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姫子転校編(7)



 姫子が逃げるように立ち去ってしばらく。 


 教室で朗太は一人姫子にキスされたあたりを触りながら考えに耽っていた。

 

 何を考えていたかと言われれば、今回の事件の顛末をだ。

 今回の事件で、自分がしたことをだ。

 そして今回の事件で自分がしたことと言えば、ただただ相手にお願いすることだけだった。

 そんなちっぽけなことしか出来なかったのだ。

 だがこれにも理由がある。

 なぜなら先に言った通り、子供は大人に勝てないからだ。

 子供が大人に取れる手は余りにも限られていて、朗太にはほとんど選択肢が残されていなかったのだ。

 つまり今回の事件が解決したのは、姫子の転校が回避されたのは、突き詰めれば、妃恵が手を引いてくれたからに他ならない。

 

 確かに姫子のお願いは何より効いただろう。

 

 風華の強硬な訪問も効果があったのだろう。


 朗太が何度も足を運んだのも効果があったのだろう。


 メッセージカードだって、効果があったのだろう。

 

 だがそれを受けて姫子の転校を取りやめたのは妃恵自身だ。

 常にボールは妃恵の手の中にあった。

 

 ……ということはだ。

 

 朗太はこれまでの学生生活を振り返った。

 

 朗太はこれまで何度も校内で事件を解決してきた自負がある。


 あれらは全て『子供の世界だから』解決できた事象なのだ。

 

 相手が大人になった瞬間、フィールドが学園から外に一歩出た瞬間、『社会』というフィールドに場が移った瞬間から、朗太の手法は通じなくなってしまう。


 今回朗太が出来たのはただ『お願いをする』というちっぽけな『正攻法』だけだった。

 姫子が問題解決時によく使う『正攻法』だけだったのだ。


 つまりそれは今後朗太成長するにあたって迎える『社会』というフィールドでは姫子のような『正攻法』が重要になるということだ。

 言い換えれば、これまで成果を上げたり、上げなかったりしていた姫子の『正攻法』こそが、今後の社会で必要な力で、これまでの問題解決の姿勢でも正しい姿だったのだ。


 彼女はこれまでも、正しい手法を取っていたのだ。

 朗太は今朝がた周囲の注目を集め、妃恵に頼み込んだことを思い出す。


『なに?』『なんなのあの子……』


 あの時浴びた、周囲の奇異の視線や、怯えるような視線。


 それら視線を姫子は常に感じつつも、これまで問題を解決していたのだ。

 困った人を救いたい、その一心で。

 困った人を助けたい。

 その思いだけで姫子は正攻法で、故に多くの人を敵を抱えつつ、問題を解決していたのだ。

 それが茜谷姫子という人間なのだ。

 朗太が姫子の影に隠れて問題を解決する一方で、

 誰よりも心の中で血を流しながら問題の解決に尽力していたのだ。


 それが茜谷姫子の生き様なのだ。

 

 だからこそ


「姫子はすげぇな……」


 今回の事件で、朗太は姫子の在り様の凄さを再認した。

 

 そしてその姫子への感情は憧れにも似た感情は朗太の心の中の景色を変えた。

 

 今まさに自分が抱えている胸のわだかまりがちっぽけなものに思えてきたのだ。


 そう、朗太は文化祭以降、自分の心の奥に、わだかまりが、胸がつぶれるような思いが存在していた。


 朗太はここ最近、心に傷を負っていたのだ。

 なぜなら文化祭のあの一件も、生徒会役員選挙の一件も、敵側からすると、朗太こそが仇敵だからだ。

 あれら一件は、自分自身が矢面に立ち、解決した事案だったからだ。

 姫子という盾を失い、解決したからこそ、朗太が敵の前面に立ち、彼らの敵意と真っ向から対峙したのだ。

 だからこそ、朗太は傷ついていた。

 相手の敵意で、朗太の精神は少しずつ削られていたのだ。

 言い換えるのなら、怯えていたと言っても良いかもしれない。

 相手から敵意を向けられることに、朗太は怯えていたのだ。

 だからこそ朗太は自分の悪意で相手を切った後、変調した。

 慣れないことをしたが故に、心がぐらついた。

 だから、誠仁から、大地から、纏から、風華から、『大丈夫?』と声をかけられていたのだ。

 だがそれら問いに対し朗太は何でもないように『問題ない』と答えていた。

 なぜなら実際に朗太も欠片も問題ないと思っていたからだ。

 鈍感すぎて、自分が傷ついていたことにも気付いていなかったのだ。

 だが違かったのだ。


 大丈夫、では無かったのだ。


 自分は傷ついていたのだ。


 それにすら気が付かず、自分は『大丈夫』、だなんてふざけたことを言っていた。


 だが、姫子への憧れにも似た感情を覚えると景色が一変する。

 

