4つの告白(1)
大変お待たせいたしました。
第9章、『4つの告白』編の全10話がだいたい書き上がったので順次投稿していこうと思います。
宜しくお願い致します。
「おい聞いたか?」「何を?」
「斎藤と成美だよ。あの二人、付き合いだしたらしいぜ」「マジかよ?!」
12月。
朝の気温はめっきり低くなり、自転車登校の生徒は鼻や耳を赤くしながら、電車登校の生徒たちは車内と外気の気温差に暑いのか寒いのか分からない目に遭いながら登校していた。
だが自転車通学の生徒は勿論のこと、電車通学の彼らも防寒は欠かせない。
学校へ向かう生徒の列は暖色のマフラーやブラウンのコートやらで色に富んでいた。
そんな中聞こえてきたのが学ランの下にセーターを着こんだだけの男子生徒たちの会話だった。
校内の男子と女子がまた付き合いだしたらしい。
またか。
恋愛話にわずかに胸がざわつくの感じながら朗太は溜め息をついた。
遠くで誰かが箒で落ち葉を掃う音がする。
ここ最近、誰かと誰かが付き合ったという話をよく聞く。
朗太は大地経由で散々聞かされ耳にタコが出来そうだった。
朗太が聞いた中でもこれで20組目くらいになる。
実数はもっと多いのだろう。
クリスマスという恋人達のイベントを前に多くの生徒が活発に動いているのだ。
「お前もいい加減彼女作れよー?」「はぁー、マジ欲しいわクリスマスまでには」
前を歩く男子たちはお道化たように言う。
クリスマスは恋人たちのイベント。それまでには彼女・彼氏を作らないとならない。一人で過ごすのはみっともない。
そんなカビが生えた固定観念で、多くの生徒が――より正確に言うのならもしかすると恋仲になれるかもしれない相手がいる生徒たちの多くが――、活発に活動する時期なのだ。
本来ならばこのようなシーズン、朗太には関係がない。
去年のこの時期など、朗太は恋に浮かれる生徒たちを尻目に小説を書き続けていたくらいなのだ。
だというのに……
(アレは一体何だったんだ……)
朗太は学習棟へ続く賑やかな生徒の列に交じりながらわずかに顔を赤く染め、物思いに耽っていた。
『アレ』とは勿論、姫子が先日したキスのことだ。
『これは礼よ』
姫子はそう言いながらキスを終えると去って行った。
そのともすると恋愛的な意味を持ちかねない行為の意味を、その答えを、朗太は脳漿を絞るようにして考えていた。
そしてそれは考え込めば込むほど、恋愛的な要素を持つもので――
(いやいやそんなわけはない……ッ!!)
朗太は頭をぶんぶんとふるとその戯けた考えを打ち払っていた。
姫子が自分に好意を抱いているなど有り得ない。
自分たちは友達のはずだ。
だから先日のデコチューも、別に好きとか何でもない、姫子の高い自尊心に起因する姫子からの最大級の感謝の表現のはずだ。
しかし……
姫子がそのようなことをしない人間だということなど、朗太こそが重々承知していることで――
「はぁ……」
朗太は頬を赤くしながら溜息をついていた。
熱い白い息が冬の大気に溶けていく。
朗太は身を引き締めるようにマフラーを巻きなおした。
このように先日から自分で代替案を思い付いては否定する、トライ&エラーが続いている。
恋愛的な解答以外に、普段の姫子の態度と、あの時の姫子の行為を繋げる答えが思い浮かばない。
しかし、果たしてそんなことがあるのだろうか……。
「先輩、おはようございます」
「纏か、おはよう」
そんなことを考えていると、横から纏がひょこっと顔を出していた。
わずかに息を上げるのを見るに、自分を見つけて走ってきてくれたらしい。
「今日はまた冷えますね」
「もう12月だからなぁ」
