ありがとうございます」
「良いのか。こんなもんで。お昼代、払うよ?」
「良いんです良いんです。私が好きで作っているだけなんで」
纏はそっけなく言いつつ朗太から緑茶を受け取っていた。
「にしても、慣れてはいるとはいえ、大変でもありますね」
渡された緑茶をくぴりと飲みつつ纏は呟く。
「?」
「周囲からの視線ですよ」
朗太が不思議そうな顔をしていると纏は付け加えた。
「確かに慣れてはいます。でもやはり新しい環境だと面倒なこともありますね。高校だと大分落ち着いたのですが」
言われて朗太は纏の言っていることを理解した。
確かに今もなお纏は注目されている。
やはり纏の美貌はこのような多くの生徒がいる中でも輝く宝石のようにとびきり目立ち、何ともないようで纏は纏で大変らしい。
だがこの話題はなんとも、朗太からはコメントしづらい。
朗太が「そ、そうか」とだけ言うと、その様子に纏は含み笑いをし言葉を続けた。
「だけど、やはりこういう場所で私の価値を先輩に再認識させるのには良い機会でもあります。先輩、私の事、見直しましたか?」
纏の表情にはどこかからかうような色があった。
だが前述の通りこの話題は、とてもコメントしづらい。
「見直すも何も、もともと、認めてたけど……」
とっさの機転で朗太が辛くも難を逃れると、一転、「あ、逃げましたね! この! この!」と纏が肘でこちらをつついていた。
その表情はとても楽しそうで、本当に辞めて欲しい、
――周囲からの視線が怖いから。
朗太は肌が焼けつくような緊張感に慄いていた。
すぐにまたわちゃわちゃと騒ぎ出す二人に周囲は殺気立った視線を向けていた。
だがこの纏という少女は、やはり朗太の思い通りにはならなくて――
休み時間に「7階の美少女見に行ってみようぜ」などとクラスメイトが話しているのに朗太が肝を潰しているところに
「先輩! 休み時間ですよね! 一緒に自販機にまで行きましょう!」
などといって教室に入り込んできて、「あ、こいつだよこいつ!」とその少年は声をあげ、周囲のクラスメイトから『はぁー? なんだコイツ?』みたいな視線を朗太に向けさせることを幇助し、帰りもまた「じゃ、先輩、帰りますよ!」とか言ってかで教室にやって来るので、教室は大いにざわめいた。
これにより、朗太のこの教室での運命は決まったようなものであった。
これから数日、総スカン確定である。
「はぁ」
朗太はため息交じりに予備校の階段を下っていて、落ち込む朗太に纏は「有名税だと思って欲しいです」などと言う。
まぁ確かに有名税、もしくは幸運税だと思うより他ないだろう。
こうして朗太は予備校ですら周囲の敵意の的になったのだ、が――
この日の出来事はこれで終わりではない。
「「え゛」」
予備校を出ると、よく見知った人物が待ち構えていたのだ。
それは、腕を組み仁王たちする白染風華に鼻を鳴らす茜谷姫子で
「な、なんで先輩たちがここにいるんですか?!」
纏の金切り声が辺りに響いた。
一方で、そういえば昨日、纏は自分と冬季講座に行くことを公言していたなぁ、と朗太は思っていた。
これでこいつらにプレゼントを買いに行かせます!
プレゼント購入回の次は姫子回です!宜しくお願いします!明日も投稿します




