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お嬢様は恋煩い  作者: 霧原善光
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第2-4話 篠崎さゆり(3)

 

 

 夕食の時間になり、俺たちは四人で食卓を囲む。

 席の配置はこの前と同じで、俺の正面に麻夕ちゃんが、麻夕ちゃんの左隣に琴葉さんが座っている。この前と違うのは、俺の右隣にさゆりちゃんがいるという点だ。

 男一人に女三人。もしかして、これってハーレムってヤツじゃないのだろうか。

 ハーレム――古の王侯貴族が実現したという永遠の男の夢。もっとも、俺の場合は王様というよりも下男といったほうがお似合いかもしれないが、下男であってもこの場にいられることは至福の極みに違いない。

 今日のメニューは濃厚なホワイトシチューにチーズたっぷりのマカロニグラタン、瑞々しいサラダに輪切りにされたバゲットと、これまた贅沢な献立である。

 そもそも俺にとっては家庭でパン食ということ自体があまり経験のないことだった。

 親父の実家が農家をやっていて、いつも米を送ってもらってるためか、実家でも一人暮らしを始めてからも、俺は毎日腹いっぱいにご飯を食べている。生活が苦しい時はむしろご飯しか食わないくらいだ。

「このバゲットも琴葉さんの手作りなんですか」

 俺が訊くと、琴葉さんはにこりと笑いながら答えてくれる。

「ええ、そうですよ。オーブンとホームベーカリーがあれば、自宅でも割と簡単に作れますよ」

 そんなものなのか……。

 バゲットをシチューに浸して口に運ぶ。シチューがしっとりと染み込んで、これがまた心を打つほどにおいしい。

 ホームベーカリーはともかくとして、バゲットならスーパーでも売ってるし、シチューも固形のルゥを使えば簡単にできて作り置きもしやすい。今度自分で今日のメニューを再現してみるのもいいかもしれないな。

「慶太はお料理するのですか?」

 ふと、さゆりちゃんがそんなことを訊いてきた。

 それは、初めてここで夕食を相伴に預かった時にも出た話題だ。

 麻夕ちゃんが料理ができないってことに多少驚いたものだけど、さゆりちゃんはどうなのだろう。

「ちょっとだけだけどね」

「得意料理は何ですか?」

 そう聞かれると少し難しい。

 よく作るのは焼きうどんとか肉野菜炒め、あとジャーマンポテトといったところだが、得意なものとなると……

「うーん……なんだろう。ハンバーグかな」

 ……一番はこれだろうな。

 以前、どうしてもハンバーグが食べたくなって自分で適当に作ってみたのだが、これが意外とおいしくできたのだ。

 箸で割った瞬間、中から泉が涌き出るように肉汁が流れ出る様を見たときには我ながら感動した。

 それから何度か作っているのだが、作る度に俺の練度は上昇し、今ではそれなりの腕前だと自負している。

「すごい! 食べてみたいです!」

 さゆりちゃんみたいな女の子にお世辞でもそう言ってもらえると、こそばゆさこそ感じれど悪い気はしない。

 もっとも俺としては、是非一度琴葉さんのハンバーグを食べてみたいところではあるが。

「さゆりちゃんは料理するの?」

 訊いてみると、さゆりちゃんは笑顔で頷いた。

「しますよ。最近はよくお菓子を作りますよ」

 お菓子作りなんて、はたまた女の子らしい趣味だ。

 俺も以前、一度だけクッキーを焼いたことがあって、それなりに上手くできたのだけど、それきりだった。

 バイト先に持って行こうかとも思ったが、からかわれるのがオチだろうから結局全部一人で食べて、無性に寂しくなったものだ。

「お菓子ってケーキとか、クッキーとか?」

「はい、この前ガトーショコラを作りました」

 ほほう、ガトーショコラときましたか。俺の一番好きなケーキの一つだ。

 しかしさすがは琴葉さんの妹といったところか。これまたお洒落なものを作るんだな……。

「この前さゆりが焼いてくれたガトーショコラは本当においしかったですね」

 多少の贔屓が入っているとしても、琴葉さんが言うのであれば相当のものなのだろう。

 俺の甘味物専用の胃袋がたちまち膨らんでくるようだった。

「今度慶太にも焼いてあげますね」

 そう言って、さゆりちゃんは見事な笑顔を見せてくれる。

 是非ともよろしくお願いしたい。

「じゃあ、今度皆で料理パーティしよっか。俺がハンバーグを作るから、さゆりちゃんはデザートにガトーショコラをお願いね」

「はい!」

 元気良く答えてくれるさゆりちゃん。そこへ琴葉さんも、

「それでは、私は付け合わせのサラダとスープを用意しましょうか」

 と、参加を表明する。

 それはいい。メインディッシュがサイドメニューに劣るようなことになりかねないが、皆で料理して皆で食べればいっそうおいしく感じられるだろう。

 そこでふと麻夕ちゃんの方を見てみると、予想通りというべきか、麻夕ちゃんは話に入れず下を向いてちびちびと料理を食べ進めていた。

「麻夕ちゃんは……」

 俺が話を振ると、麻夕ちゃんは俯いたまま小さく首を横に振る。

「……私はいいよ。どうせ料理できないし」

 しまったな……今日二度目だ。

 麻夕ちゃんはどうやら、さゆりちゃんや琴葉さんが俺とばかり話しているのがつまらないらしい。自分ができないことで俺たちが盛り上がっていることに、劣等感を感じているのかもしれない。

 しかし、全員が共通して盛り上がれる話題……と考えたところで、そんなことを瞬時に思い付くようであれば俺もこんな人生を送っていないわけで……。

「麻夕ちゃんはあれから料理の練習してるの?」

「え?」

 麻夕ちゃんはちょっと顔を上げてくれる。

「してるけど……まだあんまり上手にはできないかな……」

「ですが、この前お嬢様が作ってくださったサンドイッチはとてもおいしかったですよ」

 おお、さすがは琴葉さんだ。

 サンドイッチみたいな失敗のしようもない簡単なものから始めて自信を与えるなんて、人の育て方をよく分かっていらっしゃる。

「あれくらい、誰だってできるし……」

 と言いながらも、褒められてちょっと嬉しそうな麻夕ちゃん。

「お嬢様が作って下さったことに意味があるんですよ」

 確かにその通りだ。

 例えば好きな女の子が作ってくれた料理であれば実際の何倍もおいしく感じられるだろうし、その逆も然り。

 麻夕ちゃんが頑張って作ってくれた――その頑張ろうとした気持ちに、一番大きな意味があるのだ。

「じゃあ、今度は俺がハンバーグ作るの手伝ってくれる?」

「できるかな……?」

「うん、大丈夫」

 麻夕ちゃんはちょっと笑ってこくりと頷いた。

 良かった、どうやらちょっとは機嫌を直してくれたかな。

 

 

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