そして雑談しながら纏と校舎へ向かう。纏は「あ」と言ってバッグをごそごそした後一枚のパンフレットを取り出した。
「先輩、冬休みって何か予定あります?」
「無いぞ。何それ。2泊3日のスキー旅行のチラシとかなのか?」
これまでの流れだと行楽の誘いであることが多い。
ありがたいことに朗太は纏のような美少女によく相手をして貰えるので朗太がそう推測すると纏は首を横に振った。
「いーえ、全然違います。別にスキー旅行、行っても良いですけど、とりあえずこれは全く違うものです。これは某有名予備校の冬期講習のパンフレットです」
纏が寄こしたのは冬季限定の集中講座のパンフレットだった。
「先輩、来年は受験ですよね。だからこういうの興味あるんじゃないかなと思いまして。どうですか、私は受ける予定なんですけど、先輩も一緒に」
「冬季講座か……」
思い出されるのは勉強の重要性を説く妃恵の言葉だ。
妃恵の言葉に感化された朗太にとって纏の誘いは絶好のものだった。
「良いな。親に相談して受けていいって言って貰えたら受けようと思うよ」
「やった! 先輩は何を受けます?」
「現代文とか?」
「せ、先輩ネットで小説書いているんですよね……」
朗太の色の良い返事に纏はガッツポーズを作るも、朗太の奇異な選択に一瞬で顔をこわばらせた。
「いやでも俺、現代文が他に比べると唯一点数低めなんだよ。クラスで10番以内には入るけどさ」
「うわー嫌味ですねー。あまり他の人には言わない方が良いですよ。それと現代文はもっと後からでもテコ入れが効くんで他の科目の方が良いかもです」
「そうか。なら強いて言うのなら英語の長文かな――」
「おっはよーー!」
そんな風に纏と話しているとパシーンとその背を軽くはたかれた。振り返るとそこには風華がいて、この寒空の下、今日も太陽のように眩しい笑顔を振りまいていた。
「今日は寒いね! 絶好の体育日和だね!」
「何言ってるんですか? こんな寒い日に体育なんて考えられません。ですよね先輩」
「え゛」
突然話を振られ固まる朗太。
だが風華は朗太の立ち位置になど構わず
「いやいやこういう日こそ体育し甲斐があるんじゃない! ダメよ纏ちゃんも凛銅君も! 子供は風の子だよ!!」
「な、なんですか。その雪が降ると犬は喜び庭を駆け回るみたいな……」
話を進め、その勢いで纏をたじたじにしていた。
そうしながら纏は朗太から返されたプリントをバッグにしまうのだが……
「あれ、どうしたの纏ちゃん? 冬季講座受けるの?」
風華が目ざとくそれに気が付いた。纏は「こ、これは……!?」と言いながら慌ててそれらをしまいこむ。だが
「うん、今度受けようかなって」
「ハァ……」
隠す意味が分からない。
朗太が打ち明けてしまうとあからさまな溜息をつき、朗太を睨んだ。
「何でバラしちゃうんですか?」
「え、なんでダメなの?!」
「そんなの自分で考えて下さい! フンッ」
鼻息荒く憤ると風華に向き直り纏は言った。
「まぁ良いです! とにかくそういうわけで先輩と私は『一緒』に冬季講座を受けるので風華さんは受けないでください!」
(そんなに『一緒』を強調しなくても……)
やたらと『一緒』のところを強調する纏に朗太は眉を顰めた。
こうして、喧嘩は始まったのだった。
風華は「なんですって~~!?」とか言いながら眉を吊り上げていた。
纏は以前に風華のことを嫌いだと言っていた。
ここ最近はそんな素振りも見せていなかったので意識しなくなりつつあったが、纏は風華のことが嫌いだそうなのだ。
それを思い出し朗太が「おいおい」と止めに入ろうとすると
「アンタたち何してんの?」
背後に姫子が立っていて
(姫子?!)
