10話 このマヌケがアッー!
――街道上
フェルズの年齢のことは置いといて、だ。
まずは竜牙兵をどーにかせにゃならん。
鎧を脱がせ、テキトーな服に着替えて……
……ン?
「あっ!」
フェルズの声。
胸甲を外すと、形のいい胸がまろび出る。
……ああ、そっか。鎧と本体に分離したは良いが、服は形成されんかったのか。まぁ、服なら持ってきたから問題はなかろーヨ。
「ちょっ……ちょっと、服を!」
一方、慌てて叫ぶフェルズ。
オイオイ。焦らんでも服は沢山あるだろがヨ。
とりあえず長櫃からテキトーなのを漁る。そしてそれを竜牙兵に渡そうと……って、それをフェルズが引ったくりやがった。
ヲイ、別にソレお前のじゃ……
「ちょっとあっち向いてて! オレがやるからさ!」
「え? いや別に問題は……」
「女の子の裸をジロジロ見るのは失礼だよ!」
「お……おう」
何となく気圧され、オレは明後日の方を向いた。
いや待て。女の裸っつっても元はソレ、オレサマの歯なんだゼ? オレサマがオレサマの裸を見るのと変わらん気がするんだが……。
「フェルズ様。私は気にしません」
「気にして! 女の子になったんだから!」
「御意」
何やらそんなコトを話してやがる。
う……む。フェルズに対しても『御意』か……
もしかして主導権取られーせんか? 嫌な予感がしないでもねェ。
――そしてしばしのち
「もういいよ」
フェルズの声。
振り向くと、服を着終えた竜牙兵が立っていた。
フェルズと同じ様な服にマントを羽織っている。
こうしてみると、髪の色も顔立ちもフェルズにそっくりだ。
「……ふむ。親子っぽくも見えなくもない、か」
「姉妹って言ってよ、姉妹って……」
「なるほど……」
フェルズは乳離したぐらいっぽいガキだし竜牙兵は昨日造ったばっかだ。まぁ、姉妹と言えなくもねェ、か?
「で、名前はどうするの? 名無しのままじゃ可哀想だよ」
「名前? ンなモンどーでもいーんじゃね?」
「いや、街中で『竜牙兵』って呼ぶわけにはいかないだろ?」
「そりゃそーか」
ふむ。そこまで考えてなかったゼ。
さて、どーしたモンかね。……そーだナ、
「コイツの名前はイオレーアにしとくか」
「御意。名を賜り、有難き幸せ」
まぁ、本当にテキトーだがナ……。
「へぇ……由来は何かあるの?」
「いや……別n」
「母上のお名前由来ですね」
「ヲイ……」
竜牙兵め、いらんコトを言いやがる。
「何だ、レスィードさんもお母さんが恋しいんじゃないですか〜」
フェルズがニヤニヤ笑いながら煽りよる。こっ……このガキがッ! 元ネタはレイアニールだから名前はそのまんまじゃねーヨ! だがらセーフッ、セーフだってのッ!
……しかしここで怒っては魔竜王の沽券に関わる。ガマンだ、ガマン。
そッ、そーだナッ、
「たとえ歯の一本とはいえ親からもらった身体の一部だからな。感謝せねばならん。名前はその証だ」
う……む。苦しいイイワケだ。マズった?
……が、
「レスィードさんが『感謝』なんて言葉を使うんだ……」
「……は?」
フェルズが愕然としてやがる。
ヲイ。オレサマを何だと……
「いやだって、『凶暴』だの『獰悪』だの『悪逆非道』だの『奇妙奇天烈』だの言われていたからさ、つい……」
確かにそー恐れられてはいたんだがナ……。つか最後のは何だ?
……まァいい。
「とにかく、だ。今からお前の名はイオレーアだ。良いな」
「御意」
オレサマの言葉を聞いたイオレーアが一瞬だけ微笑んだ気がしたが、すぐに無表情に戻った。
「よし、行くぞ!」
そうしてオレサマたちは歩き始めた。
――おそらくは半刻(約1時間)ほどのち
天頂へとかかりつつある太陽が容赦無く照りつける中、オレサマたちは赤茶けた大地の上を歩いていく。
オレサマやイオレーアは問題ないが、フェルズには少々キツい様だ。なので、フード付きのマントを着せ、その中に涼風を巡らせてやる。
これでしばらくは大丈夫だろうヨ。
……遠方に城壁が見えるな。あれがリシュートだろーナ。
改修されているのか、昔とはかなり様相が違うよーだが……
……ン?
妙な“音”が聞こえる。地中からだナ。
……そうか! コイツは……
少々ハラが減ってきたところだ。
そーだナ……
「フェルズは荷車に登れ。イオレーアは少し下がって待機だ」
「御意」
「え? どういうコト?」
「メシだ」
「……へ?」
フェルズは訳がわからないと言う顔をしつつ荷車に登った。……まぁ、黙って見とけって。
「“集魔”!」
「……はい?」
魔物を集める呪文だ。オレサマみてェーのがいたらフツーは逃げられちまうかんナ。勿論、効果範囲は限定している。
で、だ……来るか?