 なぜならこれこそがまさに大人の世界で必要な一要素だと知ったからだ。

 姫子という盾が無くなったからこそ『コレ』が生じたのならば、今後正攻法を通すためにこの痛みは伴うものに違いない。

 大人の世界で、正攻法を通すために、時に必要になる痛みがまさに『コレ』なのだ。


 なら


「はは……」


 ――なんてことはない。



「はははは」


 自然と笑みがこぼれた。


 しかもこれまで自分がとっていた手法は大人の世界では通じない。

 そう思うと文化祭や、生徒会役員選挙で向けられた敵意が、心底下らないものに思えた。

 するとなおのこと自分が知らないうちに感じていた重荷は軽くなり



「ははははははははは」



 朗太は思わず笑ってしまった。

 思う。

 自分はなんて下らないことで悩んでいたんだろうと。

 自分はなんて小さいのだろうと。

 

 そして決心するのだ。


 今回、大人には自身の手法が通じなかった。

 

 大人は、全うな人生を歩んだ大人は、それだけ『強い』。

  

 だからこそ、そんな彼らと戦えるだけの


 力がいる、と。


 そうすると思い出されるのは妃恵の言葉だ。

 

 妃恵は、学力こそが最も容易で確実に手に入れられる力だという言葉だ。


 ならば自分はどうするべきか。


 運動神経も、社交性もさしてない、勉強くらいしか取り柄のない、親からも幸いにも大学に行くことが許されている自分はどうするべきか。


 答えなど考える前から決まっているようなものだった。



 「勉強だ……」



 来年、朗太は高三になり大学受験というものを迎える。


 その大学受験で


「全力を出そう……」 


 もしまた今回のような事件が起きた際に、戦えるように。

 戦える立場にいるように。

 二度と、こんな思いをしないように。

 

 大学受験には本気を出そう。

 

 そう決意したのだ。


 そしてそれまでの間は、高三になるまでの間は今しばらくは


「小説でも書いてるか……」


 そうすると決めたのだった。


 何も妃恵の言葉を全て鵜呑みにする必要はないのだ。

 朗太は今の高校生活は十分充実していると思う。

 だからこれで良いんだと朗太は思う。

 もしかすると妃恵の言葉を受け、今から勉強をしない自分を、意識が低いと思う者もいるかもしれないが、これには朗太なりの考えがあってのことだ。

 それは何事も切り替えが肝心だと朗太は思っているからだ。

 高三の甲子園を終え猛勉強を始め偏差値の高い大学へ進学する野球部員もいる。

 自分も同じように高三の4月を迎えた瞬間から一気にスタートを切ることが何より受験勉強を成功させることに繋がることが確信できたのだ。


 そうして朗太は姫子の動向を気にしつつも、


「帰るか」


 朗太は帰路に着いたのだった。


「あ、お兄ちゃん、今日は早いんだね」

「おう、ようやく色々と蹴りが着いたからな」


 帰ると夕飯を作っている最中の弥生に迎えられた。トントンと心地よい音を立てながらまな板の上で食材が切られ、コンロではぐつぐつと鍋で何かが煮えていた。


「そっか。なら良かった」


 兄の変調に気が付いていた弥生は兄の回復を察し朗らかな笑みを作り、二階へ上がる兄を見送った。

 朗太は自室に戻ると久方ぶりに自身のPCを起動する。

 電源ボタンが押され約一か月ぶりにPCが駆動音を静かに放ち始めた。

 朗太はデスクチェアに背をもたせながら、引き出しからよれたノートを取り出した。

 そして今後の展開が書いたノートを見ながら


「で、一カ月前の俺は何を書こうとしていたんだっけ?」


 唇を舐め、一カ月前の自分の思考を辿る。

 しばらくすると朗太の部屋からカタカタとキーボードを打つ音が響き始める。

 久しぶりに訪れた心の平穏である。

 

