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お嬢様は恋煩い  作者: 霧原善光
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第1-4話 恋煩い

 

 

 

 “恋煩い”という言葉を、私は最近知った。本を読んでいたら出てきたんだ。

 曰く、ある人を恋い慕う気持ちがつのりにつのってなんだか病気みたいになってしまうことらしい。

 まさに、今の私にぴったりの言葉だ。

 慶太に会いたい、慶太と話したい、慶太とデートしたい。

 そんな想いが頭の中を満たしていて、勉強にも集中できないし、本を読んでてもすぐにどこまで読み進めていたのか分からなくなってしまう。

 挙句の果てには食欲がなくなったり、寝つきが悪くなってしまっていた。

 そんな想いを紛らすために、ノートにちょっと落書きしてみたり、無闇にメールしたりするのだけど、やがては大きくため息をついて、あの日慶太にもらったイルカのストラップと、慶太の似顔絵を胸に抱いてベッドに横たわるのが常だった。

 そんな私を、琴葉は少し心配してるみたいだった。

 ちょっと申し訳ないとは思う。せっかく琴葉が勉強を教えてくれてるのに、私はついついぼーっとしてたりしてしまうから。勉強もちゃんとやらないといけないってことは分かってるのだけど、頭が上手く働かないのはどうしようもなかった。

 でも、いつまでもこんなままでいても仕方がないことも分かっていた。

 琴葉にも言われたの。慶太にふさわしい、立派な女性にならないといけないって。

 だから私は、今日も慶太を想いながら、琴葉を手伝いつつお料理やお裁縫を教えてもらっている。

 いつか――いつか、もう少し私が大人になったら、慶太に受け入れてもらえるように。

 その日まで、慶太には待っててほしい。

 我が儘かもしれないけど、待っててほしい。

 

 

 ●

 

 

 ようやく四月も終わりを迎え、もうすぐゴールデンウィークが始まろうとしている。

 新年度が始まって以来、日々気を張り詰めて仕事や学業に打ち込んでいた人たちにとってはいい骨休みになるだろう。

 もっとも、この長期休暇で緊張の糸が切れ、以後その糸を中々紡ぎなおすことができずに苦労する人も少なくないのかもしれない。

 過去の俺がそうだったし、今の俺はそもそも紡ぐ糸が存在しない。

 俺のゴールデンウィークの予定なんて、普段と違うことといったら割のいい短期バイトをちらほら入れてることくらいだ。

 ちょっと遠出してみたいなとも思うけど、わざわざゴールデンウィークにする必要もないし、第一お金がない。

 ま、折角の機会だから楽しめる人はせいぜい楽しんでくれ。そう思えるくらいの心の余裕が俺にも最近できていた。

 

 さて、俺が麻夕ちゃんのことをどう思っているかということについて、誤解を招かないようきちんと説明するのは少し難しい。

 というより、自分自身でもよく分からない部分が多いのだ。

 もちろん、好きなことは確かだと思う。

 こんなに可愛くて優しくて純粋無垢な女の子を、嫌いになりようがない。

 けれども、それが恋愛感情なのかというと話は別である。

 ――多分、麻夕ちゃんに対してそういった気持ちがないことはないのだろう。

 まず間違いなく、麻夕ちゃんはこれから大人になるにつれどんどん綺麗になっていくだろうし、大人になっても今の純粋さと優しさを決して忘れないことだろう。

 そんな女性とお付き合いできるならば、世の中の大半の男は命を投げ打って見せるんじゃないと思うし、俺も御多分に漏れることはないだろう。

 でも、別のところでそれはダメだと断じている自分がいる。

 当然だ。麻夕ちゃんはまだ十四歳で中学生だし、俺より七つも年下なんだから。

 それに、ものすごいお金持ちの家の一人娘で、俺とは住む世界が違う。

 仮に――仮に付き合うとして、麻夕ちゃんと俺との交際を、麻夕ちゃんのご両親が認めるとは思えない。

 そもそも大学中退で、何の資格も経験もなく、将来のプランも展望もないこんな男に娘を預けるような親なんているはずがない。琴葉さんだって絶対に反対するだろう。

 そしてなにより――こんな状況に俺を追い込んだ自分の性格というか精神が、俺自身大嫌いだった。

 だから、周りがどうこう以前に、麻夕ちゃんが俺のことを好きになるなんて有り得ない。

 今はまだ、麻夕ちゃんは俺のことを嫌っていない、むしろ好いてくれていると思う。

 けれど、俺のことを知れば知るほど、俺と深く付き合えば付き合うほど、俺のことを嫌いになってしまうだろう。それは、とても悲しい。

 いつの間にか、麻夕ちゃんの存在が俺の中で思ったよりも大きなものになっていたらしい。

 多分、そもそも知り合いが少ないからだろう。休みの日にも会うような相手なんて、麻夕ちゃんくらいしかいないわけだし。

 けれどなにより、俺はなんだかんだ言って寂しかったのだ。

 他人と関わることを面倒臭がるくせに、一人だと寂しいのだ。果てしなく面倒な性格なのだ、俺は。

 だから嬉しかった。麻夕ちゃんが俺に懐いてくれたことが。俺が少しでも麻夕ちゃんに影響を与えていると感じられることが嬉しかった。

 結局のところ、俺はどこまでいっても自分本位だということなのだろう。

 本当に――我ながら呆れを通り越して感心する。

 

 でも――

 

 ふと、携帯電話から俺の魂のテーマ曲が流れだした。麻夕ちゃんからの電話だ。

『慶太、今大丈夫?』

「大丈夫だよ」

『あのね、こないだ水族館に連れて行ってくれたお礼に、また家でご飯でもどうかなって思ったんだけど……』

「本当に? 俺だってすごく楽しかったから、お礼なんて全然いいんだけど」

『でも、琴葉も是非って言ってるし……』

「それじゃあお言葉に甘えようかな」

『うん! 今週の土曜日なんてどうかな』

「分かった。それじゃあ、土曜日に伺わせてもらうね」

『また迎えに行くね!』

「いいよ、自転車で行くから。もう道覚えたし」

『そう? それじゃあ待ってるね』

「うん、じゃあまた土曜日にね。おやすみ」

『おやすみ!』

 

 でも――

 

 我が儘かもしれないけれど。

 

 しばらくは、この心地良い時間を大切にしたい。そう、思った。

 

 

 

 

 


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