自分のことを好いているのではないかと疑っている女子の登場に、朗太は泡を食った。
いつからそこにいたのか定かではないがベージュのコートにチェックのマフラーを巻いた亜麻色の髪をした少女、姫子が立っていたのだ。
突然の姫子の登場に朗太の胸が高鳴る。
「おはよ。風華、纏」
「はよー姫子」
「おはようございます。姫子さん」
「うん、おはよ。それと、アンタも。おはよう、朗太……」
「お、おう……おはよう……」
そして姫子はそれぞれに挨拶するが、朗太に対してだけ明らかにぎこちなく、それが余計に朗太の緊張を高めた。
おかげで朗太の心臓の鼓動がこれまで以上に早くなるのだが、
「てゆうか聞いてよ姫子! 纏ちゃんが凛銅君を冬季講座に誘っているのよ! 大事件よ!」
「大事件て……。じゃぁ風華さんも来ればいいじゃないですかー?! ホラ、これがパンフレットです、来れるなら来ればいいんですよー?」
居合わせた風華や纏は今はやや変化のある朗太と姫子のやりとりよりも喫緊の冬季講座の方に気を取られていて、
「ぐぬぬ、行けない……。高い……!」
「フン、なら無理ですね!」
風華は渡された紙を強く握りしめわなわなと震え、そんな風華を纏は一笑に付していた。
「あ、アンタたち、朝っぱらから加減ってものを考えなさいよ……?」
対する姫子はというと、よそよそしくそうコメントするのみだった。
その後も纏と風華はぎゃーすか言い合いながら校舎へ向かい、二年生階にたどり着くと
「じゃ、先輩、ちゃんと考えておいてくださいね冬季講座」
「ハン! 凛銅君はきっと『他のことで』冬休みは忙しいわよ! 纏ちゃん、おあいにくさま!」
「お金のない人の話は聞きません~」
「あ、貧乏人に言ってはいけないことを言ったね?!」
「じゃ、また今度です先輩~~」
纏は風華にえぐい火の玉ストレートを投げ込んだ直後――それを目の当たりにした朗太からすると余計恐ろしい――天使のような笑みを朗太に見せ上階へ消え、E組前では風華も「じゃ、またね凛銅君!」と満面の笑みを見せ去って行く。
(…………これでこいつと二人きりか……)
F組までのわずか数メートルの合間だが、姫子と二人きりになり朗太は固唾を飲んだ。
そしてどうしたものかと頭を巡らせていると
「あ、朝から大変ね……」
「お、おう……」
赤い顔の姫子にそう言われ、それだけ言葉を交わすと二人は教室へ入ったのだった。
◆◆◆
それから数時間。
(ダメだ……)
教室で朗太は顔を赤くしながら頭を抱えていた。
妙に姫子を意識してしまう。
姫子にデコチューをされたのが先週の金曜で、土日を挟んで今日になるわけだが姫子の一挙手一投足が気になって仕方がない。
これまではこんなことは一度たりとも無かったのに。
これまでは姫子のことがこんなにも気になることなど無かったのに。
だが今はどうしようもなく気になる。
「でさ、姫子。この前の話だけどよぉ」
「愛梨またその話~?!」
姫子が柿渋愛梨と賑やかに話す内容だって気になるし
「この前の課題ありがとな。茜谷」
「別に気にしなくていいわよ」
瀬戸や津軽の友人である周防が姫子に何か返しているとそれだって気になる。
おかげで姫子としばしば目が合った。
そのたびに姫子と朗太は顔を朱に染めながらさっと目を逸らすわけだが、こんなこと、いつまでもしていられない。
だから朗太は
「おいどうしたんだ朗太。急に話があるって」
昼休み、屋上に続く屋外階段に親友の大地を呼び出していて、金髪メガネの親友が来ると尋ねたのだった。
「なぁ大地、姫子って好きなやつとかいるのか?」
冬の空はどこまでも澄んでいて、そして高い。
そんな青空の下、朗太はついに自分たちの関係の核心に迫ろうとしていた。
お待たせして申し訳ございませんでした。
10話分は殆ど書き終えているので
(裏で投稿直前まで改稿しまくっていますが……)、
連日投稿しようと考えています!
明日も同じくらいの時間に投稿する予定なので宜しくお願い致します。