 こうして朗太は復調した。


 のだが――――




 ――――全てが彼の思い通りになることは無い。



 彼が復調したことにより、動き始める事象もあるのだ。

 

 それは朗太の最も近しい少女たちの間で起きていて――



 ◆◆◆



「来たね」


 

 ここは朗太が去った後の学習棟。

 夕日が辺り一帯を真っ赤に染め上げる廊下で三人の美少女が対峙していた。

 姫子と風華、そして纏の三人である。

 朗太の前から逃げるように一目散に退却した姫子は風華に呼び出され、急遽回れ右しこの一年生の教室のある学習棟最上階までやってきたのだ。

 すると、そこには好戦的な瞳をした風華と、覚悟を決めた纏がいて


「待ったよ姫子」


 その表情から、ついにその時が来たのか、と姫子はゴクリと生唾を飲み込んだ。


「まずは転校中止おめでとう。私も嬉しいわ。でも、それとこれとは別の話」


 風華は姫子を真正面に見据えて宣言した。


「凛銅君は私が貰うわ」


 そう、同じ人間を好いていて、奪い合わないわけにはいかないのだ。

 絶対に争奪戦が起きる。

 これまでは朗太の想いが風華に行っていたようだが、当の風華があまり本気ではなかったのであまり本気の戦いは起きていなかった。

 しかし、それはいつのまにか変わったらしい。

 風華もまた朗太のことを本気で好いた。

 ならば、戦いは必定だった。

 つまり、ついに始まるのだ。

 争奪戦が。

 姫子もまた視線をキツクしてその事実に向き合おうとしていると、決然とした面持ちの風華を纏は鼻で笑った。


「何言ってるんですか風華さん、文化祭のあと本気で狙いに行くとか言って今までアイドリングしてたは風華さんですよ?」

「そ、それは……姫子も凛銅君も纏めて墜落していくから、わ、私の想いだけ通すのは正直どうかなと思っただけよ。だけど、姫子も凛銅君も復活したなら、話は別!」


 風華はキッと姫子を睨んだ。


「散々待ったんだもの! これからかは私の想いを通させてもらうわ! 姫子、そして纏ちゃん、覚悟しておいてね!」


 姫子と纏を睨み風華は犬歯を剥き出しにし言い切った。


「凛銅君は、私が貰う……!!」


 こうして風華の宣戦布告はなされた。


「望むところです。先輩を貰うのは私です」


 纏も自信ありげに返す。

 もう後には引けなかった。


「分かったわ……」


 姫子はゆっくりと息を吐きだした。


「私も、負ける気はないわ……」

「良かった」


 夕日で真っ赤に染め上がる廊下で三人の美少女が対峙する。

 

 こうして朗太の知らないところで本格的に争奪戦の幕が上がったのだった。

 

 時は木枯らしの吹く11月末。

 まもなくクリスマスという恋人たちのイベントがやってくる。












というわけで当初から予定していた3つの書きたいシーンのうち、二つ目(三人が対峙するシーン)が書けましたね。なぜかバトルものっぽくなった……。あとは終盤にあるワンシーン。


つ、疲れた……。

これより第九章なのですが、少しお時間を下さい。

最終の事件まで大体決めてから書き出した本作ですが、物語が奥に行けば行くほど詰め切れていない部分が出てきます。事件関連は最後の事件以外は発生から解決までほぼ決めているのですが、恋愛面は割とあやふやで(大体方向性は決めています)

本話ももっと展開を進める予定だったのですが、ブレーキ踏んだ感じになっていますね。

なのでこれから書く12月編は、生徒会役員選挙編⇒姫子転校編から連なる三章で一塊の話の最終章なのですが、少しばかり恋愛面に舵を切る予定もあって、オチも、そこに至る展開もある程度は決めてはいるのですが、今までに比べると大分あやふやです……汗

なので一カ月ほど(もしくは二カ月ほど)お時間を頂きたいです。

クオリティは落としませんし、確実に戻ってきますので!

待ってもらえると嬉しいです! では!!


それと下記評価システムより評価していただけると嬉しいです!

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