「……うわっ! 何⁉︎」
1レン(約4m)ほど先の地面が爆ぜ、“何か”が飛び出した。
ー来たッ!
「こいつがメシだ! ……ゴフォッ!」
まずは歓迎……つか迎撃の炎のブレスを一発。
まともにそれを食らった“ヤツ”は、慌てて地面に潜り込もうとしやがる。
……ケドよ、魔竜王サマからは逃げられねェ。このマヌケがアッー!
尾を掴んで捕獲。そしてもー一発ブレス発射ァ!
ブレスの直撃を二発浴びて、“ヤツ”は絶命したよーだ。
まぁ、そこそこ粘ったほーだナ。
「それって……」
「オウ。オオサソリだ。食いでがあるゼ」
この辺りに多く生息するヤツだ。ドラゴンだった頃は小腹が空いた時によく摘んで食ってたな。特に尻尾の毒がちょっとピリってきてなかなか美味い。
今はニンゲンの姿だし、腹一杯食えそーだナ。
……で、だ。
「ゴッフォォ!」
尻尾を離し、ドラゴンブレスをもう一発。
さっきまでの二発は低温、今度は高温を噴射し、中も外も十分焼き上げるッ!
そして……イイ匂いが漂い始めたナ。
おっしゃ。火が通った頃合いで噴射を止める。
それを掴み上げ……
「出来たぜ……ッ!」
……って、あア゛熱ィ!
しもたッ! 今はニンゲンの姿だから皮膚が薄かったんだよナ〜〜。ヒトよりも耐性はあるとはいえ、少なからずダメージは食らっちまったゼ。
でもフェルズの前だからガマンだッ! ガキなんぞに魔竜王がバカにされるワケにはいかねェ。
そう、無表情、無表情……。
そして、
「おっしゃ。一丁上がりだ。いい感じで火が通った」
「えっ……。おっ、おう……」
当惑したよーなカオで返事をするフェルズ。
ふむ。やらかしはバレんかったか……ナ?
「でも、その手……大丈夫?」
「ムゥ? ……オウ」
……まぁそりゃ掌が真っ赤になってたらダメか。ケドとりあえず、
「オレは魔竜王サマだぜ? あのブレスを見たろ? この程度、何でもねーヨ!」
……そう言いつつ、こっそりと掌を“治癒”で治療。
まっ、まぁ……この程度なら……バレやせんヨ、ナ?
ついでに掌を魔力で覆って熱からガード。……まだちょっと熱ィな。
「フェルズ様。言わない方が良いこともあります」
「……」
あのな、竜牙兵……つかイオレーアよ。ソレこそ言わない方が良いコトじゃね?
どーしてこうなったヨ……。
とッ、とりあえず昼飯にすっか。
「敷物と机出してくれ」
「御意」
長櫃に入れておいたのを取り出して並べ、食事だ。
オレサマはテーブル上に焼き上がったオオサソリを置いた。
ああ、熱かったゼ……
「さて、食おうぜ」
「……うん」
どーした? フェルズは食欲ないんか? 今食っとかないと後でツラいゼ?
「いやあの、あんまりこういうのを食べたことなくて……」
「あー、そっか」
確かリシュートの街じゃよく食べられる食材の一つだったケドな。しかし他じゃあんまり食べないよーだったナ。
まぁその辺はしかたねェ、か? とはいえこの先オレサマに付き合ってもらうんだからな。その辺は克服してもらいたいところだ。
……が、オレサマは食いたくもないモン無理やり食わせるよーなアホじゃねーんだよナ。
「どーする? 保存食もあるゼ。コレ食いたくなけりゃその辺食ってもいーからヨ?」
「……へ? えっと……あのっ」
……何故挙動不審になる?
「いやっ、珍味だって話だし、オレは食うぜ?」
「そっか。じゃあ、とっとと昼飯にすんべ」
オレサマは脚の一本を千切り、かぶりつく。
ウム、美味い。……が、ナンか少々物足りねェ。
「塩とかないの?」
フェルズの言。
「……へ? あっ……そっか」
今のオレサマはヒト族なんだっけか。だからか?
しゃーねェ。長櫃の中から塩やら胡椒やらを取り出す。そして手元の脚に振ってからフェルズに投げ渡した。
「これならモンクねぇだろ?」
「オ……オウ」
「私にもいただけますか?」
「オウ」
あー、イオレーアよ。お前も食いたかったか。そーいやヒト族になったんだしナ。
まぁ、しょーがねェ。
とりあえずメンドーなコトは飯を食ってからだ。